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僕と犬と魔法使いと、時々獏さん  作者:
第1章 豚もおだてりゃ木に登る
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第7話

 大臣さんの話によると、兜は氷で出来た洞窟の奥に保管されているらしい。

 何でも、王子のひいお祖父さんが盾を売り払ったことを知った当時の大臣が、二度と同じことが起きないようにするためにそこへ移したらしい。


 その大臣の選択は、凄く賢明な判断だったと僕も思う。そうしていなかったら今頃、兜も借金の形になっていたに違いない。

 もしそうならなかったとしても、なんやかんやトラブルを起こして紛失させるとか、最悪の場合は破損させていたかもね。

 そんな末路を辿るくらいなら、誰の手にも届かないような場所に隠してしまう方がマシだろう。

 そんなことをつらつらと考えてい僕の思考は、洞窟の中に入った直後に凍結した。


「寒いぃぃぃ」


 寒い、寒い、寒すぎる。

 そんな単調な感想しか浮かばないくらい、洞窟の中はとにかく寒かった。

 どれくらい寒いかと言えば、ここまで散々文句を言っていた王子が、一言もしゃべらなくなったくらいには寒い。

 僕も出来れば黙っていたいもん。

 なんかもう、口を開けたその場から口の中の水分という水分が全部凍っていきそうな感じがする。

 体の他の部分だってなんかギシギシきしんでいて、指とかもう感覚すらない。


 でも、逆にしゃべるなり歩くなりしてとにかく体を動かしていないと、本当に凍り付いてしまいそうで怖い。

 だから僕は、縮こまる体に鞭打ってひたすら歩く。

 もう、なんなの?なんでこんなに寒いの?いや、そりゃ洞窟全体が氷で出来ているから寒いのも仕方ないのかもしれない。

 けど、だからってそれを許容出来るかっていうのは別の話だ。これはいくらなんでも寒すぎるでしょ!

 そこまで考えたところで、ある考えが浮かぶ。

 

 そうだ!魔法使いさんの魔法で僕たちの周りだけでも暖かくして貰えばいいじゃん。

 周りが氷だから暖かくし過ぎると洞窟自体が崩壊、なんてことにもなりかねないけど、この時の僕はもう、暖かくなればそれで良いような気分になってしまっていた。

 この世界の魔法って割と自由みたいだし、魔法使いさんならどうにかなるんじゃない?

 かなり他人任せな思考だけれど、思いついたら即実行。早速魔法使いさんに頼んでみようと、僕は彼のもとへと足早に駆け寄った。


「魔法使いさん。この寒さ、魔法でどうにか出来ない?」


 寒さのあまり単刀直入に尋ねる僕へ、魔法使いさんは特に不快に感じている様子も無く笑う。

 でも、その笑顔もこの寒さのせいか、どこかぎこちない。


「たぶん出来ると思うよ。ただ、納得のいく詠唱が思いつかなくてね。あと少し待って」


「待てるわけがないだろう!こちらは死にそうなんだ。貴様が納得いくかどうかなどどうでもよい。何とかできるのならばさっさとしろ!!」


 この一大事に呑気なことを言っている魔法使いさんへ、初めて怒気が募る。

 そんな時、魔法使いさんの言葉を遮るように王子が吠えた。

 その表情は、今にも人を食い殺しそうなほど鬼気迫るもので、流石の魔法使いさんも気圧されたように笑顔を引きつらせている。


 でも、この寒さを早く何とかして欲しいのは僕も同じだから、何にも言わない。というか、元気があれば僕も詰め寄っていたと思う。

 もう、なんか王子にすらグッジョブと言ってやりたい気分だ。

 大臣さんは何も言っていないけれど、彼だって明らかにほっとした表情をしている。


「仕方がない。納得はいかないが、こんなところで殺されても困るからね」


 王子の剣幕に加えて、僕と大臣さんからの視線に耐えかねた魔法使いさんが渋々といった様子で折れた。

 良かった。これで凍え死にすることは無さそうだ。


「春の日差しよ、我らを冬の寒さから守りたまえ。スプリングコート」


 呪文が終わった直後、暖かい空気が僕達の体を優しく包む。

 ああ、なんかもうなんて言ったらいいのか分からないけど、じんわりと沁みてくる暖かさに感動した。

 なんかさ、体だけじゃなくて心まで温かくなったっていうか、暖房って本当にありがたい物だったんだなって実感したっていうか。

 まあ、実際に使った記憶はないんだけど。とにかく、あったかいって偉大だ。

 僕は、暖かさのおかげで身体に幸福感が満ちていくのを感じた。


 今なら、不満そうにさっきの呪文の改良に勤しむ魔法使いさんだとか、早速文句を言い始める馬鹿王子だとか、それを宥めている大臣さんだとかの五月蠅い声も気にならない気がする。


