13.リュウの涙
「やるじゃねえか、姉ちゃん!!」
「いやあ、久々盛りあがったなあ」
曲を弾き終わった後、皆笑って拍手をくれる。
お酒の力も借りて皆のテンションも高い。
それを見て胸からせり上がってくるものがあった。
ああ、やっぱりリュウはすごい。
こうやって皆を元気にさせる力がある。
ぐるりと店内を見回せば、隅にリュウの姿があった。
呆然と私を見ている。
「作ったのあの人です!!」
思わず私は指をさしてしまった。
皆にも伝わって欲しくて。
皆の視線が私の指を辿って、リュウに向く。
「おー!兄ちゃん、将来は音楽家かあ!?応援するぜ!」
「そうだそうだ、良い曲やまほど書いてビックになったらサイン書かせてやらあ」
「ははは、お前偉そうだな!」
陽気に笑うお客さん達。
ポカンとしたリュウの顔がみるみる歪んでいく。
「ありがとう、ございます…!」
しゃがみこんだリュウの顔は見えないけれど、嗚咽をあげて泣いたのが分かった。
「お?おお?お、俺なんか悪いこと言ったか」
「あー、気にすんな。お前らの優しい言葉に感極まっただけだ」
「おー、そうか!優しい言葉に喜んだか!」
オーナーさんが上手くフォローしてくれて、その場は丸く収まった。
そうして部屋に引っ込む私達。
「…ありがとう」
部屋に入った途端に、リュウがそう言った。
涙はもう見えなかったけれど、少し目が赤い。
私自身も気持ちが高まっていて、思わず声をあげる。
「フォレストのあのリュウは、今もやっぱり生きています」
「…ん?」
「こんなに素晴らしい曲を書けるんです、どうか自信を持ってください」
ずいぶんと上からで偉そうな言葉だと思った。
けれど、本心だ。
そうしてずっと黙ったままのシュンさんを見て、私は思う。
この2人は、きっと上がってくる。
それこそこの先、私達の強力なライバルに。
シュンさんの技術力、透明感。
リュウの力強さ、自由感。
正反対に見えて、これ以上ないくらいのバランス。
「…負けません」
思わずそう呟いた。
その言葉に反応して2人と視線が絡む。
本来なら緊張してしまうこんな場面。
けれど、不思議と気分は清々しい。
「私も、頑張ります」
気付けば私まで元気をもらっていた。
笑顔になっている自分がいた。
…とはいえ、やっぱり人間そう簡単には変われないようで。
ガクガクと足が勝手に崩れていく。
「え、ど、どうしたの?」
「へ、へい」
「……言葉、やっぱりおかしい」
元気にはなれたものの、緊張の糸が切れた途端腰が抜けてしまう私。
リュウとシュンさんが不思議そうに覗きこんできた。
「ほんっとに、不思議な子だよな君」
「分かりにくい」
なんとなく微妙な評価をもらって、微妙な笑顔を返す。
そうして一息つくと、そこでようやく私はあることに気付いた。
「あ、時間…!」
「時間?あー、そういや君高校生だっけ。やば、こんな時間まで拘束して親に怒られるぞシュン」
「…何で僕」
「お前だろ、連れてきたのは」
「大丈夫です!って9時!?うわあ、大塚さんに怒られる!」
慌ててスマホを取りだす私。
案の定、画面には山ほどの着信履歴が残っていた。
千歳くんと大塚さんに埋め尽くされた着信履歴が。
「うわああ……、み、見てない見てない」
「いや、無理だろ」
パニックを起こしている間にまた着信があって、「ぎゃあ」と叫ぶ私。
何故か2人に笑われた。
『お前なあ!千歳が使いもんにならなくなるんだから、ちゃんと電話出ろっつの!!ざけんな、こっちの仕事増やすんじゃねえ!!!』
「ごめんなさいいいいいい、時を忘れてました!」
『訳分かんねえこと言うな!つかお前今どこだ!家電も繋がらねえから千歳の機嫌が最低なんだよ!』
案の定、電話越しにいる大塚さんの機嫌が最悪だ。
私達兄妹には、少し変わったルールがある。
それは夜に一緒にいない時は8時に電話をするというもの。
ルールというより、昔からそうしてきたから最早習慣となっている。
千歳くんは心配性だから、電話が通じないと途端に他を投げ出して私を探そうとする。
…申し訳ない。
「だ、大丈夫なの、チエ」
私の電話から大きな怒鳴り声が聞こえてきたからか、リュウがそう聞いてくる。
「だ、大丈夫ですごめんなさい!」
思わず大声で返してしまう程度には気が動転している。
すると、今度は電話の向こうから声が聞こえてきた。
『待て、千依。お前、今“誰と”いる。男の声聞こえたんだが』
「え、え…?」
『……いいか、千依。千歳にバレるまでに早く家に帰れ。手順踏まねえと面倒だ』
「手、順?」
なぜか大塚さんが途端に焦り出した。
「チエ、ちょっとごめん。電話かして」
「へ、あれ?」
何事かと考えてる間に、なぜかリュウに電話を取られた。
「もしもし、チエさんの保護者の方ですか」
『…そのような者です。貴方は?』
「渋川竜也と申します」
耳を近づけて私は2人の会話に耳を傾けた。
リュウの本名を初めて知る。
タツとシュンさんが呼んでいた理由が分かった。
「チエさんを遅くまで相手させたのは私です、申し訳ありません」
『大変申し上げにくいのですが、千依は高校生です。そのことを御存じでこのような時間までですか』
「…はい、申し訳ございません。チエさんはこちらで責任を持って送り届けますので」
『それはぜひお願いしますが、せめて事前に連絡を入れさせるくらいはして下さい』
「はい、申し訳ありませんでした」
予想以上に丁寧な言葉で大塚さんに応対しているリュウ。
そして、ハタと気付いた。
「え、チエって呼びました今!?」
「え、そこ?」
『…千依、とにかくお前さっさと帰れ。面倒事になる前に』
そんな会話の末、帰ることになった。
大塚さんの怒り様を見て、私はすぐに千歳くんに謝りのメールを入れて帰り仕度を整えた。
「おや、帰っちゃうのかい?」
「おい、タツ。お前手出すなよ、犯罪者は流石に雇えねえからな」
「げ、勘弁してよケンさん」
「…タツ、手出すなよ」
「シュン、お前まで」
オーナー夫婦はカラカラと笑って見送ってくれる。
「雇う?」
「ああ、今俺ここで住み込みで働いてんだよ。今日は休みだったけど」
「住み込みって」
「まあ、20代半ばで無職はちょっと、な」
軽く事情を説明してくれた後、手を引かれて近くの駐車場にあった軽自動車に案内された。
「狭いけど、乗って」
そう言って助手席のドアを開けてくれる。
今さらながら、憧れのリュウと2人きりということを意識してしまって緊張してしまった。
「シートベルトした?よし、じゃあ行こっか」
ハンドルを握ってゆっくり発進するリュウ。
真横で運転する姿に思わず見惚れる。
元アイドルというだけあって、顔はさすがにものすごく整っている。
そう再認識した。




