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ぼたん  作者: 雪見桜
本編
12/88

11.居酒屋にて




「おやシュンちゃん、いらっしゃい」


「おー、シュン。相変わらずお前は所帯じみた場所が似合わねえ外見してんな」




連れて行かれた場所は、一軒の居酒屋だった。

一階がお店で二階が住居のようになっている。

思わずぐるりとお店を見渡す私。

そうして感じた印象は、不思議な居酒屋ということだ。

だって、お店の中にアップライトのピアノが置いてある。


まだ高校生の私は居酒屋なんて行き慣れていない。

だからどういう雰囲気が普通の居酒屋なのかよく分からない。

けれど普通こういう雰囲気の居酒屋にピアノなんて置いていないと思う。


不思議な場所で居心地の良い場所。

なんとなくそんなことを思った。




「あ、あのシュンさ」


「やだシュンちゃん、若い女の子連れて」


「おいシュン、お前連れてくんなら成人した奴連れてこいよ。その子高校生だろが」


「え、あの」


「こんばんは、お嬢ちゃん。お名前は?」


「ち、千依です!じゃなくて!」


「チエか。悪いなあ、シュンは無愛想でとっつきにくいだろ」


「いえ!とんでもない!」


「やだ、お父さん。この子良い子よ!」


「もったいねえな、シュンには」




…ただし、話のテンポが速すぎて全然ついていけない。

スローテンポの会話でさえ危ない私なのに、これは難しい。




「…彼女じゃないし、用事は上の方だから」




合間を縫って、シュンさんがそう呟いた。




「タツ?待て、シュン。タツなんざもっと問題だろ。何歳差だ?犯罪だろ」


「タツ…あの子ってばこんな若い子に手出して」


「…違う、そっちじゃない」



ずいぶんと仲良さそうに話をする3人。

話の内容なんて勿論理解できない。



「おーい、旦那あ!若い子とばっか話してねえで、俺らの相手もしろよー」


「おかみさん、注文ー!」



そんな中で徐々に混みあって来た店内。

好機とばかりにシュンさんに手を引っ張られた。

厨房の裏手から居間のような居住スペースがあって、階段から上がれば部屋がいくつかあった。

シュンさんは迷いなく、その中を進んでいく。


そうして移動している間にふと目に入ったものに首を傾げる。

一番奥の部屋だけ何やらドアが違う…気がした。

そしてシュンさんが向かう先もそのドアだ。



「昔、ケンさん…この店のオーナーの娘さんが使ってた防音室」



短くシュンさんが私の疑問に答えてくれる。



「今は、僕達の製作現場」



そう言いながらドアを開けるシュンさん。

中にいたのは、ギターを抱えて突っ伏すリュウの姿だった。



部屋はあまり広いわけじゃない。

中心にある小さめのグランドピアノがほとんど部屋を圧迫している。

部屋に入って左奥にある大きな棚には譜面がぎっしりだ。


右手にあるほんの少しのスペースに椅子と小さなテーブル。

リュウは、その椅子に腰かけギターを抱えている。



「寝て、る…?」


「ここひと月くらい、ずっとこう」



ため息混じりにシュンさんは言った。

その言葉を受けてリュウを見つめると、確かにやつれているのか頬が少しこけているように感じる。

そしてリュウのいるあたりの周りには、紙が落ち葉のように積み重なっていて。



「あ、これ…」



床に無造作にばら撒かれている紙の束の一つを見て思わず呟く私。

そこにあったのは、“フォレストのリュウ”に向けた、ファンレターだ。


紙は色褪せ、皺が目立つ。

よほど読み込んだのが分かる。

…もしかしたら、私が一度だけ送ったファンレターも彼の元に届いているのだろか。

そんなことを思ったけれど、それ以上に2度目のため息をついたシュンさんが気になった。



「ずっと、それ見て譜面を見て思い詰めている」



彼はぽつりとそう言う。



「…タツが、誰よりも自分の価値を分かっていない」




愚痴のように、けれど寂しい響きを持ってその言葉は届いた。


ああ、とそう思う。

シュンさんは、信じてるんだ。

リュウの力を。

リュウの才能を。

そして期待している。

だから、こんな歯がゆそうなんだ。


あのまばゆい笑顔のリュウしか私は知らない。

だから、シュンさんの言う思い詰めたリュウがどんな状態なのか私には分からない。

けれど、必死に見えるシュンさんの様子に私の心まで揺さぶられる。



思わず俯いてしまう私。

ふと、紙の束の中からいくつかの譜面が目についた。

鉛筆で書きなぐったような五線譜。

消しゴムの跡やバツマークが重ねられたそれは、たぶんリュウが書いた曲なんだろう。

食い入るようにそれを見つめる私。


音楽は、心だ。

曲は、その人の想いの丈が集まっている。

人の心を読むことは私には難しい。

けれど曲からならもしかしたらその心が少しでも分かるかもしれない。

そう思った。




「ん…あれ、俺」




どれくらいの時間が経ったのだろう。

ふと、声が響いた。

力強さのない、柔らかく弱々しい声。


ふと顔をあげると、寝ぼけ顔のリュウの目とかち合う。

リュウは、パチパチと何度か目を瞬かせていた。

当然だと思う。

だって1度しか会ったことのない名前も知らない女が目の前にいるんだから。



「え、なんで」



戸惑ったように声をあげるリュウ。

眠気はあっという間に抜けたらしい。



「僕が連れてきた」


「シュンが?いや、なんで」


「タツが見てられなかった」


「…あのなあ」



軽く言い争いする2人。

だけど、目を覚ましたはずのリュウの声はやっぱり何だか弱々しい。

と、そんなことを考えていた私。

途中でハッと我に返る。



「こ、こんばんは!」



そうだ、挨拶がまだだった…!

そう思ったのだ。




「え、ああ、そう言えば天然だっけこの子」


「……マイペース、だな」



なぜか微妙な反応をされた。

やっぱり、私のコミュニケーションはおかしいらしい。






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