第9話
兜を持って行った人がいる森は、木が密集しているせいなのか、昼間なのに薄暗かった。
今にも化物とか出そうな感じの雰囲気だ。兜泥棒さんは、なんでこんなところにわざわざ持って行ったんだろ。
そう疑問に思っても、本人に聞かなければ分かるはずも無い。そのことについては兜泥棒さんに会ってから聞くことにしよう。
それにしても暗いなあ、これじゃ迷子になりそうだよ。あ、そうだ!
「ねえ、大臣さん」
「はい、なんでしょうか」
「このままだと僕迷子になりそうだから、服の裾とか掴んでもいい?」
小さな子供みたいなことを言っている自覚はあるんだけど、この中ではぐれて一番危険なのは僕だ。
その自覚があるので、僕は恥を忍んで大臣さんにお願いすることにした。
魔法使いさんでも良いんだけど、彼の場合からかわれそうな気がして嫌だ。
その点、大臣さんならそんなことはしないだろう。
僕の予想は当たりだったようで、大臣さんは柔らかな表情で快く承諾してくれた。
「ええ、かまいませんよ」
「へへへ、ありがとう」
よし、これで迷子にならないぞ。
まあ、いくら大臣さんでも男と手を繋ぐのは嫌なので、言葉通りに彼の服の裾をちょこんと掴む。
これはこれでやっぱり恥ずかしいんだけど、僕は二人と違って戦えないから、はぐれたりなんかしたら生きて帰れそうにない。
それよりはマシだと自分に言い聞かせた。
後ろで魔法使いさんが、萌え!とか呟きながら身悶えているのも知らず、僕は大臣さんが進むスピードに合わせながら歩く。
「ん?」
「どうかした?」
「あそこで何か光っています」
「あ、本当だ」
大臣さんが立ち止まったから何事かと思って聞いてみると、遠くの茂みの方を指さされた。見れば、彼の言う通り、何かが仄かに光っている。
人魂かな?ここってやっぱり幽霊が出るのか。まあ、いかにもって雰囲気だもんね。
そう一人納得していると、別の意見が魔法使いさんからあがった。
「もしかしたら、あそこに兜泥棒がいるかもね」
「そうですね。行ってみましょう」
なるほど。その発想はなかったよ。流石魔法使いさん、頭いい!
魔法使いさんの言葉に従って、僕たちは慎重に光の方へと進む。
光の方へ近づいてみると、なんだか美味しそうな匂いがしてきた。
その匂いの素は、どうやらあの光っている場所にあるようで、近づくにつれて空腹を誘う香ばしい匂いが強くなってきた。
どうやらこの匂いは魚みたいだ。
あそこで兜泥棒さんは食事の用意をしているんだろうか?それにしても、この匂いって凄くお腹が空く。
話をした後、少しくらいなら食事を分けて貰えないかなぁ。
そんなことを考えながら進んで行く。
そして、光の根源、焚火の側にはデカいピンクの何かが居た。
あれ、何?あんな生き物記憶に無いんだけど。
天然でピンクの生き物なんていたっけ?あ、フラミンゴはピンクか。でもあれ、どう見てもフラミンゴじゃないよ。毛むくじゃらの何かだよ。
記憶に無い生き物の登場に動揺しつつ、その生き物を観察する。
僕からは、その生き物の後ろ姿らしきモノしか見えないから正確なことは分からない。
でも、大きさは僕より少し大きい位で、全身をピンク色の毛で覆われている事位は分かる。
あと、耳や尻尾は犬っぽい。けど、あんな色の犬なんて記憶には無かった。
それとも、僕が知らないだけであんなド派手な色の犬も存在しているのだろうか。
そう考えてひとまず魔法使いさんの方を伺ってみる。
けれど、どうやら彼にもあれがなんなのか判断が付かないようで、困惑したような表情を浮かべていた。
そこで、あまり近づき過ぎて気付かれると危ないという大臣さんの判断に従い、僕達は生き物からある程度距離のある木の陰に隠れ、様子を見ることにした。
どうやら、そのピンクの生き物は食事を作っているらしく、焚火の側には魚が三匹木の枝で刺してある。
そして、今はスープを作ろうとしているみたいだ。
ピンクの生き物は木の実みたいなものを手で潰しながら、焚火の上に、木の枝で作ったらしい物干し台みたいな形をした台に吊るしてある鍋へ入れている。
その光景を見ていた大臣さんが絶望的な声を上げた。
「あ、あれは・・・」
「どうしたの、大臣さん。そんなこの世の終わりみたいな声を出して」
あまり声を立てるとあの生き物に見つかるかもしれない。
そんな思いから、少しだけ声に非難めいた響きが籠もってしまった。
大臣さんはそれを感じとってしまったのだろう。至極申し訳なさそうな顔で謝ってきた。
