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僕と犬と魔法使いと、時々獏さん  作者:
第1章 豚もおだてりゃ木に登る
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第1話

 目を開けた時にまず見えたのは、何処までも高い青空と、それを区切るように聳え立つ蔦のアーチ。

 その蔦は、人の手によって編み込まれたのか、繊細でありながら躍動感を感じさせる不思議な模様を描きながら、天へ届けとばかりに伸びている。


 でも、重力に負けたのか、途中から緩やかにカーブし、結果巨大なアーチになっていた。

 その丁度真ん中に、ツーンと澄ました顔で必死にしがみつく黒豚が一匹。

 うわー、あの蔦の模様すごーい。なんて感想を抱いている間に、アーチは徐々に遠ざかって行く。


「あの豚さん、助けた方が良いのかな」


 アーチが視界から消えて数秒。まるで靄が掛かったようにぼんやりとしている頭に、そんな考えが浮かんだ。

 なんであんな所にいるのか知らないけど、もし降りられなくなったんだとしたら、助けてあげた方がいいんじゃないかな。

 でも、ああしている事が豚さんの意思なんだとしたら、降ろしても迷惑だろうし。

 さっき見た光景だけじゃ豚さんがどう思っているのか判断がつかず、僕は考え込んだ。


 うーん。とりあえず、近くまで行って様子を見てみようかな。 もし降りたそうにしていたら降ろしてあげればいいし、自力で降りてきたらそれはそれで良い。

 動きの鈍い頭を回転させてどうにか結論を出すと、決めたからには早い方がいいだろうと体を動かす。頭同様動きの鈍い体は、動く事を拒否するかのように言うことを聞かなかったけれど、時間をかけてどうにか起こし、振り返る。


 すると、ついさっき通り過ぎたばかりのはずのアーチは、何故か遙か彼方。辛うじて見える程度の場所にあった。


「・・・なんで?」


 首を傾げている間にも、アーチはどんどん遠ざかって行く。それを暫く見つめ。

 僕は漸く、自分が結構なスピードで移動していることに気が付いた。

 その原因を知るため、目に映っているだけだった景色を意識して見直す。どうやら僕は今、小舟に乗って川を下っているらしい。

 これでアーチがすぐに遠ざかった理由は分かったけど、新たな疑問も生まれた。

 

 なんで僕、こんな所にいるんだろう。

 

 再び頭を傾げつつ考えてみる。

 でも、頭の中は真新しい紙のように真っ白で、答えになるような事は何も浮かんではこなかった。

 このままだと埒が明かない。仕方が無いので、何か手懸りになるような物はないかと辺りを見渡す。

 まず見えたのは、延々と続く川とその両岸にある森だ。体を回転させて逆の方を見てみても、同じような風景が広がっている。

 

 駄目だ、全然見覚えが無い。ここは本当にどこ?僕は何でこんな所に居て、どこへ行こうとしていたんだろう。

 疑問ばかりが頭を占め、それに対する答えは何も浮かばない。 どうしようもない状況に、困ったなあ、と僕は首を捻った。


「・・・まあ、いっか」


 暫く考えてみたものの、良い考えは何も浮かばず、僕は思考を放棄した。

 いくら考えたところで思い出せそうにないし、このまま考えていても時間を無駄にするだけだ。それに何より面倒くさい。

 なら、その事は一旦横に置いといて、先に豚さんの事を済ませてしまおう。

 あっちは豚さんの体力が尽きるまでに行ってあげないと危ないし、様子を見るだけならそんなに手間もかからない。

 ここがどこなのかとか、どうしてここにいるのかとか、どうやって家に帰るのかとか、そういうややこしい事はその後ゆっくり考えれば良いだろう。


「キャー!!!」


 さて、そうなると豚さんの所まで戻らないといけないけど、どうやってあそこまで戻ろうかな。

 この舟じゃ流れに逆らって上るなんてことは出来そうにない。

 だから、あそこに戻るにはまず、どっちかの岸に上がらないとね。


 けど、あいにく僕には舟の漕ぎ方なんて分からない。

 だから出来れば泳いで渡りたいところだけど、この川そこそこ広いし、底が見えないから結構深いっぽいんだよね。

 流れも速いみたいだし、これを泳いで渡るのは危ないかな。


 そう考えつつ、二つの岸との距離を比べる。どちらかと言うと、右の岸との方が近い気がする。

 でも、そっちの岸には変な人達が居るから、正直近づきたくない。


 女の人の悲鳴をスルーしていたのもそれが理由だ。悲鳴が聞こえた時、何事かとそっちへ目を向けた。

 それで見えたのは、女の人が男に担がれている姿。暴れている事から、無理矢理連れ攫われようとしているところなんだろうな、というのは想像がついた。


 でも、その人達の恰好を見た瞬間、何も見なかったことにしようと決めたんだ。

 薄情かもしれないけれど、思わずそう判断してしまうほど、その人達は変わっていた。

 

