10.信音
思わずポカンとした顔のまま、シュンさんを見つめてしまう私。
声は続いた。
「僕の音楽は、堅い。ガチガチに塗り固まっている」
表情も声色も変わらず言う。
あんなに綺麗な音を紡げるシュンさんが。
「…だから、タツに感謝、だな」
けれど、マイナスな言葉はすぐに柔らかなものに変わった。
リュウのことをタツと呼ぶシュンさん。
表情が、少し緩んだのが分かる。
目元が柔らかい。
「タツみたいな破天荒で力強い力があるから、僕は今楽しい。良い音を出せていると思う」
「シュンさん」
「そんなタツの良さを分かってくれる人がいたことが、僕は嬉しい。礼を言いたかった」
真っ直ぐと私を見て、シュンさんは言った。
もしかしたら、彼はそれが一番言いたかったのかもしれない。
ずいぶんと遠回りな方法で辿りついたお礼。
「ありがとう」
すごく共感できる人だと思った。
どこか不器用で、リュウに救われていて、そして必死にもがいている。
だから、心が温かい。
「救われた、から」
「…うん」
「すごくすごく、心に響いたんです」
気持ちが高鳴って、思わずボロボロと言葉が出てくる。
思い出すのは、リュウを初めて見たあの時のこと。
心がひどく痛くて、苦しくて、見えているはずの光が気持ち悪くて。
そんなどん底の私を救いあげてくれた優しくて強い光。
「僕も同じ」
ふと、シュンさんの声が耳に届く。
「タツは、僕のことを信じ認めてくれた。…あのバラバラな音で僕の世界を壊して、広げてくれた。思い出させてくれた」
「思い、出す?」
「…音楽を始めた頃の気持ち」
ハッとしてシュンさんを見つめた。
シュンさんは、空を見て長く息を吐いている。
何かを思い返すように。
ああ、やっぱり同じだ。
そう思う。
この人もまた、何かに挫けたんだと。
そこからこうして必死に這い上がろうとしている。
「それでも、すごい、です」
親近感からか、言葉がすんなりと出てくる。
今度はシュンさんが私を見て言葉を待つ。
こういうところもどこか自分と似ている気がした。
「あれだけ綺麗で純粋な音を、出せるシュンさんが」
そう、そうなんだ。
似ているけれど、私にはあんなに綺麗に澄んだ音は出せない。
きっと、それはこの人の心が優しいから。
シュンさんは、何も言わなかった。
再び訪れる長い沈黙。
もしかして、私とんでもなく失礼なことを言ってしまったのではないか。
ハッと気付いて、途端に焦り出す心。
「…タツに会って行くか?」
その絶妙なタイミングで、沈黙が解かれた。
うまく順応できず言葉を返せない私に、シュンさんはなぜか一人納得したように頷く。
「行こう」
「へ、え!?あ、あの!そんな、不躾なことは!」
「…言葉おかしい。行くぞ」
よく分からないまま、手を引っ張られた。
「あの!」とか「その!」とか私が言葉にもならない声をあげる間にぐんぐんと速度は速くなる。
「救ってもらったのに、情けないけど…どうすればいいのか分からない」
「え?」
「頼るのは得意じゃない。けど、見てられない」
「あ、あの?」
「一緒に来てくれ」
シュンさんの言葉の意味を私は理解できない。
けれどそれは、とある飲食店に連れていかれて知ることとなった。




