15.回顧1(side タツ)
ついこの間出会ったばかりの不思議少女を送った後、もう見慣れた店の看板をくぐると酔っ払った客達の中に真剣な顔をして見つめてくる相方と師匠達がいた。
「おう、帰ったか」
俺の師であるケンさんがぶっきらぼうに言う。
頷けば、今度は横から奥さんの雅さんが声をあげた。
「いやー、良いもん見れたねタツ。長生きはするもんだわ」
「いや、雅さんまだ50代半ばだろ…」
相変わらずこの人はマイペースだ。
そしてずっと押し黙ったままのシュンがそこでボツリと呟いた。
「驚いた…、あそこまで才能があるとは思わなかった」
その言葉に、苦笑してしまう。
俺からしてみれば本物の天才であるシュンにそこまで言わせるあの少女を思い浮かべる。
チエと名乗ったあの子にシュンが何かを見いだしたのは分かっていたが、それにしても予想以上だったんだろう。
「俺も久々に驚いたな。本人自覚ねえみたいだが、そこらへんに転がってる原石どころの話じゃねえ。恐ろしい天才だ」
音に関する評価が恐ろしく厳しいケンさんですらそんなことを言う。
いよいよタダ事ではないと、先ほどから震える心臓がまた騒ぎだした。
自然と視線は調律もされていない例のアップライトピアノに向かう。
『こんなに素晴らしい曲を書けるんです、どうか自信を持ってください』
あの子はそう言って、満足そうに笑った。
けれど、あの曲はお世辞にも素晴らしいと呼ばれる程のものではない。
素晴らしくさせたのは、あのわずかな時間で瞬時に伴奏を組み立て、ぼけたピアノですら魅力的に聴こえるように弾いてみせた彼女だ。
天才。
何度も自分を責め立てるその言葉。
喉から手が出そうになるほど欲しくて、しかし手に入らないもの。
どうして俺の周りにはこんな化け物みたいなのが集まるかな。
自嘲しながら、それでもそのことを誇りに思ってしまうんだからどうしようもない。
「あの子には負けたくないなあ」
そして、とても救われた想いでそんなことを言ってしまえる自分にも驚いた。
あんなに凄い才能があるのに、俺なんかを憧れにしてくれて、しかもまだその想いは変わらないと言ってくれる。
ボロボロになるまで俺の曲が入ったCDを持ち歩いて、必死に向き合ってくれた心の優しい女の子。
…彼女の言葉に見合える自信はハッキリ言って無い。
だが、見合えるような自分になりたい。
そう強く思った。
「はは、また天才に助けられちゃったな」
そう笑えば、シュンもケンさんも雅さんも何かを思い出したのか声も上げずに苦笑した。
思い出すのは、フォレストに入ってからここまで辿ってきた道。
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俺は、どちらかと言えばずっと運の良い男だった。
人に比べ容姿に恵まれたのも、知り合いに芸能事務所の人間がいたのも、ちょうどアイドルグループをデビューさせようという時に俺が居合わせたことも、全てそうだ。
元々要領がよかったこともあって、それまでは流されるままなあなあに生きていた。
そして、それでも上手く物事が進む程度の力は持ち合わせていた。
きっと、そんな怠惰な人生を送っていた俺に罰が当たったんだと思う。
「リュウ…すまない。出来る限りお前がソロでも活躍できるようバックアップはするから」
頭を深々と下げて苦しげに告げてきたマネージャーの声を今も俺は鮮明に思い出すことができる。
堅くるしいほど真面目で、鬼と言われるほど厳格で、そして馬鹿みたく責任感の強いあの人があんな苦しげな声をあげたのは俺の知る限り後にも先にもあれきりだ。
きっと、あの人はちゃんと俺のことを見て知っていたんだろう。
なあなあで生きていた俺にとって、初めて生きがいと言えるほど夢中になれるものが出来ていた事。
そして、それが当時の俺にとってフォレストという場所の中にしかなかったということ。
だから、俺をその場所から引き離す決定を下したことに、心底苦しんでいた。




