29.思い出の曲
そうして一通り考え込んだあと、ふと頭を空にすると蘇るのは川口さんと村谷さんの言葉。
…少しはマシになったと思うのに。
それでも、やっぱり私は変わらず駄目人間だった。
そう認識するには十分な出来事。
再び会った時には、あの2人にも認めてもらえるような自分でありたかったのに。
どこまでも自分の思うとおりにいかない。
「…チエ?どうした」
優しくタツは聞いてくれる。
だから何でもないと首を横に振ろうとして、けれどついつい言われた言葉を思い出して涙が滲んでしまう。
「私、駄目で。何も、できない」
普段なら絶対に口にしたくない弱音なのに、なぜだか素直に吐きだしてしまっていた。
口に出したところでただの我儘な言い訳にしかならない。
そう思ってるのにボロボロと。
「努力、足りなくて。足ばっかり引っ張る。どこまでも駄目で」
支離滅裂な言葉。
それでも2人は黙ったまま耳を傾けてくれる。
…甘えちゃいけない。
こんなだから何もかも怒られるんだ。
そう思うのに、言っちゃいけないのに。
なのにどうしてこの人は私の口を開かせるんだろう。
そばにいると大丈夫な気がして。
助けて欲しいと縋ってしまいたくなって。
タツには、どこかそういう安心感がある。
もう言葉にならなくて、ただただ涙だけが流れ落ちる。
何を言ってほしいわけじゃなく、何かをしてほしいわけでもなく。
なのに否定されるのは怖い。
そんな我儘な自分。
「チエ。大丈夫、チエが駄目じゃないことは俺が保証するよ」
それなのに、タツはどこまでも優しかった。
事情も何も知らないだろうに、何かを聞くわけでもなく全て飲みこんでそう笑ってしまえる人。
きっと多くの世界を見て、色んな事を逃げずに経験して、手に入れたものなんだろう。
とても尊くて、温かい。
その手で私の頭をワシャワシャと撫でる。
「ほら、例えば俺のファンとか言って俺を喜ばせてくれたり」
「だって、だってそれは本当」
「ん。そういうとことか、こんな古いCD大事に持ち歩いてくれてたりとか」
そう言ってタツが触れるのは、リュウの曲入りのCDプレーヤー。
「俺自身が信じ切れなかった音楽をチエは信じてくれた。こんなに大事にしてくれた。知ってる?俺がどれだけ救われたか」
「だって…!」
「俺だって独りじゃグジグジする。そんなん人間なんだから当たり前。良いんだよ、それで」
優しく笑うタツ。
「チエ。大丈夫。チエは大丈夫なんだよ」
力強い声だった。
そうして見つめ合う私達。
「…救われたのは、私です」
「ん?」
「だって、タツのおかげで、私はここにいるから」
「あーもう、本当この子は変わり者だ。照れるよ、本当」
「…嬉しいくせに」
「黙れ、シュン」
何故かタツは頭を抱えている。
また何かいけないことを言ってしまっただろうか。
そう不安になる私。
けれど何かを察したらしいシュンさんが口を開く。
「…タツ。これ、歌え」
「……は?」
「それが一番チエの薬」
私とタツは2人揃ってポカンとシュンさんを見つめた。
なのに、グイグイとギターをタツに押し付けるシュンさん。
「まさか忘れたか?」
挑発するように言うと、ムッとした顔をしたタツが「んなわけあるか」と即答する。
ひったくるようにギターを受け取って、構えるタツ。
本人が言った通りごく自然な動きで、指が弦を弾く。
弾き慣れていると分かる動きだ。
タツ1人での弾き語りは初めて聴く。
心に余裕がなくて、心臓中が痛くて、そこにその音はしみこむように響いてきた。
フォレストとして最後の曲となったそれ。
怪我による脱退という不運な結末を辿ったアイドルとしてのリュウ。
それなのに、その曲から溢れてくるのは希望だ。
真っ直ぐで前向きで温かい歌。
今もその歌は色褪せない。
あの頃より歌声もギターも目覚ましい成長を見せているのが分かる。
けれど根っこは変わらない。
頑張れって。
大丈夫だよって。
そう励ましながら、立ちあがろうともがく歌。
ああ、そうだ。
あの時だってそうだった。
曲と一緒にタツに救われた時のことを、私は思い出していた。
それは、思い出すのも辛い過去のこと。
川口さんと村谷さんとの苦い思い出。




