20.回顧6(side タツ)
「…あんたは、なんで挫けないんだ」
不意にそう問われる。
首を傾げれば、真っ直ぐ見詰めて言葉を繋げられた。
「好きなものから無理やり弾きだされて、それでも何でまだ挫けず音楽を続けられる」
そう言われて、俺の顔から浮かび上がるのは苦笑。
挫けてないわけではなかった。
何度も挫けている。
例えば、今も。
何度も自分の無力さを痛感させられる。
どんなに腕を鍛えていたって、たかだか3年だ。
プロとして生きるには実力が足りない。
それを補える才能もない。
けれど芸能界にも世の中にも、シュンのように光るものを持った人間は山のようにいる。
それでもこうして続けられる理由。
「さあ、何でだろうな。音楽馬鹿なんじゃない?」
きっとそういうことだ。
始まりは誰よりも中途半端な理由だった。
だが、だからこそここまで夢中になれた。
そして、シュンは俺のギターを上手いとは決して言わなかったが、まだ素人の域にある俺のことを馬鹿にもしなかった。
素晴らしい才能も実力もあるのに、奢らない。
音楽がつまらないと言うのに、手を抜かない。
こういう奴がきっと天下を取るんだろう。
唐突にそんなことを思った。
ごく自然に。
自分でも驚くほど、清々しく。
「なあ、シュンって言ったか」
「なに?」
「俺と組まないか?」
あっさりとその言葉が出てきた。
いままでどうやって先に進めば良いのか分からず、とにかく腕を磨こうとしてきた。
けれど、その時唐突に道が開けた気がしたのだ。
目を見開き固まっているシュン。
だが目をそらさない彼に、確信する。
ああ、こいつは本当に真面目なのだと。
音楽に対していつだって真面目で、真摯で、だからこそあんな音が出せる。
ストレスが溜まるとかつまらないとか言いながら、それでもひとつひとつの音を呆れるほど丁寧に紡いでいる。
「案外、良いコンビになれるかもしれないぞ?」
俺の音楽でシュンを支えられると思えるほどの自信はまだない。
だが、直感でそう思った。
天下を取れるのは、俺じゃないかもしれない。
でもシュンなら取れる気がするのだ。
そしてシュンがそんな自分の音をつまらないと言うのならば、俺が引っ張り上げよう。
俺は技術も知恵も足りない。
だが、情熱と努力だけは誰にも負けないつもりだ。
技術が足りなくとも、必死で紡いだ心というものはちゃんと届いてくれるはずだ。
それを俺はフォレストで学んだ。フォレストでは何よりもそれを重んじていたから。
シュンに足りないモノを俺が補えるなら、そうしたい。
それは、それまで考えたこともなかったことだった。
一人だけのものではなくなった俺の夢。
ケンさんの店で働きながら、とにかくがむしゃらに音楽と向き合った。
ギターも一通りの曲は余裕で弾けるようになったし、シュンの伝手を借りて通うようになったボイトレで声にも少しは張りが出てきたと思う。
シュンがピアノだけじゃなく、音楽全方向にセンスがあるのを知ったのには驚いたが。
歌を歌わせればケンさんも「お前歌の方が良いんじゃねえのか」と言わせる程の声を聴かせるし、曲を作らせれば緻密で繊細な曲をサラッと書き上げてしまう。
「…なんかお前一人の方が良い気がしてきた」
ついついそんな弱音も吐いてしまう程度には、シュンの音楽性が高い。
だが、シュンはその度に呆れたように言う。
「一人じゃ無理だから組んでるんだ。タツは自分を過小評価しすぎ」
そして、曲を作る時にも歌う時にも必ず俺の意見を求めてきた。
知識も技術も全く追いつかない俺の意見を真剣に聞いて、自分の作ったものを壊していくシュンが正直理解できなかった。
それでも、そんなシュンに支えられていたのは確かなことだ。
支えよう、引っ張り上げようなどと言いながら、やはり俺は支えられる側だったのかもしれない。
シュンと組んでから1年ちょっと。
ある程度の曲が作れるようになって、俺達の骨格が出来上がって来た頃、やっとストリートライブをやってみたり音楽事務所宛に音源を送ってみたりと活動を本格化させた俺達。
だがまあ、そう簡単には事は運ばない。
そして、たまに返ってくる反応と言えば予想していたとは言え辛辣なものだった。
『声とキーボードは悪くないが、ギターが邪魔』
『プロと素人でバランスが悪い』
『歌声をギターとコーラスが潰している』
シュンの才能にはやはり皆すぐに気付いた。
が、どうしても俺が足を引っ張っている…それが大体の評価だ。
中にはシュンだけを芸能界に入れようと連絡してくる事務所までいて。
シュンは断っていたみたいだが、自分勝手に惨めな思いを味わったりもした。
それでも挫けなかったのは、フォレストでの経験が大きかったのだろう。
たった1年の在籍の間に多くのファンレターをもらった。
俺を称える文、叱咤する文、応援する文。
何度も励まされる。
仲間との良いばかりじゃない思い出も、その時には支えとなっていた。
そうして何回も何回も無理やり自分を奮い立たせていた。