「・・・すみません。あの鍋代わりにされているものが、資料で見た兜と同じ見た目をしていたものですから」
「マジでか」
そりゃそんな声も出すよね。実際僕も似たような声が出た。
まあ、僕の場合は鍋代わりにされている事に関しては、そこまで深刻な感情は湧かなかったけど。
そんなことより僕としては、あのピンクの生き物に関わらなくちゃいけないことが確定した事の方が深刻だ。
だって、あんな蛍光色をした生き物は毒を持っていたりなんかして危険なことが多いと、僕の記憶の中にはある。
もし、それが違っていたとしても、どうにも面倒なことになりそうで、僕は気が進まなかった。
だから、理由は違うけど、僕も大臣さんと同じく暗い気持ちになってしまう。
でも、そうなっていない人もいた。
「へえ、ここへ来てやっとボス戦ってわけだね。面白くなってきた」
そう言って、魔法使いさんは本当に楽しそうな笑顔を浮かべている。
本当にこの人は、変わっているというかなんというか。どうしてこの状況でそんなに楽しそうに出来るのか理解出来ない。
そんな思いから、ついつい僕はツッコミを入れてしまった。
「いや、全然面白くないから」
「じゃあ、とりあえず先手を打ちますか。あ、君は危ないからどこかに隠れてて」
うん。この人も大概人の話を聞かないよね。王子よりはマシだけどさ。
話をスルーされたことに、僕は少し気分を害する。
でも、その間にも大臣さんと魔法使いさんは戦闘態勢に入っていたので、僕も慌てて彼らの邪魔にならない位置へ移動した。
僕が居たんじゃ邪魔だからね。
ひとまず、二人の戦いをこの位置から観察して、僕に出来そうなことがあればやるって感じの方向性でいこう。
「私が魔法で奇襲するので、大臣さんはその隙を突いて下さい。その後は私は貴方の援護に回ります」
「分かりました」
「では、いくよ!アポロン」
僕が移動したのを確認すると、魔法使いさんは早速行動を開始した。
魔法使いさんの放った炎の渦が、ピンクの生き物目掛けて真っ直ぐに進む。あれは、前に王子を脅かすために使った技だ。
へえ、魔法って呪文言わなくても使えたんだな。
魔法使いさんの行動に、場違いだとは分かっていても、そんな感想を抱いた。
そういえば洞窟では呪文だけで魔法を使っていたし、どっちかを言えばいいものなのかもしれない。
だったら始めっから短くて済む技名だけにしておけばいいと思うんだけど。
その辺もやはり彼のこだわりなのかも。うーん。やっぱり、魔法使いさんの価値観はよく分からない。
「あっつ!?何。熱い熱い熱い!?」
「え、しゃべった?」
炎が着弾する寸前、危険を察知したのか、ピンクの生き物がこっちを振り返ろうとした。
それによって狙いが外れた炎は、生き物の手を掠めただけで横を通り抜ける。
しかし、掠めた炎はそのまま生き物の手に燃え移り、ピンク色の体毛を焦がした。
その途端に上がった生き物の悲鳴に、僕は思わず声を上げた。
だって、まさか動物がしゃべるなんて思わないじゃないか。
そりゃ、インコとか九官鳥とかは話すらしいってのは知識としてある。
でも、あれって人間が話しているのを真似て同じ音を出しているだけで、意味を分かって言ってるわけじゃないじゃん。
その点、この生き物は意味を理解した上でしゃべっているように見えた。
そんな動物、地球では人間以外にはいなかったはずだ。
やっぱり、ここは異世界なんだな。
改めて、自分が異世界にいるんだって事を実感する。
その間にも、ピンクの生き物ってこれ、いい加減呼ぶの面倒くさい。
見た目的にはゴールデンレトリバーっぽいから、これからはピンク犬って呼ぼう。
ピンクの生き物改めピンク犬は、火を消そうと腕を振り回し、それでも消えないから焦った様子で辺りを見回した。
そして彼(声が低かったからたぶんオス)の目に留まったのは、鍋代わりの兜の中でぐつぐつと煮えるスープ。
それは、温度の高さを物語るように湯気を立てている。
しかし、このまま手が燃え尽きるよりはマシと考えたんだろう。いや、もしかしたら火を消すことしか考えていなかったのかもしれない。
そう思う位、彼は勢いよく煮えたぎるスープの中に手を突っ込んだ。
「あっぢいい!!!」
「うわあ」
案の定、今度はスープの熱さに悶絶するピンク犬は、火は消えたものの、惨い火傷を負った右手を抱えるようにして転げ回る。
それは、敵ながらも見るに忍びない有様で、僕はピンク犬が可哀そうになってしまった。
あれは、治してあげた方が良いんじゃないかな。
でも、敵だしなあ。魔法使いさんに頼んだとして治してくれるかな?
