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ぼたん  作者: 雪見桜
本編
3/88

2.奏





「千依、お前は本当良い歌作るよな。ぽんこつだけど」


「…大塚さんってば本当失礼だよね」


「お前はもう少し妹離れしろ、千歳。いちいちつっかかんな」



学校が終わって直行するのはいつもお世話になっている音楽事務所。

大きな事務所ではないけれど、音楽方面では中堅どころで量より質重視の事務所だ。


大塚さんは私達専属で付いてくれているマネージャーさん。

43歳、独身。音楽に詳しくアドバイスも的確、面倒見もよく段取りだってカンペキなとても仕事のできる人。


だけど仕事命のためにうっかり婚期を逃してしまったなんていつだか泣いていたのは秘密の話。

私達が仕事をする上で一番信頼している人というのは間違いない。


千歳くんのお仕事の状況を見ながら、私達はこうして毎日のように顔を合わせる。

表舞台に出る回数が他と比べ少なくたって、やることというのはいつも山のようにあるんだ。





たとえば3カ月後に発売が決まった新曲の話。


新曲の選曲やタイトルの決定、カバー曲の選曲。

編曲作業、イメージ統一、ジャケット撮影。

ひとつを決めるのにもたくさんのことを考えなければいけない。


新曲を出すとなれば、当然それに対する宣伝だって入ってくる。

ありがたいことに私達はとても恵まれているから、たくさんの場所で宣伝をさせてもらえる。


まだまだ新人の私達、まだまだ技術的にも未熟なのは当然の話。

どれを取ったって手抜きなんてできない。


とても華やかな世界だけど、とても流れの早い世界。

ちょっと売れたからって、いつ落ちるか分からない。

とても厳しい世界だ。




「あ、あのね。あと他にこういう曲も作ってみたんです。千歳くんがイメージ浮かんだって言ってて、それをちょっと脚色させてもらったんだけど」


「おー、お前らは本当やる気たっぷりでマネージメントしがいがあるわ」



本当に恵まれてると思う。

こんなまだまだひよっこの私達に真正面からぶつかってくれる仕事仲間がいること。

だから、引っ込み思案な私でも妥協のない仕事ができるんだ。




「…本当ちーは言ったイメージそのまま、しかも思うよりずっと良く曲作ってくれるんだよな」


「千歳君のイメージがすごく良くて、伝え方もすごく上手だからだよ」


「違うって、ちーの才能だよ」


「おい、そこのブラコンシスコン兄妹。俺を置いてくな」




千歳くんが表舞台で表現することを仕事とするならば、私の仕事はそんな千歳くんの魅力を裏から最大限に引き上げることだ。少しでも千歳くんが輝くように、楽しめるように、想いを込められるように、曲作りするのが私の役目。


いくら露出が少ないからといっても、あちこちに引っ張りダコなことには変わらない千歳君。

私の数倍は多忙なのに、彼はこうして私を支えて褒めて引き上げてくれる。


大切なパートナーで、大事な家族。

いつも頼りきりな自分が少し情けないけれど、だからこそ私は良い曲を作ることに全力だ。

大塚さんにブラコンだと散々言われるけれど、本当にそうだ。だって私は千歳くんがいてくれたからこそここまでこれたんだから。




「でも、まだまだ」




大塚さんも千歳くんも優しくて、いつだって2人は私を甘やかしてくれる。

けれど、甘えてちゃいけない。


まだまだ。

私はまだ、全然届かない。


千歳くんの才能を引きだし切れていない。千歳くんならきっと、届く。

それは確信。


けれど私が足りない。


あの日、あの時、私の心をあそこまで強く引きつけたあの輝き。

あのまっすぐ響く強い力。

そこには程遠い。



「向上心があるのは良いことだ。が、思い詰めてその才能潰すなよ、千依」


「…俺も頑張らないとな」



ずっと変わらない決意を何度も改める。

自信なんてなくて、いつも打ちのめされそうになって、けれどやっぱり前に進みたくて。

そんなどうしようもない私をいつも支えてくれる大事な2人に応えられる自分になりたい。




「うし、気合も入ったところで仕事すんぞー。千依、お前今日は帰さねえからな」


「は、はい!お手柔らかに、お願いします」


「ちー泣かせたら容赦しないからね、大塚さん」


「良いからお前は休め。新曲出来てからはお前激務なんだから」




これが奏の日常だ。

私の大好きな、居場所。




「ちー」


「千歳くん?」


「曲出来あがんの楽しみにしてる。でも無理だけはしたら駄目だからね」


「うん、ありがとう。千歳くんも体労ってね、千歳くんは体が資本なんだから」


「はは、大丈夫だよ。俺はちーの分も養分たっくさんもらって生まれてんだから」



優しくポンポンと頭を撫でて、千歳くんが去っていく。

本当に私の同い年の兄は優しくて頼りがいがある。




「よし!」


拳をつくって気合を入れる。

千歳くんが日々成長しているように、私だって成長しなければいけない。

そうじゃなきゃ奏を背負えない。



「んじゃ、やるか」


「はいっ」



大塚さんの言葉を皮きりに私の世界は音一色になる。

そうなれば他のことなんて見えないし聞こえない。


唯一私に舞い降りてくれた特技を、今はただ存分に活かすだけ。

今日も時間は矢のように早く過ぎていった。






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