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ぼたん  作者: 雪見桜
本編
18/88

17.回顧3(side タツ)



「日常生活を送るようにまでは戻れる可能性があります。しかし激しい運動はもう…」



飲酒運転の車が起こした多重事故。

簡単に要約すると、俺はそんな事故に巻き込まれた。

不運としか言いようが無い。あと一分その場所を通るのが遅いか早いかすれば避けられたことだったから。


それまでの幸運の分を全て吸い取るような事故。

人生と言うのは案外上手くバランスが取れているのかも知れない。


ぐるぐると巻かれた包帯を俺はただ呆然と眺めていた。

痛みという感覚すらしばらく戻らないほどの重症。

日常生活を不自由なく送るということすら「可能性」になってしまった俺。

踊るなんてことは、もう出来ないのだとあの時に誰よりも自分が理解していた。


フォレストはアイドルグループだ。

芸能界の仕事全般をこなしはするが、本業は歌を歌いダンスを踊ること。

特にどちらかと言えばダンスに力を入れたグループだった。

歌で注意されることは比較的少なかったが、ダンスでは少しでもミスれば容赦なく激が飛ぶような現場。


そこで踊ることがもう不可能。

それが何を意味するのか分からないほど、俺も馬鹿ではなかった。


事務所が下した決定は、苦渋の末だったことを知っている。

周りからは非情と言われようと、それでもそうするしかなかったことを俺だって分かっている。

温情で踊れない俺をそこに入れたままにすれば、それまでそれこそ死ぬ物狂いの努力で這い上がって来た仲間達の今までが崩れてしまう。


フォレストとして俺が生きていく道を何とか模索してくれてはいたようだ。

スタッフだけではなく仲間もそうだったと知った時は驚いた。

だが、どうしようもない。


ダンスグループに近い形で存在するフォレストで踊れない俺はただのお荷物にしかならない。

踊りに参加しないでそこにいるということは、いらぬ同情も招いてしまう。

脱退しか、道がなかった。




「…俺がソロになって、歌を歌う機会はあるんですか」



告げられた直後、マネージャーにそう聞いたことを今でもよく覚えている。

フォレストにいられないと知っての第一声がそれだった。

本当に自分が歌を好きになっていたというのを実感した瞬間だ。


けれど現実は優しくない。



「バラエティー中心にタレント業をすることになるだろう。その中で機会もできるかもしれんが、お前一人で曲を出し続けるというのは、正直厳しい」



それが、答えだった。

いくら本業が歌うことだと言っても、歌手一本で生活していたわけじゃない俺の実力なんて知れていた。

そもそも音楽の腕があるからこの世界に入れたわけじゃない。

この顔と運が一番で、元々音楽の技術などそこまで求められていたわけでもなかった。


プロのアーティストとアイドルでは、悔しいが実力が違いすぎる。音楽センスだって技術だって、俺ではまるで歯が立たない。


曲を作ることはできても、出来あがるのは凡庸なもの。

ギターの練習をしてみても、弾けるという程度のもの。

突出したものがないと評価されないこの世界で、それは何の武器にもならない。


バラエティーで生きて行くのも良いのかもしれない。

俺に価値を見いだしてくれたこの世界で、新しい道を模索するのも手かもしれない。

幸い環境には恵まれているし、事情が事情なだけに周りは俺に同情的。上手くやれば芸能界でソロとして生き残ることは可能かも知れない。

そう思ったのは嘘じゃない。


だが、どうしても納得がいかなかった。

その想いを飲み込むことができなかった。



「俺は、歌を歌いたい。音楽の傍で、生きて行きたいです」



真っ白な頭で、絶望に満ちて、そう答えた俺。

フォレストの中にいれば当たり前のように与えられていたモノ。それがどれだけ有難かったのかを今さら知る。

あの時流した涙を、俺はきっと一生忘れないだろう。


結局、俺は最後までそんな自分の意志を曲げることができなかった。

自分が頑固だなどと、そのとき初めて知った。



「本当に良いのか、リュウ」


シゲには何度も確認された。

シゲだけじゃない。隼人もタカも大地も何度も俺の元を訪ねては支えようとしてくれた。

感謝している、今でも。

あまり良い関係から始まったわけではなかったが、全員今ではかけがえのない仲間だと思う。


それでも、俺は歌いたいと思った。

もう踊ることができないのならば、歌を歌いたい。

音を紡いで、それを誰かに伝えたい。


音楽は不思議な力がある。

ライブの度におれはそう思っていた。

たった1年のアイドル人生。

それでも、あの大きな会場いっぱいに俺達の歌が流れ皆で騒ぎ一体になる。


俺にとって何よりも大事だったのはあの瞬間だった。

不思議とそれまでの辛さや苦労が吹き飛ぶような、あの元気が湧いてくる空間。



「…いつか、絶対俺は戻ってくる。それまで落ちぶれたりすんなよ」



精一杯の見栄をはって、俺はそう誓った。

きっと戻ってくる。

アイドルとしてあれだけ苦労を重ねることができた自分だ、また這い上がるだけの努力はきっとできる。

そう信じて、そしてその決心が絶対に鈍ることのないように。




あの時一方的に押し付けた約束を、あいつらは今も守ってくれているらしい。




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