16.回顧2(side タツ)
遠い親戚からスカウトされた時、俺はまだ高校生だった。
初めは、芸能界という普通とは違う華やかな世界に興味があっただけだった。
たったそれだけの理由で事務所に入った。
人前に立つことも運動も得意な方だった俺は、タイミングの良さも手伝って高校卒業と同時にフォレストのメンバーに選抜される。
始まりは、やはり運としか言いようがない。
そしてそんな感じでスタートしたから、自分は特別な存在なのだとどこかで自惚れていた。
芸能界というのは、そんな特別な人間ばかりの世界だと知るまでは。
「お前、いい加減にしろよ。なんでこんなことも出来ない。寝る時間があるならもっと練習してこい」
「本当、リュウが出来ないせいで俺達の評判が下がんだからさ…少しは本気でやってよ」
「あー、またここやんのかよ。飽きたっつの」
「まあまあ、その辺にしといたら?リュウもしっかりやれ、な?」
本気で芸能界を上りつめようとしている奴の情熱にも、本気で特別な奴の技術にも、俺は全く追いつかない。たかがアイドルだと侮っていた俺に周りは容赦なかった。
得意なはずの運動も、そんな奴らばかりの中では霞む。
芸能界を職場とするということは予想以上に大変な世界だ。
結成が決まって半年は、メンバーにもスタッフにも怒られ通し。
人生で初めての挫折だったんだと思う。
すぐに何かを悔い改めた訳ではなかった。
しかし、そんな環境に揉まれていく中で、仕事をするということがどういうことなのか理解していく。
フォレストのメンバーは皆、自分にも他人にも厳しい奴等だった。
初めから、俺が足を引っ張れば容赦なく責めるし、文句も嫌味も言う。
テレビでのあいつらしか知らない人が見れば、驚くだろう。
仕事に関わるとき、4人中3人はニコリともしない。
プライドが高く、しかしそれに見合うだけの凄まじい努力を重ねその地位を獲得してきた奴らだ。
俺とは違い、強い意志でこの世界を上りつめようとしていた奴等。
最年少で、流されるままで、ヘラヘラしていた俺。
ずいぶんと腹の立つ存在だったんだろうと今なら分かる。
それでも、叱咤されるだけの自分が情けなく惨めで、流されるままの俺も必死に食らいついていった。
今思えばあの時のあの甘えた状態でよくやったと思う俺は、結局のところやっぱり自分に甘い人間なんだろう。
「んだよ、やればできんじゃねえか、ガキ」
「…出来たら出来たで評価されてるし、それも腹立つな」
「まだ一回だけだろが、こいつが甘えたには変わりねえよ」
「はは、お前達素直じゃないなあ」
ただ、優しいだけでも厳しいだけでも嫌味なだけでもない仲間に褒められた時、俺の中で何かが弾けたのは今も覚えている。
音楽がどうのとか、そんなもの以前の話。
それでも、俺が音楽に価値を見いだした初めの理由は紛れもなくそれだ。
俺が頑張れば、周りは応えてくれる。
学校と違い結果が伴わなければ一切評価などしてくれなかったが、それでも不器用じゃなかった俺は努力の分結果が出るようになっていった。
初めはただ、怒鳴られのが嫌だった。
嫌味ばかり言われるのも、蔑んだように見られるのも、惨めな気持ちになっただけだ。
くだらないプライドが、その時ばかりは良い方に向いて、悔しさをバネにしただけ。
そこから、少しずつ変化していく。
大した努力もしてこなかった俺の初めての努力。
努力と口に出すのも嫌なほど、血の滲む日々を過ごした。
人生初めて真剣に取り組んで形になっていくと、そこに達成感が加わっていく。
それまでただ付いていくだけで精いっぱいだったダンスに、自分でアレンジが付けられるようになっていく。
歌うのに精一杯だった曲の歌詞に目が向く様になる。
ただクールに歌うんじゃなく、表情がつくようになる。
一つ一つ積み重ねだ。
積み重ねていくうちに、不安要素でしかなかった莫大な量の仕事が誇りに変わっていく。
与えられる仕事だけではなく、そこから自分が何かを供給する余裕が出てくる。
そうすると、それだけ周りから反応があり、それが案外楽しい。
自分にしか出せない色。
音楽というものは、俺にそんなことを教えてくれた。
やっと仕事に対する価値を見いだし始めたのは、フォレスト結成からすでに1年半近く立った頃だ。
気付けばデビューを果たし、事務所の力も借りて、俺達は一気に芸能界の階段を駆け上がっていった。
そうすれば、それまで以上に音楽に関わる機会が増える。
バラエティーの仕事も楽しかったが、自分にとって一番心が躍るのはやはり本業をしているときだった。
曲が出来上がる過程を近くで見て、そこから自分がどう表現するのか想像して、体現する。
その作業がたまらなく好きだった。
リズムに乗って体を動かすのは楽しい。
大勢の人の前で歌を歌い、一緒に盛り上がるあの感じは言葉では表し切れない。
「…初めの頃が嘘みたいに熱心だなお前」
リーダー格の最年長であるシゲが複雑そうに言うまでに、俺はアイドル業にのめり込んでいた。
「あーあ、笑顔が魅力で歌が上手いフォレストの弟…熱狂的なファンたくさん持ちやがって、つまんない」
嫌味ばかりで性格不器用の隼人。
「……良く言うわ、一番人気の奴が。フォレストのエースは隼人だともっぱらの評判だろが」
ぶっきらぼうだが、周りをよく見ているタカ。
「でも、最初はどうなるかと思ったけど良かったじゃないか」
八方美人なところはあるが、基本的に穏やかで中和剤になっていた大地。
音楽を通じて、グループの結束も少しずつ強くなった。
フォレストというものが俺の大半になっていった頃。
芸能界にただ幻想を抱いていた昔と違い、人前に立って人に何かを届けるという仕事を好きになっていた俺。
シビアな面も汚い面も含め、だからこそそこに価値を見いだせるようになって来た頃。
それは、あまりに突然のことだった。




