第6話
「お邪魔しまーす!」
「はい、どうぞ」
小屋の中はほとんど物が無いせいか、全員で入っても思ってたよりは狭くなかった。
魔法使いさんと、彼を手伝っている大臣さんが食事の用意をしてくれている間、手持無沙汰だったから小屋の中を見て回る。
とはいえ、何も怠けているわけじゃない。僕だって始めは手伝おうと思ったんだ。
だけど、二人の手際が良すぎて、下手に手を出すと逆に邪魔になりそうな感じだった。
それなら大人しくしていた方が早く終わりそうだなって事で止めておいたんだ。
けど、何も言わずにいると、小屋に入るなり椅子にどっかり座ってふんぞり返りやがった馬鹿王子と一緒な気がしたから、一応、何か僕でも出来そうなことがあったら言ってねとは言っておいたんだよ?
でも、やはりというべきか。大臣さんからやんわりと断られちゃった。
そうなったら僕にはどうしようもないので、こうして小屋の中を見て回っているってわけだ。
それにしても、小屋の中には本がたくさん有ったけど、何故かどれも内容が短い。
魔法使いさんが言っていた魔法書も本当にあれだけしか書かれていなくて、僕は首を傾げた。
内容これだけなのに、何でこんな分厚い本なんだろう?これなら紙一枚で済むじゃん。
他の本にしても同じようなもので、どれもこれも紙が一・二枚あれば事足りる内容だ。
それなのに本自体はとても分厚い。これは無駄以外のなにものでも無い気がする。
そうこうするうちに、テーブルの上には美味しそうな料理が次々と並べられ、僕にとっては十分贅沢な食卓が出来上がった。
「うわあ、美味しそう。いっただっきまーす!!!」
「ふん、庶民にしてはなかなかの味だな」
これだけ豪勢な料理だっていうのに、何が不満なのか。王子が言葉とは裏腹に満足そうな声で悪態を吐く。
こいつはどこまでいっても悪口しか言えないのだろう。
そんな奴は放っておくことにして、僕はこれらを用意してくれた二人へお礼を言う。
「あっそ。魔法使いさん、大臣さん、とっても美味しいよ。ありがとう」
「ふふふ、どういたしまして」
「おかわりも有りますから、たくさん食べてくださいね」
「はい!」
大臣さんの言葉に甘えてもりもり食べる。料理は見た目通りとっても美味しくて、いくらでも食べられそうだった。王子もなんやかんや言いながらたくさん食べているくらいだ。
王子に負けじと、僕はまだ誰も手を付けていない鍋の蓋へと手を伸ばした。
「うわっ!?」
「なんだ、その蓋は!」
王子に同調するのは癪だけど、僕も同じ気持ちだった。
だって、僕が持ち上げた蓋が急にでかくなったんだ。そりゃあ驚きもする。
そんな僕たちへ、魔法使いさんが悪戯が成功した子供のような顔をした。
「面白いだろ?それ、当てたものの大きさに合わせて伸縮するんだよ」
「へえ、流石魔法使いの家の鍋蓋」
「あの、少し見せてもらっても構いませんか?」
便利だな、と感心していると、大臣さんが何故か神妙な顔つきでそう言ってきた。こういう鍋蓋はこの世界でも珍しいんだろうか。
それなら僕だけが持つのは悪い気がする。
「どうぞどうぞ、って僕のものじゃないけど」
「構わないよ。減るものじゃなし、いくらでもどうぞ」
「ありがとうございます。では、失礼して」
魔法使いさんの許可も得られたところで、僕から蓋を受け取った大臣さんは、しげしげと注意深くそれを眺めまわす。
すると、裏返したところで何か見つけたのか、目を見開いて固まってしまった。
蓋の裏に何があるんだろう?大臣さんの向かいに座っている僕からは蓋の裏側は見えないから、彼が何に驚いたのか全く分からない。
「なにかあったの?」
僕の質問を受けた大臣さんは、話すかどうか少し迷う仕草をしていたけれど、結局、何かを決意したような表情で口を開いた。
「・・・。これは、神から与えられたという三種の神器の一つの盾です」
「ええーー!!!」
その言葉に僕は驚愕を隠すことが出来ず、大きな声で叫んだ。
えっえっ、どういうこと?なんでそんなすごいものが鍋蓋の代わりにされてたの?
いや、それより、この盾?は確かになんかちょっとゴツイし、普通の蓋よりは立派な感じだけど。神器って言うにはちょっと、こう。貧相っていうか、質素っていうか、ぶっちゃけとても神器には見えない。
そう思ったのは僕だけじゃないらしく、王子は明らかに馬鹿にしたような目で大臣さんを見ているし、魔法使いさんもちょっと不審そうな顔だ。
そんな僕達の反応を予測していたのか、大臣さんはその視線には特に動揺した様子も無く、ここを見て下さいと蓋の裏の縁の方を指差した。そこには小さい文字でこう書かれていた。
『メイドインヘブン』
日本語にすると、天国産?なるほど、だから神器なのか。確かに分かり易い。
その文字を読んで、漸く僕は大臣さんの言葉を信じる気になれた。
でも、なんて言うか。分かり易いけど、神器としての威厳0じゃん。せめて英語で書けばいいのに。カタカナじゃ、なんかアホっぽさが増すよ?
