23.シュンの過去
「あー、お前本当心臓に悪い。悪いんだよ本気で」
「ご、ごめんなさい」
「しかも相手がリュウとか勘弁しろって。わざと千歳怒らせるようなもんだろがアホ」
「えっと…すみません?」
翌日事務所に行けば今度は大塚さんにお説教をくらった。
いや、お説教と言うより愚痴…?
怒鳴られるより延々と文句を言うあたり、本当に胃に来たらしい。
申し訳ない。
「で、その顔見る限り、良い経験だったんだな」
そして一区切りついたあたりで、大塚さんがそう言う。
目を見てしっかり頷くと、深くため息をつきながら大塚さんは「そうか、よかったな」と言ってくれた。
結局のところ、大塚さんも千歳くんも私に甘い。
ただ甘えるだけじゃなく、ちゃんと返せるようにならなきゃ。
そんなことを思った。
「でも、凄かったなあ…タツにもシュンさんにも負けてられないや」
ぽつりと呟く。
自然とこぼれてきた本音だった。
「…シュン?」
「うん、タツ…あ、リュウのねパートナーさんなの。すごく綺麗な音を出すんだよ、キーボードも歌も」
「……まさかそいつ佐山駿じゃないよな?」
「え…?」
大塚さんの言葉が分からなくて思わず聞き返す私。
すると、大塚さんは部屋の隅にあるデスクから何やら分厚いファイルを引っ張ってきて私達にとある切り抜きを見せた。
「…っ、これ」
「げ…また来たよ、面倒なパターン」
私の驚愕の声と、千歳くんの面倒そうな声が重なった。
それは何かの雑誌の切り抜きみたいだった。
けれどファッション雑誌のようにカラフルなわけではなくて、とてもカッチリとした感じの雑誌だ。
そしてその切り抜きの中心にいたのは、タキシードを着た少年。
タキシードに着せられている感もある歳の男の子。
顔は幼いけれど、紛れもなくシュンさんだった。
「昔、ピアノの世界で随分騒がれてた天才少年だよ。3歳からピアノを始めて国内の小学のコンテストじゃ最優秀賞を総なめにした」
予想以上な経歴に固まる私。
「メジャーじゃないにしろ国際的なコンテストでも何度か表彰されている。海外の巨匠から弟子にならないかと声がかかったこともあるらしい」
「…そ、そんなにすごい人だったの」
天才と呼ばれる部類の人だとは思っていた。
けれどそこまですごい人だとまでは思っていなくて。
「待った、なんでそんな恐ろしい人物がリュウと組んでるわけ?それに、そこまでの人物なら俺が知っててもおかしくなさそうだけど」
千歳くんはこんな時でも冷静で、横からそんなことを言った。
すると、大塚さんがため息をついて首を振る。
「辞めたんだよ、突然。そいつが中学に上がる頃の話だからお前らはまだ10歳かそこらか?知らなくても無理ねえな」
返ってきた答えは予想以上に重かった。
「手を怪我しただか何だかって聞いたが、実際がどうなのかまでは知らねえな。でもそうか、また音楽始めたんだな」
複雑そうな顔をして、大塚さんが呟く。
こういう顔をするということは、シュンさんは本当に逸材だったんだろう。
その証拠に、「もしそいつがピアノ続けてりゃどこまでいけたのか個人的に興味あったのに」だなんて言っている。
勿体ないと思ったんだろう。
そして同時に、また音楽活動をしていると知り嬉しいんだと思う。
大塚さんはそういう人だ。
才能がある人に対しては、どんな人にでも敬意を払う。
「へえ、まあそれなら喧嘩売るに相応しい相手に喧嘩売った訳か」
知った事実のあまりの大きさに放心する私。
千歳くんがそんな私の肩をポンポンと叩いて笑った。
嫌だ面倒だと言いながら、千歳くんも勝気な性格で負けず嫌いだ。
新しいライバルの出現を内心面白く思っているんだろう。
「…ちょっと待て。喧嘩売った…?」
「うん、ちーが」
「おい千依…お前またなんでそんなことしちまったんだよ」
「や、えっと…まさかそんな凄い人達相手だとは気付かなくて?」
いや、凄い人達だとは思っていたけれど…。
そんなもごもごと言う私に、大塚さんの顔が迫った。
あ、ヤバい。
そう思った時にはすでに遅し。
「変なとこで度胸使うなアホ!!!」
事務所に大音量の怒鳴り声が響いた。
本当にとんでもない相手に喧嘩を売ってしまったのだと実感する。
タツもシュンさんも、やっぱり想像通りとんでもなかった。
実は、タツのあの曲を見た時、お客さん達の盛り上がりを感じた時、嬉しいと同時に悔しかった。
あんなにサラッと綺麗な音を奏でてしまったシュンさんに対しても。
タツのもつ力は言葉では言い表せない。
努力だけじゃ得られないものを彼は持っている。
音楽センスとか才能とか、そういうものじゃなくて、もっと根本的なものだと思う。
そしてシュンさんに対して思ったのは圧倒的な才能と技術力。
プロをも唸らせてしまうほどの音。
どっちもまだ、私達に足りない。
一生懸命食らいついているつもりなのに、彼等をみると引きずり降ろされるんじゃないかと思う。
「…正直ね、ああ負けたって思っちゃったんだよ」
思わず奥底に留めた言葉をこぼしてしまう。
奮い立たせるため言わないと思っていた言葉を言ってしまっていた。
千歳くんの才能を私は心から信じている。
自分の気持ちだって絶対に負けるつもりはない。
けれど冷静に受け止めた時、私の曲にはそこまでのパワーがあるだろうかと振り返った時、自然と思ってしまった。
負けない、勝てる。
そう一番口に出して言いながら、ふとした瞬間に暗い自分が顔を出す。
私は私自身が一番信用できない。
けれど。
「勝ちたいなあ…ううん、絶対勝つ」
いつになく強気な私であれた。
そしてそんな私を見て、大塚さんと千歳くんは顔を見合わせて笑った。