そんな不安な気持ちで魔法使いさんを盗み見る。
すると、彼も僕と同じように眉を寄せてピンク犬を見ていた。 その手は、意外なことに小刻みに震えている。
その様子に、僕は少し驚いた。
さっきまでボス戦だと喜んでいたから、てっきり今も楽しそうに倒そうとしているのかと思っていたのに。
でも、そういえば彼は日本人なんだった。
彼が向こうでどんな生活をしていたのかは知らないけど、今の僕にある日本の情報が正しいなら、日本は世界の中で比べても平和な国だ。
そんな所から来た人間で、生き物を傷つけることに慣れている人なんてそうそういないはず。
きっと、彼も慣れていない人間なんだろう。
だから、自分が放った魔法で傷つき苦しむピンク犬の姿に、胸を痛めて震えているんだ。
さっきまでは、こういうことになるという実感がなかったからケロッとしていただけなのかもしれない。
そう考えると、このままにしておくのはピンク犬にも、魔法使いさんにも良くないように思えた。
どうにかしないと。
そう考えを巡らせていた僕の目の前で、大臣さんが剣を抜いた。
彼の目線の先にいるのは、未だ腕を抱えるようにして苦しむピンクの犬。
作戦は今のところ順調に進んでいる。なら、彼がすることは一つだ。
それを認識した瞬間、僕は考えるより先に口が動いていた。
「待って!」
「・・・!」
思っていたよりも大きな声が出たからか、大臣さんの動きが止まった。
その隙に僕は、ピンク犬の側へ移動する。
僕の声で顔を上げたピンク犬は、自分へ向けられた剣を見て、襲って来たのが僕達だと気付いたんだろう。
射殺さんばかりの眼力で僕達を睨んできた。
でも、その体は死への恐怖でか、小刻みに震えている。
そうさせているのが自分達だということに、今更ながら罪悪感が湧いた。
だから、これから僕がすることは、罪から逃れたいが故の偽善。そう言われても仕方ないだろう。
実際、そういう気持ちが無いとは言い切れない。それでも僕は、これ以上この生き物を傷つけたくなかった。
そんな思いを載せて、僕は大臣さんから目を離さないまま、ピンク犬へ向けて言葉を紡ぐ。
「謝って済むことじゃないのは分かってる。でも、まずは謝らせてね。酷いことをしてごめんなさい」
「・・・・・・・・・」
いきなりの僕からの謝罪の言葉に、ピンク犬は理解出来ないとばかりに眉を寄せる。それはまあ、この状況なら当然の反応だろう。
僕だって、襲ってきた相手から同じ事をされたら不審に思う。
でも、悪いことをしたらまず謝るっていうのが常識だし。なら、話をする前に謝っておくべきだと思ったんだ。
それに、よく考えてみれば、いくら相手が兜泥棒だからって、理由も無く殺すのは良く無いことだと思う。
えっと、そう、どんな悪人にだって、ジョウジョウシャクリョウのヨチ?は必要なんだよ。
どこで手に入れた知識かは思い出せないけど。うん、たぶんこれで合っているはず!