 まず、悲鳴を上げたであろう女の人は、お姫様のように豪華でフリフリなドレスを着ていて、眩しいくらいの金髪をぐるぐると巻いている。

 女の人だけなら、まあ、趣味は人それぞれだしって事で無視せず助けてあげようとしたかもしれない。


 でも、男の人の方は絶対に関わり合いになりたくない感じの雰囲気を放っていた。

 頭に二本の角を生やし、背中の蝙蝠の羽でパタパタと宙に浮く、全身黒ずくめの男。そんなの見るからに怪しいし、変な電波を受信していそうで嫌だ。


『フハハハハ、姫は貰って行くぞ!』


 だんだん近づく男の人たちとの距離に、このままじゃ気付かれちゃう、と一人焦る。

 

そんな中、男の人が高笑いを始めた。その姿はまるで戦隊ものの悪役のようだ。

 何がそんなに楽しいのか知らないけどさ、笑う余裕があるならその担ぎ方どうにかしたら?女の人を俵担ぎってのはどうかと思うよ。


 関わりたくないとは思いつつ、女の人が足や手をバタバタさせる度に捲れるドレスが気になって、そんな事を思う。

いや、別にドレスの中が見たいととかそんなわけじゃない。本当だよ?


でもさ、男としては本能的にどうしても気になっちゃうんだよ。

 丈が長いおかげで見えてないけど、いつ下着が見えてもおかしくない状態だし。

女の人にそんな恥をかかせるのは男としてどうかと思うんだよね。見た目的にもカッコ悪いしさ。

何より僕の精神衛生上、この状態が続くのは大変よろしくない。

うっかりあちら側の岸へ近づいて行ってしまいそうだ。


やっぱり、女の人を運ぶならお姫様抱っこがいいんじゃないかな。女の人の恰好もお姫様っぽいし、ぴったりだと思うんだけど。

まあ、あれは見栄えは良いけど凄く腕が疲れるらしいから、腕力が無い人は無理してやらない方がいいだろう。


でも、見たところあの男の人は腕力が有りそうだし、女の人は細くて軽そうだ。

これなら、少しの間くらいならやれると思うんだよね。


と、そんなこと考えている場合じゃなかった。早く岸に上がらないと。

女の人達がすぐそこまで近づいていることに気付き、脱線していた思考を慌てて引き戻す。

 ここはやっぱり舟を漕ぐのが一番かな。やったことはないけど、どうにかなるでしょ。

不安はあったけれど、戸惑っている時間はないと早々に判断を下す。早計な気もしたけど、あの男の人には絶対に絡まれたくない。


さて、そうなると舟を漕ぐ物が必要だ。オールがあればいいんだけど、と視線を下へ向ける。


「空を飛ぶとは卑怯だぞ魔王!降りてきて私と勝負しろ!」


なんか、隣から声がするんですけど。


僕は、すぐ側から突然聞こえてきた声に、思わず下を向いたままの体勢で固まった。

だって、さっき周りを見渡した時には確かにこの船に乗っていたのは僕一人だったはずなんだ。

 それなのに、いきなりすぐ隣から怒鳴り声が響けば驚きもする。

幻聴であることを願いつつ横目でチラッと確認すると、いつ乗り込んで来たのか、王子みたいな人とその従者っぽい人が乗っているのが見えた。


怒鳴ったのは王子みたいな人の方なのか、悔しそうな顔で魔王さん?を睨んでいた。その表情に、怪しい男改め魔王さんが目を細める。


『ふっ、いいぞ。その苦渋に満ちた表情。ゾクゾクする』


「くっ、この変態め!」


うわあ、なんかめちゃくちゃ悦に入った表情してるよ、この人絶対サドだ。


 やっぱりあの人には関わり合いにならない方が良さそうだ。エムな人なら兎も角、僕はあんな風に嫌がらせをされるのは嫌だもん。

そんな風に僕が魔王さんの反応に引いている横で、王子みたいな人はますます表情を険しくさせ、魔王さんへ悪態をつく。


うーん、王子みたいなお兄さん、そんな怖い顔してもサドには逆効果だよ。

そう思った直後、僕の予想通り魔王さんがますますいい顔になった。

 ああ、やっぱり、こうなると思ったんだ。あれ絶対内心喜色満面だよ。

王子さんの苦渋の表情でますます調子に乗ったのか。魔王さんが大仰な所作で王子さんを煽る。


『悔しいか?王子。もし姫を返して欲しければ、我が城へ来るがいい。待っているぞ』


「嫌、離して!」


「姫!」


王子さんを挑発した魔王さんは、気分が高揚したんだろう、再び高笑いを始めた。それと共に魔王さんとお姫様の姿がだんだん薄れ始める。


あれ、どういう仕掛けなんだろう。すごいイリュージョンだなあ。

なんて呑気に眺めている僕の横では、王子さんがお姫様へ必死に手を伸ばしている。


でも、空に浮いている相手にそれが届くはずもなく、その姿には悲愴感が漂っていた。

王子さんだけ見れば、まるで映画のワンシーンのようで胸に迫るものがある。


でも、お姫様がお尻を向けているせいで雰囲気がぶち壊しだ。

だから、その担ぎ方はやめた方が良いって思ったのに。大袈裟な動作をするくらいなら、もうちょっと細かいところにも気を配って欲しいものだ。

