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ぼたん  作者: 雪見桜
本編
25/88

24.大仕事


「んじゃ、そんなお前らに気合の入る朗報」



大塚さんが話題を切り替えるように声を大にして言った。

え?と2人同時に首を傾げる。

すると、彼はニタリと笑って手元に書類を掲げてきた。



「次クールの水曜9時のTHKドラマ何だか知ってるか?」



ふいにそんなことを言われて、考え込む私。

基本的にいつも音楽ばかりに追われていて、テレビを見る機会は少ない。

仕事上、情報は常に取り入れなきゃいけないから昔よりはうんと見るようになったけれど、まだまだ疎い部分はある。



「次クールって、10月?ああ、確か本格アクション系だっけ。有名な俳優勢ぞろいで、金もかけてやるって」


「おー、千歳は知ってたか偉い偉い。そう、『トクカ』。超能力系のドラマだ。話題性十分の」



2人の口調から、かなり注目されているドラマなんだと思う。

もう少し私は情報に聡くなった方が良いななんて反省する。

千歳くんは簡単に「ほら、あれだよ。風見ソウとかが出るやつ」なんて言って補足してくれた。


なるほど、と思う。

出る俳優さんが分かると、何となく朝のニュースで取り上げられていたエンタメ情報が頭に浮かんできた。


そしてそこまで言われると、私達もさすがにその話題が出てきた意味を理解する。



「まさか」


「おう。良かったなお前ら、主題歌決まったぞ」



勢いよく大塚さんが肯定してくれた。

主題歌。

私達にとってそれは初めての経験だ。

そして、それだけ話題に上るドラマともなれば、曲に対する注目度も跳ね上がる。

今までも十分恵まれてはきたけれど、ここからさらにステップを上がるためのチャンス。



「THKから直接オファーがあってな。いやあ、驚いたぞ本当」



興奮気味に大塚さんが言ってくれる。

何でもドラマの製作スタッフに奏のファンがいてくれるらしい。

そしてそのスタッフの話が監督にまで回って、それじゃあということで声がかかったということだ。




「で、ドラマのテーマにあった曲を作って欲しいだと。急だがな」


「期限は…?」


「まあ、もうすぐ9月だろ。1週間」


「い、1週か…っ」


「…ドラマ制作ってそんな適当で良いわけ?」


「いや…実は元々主題歌担当する予定だったアーティストが揉めたらしくってな。短期間でクオリティ高いの作ってくれるとこ探してたんだとよ」



有難いお話だけれど、想像以上に急ピッチで進めなければ間に合わなそうだ。

1週間で曲を作るというのはそう楽なことじゃない。

というか、無理にも近い。


何せ、3カ月先の発売予定の曲でさえもう選曲・伴奏を完成させてやっとの状況なのだ。

おまけに私達はお金をもらうプロだ。

いい加減な仕事はできない。



「が、学校休んでも良いですか…!」



本当は休みたくないけれど、どう頑張っても通学しながらでは間に合わない。

本来学生な私は一番やっちゃいけないことだ。

けれど、またとないチャンスであり、そしてすごくその仕事に惹かれるものもある。


音楽に関しては私も貪欲だ。

新しいことができるというのは、とても良い刺激を貰える。



「ま、仕方ねえな。良いぞ」


「大塚さん、俺も休むから。良いよね」


「お前は元々芸能科に通ってんだから仕事優先で問題ないだろ」



そんなOKサインが出ると、私はアワアワと慌てて五線譜を引っ張りだした。



「あ、違う、まずドラマの情報、情報見なきゃ!」


「おーい、落ちつけ千依。ここに概要とあちらさんの要望あるからまずこっち見ろ」


「あ、あい!」


「…ダメだこりゃ、てんぱってんな」




慌ただしく日々は過ぎていく。

決意も新たに私は気合を入れる。


もらったドラマの情報と台本をすごい勢いで流し込んでいく作業が始まった。


主人公は高校生だ。

どこにでもいる普通の高校生。

けれどある日、怪しげな薬の密売現場を運悪く目撃してしまったことから歯車が大きく動き出す。


人体のつくりを変えて超能力者を生みだす薬『トクカ』。

そのトクカによって超能力を得た者たちがやがて集まりひとつの大きな犯罪組織を立ち上げていく。

犯罪組織に捕まりトクカを無理矢理飲まされ超能力に目覚めた青年が、やがてその背景と自身の秘密を知り考えを闇に染めていく。


超能力を交えながら犯罪者視点で描かれる本格ミステリーアクション。


だいたい要約していくとそんな感じだ。

とにかく相当複雑かつ緻密に組まれたドラマなんだということは分かった。


そして主題歌に求められる曲は、クールな曲。

ヒット曲になりやすい王道な曲調ではなく、そこから少し外して闇の雰囲気が出る曲にしてほしいとのこと。

けれど闇の雰囲気を出し過ぎると暗くなりすぎるから、うまくバランスを取って主人公のダークなカッコよさが出るようにしてほしいと書いてあった。



「む、難しいよ…!」



今まで書いてきた曲と全く違う方向性でありながら、おまけに随分と高いハードル。

しかも超短納期。

泣きそうになりながら思わず叫んでしまう。



「…だから誰も受けたがらなかったんだよ、この話。すでに3,4か所から断られてるってよ」


「何で受けたのさ、そんな話」


「……泣きつかれたんだよ、スタッフに。顔広いとこういうとこで裏が出んな」



そんな会話なんて聞いてる余裕なかった。




落ちつけ、私。

そう念じる。

焦っては良い仕事ができない。

そして、せっかくのチャンスも私のせいでパーにするわけにはいかない。


目を一度閉ざして深呼吸する。

気持ちを切り替えて、私は台本に再び目を向けた。


ドラマの制作サイドが望んでいるのは、主人公に合う曲だ。

普通の高校生が闇に落ちていく姿を追うドラマ。

一体何があって彼が闇に落ちていったのか。

そして闇に落ちゆく彼はどういう気持ちだったのか。


あくまでクールに描かれた主人公像。

台詞も仕草もそんなに多くない。

けれど、それならその分言動の一つ一つに大きな意味があるはずだ。


まずはそれを読み解かなければいけない。

彼の立場に入り込んで、理解しなければ。

そう思って、ひたすらに台本から真意を読み解く。

どこにヒントが隠されているのか、彼を占める気持ちは一体どのようなものなのか。



期限は短い。

けれど絶対に外してはいけないその部分を理解するため、私は丸一日費やした。

そして。



「……そっ、か。うん…そういうこと、だよね」





答えはちゃんと出てきた。

このお話を書いた脚本家さんの構成力の凄さを実感する。

そして“暗すぎない闇”と“クールでかっこいい曲”という一見無理難題な監督さんの指示が的確だということを理解する。


あとは、その心を五線譜に書きこむだけだ。

ドラマでも音楽でも変わらない。

ものを作るとつくるという作業は、人の心を積み上げるということ。


こういう仕事も楽しいかもしれない。

そんなことを思った。




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