25.新境地
自分でも驚くほどの勢いで五線譜が埋まっていく。
書いては消し、ああでもない、こうでもないと唸るうちに書かれた楽譜が黒く染まっていく。
「…本当いつも思うんだが、こいつの頭の中はどういう構造してるんだ」
「大塚さん今さらなに言ってんの。そんなの分かるわけないだろ、ちーは超人なんだから」
そんな声なんて聞こえていない。
千歳くんも千歳くんなりに主人公像を掴もうと台本と睨めっこしていた。
そして、千歳くんもおおよそ私と同じ答えに辿りついたらしい。
私よりも賢く聡い千歳くんだ。
その千歳くんが私と同じ答えに着いたということは解釈していることは間違えていないんだろう。
「…哀れだな、この主人公も。なのにちっともそんな感じがしない。カッコイイんだけどすっごい切ない」
ぽつりと呟かれた言葉。
耳に入ってハッと千歳くんに目を向ける。
「え、なに。ごめんちー、もしかして邪魔した?」
「ううん、ううん!千歳くん、こっち」
「え」
「もっと教えて」
私よりうんと詳しく理解していると判断して、引っ張りだし色々と質問攻めをした。
どうしてここでこういう行動に出たのか、どうしてここでこんなこと言ったのか。
大まかに理解できていても納得できない言動をひとつひとつ拾い上げて千歳くんに意見を聞く。
千歳くんは表現力に長けたアーティストだ。
その分感受性も豊かで。
だから尚更その意見は参考になった。
そうしてほとんど寝ずに事務所に缶詰で、曲の骨格が大まかに出来あがった。
〆切3日前のことだ。
ここからは千歳くんを中心に詰めていく。
伴奏をどうするか、テンポはどうか。
歌うのは千歳くんだけれど、今回は千歳くんが前に出るのではなくてドラマの核が前に出る。
ドラマの雰囲気と、ストーリーの軸。
作った曲がそこから外れていないか。
細かく詰めていく。
「う…ん、なんかここのメロディーが気持ち悪いな。千歳くんが歌うと多分こっちの方が良い」
「え、ここ?そう?あー、でも確かに言われてみれば」
「あとちょっとテンポズレてるから、もう少し刻んだ方が良いかな」
「となると、結構変わるな。ちょっと待って調整する」
そんな会話はレコーディング室で行われる。
ほぼ即興に近い形で作りあげられていく曲。
双子というのはこういうとき便利だ。
意志疎通がしやすい。
そして私達と仕事をしてくれる楽器隊の人達も皆とても優秀だ。
滅茶苦茶な順序で高速に修正していく私達を理解してついてきてくれる。
時間が全くないと言いながら、妥協のできない曲作りが続けられた。
そして、〆切当日。
「で、できた…」
「うえ…さすがに疲れすぎて気持ち悪」
最後の一瞬が終わった瞬間に雪崩れる私達。
さすがに集中力も限界だった。
ちなみに楽器隊の人達はもう少し先に上がっていたけれど、皆やつれた顔をしていた。
…無理に付き合わせて申し訳ない。
最後に一番の核である千歳くんの歌を詰められるだけ詰めて、理想形に近くなるまでやっていたら本当にギリギリになった。
伴奏自体は2日前に出来ていた。
そこから私と千歳くんの両方が納得いく歌い方を模索するのと、録られた声を少しでも理想に近づける作業が大変だった。
「…大したもんだわ、まさかこのレベルを本当に1週間で作りあげるとは思わなかったぞ」
「無理だと思うこと頼まないでよ、大塚さん」
「悪い悪い、お前らの力を信じてたってことで許せ」
「お、大塚さ…修正依頼は、出来れば明後日以降が嬉しい、です」
「千依、分かったからお前は寝ろ。倒れんぞ」
とにもかくにも、この仕事はやっぱりやりがいがある分ハードだ。
そんなことを認識した。
出来あがった曲は、闇という印象がかなり控えめだった。
主人公の闇がテーマなのにそれで良いのかと楽器隊の人達には何度か尋ねられた。
けれど、きっとこれで良い。
たぶんこの主人公は、闇というよりも希望を見いだそうとしていたと私は解釈した。手段が闇になってしまっただけだ。
ダークヒーローというものに近い。
光の世界では自分の守りたいものが守れないと察してしまうほど繊細で聡い少年だった。
そして光も闇も切り捨てられなかったひどく優しい少年だった。
だから間違えた方法であろうとも、闇に落ちて希望を託した。
そういう話だ。
超能力物というどこか現実離れした話でありながら、現代社会にも通じる課題をテーマにしたドラマ。
だから闇を主体とするのではなく、切なさとクールさを主軸に曲を作った。
曲自体は暗さが薄い。
一見聞いただけでは闇というテーマが浮かびにくいだろう。
…大丈夫、かな。
今さらながら不安にかられる私。
曲を作っている最中はとにかく夢中で他のことが頭に入ってこない。
ふと時間を置いて、冷静になると、すぐに不安が溢れてきた。
けれどもう作ってしまったものは作ってしまったし、第一あそこまで情熱をかけて作った曲だ。
少しでも胸を張って届けたい。
優柔不断な心は何とか封印して、答えを待った。
結局、その曲は少しの修正はあったもののOKが出て正式採用となった。
またひとつ、自分の中の誇りができた気がして嬉しかった。