 うん、やっぱちょっと五月蠅いかも。特に馬鹿王子の声。キャンキャンキャンキャンまるで犬みたいだ。

 ここ洞窟の中だから、ただでさえ声が反響するって言うのに、そんな大きな声を出さないでよね。

 そんな不満を込めて王子を睨む。


「まったく、これだから愚民は!」


「落ち着いてください王子。ここには盗賊対策の罠が多く有るのです。慎重に進みませんと」


 僕の視線にも気付いた様子の無い王子は、怒り心頭とでも言いたげな表情で一人ズンズンと進んで行く。

 それを慌てたように後ろから大臣さんが追いかけるけれど、それすらも煩わしいのか、王子は立ち止まると、すぐ側の壁を思いっきり叩いた。


「うるさい!これが興奮せずにいられるか!何故この私が、このような目に合わねばならんのだ!!まったく冗談じゃないぞおおぉぉぉ!!!??」


「王子!!」


「落ちた・・・」


「落ちたね」


 我が儘王子にとうとう天罰が下った。

 興奮した王子が壁を叩くと、暫くすると彼の足元の氷が無くなり、王子はその穴の中へ真っ逆さまに落ちてしまったのだ。

 壁をよく見れば、如何にもなんかの仕掛けっぽい魔法陣が刻まれている。きっとあれに触ってしまったんだろう。


 言わんこっちゃない、大臣さんの言うこと聞かないからだよ。

 因みに、僕が何でこんなに落ち着いているのかと言えば、別に王子が嫌いだから心配してないとかそういうのではなく、王子が大丈夫だと確信しているからだ。

 落ちた直後から延々と文句を言っているくらい元気なら、間違いなく大丈夫でしょ。

 そうじゃなかったら、いくら王子が嫌いでも心配くらいはする。


 落ちた穴がどれくらいの深さなのか分からないし、周りは固い氷だ。

 こんなところに落ちたら、下手をすると大怪我しかねないもんね。

 まあ、落ちた時一番に思ったことは、『天罰が下った』だったけど。

 それは、なんていうか日頃の行いが悪いとしか言いようが無い。


 これで落ちたのが魔法使いさんや大臣さんだったら慌てて駆けつけるくらいのことはしたんだろうけど、王子相手にはどうにもそんな気持ちにはなれない。

 一方、そんな僕とは違って心が広い大臣さんは、本心から心配していると分かる慌てた様子で王子が落ちた穴へと駆け寄ると、中の王子へと声をかけた。


「大丈夫ですか王子!?」


「大丈夫なわけないだろう!早くここから出せ!」


「はい」


「しょうがないなぁ」


 王子の態度にはムカつくけど、出さないわけにもいかない。僕は大臣さん一人じゃ大変だろうと手伝うために穴の側へ寄った。

 幸い、穴はそんなに深く無く、手を伸ばすだけで引き上げられそうだ。

 大臣さんと片方ずつ王子の腕を掴み、二人がかりで引っ張り上げる。その間も王子は痛いだのなんだの文句を言っていた。

 五月蠅いからこいつの周りだけ魔法解いてもらえないかな。そうしたら静かになるのに。

 そんなことを本気で考えてしまうくらいには煩い。


「よいっしょっと」


「王子、お怪我は?」


 大臣さんがやはり心から心配そうに王子へと問いかける。

 この人は本当にどうしてここまで良い人なんだろうか。もう、ここまで良い人ならこんな王子に仕えていないで、もっと人格も立派な人のところへ就職し直した方が良いんじゃないかと思えてくる。