これじゃあ、ただのギャグでしかない。


そんな場違いなことを考えている間にも、魔王さん達は消えていき、無情にも、王子さんの目の前で二人の姿は跡形もなく消えた。

後に残されたのは、空しく手を伸ばし続ける王子さんと、悲しそうにお姫様達がいた辺りを見上げる従者さん。

それから、従者さんの横に見えるオールが取りたいのに、取れなくて困っている僕。


別に、どうしても取れないって訳じゃないんだけど、そのためには王子さんを退かさなきゃいけないんだよね。

でも、なんか今シリアスっぽい雰囲気だし、邪魔しちゃ悪いかなって感じがする。

僕は、あの間抜けな魔王さんとは違って空気は読める方だと思うんだよ。だから、ここはそっとしておいてあげるべきだと少しの間静観することにした。


その王子さんはと言えば、今は伸ばしていた手をパタリと下ろし、固く拳を握って俯いている。

うん。その気持ちは分からないでもないよ。目の前でお姫様が攫われたんだから、王子と呼ばれる者としては心配だし、悔しいだろう。


でもさ、出来れば僕のいない所でやってくれないかな。それが駄目なら、せめてオールをこっちにやって欲しい。

なんて思ってみても、口に出さなきゃ伝わるわけもなく、王子さんはただじっと佇んでいるだけで微動だにしない。


これは、本当に気が済むまで放っておくしかなさそうだ。

そう判断した僕は、本格的にオールを取ることを諦め、待つ体制に入った。

ただ、こうしている間にも、豚さんが落ちてしまっているんじゃないかと心配でならない。


豚さん、大丈夫かな。


ここからじゃ、もうアーチすら見えないのは分かっていたけど、そっちへ視線をやらずにはいられなかった。

豚さん、もし力尽きて下に落ちても僕は恨まないでね。恨むのなら、邪魔をしている王子さんか王子さんをこんな状態にした魔王さんにして欲しい。








そうして暫く経った頃、唐突に王子さんが顔を上げた。


「ここで悔いていても仕方がない。早く追いかけて姫をお助けしなければ!・・・おい、そこの愚民」


「・・・」


「おい、聞こえていないのか!お前だお前!!」


「・・・僕?」


芝居がかった口調で王子が話し始めたのを、早くしなきゃいけないって言うなら、さっさとどっか行ってくれないかなって見ていたら指を突きつけられた。

どうやら、彼が言う愚民とは僕の事だったらしい。

今まで空気のように扱われていたから、まさか話しかけられるとは思ってもみなくて、馬鹿にするようなその呼び方への怒りよりも驚きの方が強い。


でも、人を指さすのはやめた方が良いと思う。指が近すぎて今にも目に入っちゃいそうだし。何だか嫌な気分になる。

それにしても、僕に用事ってなんだろう?出来れば後にして欲しいんだけどなぁ。


 あれから結構時間が経ってるし、そろそろ豚さんの体力も限界なんじゃないかと思うんだ。

あんたの所為で時間を無駄にしたんだし、出来れば遠慮してほしい。

そう思っていると、思いが顔に出ていたのか、王子さんが元々寄っていた眉間の皺を更に深くした。


「なんだその顔は。何か文句でも有るのか」


「うん、有るよ」


 そんなの有るに決まっているじゃないか。寧ろ、何故無いと思ったし。

 けど、僕の言葉が気に入らなかったのか、王子さんはますます眉を寄せた。

 何がそんなに不服なのか知らないけど、そんなに眉間に皺を寄せると、癖がついて取れなくなっちゃうよ?


「何?この大変な時に貴様の戯言など聞いている暇はない!グズグズしていたら姫が魔王にキスされたり、傷物にされたりしてしまうんだぞ。そんな暇があるなら、早く舟を岸へ着けろ」


「・・・」


王子さんのあんまりな発言に、思わず僕も眉間に皺を寄せた。

王子さん、その顔で下世話なことを言うのはどうかと思う。

 別に、女の子みたいに王子様に夢を見てるわけじゃないけど、流石にそんな物言いをされたらビミョーな気分になるよ。


 王子さんは、見た目だけなら金髪碧眼の、王道的な王子様スタイルだ。

 そんな彼が、三下な小物とかが言いそうなセリフを口にすると、どうにも違和感が凄い。


まあ、そう思いはしたものの、早く岸に着きたいのは僕も同じだ。

 それに、王子さんは僕が何を言ったところで聞く気は無さそうだし、言うだけ時間の無駄だろう。

 そう判断した僕は、いつの間にか手に持っていたオールで舟を漕ぎ始めた。


 それにしても、何で僕がこんなことをしなくちゃいけないんだか。


ここまで閲覧していただき、ありがとうございます。


マイペースな主人公ではありますが、可愛がっていただければ幸いです。


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