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ぼたん  作者: 雪見桜
本編
2/88

1.千依とちぃ




「聞いて聞いて!チトセが雑誌に載ってるの」





教室に響くそんな声にビクッと肩が揺れる。

金曜の朝、寝不足気味で重たいまぶたも一気に上がった。





「あんたチトセ好きだねー」


「だって歌よし!顔よし!頭よし!だもん」




そんな会話を繰り広げているのは、確か山岸さんと山崎さんだったはず。


ポニーテールがトレードマークな体育会系の山岸さんと、肩のあたりで切りそろえられた綺麗な黒髪で図書室が似合いそうな大人っぽい雰囲気の山崎さん。


この高校に入学して1年半。

2年生に上がる時あったクラス替えで同じクラスになった2人組は、対称的な外観だけれど性格が合うみたいでよく一緒にいる。

2人共裏表のないサバサバした感じだから、男女問わず人気がある。


密かに私の憧れる2人だ。




(かなで)が新曲出すから、そのPRなんだってさー。チトセってあまり露出ないから嬉しいわー」




山岸さんがそんなことを言う。

否応なしに高鳴る心臓を教室の隅っこで必死に抑える私。

もうこんな会話を聞くことだって慣れているはずなのに、未だに私はビクビクしてしまう。


そんな私をよそに山崎さんは山岸さんに押し付けられた雑誌を眺めながら「奏、ねえ」と軽く返事していた。



「前から思ってたんだけどさ、奏って何?歌うときもチトセ1人しかいないのに、何でグループ名あるの?」


「何でも作曲・編曲担当の相方がいるんだってさ。だからユニットとしてって意味で奏って名乗ってるみたい」


「ふーん…」


「ふーん…って!ちょっと萌、もうちょっと関心持とうよ!」


「いや、だって私音楽とかあんまり興味ないし」




きっと本人達にしてみれば大したことない日常会話。


けれどその陰で、バクバク心臓を爆音で鳴らせながら押し寄せるたくさんの感情と戦っている存在がいることなんて誰も気付いていないんだろう。





チトセ。

それは、2年前にデビューを果たした歌手の名前だ。


高校1年という若さでデビューした彼は、その圧倒的な声量と表現力、モデル顔負けの容姿も相まって一気に人気が爆発した。



現在18歳、高校3年生。

親や学校、本人の意向もあって学業と両立しているため、滅多にテレビや雑誌に出てこないことでも有名だ。

だからこそ一年に一度のライブも、新曲が出る時少しだけ出るテレビや雑誌も、かなりのプレミアがついている。



…実を言うと、そんな彼は私の双子の兄。

わけあって私の学年は1つ下だし、容姿も残念ながら私は平凡だけど、それでも私達はれっきとした双子だ。


そして、千歳くんが所属する奏の相方。

それが、実は私だったりする。


影の相方。

一部のファンがそう呼んでいることを私は知っている。


奏というユニット。

その全ての楽曲に私は関わっているから名前だけならファンも知っているのだ。

作曲・編曲のところに毎回書かれる「ちぃ」の文字。

それが私の芸名。


私は表舞台に一切出ないから、奏というブランドは世間的には千歳くんが1人で抱えているような形になっている。

私がステージに上がらない理由。それは2つある。


ひとつは、学校との折り合い。

私はどこにでもあるような私立高校の高校生で、当然周りにいる人達だって芸能人に耐性のある生徒じゃない。だから、芸能人が学校にいるとなると大騒ぎになるから正体は明かさないという約束を入学時にしている。


そしてもう1つ。

正直、こっちの方が大きな割合だけれど、それは私があまりに内向的で芸能界に向かないからだ。


極度の人見知りで酷いあがり症。

ステージやテレビカメラの前に立つどころか、教室で人に話しかけられるだけで緊張して体力を使い果たすレベルの私。

それを見かねて、千歳くんがストップをかけてくれたのだ。



そんな訳で、ボーカル&宣伝担当の千歳くんと作曲&編曲担当の私が組むユニット『奏』はかなり特異な形で成立している。


千歳くんと私。

双子なだけあって、確かに顔はどことなく似ている。それでも、微妙な違いはどんな兄妹でも出るもの。

双子だからって、両方顔が整っているとは限らない。


私達はその典型例で。

残念ながら、私はパーツの位置がちょっとだけ千歳くんとずれていて、パーツ自体もちょっとだけ歪んでいる。


加えてひとつ違う学年に、度のきつい眼鏡をかけて更に小さくなった目。

私がこうして普通に学校にいても、勘付く人すらいない。





「あー、チトセの声好きなんだよねー、あんなに小さい体で迫力あるんだもん」


「はいはい、あんたのオタクは分かったから」





そう、こうして教室内で普通に話題にのぼる程度には、順調な隠密日常。

ヒヤヒヤしているのは私1人くらいのものだった。



本当はとてもとても嬉しい。

こうして千歳くんのことを認めてくれる人がいること、声に出して言ってくれること。

そして奏の曲を楽しみに待ってくれることも。


本当は私だって声に出して「ありがとう」と言いたい。

けれどそれは今の私には色々と壁があってできないこと。





だから私は精一杯音を届ける。

感謝の気持ち、元気を送れるような音、楽しくなれるような曲を。

千歳くんの声にのせて少しでも思いも届く様に。



友達作りには残念ながら失敗してしまって相変わらず私は学校で1人だけれど、それでも今私を取り巻く環境はとても優しい。


中島なかじま千依ちえ、18歳。高校2年生。

今日も溢れる音を音符に詰めることに全力を注ぐ、音楽バカです。







毎日更新の長期連載になります。

よろしくお願いいたします。

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