 大臣さんならきっとどこへ行っても上手くやっていけるはずだ。


 一方王子はと言えば、せっかくの大臣さんの言葉にも答えること無く。俯いたままで何か呟いている。


「もう・・・だ」


「はい?」


 その呟きは、さっきまでの元気はどうしたと思う位小さく、近くに居た大臣さんにすら聞こえないほどだった。

 そのため、大臣さんが困惑したように聞き返した。


「もう、いやだと言ったんだ!!!!」


「お、王子?」


 大臣さんが聞き返したのはとても自然なことだと思うんだけど、王子はガバっと顔を上げると噛み付くような勢いで叫んだ。

 なんなんだこの人。情緒不安定か?それともカルシウムが足りないのだろうか。


「なんで王子である私がこんな目に合わなければならないのだ。可笑しいだろう、王子とは城で優雅に暮らしているのが仕事だ。なのに、こんな寒い場所で痛い思いをするなんてあってはならない!」


 叫んだ後に続いた王子の言葉に、僕は呆れた目を向けた。

 僕、王族の事ってよく知らないけど、王子の仕事はたぶんそんなんじゃないと思う。

 それはお前が勝手に思い込んでいるだけだろう。


「では、王子は姫を見捨てるとおっしゃるのですか!?」


 そんな王子へ、大臣さんが王子にも負けないくらいの声量で叫び返す。

 こんな感情的な大臣さんは出会ってから初めて見たので、僕は少し驚いた。

 驚いたのは王子も同じだったのか、彼は動揺したように、少しトーンを落としてまるで大臣さんを宥めるように話し始める。


「誰もそんなことは言っておらん。姫はもちろんこの私自らが助けに行く。だが、それに必要な道具まで私が取りに行く必要はないだろう」


「それはつまり、自分は安全なところで待っているから、私たちに神器を取りに行けと言いたいのかな?」


 王子のあまりにも身勝手な言い分に、それまで彼らの会話にも興味無さげに呪文の改良を続けていた魔法使いさんが口を開いた。

 うん、でもその気持ちは僕も分かる。

 さっきの王子の言葉はとてもじゃないけど黙って許容出来るものじゃなかったもんね。


 一方王子は、不審なものを見る目を向ける僕らなど気にした様子も無く。

 それどころか、何故か自信を取り戻したかのように何時もの嫌みな笑みを浮かべた。


「そうだ。こういうことは貴様らのような愚民にこそ似合いの仕事だろう」


「・・・」


 もう、開いた口が塞がらない。こいつ、馬鹿だ馬鹿だとは思っていたけど、ここまでとは。

 面倒な仕事はぜーんぶ人に押し付けて、自分は安全なところで高みの見物したうえ、おいしい所だけ頂こうだなんて。

 もう、本気で腹が立つ。どうにかなんないのこのクズ野郎は。


 この回答には流石の大臣さんも呆然とした表情で黙り込んでしまった。そんな大臣さんの肩を、魔法使いさんが慰めるように優しく叩く。

 が、彼が放つ空気は、その所作とは真逆のものだった。

 表情はさっきまでと全く変わらない。

 変わらないのに、見ているだけで鳥肌が立つほど恐ろしい笑顔だったのだ。正直怖い。

 そんな笑顔のまま、魔法使いさんがぞっとするほど優しい声で王子へ声をかける。


「分かりました。神器は私たちで探して参りますので、王子様はお城へお戻りください。ただ、道中は危険が多いと思いますので、盾はお借りして行きますね」


「えー!魔法使いさん何言ってんの?」


「いいから、行くよ」


「・・・はい」


 口答えしてすみませんでした!もう、言う通りにするんでこっち見ないでください。

 そう土下座したくなるくらいに、今の魔法使いさんはとても怖かった。

 うん、なんていうか。美人な人が本気で怒ると凄く迫力があるんだなってことを実感しました。


 王子が何か言いかけたけど、それよりも早く魔法使いさんが盾を奪う。

 そして、最早声も聞きたくないとばかりに早歩きで歩き始めたのを見て、王子は口を噤んだ。

 幾ら空気が読めなくても、あれだけ怖ければ気づくか。

 よく見れば、王子の顔が若干青い気もするけど、自業自得だろう。