チープさが強い神器に、思わず心の中でツッコミを入れる。そんな僕を置いて、話はどんどんと進んでいた。
「でも、よく似た偽物という可能性もありますよね」
「いえ、おそらくその心配はありません。実は、神器のうちの二つ。盾と兜は三代前までは我が国が管理していたのです。なので、城には神器に関する本がいくつかございます。この盾の見た目や伸縮性は、その本に書かれていた盾の特徴と一致していますから、おそらく本物かと」
「なるほど、それは分かりました。ですが、ならば何故その盾がここに?」
魔法使いさんの疑問には、僕も同意だった。
そんなすごい道具ならもっとちゃんとした所で、それらしく管理されてそうなのに。
魔法使いの家に有るってのはともかく、鍋蓋代わりにされてるなんて。
まあ、魔法使いさんはここに来たばかりだから分からなかったっていうのは仕方ないけど。
料理の入れ物として使ったということは、そもそも台所に置いてあったんじゃないだろうか。
なら、前の魔法使いのお爺さんも鍋蓋として使っていた可能性が高いと思う。
訝しげな僕たちに、大臣さんがもの凄く言い難そうな顔でぽつりぽつりと答えてくれた。
「はい。・・・実は、王子様のひいお祖父様、つまり先々代の国王は、大変な博打好きであらせられまして」
「まさか、担保にした、とか?」
「・・・・・・・・・はい。ある日、大負けした先々代の国王は、お金に困って借金の形に盾を渡してしまわれたのです」
嫌な予感がして尋ねてみれば、大臣さんが申し訳なさそうに頷いた。
なんとまあ。もしかして、王子の一族は馬鹿ばっかりなの?そんなのに国を任せて大丈夫なのかな。
僕は不安というよりも、純粋な疑問としてそう思った。
いや、大丈夫じゃない気がする。だって、神器を借金の形にするとかもう、ほんとここまで来るといっそ清々しい気がしてくるよ。
「そうだったのか。・・・おい、大臣」
「はい。なんでしょうか」
横で僕にそんな風に思われているとも知らず、王子が珍しく真剣な表情で大臣さんへと声をかけた。
普段からそういう顔をしていれば良いのにと僕は思う。性格は兎も角、顔は童話の王子様って感じなんだから。
少しは相手にしてくれる人が増えるはずだ。まあ、そんなことを言っても馬鹿にされるだけだろうから教えてやらないけど。
そんな関係の無いことを僕が考えている間にも、王子は真剣な表情のまま話を続ける。
「この盾はすごいのか?」
「もちろんです。これは持ち主の意思に合わせて大きさを変える盾。どのような巨大な武器であろうとも、これがあれば防ぐことができます」
大臣さんの答えに、王子は何故だか嬉しそうに頷いた。
そして、さも当然といった仕草で大臣さんへと手を差し出す。
「そうか。ならばこれは私が持っていよう」
「はあ?」
何勝手に決めちゃってんの?
僕は王子のあまりにもな行動にそれ以上の言葉が出てこない。 こういうのってなんて言うんだっけ?コウガンムチ?憎まれっ子世にはばかる?
いや、言葉はどうでもいい。それよりもこいつの行動だよ。
そりゃ、昔はあんたの家のものだったかもしれないけどさ。今は魔法使いさんのものなわけだから、持っていくにしても持ち主の許可を取りなよ。
本当にこの人は、王子の癖に礼儀がなっていない。
しかし、僕の憤りとは裏腹に、意外なほどにあっさりと、魔法使いさんは王子へと頷き返した。
「そうですね。私が持っていても仕方がありませんし、王子様にお返しいたしますよ」
「うむ」
魔法使いさんの言葉にも、当然だと言いたげに形ばかり鷹揚な頷きを返した王子が、嬉々として盾を受け取る。
その行動にもイラつきが募って、僕は一言言ってやりたい気持ちになった。
けれど、持ち主の魔法使いさんが許可したことへ部外者の僕が口を出すわけにもいかない。
そう思い止まって、ぐっと言葉を飲む。
「ところで、これからの事なのですが。どうでしょう、ついでに他の神器も集めてみませんか?」
そんな中で、魔法使いさんがあの心情を読み取れない胡散臭い笑顔でそんな提案をしてきた。
その言葉に、大臣さんも王子も明るい表情で肯定を示す。
「そうですね。この装備では魔王相手には少し心許ないですし。王子、そうされては如何でしょう」
「そうだな。伝説の神器を集めたとなれば箔も付く。よし、神器を集めよう」
その言葉を皮切りに、みんな出掛ける用意をし始めたところを見ると、方針は決まってしまったらしい。
えー、僕の意見は?いや、別に異存はないけどさ。一人だけ何も聞かれないのって、疎外感半端ないんですけど。
そんな感じで、僕抜きにどんどん話が進む事に不満を覚えたけど、特に何か言いたいことがあるわけでもないから黙っているしかない。
でもやっぱり釈然としないなぁ。
「では、王家が管理している兜から取りに行きましょう。あれならばここからも近いですし」
「そうだな。では大臣、案内は頼んだぞ」
黙して語らずを貫こうとした僕だったけれど、王子の返答に思わずツッコミを入れそうになった。
こいつ、自分の一族が管理しているものの場所も知らないのか。
この分だと、その兜もまともに管理しているとは思えない。
僕は、これからの先行きがとても不安になった。