22.奏として
「おかえり、ちー」
「た、ただいま…」
「何で俺が怒ってるか、分かるよね?」
「ご、ごめんなさいいいいい」
案の定というか、千歳くんは怒り心頭だった。
すごく心配をかけてしまったのだから、やっぱり私が悪い。
ずっと千歳くんに私は支えられてきた。
私がどん底にいた時も引き上げてくれた人。
一番心配させてはいけない人を心配させてしまった。
「本当に、ごめんなさい」
しゅんとして頭を垂れる。
いくら憧れの人の一大事だからと言って、ないがしろにしては絶対にいけない人だから。
「…ったく、バカだねちーは」
「ん」
「夢中になるのは良いけど、ちゃんと教えてよ?俺達は運命共同体なんだから」
こつんと頭を軽く突いて千歳くんが苦笑いした。
あんなに怒った声をしていたのに、すぐに引っ込める。
ますます罪悪感が胸を占めた。
グッと唇を噛みしめて反省する私。
「俺もちょっとキツく言い過ぎた、ごめんな?会ってたのがあのリュウだって知ったらムカついちゃってさ」
そうして告げられた千歳くんの言葉に、私は目を瞬かせた。
「な、なんで知ってるの?リュウと会ってたこと」
「何でって、大塚さんに名乗ったんでしょリュウ本人が」
「え、だって…」
「大塚さん、ああ見えて結構やり手で顔広いからね…たとえ過去でも音楽業界で名のある人達の情報はたくさん持ってる」
面白くなさそうに言う千歳くん。
大げさにため息をついて言葉を続けた。
「ちーが電話出ることも忘れるなんて、何か音楽してたんでしょ?リュウは、やっぱりまだ続けてるんだね」
「うん、すごかった」
「はあ、これ以上頑張んないで欲しいな…距離開くじゃん」
どこか拗ねているようにも見える千歳くん。
思わず私は笑ってしまった。
途端にムッとした顔の千歳くんに優しく頬をつままれる。
「ご、ごめんね千歳くん!でも、違うの」
「何が違うわけ」
「千歳くんはリュウを越えられるもん。距離、開いてなんかないよ?」
「…うーん」
「本当だよ!だから喧嘩売ったんだもん」
正直な思いを伝えれば、今度は千歳くんが目を瞬かせた。
「え、喧嘩売ったの?ちーが?」
信じられないと言うように聞き返されて、また笑ってしまう。
タツのことを思い浮かべると気持ちがとても清々しかった。
あの空間にいられたことが幸せだと思えるほど、素敵な時間をもらった。
そしてとても幸せな約束をしたんだ。
「売ったの。だって、千歳くんの魅力はまだまだこんなもんじゃないんだから」
「…うーん、それは過大評価しすぎじゃない?頑張るけど」
「じゃない!千歳くんはてっぺんとれる人だよ。私が保証するの」
「ん、ありがとうちー」
まだまだ自分に自信をつけるのは難しい。
けれど、千歳くんのことならうんと胸を張れる。
千歳くんはあのリュウを越えられる。
力強くて、努力家で、そして圧倒的なオーラを持っている。
フォレストやタツが持っているあの輝きは千歳くんにもある。
圧倒的な勢いを持ちながらもこんなに心優しくて、私の歌にあれだけの感情を込めて歌ってくれる人、他にはいない。
私が考えた音を誰よりも理解して表現してくれる人。
タツの音は明るく前向きで皆を元気付かせてくれる。
千歳くんの音は、皆を圧倒させながらもどこか安心させてくれる。
同じ力強い音でも、少し違う。
違うけれど、ちゃんとそこには他にはない色がある。
『俺も、負けないから』
…うん、私だって負けない。
「あー、でもやっぱリュウは腹立つ」
大きな声で千歳くんがそんなことを言う。
首を傾げてその意味を問えば、千歳くんが苦笑して続けた。
「だってリュウが絡むとちーは本当元気になるからさ。感動させんのも惹きつけんのも全部あいつじゃん」
心底面白くないとブツブツ言う千歳くんは、やっぱり私には勿体ないくらいのシスコンなんだと思う。
嬉しくて思わず笑ってしまう。
「強敵、だね。たぶん上ってくるよ、あの2人」
「…2人?」
「タツね、相方さんいたの。その人もすごいの。だから多分近いうちに上がってくる」
「あー…胃が痛い。止めてくれ、これ以上才能持ちが上がってくるのは」
「ふふ、でも千歳くんが一番だよ」
「…だから過大評価しすぎ。でも負けねえ、絶対」
「うん、私も頑張る」
何回も何回も繰り返した確認を、私達はまたする。
そうやって私達はここまで来た。
辛いこともあるけれど、そうやってお互いに励まし合って今がある。
千歳くんと笑いあって、私達は決意を固くした。
千歳くんの中にも葛藤があるのを私は知っている。
なにせ千歳くんはまだとても若い。
私と同い年なのに、私や事務所の人々の想いを背負って舞台に立っている。
彼にかかっている重圧は相当のものだ。
芸能界には才能があって経験も豊富なアーティストがたくさんいる。
そんな人達の元に、形式的には1人で挑んでいるようなものだ。
いつも矢面に立ってくれるのは千歳くんの方。
私はいつだって守られている。
そして彼は私に弱音を滅多に吐かない。
「成長、しなきゃだね」
グッと手を握り締めた。
頼りっきりじゃなく、私にも頼ってもらえるように。
「ちーはもっと自信持ちなよ、大丈夫だから」
いつも千歳くんはそう言ってくれる。
だから、私もちゃんと応えたい。
「今にね、私千歳くんを引っ張れるようになってみせるよ!」
「え、ちーが?うーん、それされると俺の立場がなあ」
「うん?」
「ううん、何でもない。ありがと」
そうして、やっぱり音楽馬鹿な私達は夜遅くまで曲を練り上げていた。