 王子と一緒に置いて行かれるわけにはいかないと、僕も魔法使いさんの後を追う。大臣さんも、王子に道中はよく気を付けるように注意した後、僕たちの後に付いてきた。

 そうして、勇敢にも魔法使いさんへと声をかける。


「お二人とも申し訳ございません。私が不甲斐ないばかりに・・・」


「大臣さんは悪くないから気にすることないよ」


 そう、大臣さんは気にすることは無い。

 あれは全て王子が悪いんだから。それなのに、なんで我が儘王子は呑気にお城へ戻って、僕たちがあの恐ろしいオーラを放っている魔法使いさんと共に歩かないといけないのか。

 世の中はとても理不尽だと思う。

 魔法使いさんは当然ながら、まだ怒りが冷めていないようで、怒気を振り撒いていてとても怖い。


「そうだね。まあ、王子を日頃甘やかして付け上がらせているのはあなたたちだから、無罪とも言えないけど」


「すみません・・・」


 案の定、大臣さんにも氷のように冷たい声で返事をする。その態度に、大臣さんも言葉を詰まらせた。

 ううう、空気が重い。大臣さんは黙りこんじゃうし、魔法使いさんからは黒いオーラが出てるし。

 このまま進むのは、僕の精神衛生上たいへん宜しくない。


 でも、何か打開策があるわけでもないから、僕も黙って歩く。 下手なこと言って、さっきみたいな思いはしたくないもん。こうなったら、魔法使いさんの機嫌が早く治るのを祈るしかない。


 そんな重い空気に耐えながら、僕たちは黙々と進んで行く。

 この洞窟の壁には、至る所にさっき王子が引っ掛かった落とし穴の魔法陣が刻まれているから、出来るだけ壁に触れないように注意しなくちゃいけない。

 王子みたいなヘマはしたくないもんね。

 それでなくても魔法使いさんの機嫌が悪くて居心地悪いのに、これ以上トラブルが起きて更に機嫌を損ねられたら堪らない。


『ブオン』


 そう考えた矢先、足元から不穏な音が聞こえた気がした。

 うん、凄く嫌な予感。

 恐る恐る下へ顔を向けて見てみれば、僕の足がしっかり壁にあるのとは違う色の魔法陣を踏んでいる。


 あ、やっちゃった。

 そう思っている間にも、その魔法陣があった辺りの床が人一人入るサイズに丸く口を開け、僕の体を飲み込む。


「わっほい」


 僕は、自分でもよく分からない言葉を発しながら穴の中へと吸い込まれるように落ちていく。

 でも、完全に体が飲み込まれる前に、手を誰かにガシッと掴まれた。


「大丈夫ですか!」


 どうやら、大臣さんが気付いて助けてくれたらしい。そのまま彼に引き上げられて、床に倒れこむ。

 いやー王子と同じ事しちゃったよ。恥ずかしい。

 僕は不本意な状況に落ち込みながら、それでも感謝の言葉を伝えようと、大臣さんへ顔を向ける。


「ありがとう、大臣さん。助かったよ」


「いえ、礼には及びません」


「いや、礼を言われるほどの事をしたと思うよ」


 僕の言葉へ謙遜していた大臣さんへ、魔法使いさんが存外真剣な口調で告げた。

 その言葉の意味が分からなくて僕が首を傾げると、魔法使いさんは落とし穴の中を指さした。

 その仕草に、穴を見ろってことかなと大臣さんと二人、中を覗き込んでみる。

 そうして分かったのは、その穴は底が見えない位深くて、あのまま落ちていたら大怪我どころか死んでたかもしれないって事だった。


 あ、危なかった。本当に大臣さんには感謝しないと。

 恐ろしい光景に縮みあがった僕は、再び大臣さんにお礼を言い、またこんなことにならないように、ちゃんと全体に気を配ろうと胆に銘じた。


 でも、なんかこれのおかげで魔法使いさんの黒いオーラが消えてるし、結果オーライかもね。




ここまで閲覧していただき、ありがとうございます。


主人公は王子に対して毒舌ぎみですが、別に死ぬほど嫌っているわけではなく、ただそりが合わないだけです。

なので、死ねば良いとは思っていません。まあ、嫌いではあるので、今回みたいな場面だとどうしても塩対応になってしまう感じです。

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