「・・・なんなんだよお前らは。いきなりこんなことして、剣まで向けといて、訳分かんねえよ」
僕が一人で納得していると、ピンク犬が威嚇するように牙を剥き出しにして吠えた。
その言葉には返す言葉も無いけれど、ここで黙ってしまったらどうにもならないので、どうにか頭を振り絞って言葉を返す。
「うん、そうだね。ごめん。でも、理由もなく傷つけたわけじゃないんだ」
「はっ。謝罪の次はいいわけかよ。ぐっ」
蔑むような表情で僕を見た直後、ピンク犬が苦しげに呻いた。
どうやら、身じろいだせいで火傷が痛んだらしい。
その姿は、彼がどんなに強がってもやっぱり可哀想に思える。
これは彼にとってはとても不本意なことかもしれないけれど、このまま放っておく訳にはいかないと、僕は魔法使いさんへ視線を向けた。
「うん、そうだよ。でも、その前にその火傷をどうにかしないとね。魔法使いさん、どうにか出来る?」
「え・・・うん」
僕の呼びかけに、魔法使いさんは一瞬戸惑った表情を見せた。
けど、僕がその反応に不安を抱くより早く、少しほっとした表情でしっかりと頷き返してくれた。
やっぱり彼も、ピンク犬をこれ以上傷付けることに戸惑っていたみたいだ。
それに安堵して胸をなで下ろす僕に微笑みかけ、魔法使いさんがこっちへ来ようと一歩踏み出す。
しかし、それは大臣さんによって遮られた。
「ちょっと待ってください。治療なんてして襲ってきたらどうなさるおつもりですか!」
厳しい表情で僕を見据える彼からは、傷ついた生き物に対する憐みは微塵も感じられない。
さっき剣を抜いた時の戸惑いの無さから言っても、彼は見た目に反して場数を踏んだ戦士らしい。
そんな彼からすれば、僕の行動はただの自殺行為にしか見えないんだろう。
そりゃ、僕だって襲われる心配はしたさ。
でも、これ以上この犬が苦しむところも、怯えたように震える魔法使いさんも見たくない。
だから、僕は確かな覚悟を持って彼に答えた。
「その時は、斬ってしまってもいいよ」
「てめえ!」
「だから、治療し終わっても僕達を襲わないでね。もし襲うにしても、僕達の話を聞いてからにしたって遅くないでしょ?」
「・・・分かった」
僕の答えにピンク犬が怒りを滲ませたけれど、この状況では、彼に拒否権なんて無い。
それが分かったんだろう。彼はいかにも警戒しています、といった態度は崩さないながらも、僕の提案に乗った。
それに頷き、僕は魔法使いさんに場所を譲る。その横へ、彼を守るように大臣さんが立った。
「癒しの光よ、彼の者の傷を癒し、清めよ」
「なんだ、これ?」
魔法使いさんの呪文に合わせて集まった淡い光が、ピンク犬の手を優しく包む。その感触に驚いたのか、それとも魔法を見るのが初めてなのか。
ピンク犬は、驚きを隠せない様子で己の手を凝視している。
やがて光は徐々に弱まっていき、何事もなかったかのように消えた。
その後に残ったのは、完全に元の状態に戻った犬の手。
これにもまたピンク犬は驚いたようで、しきりに自分の手を動かして眺め回している。
「どうなってんだ?いったい」
「魔法だよ。君は見たことなかったの?」
自分自身が不思議生物なのに、魔法も知らなかったのかと、僕は不思議でしょうがなかった。
けれど、本当にピンク犬は魔法の存在を知らなかったようで、きょとんと首を傾げる。
そんな仕草をするとますます犬に見えるな。
「魔法?ここはそんなもんまであるのか」
「・・・?うん。誰でもできるわけじゃないけどね」
「へえ」
ピンク犬は、どこか魔法の無い場所から来たんだろうか。僕は彼の微妙な反応に首を傾げた。
でも、今はそれより兜の話をしないと。
「そろそろ話を始めてもいい?」
「あ、ああ。いいぜ」
ピンク犬が頷いたことを確認し、僕は彼にこんなことをした理由を話すべく口を開いた。
ここまで閲覧していただき、ありがとうございます。
今回は少し変なところで切れて申し訳ないです。
ちょっと話が長くなり過ぎたのですが、ここくらいしか切るところがなかったので、ここで一区切りとさせていただきました。