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最凶チート殺しの英雄迷宮  作者: 神楽 佐官
第一部『最凶チート殺しの内臓迷宮』迷宮編 第一章 不知火凶からアルブレヒトへ
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007 内臓迷宮

『俺が迷宮になった?』



 不知火凶は自分自身の身体を確認した。

 たしかに。

 いまの不知火凶には身体がない。

 手がない。足もない。

 自分の身体に触れることができない。


 でも、

(俺はちゃんと生きているよな……)

 もしも自分の身体がなければ思考できないはずである。


 死ねば、考えることなどできない。

 だが、不知火凶はこうして生きている。

 ヌジリと名乗る魔術師を見ている。

 肉体がなければヌジリを見ることなどできないはずだ。


「これから、どうやってお前さんに話したらいいかわからねえ」

 ヌジリは悩んでいた。

「魔術を知らないお前さんに説明するのは難しい。いや、魔術師である俺だって内臓迷宮を見たのは初めてなんだ。俺自身驚いている。なんでお前が迷宮になったことをわかるかという前に、ちょっとばかり長い自己紹介をしておきたい」

 そう言って、ヌジリはがっしりとした顎をなでた。



「俺はヌジリだ。いまは在野の魔術師だ。これでももともとティターンの軍人だったんだ。

 こんなでっかい身体をしているが、もともとは小さかったんだ。それを牛乳ばかり飲んでいたから大きくなったのかもしれねえな。

 家は裕福だった。

 一生懸命勉強して、魔術を学んだ。

 ティターンという国について当然知らないだろうが、世界最古の王国だ。だから魔術にも詳しい。俺は一生懸命勉強して、王立魔術院に入学することができた。

 だが、象牙の塔に閉じこもって研究の日々は退屈だった。

 それで俺は冒険者になって大陸中を旅してまわった。

 リウーという剣術使いと二人で大陸中を駆け巡ったよ。ほとんどすべての手ごわい奴は倒したね。俺たち二人は無敵だったよ。

 軍から誘いがあった。

 冒険者としてやるべきことはほとんどやり尽くしたので、軍に入ることにした。

 どうして軍隊に入ったらって聞かれたら、やっぱり刺激が欲しかったんだろうな。

 軍に入ったときはみんな驚いたぜ。こんなにごつい身体をしているんだから。

 王立魔術院に入る連中はみんな身体が細いわけだ。

 ところが俺だけこんな身体つきだから、誰も魔術師だって最初は信用してくれない。もちろん王立魔術院に問い合わせたから信じてくれたよ。俺みたいなごつい身体をした奴はいないからな。

 俺の時代には戦争が頻繁にあったから、たくさんの戦争を経験した。

 戦いには自信があった。

 けっこう戦場では役にたったと思うぜ。

 どうしてかというと、俺は傀儡くぐつをあつかうことができる……わかんねえか?

つまりは人形のことだ。俺は戦場で人形を扱うことができた。同時に千まで操ることができた。これのおかげで俺は戦場で出世できるようになったもんだ。一人で部隊が千人だぜ?

 それだけじゃなくて俺は愛想がいいから上役に好かれたんだ。組織では強いとか能力があるとかだけじゃ出世はできねえ。

 あっという間に元帥まで出世した。

 ところが、それをきっかけに皇帝のアレクシオスに妬まれるようになった。

 臣下ってのは役に立たなきゃダメなんだが役に立ち過ぎるのもよくねえ。

 歴史書を紐解いても、臣下の名声が皇帝よりも高くなって生き残ったことはない。このままだと殺されると思った俺は適当に病気だと嘘をついて軍を引退することにした。

 引退したはいいが、それからの俺はしばらくは何もしなかった。

 庭でもいじって野菜でも育てるかなと思ったんだけど、性にあわない。

 その頃の俺はまだ老け込むような歳じゃなかったからな。

 それで古代迷宮の研究をするようになった。

 ふたたび世界中を旅する日々に戻った。

 古代王朝の魔術の研鑽をかさねた。

 教会のお偉いさんとも仲良くなった。

 おかげで各地に旅することもできたし、教会秘蔵の書をたくさん読むことができた。

 えっ? どうして仲良くできたかって?

 一番の決め手は賄賂だな。

 『神の国』では知らないが、こっちの世界では僧侶は金に弱いやつが多いんだよ。

 で、俺はとある枢機卿の食事会にひんぱんに呼ばれるようになった。

 すげえ贅沢な食事会でな。俺はティターンで元帥にまでなった男だが、俺の食っていたものとは比較にならないほど豪勢なものを食っているんだよ。


「ヌジリくん。死刑よりも厳しい刑罰は知っているかね?」


 その枢機卿ってのは二十代半ばなんだよ。俺、その時そいつよりも三十歳くらい年上だったんだ。何デカい口聞いてんだてめえ、と言いたい時もあったんだが、いつも飯をおごってくれるから強く言えねえ。俺の迷宮の研究に色々と便宜をはかってくれるから、いつも下手に出ていたんだよ。


「さあ……。何でしょう?」

「よく考えてみたまえ」


 女の子があたしいくつに見える? みたいなノリで聞いてくるんだよ。

 で、俺も考えたわけだ。


「その人の大事な人を殺すとかですか?」

「たしかにそれはつらいことだ。家族や親友や恋人が目の前で死ぬのは本当に胸をかきむしられるような思いがする。だが、それは一つ欠点がある」

「何でしょうか?」

「彼らが無実ということだよ。無実の人間を殺したら、施政者の人間性が疑われることになる。逆らう者は皆殺しにする彼らにも一片の慈悲は存在するらしい」

「うむ……。わかりません。何なんですか?」



 すると枢機卿はでっかいルビーをつけた手を振って、

「死なせないことだよ」

 と言ったんだ。


 俺は枢機卿の言った言葉の意味を理解できなかった。

「死なない程度にじわじわと痛めつけるってことですかい?」

「そうじゃない。不死にすることだ」



 ――その時、俺がどんな顔をしたか想像できるかい?



 相手は枢機卿だぜ?

 教皇の次に偉いんだぜ?


 そんな人間がいきなり不死とか言うんだぜ。その場で笑いそうになったけど、まさか枢機卿の前で笑うわけいかないよな? 俺、どうにか我慢したよ。


「不死といってもゾンビにでもするんですか?」

「あんな腐った肉体になってどうするつもりかね? あっという間に腐敗する。千年生きたゾンビとか聞いたことあるかね?」

「じゃあ、吸血鬼にするとか?」

「たしかに数百年生きる奴もいるらしいね」

「私、倒したことありますよ」


「吸血鬼は人間をはるかに凌駕する力をもつ反面、多くの弱点を持っている。非常に脆い存在なのだよ。日光を浴びて灰になる。血を飲まなければ生きられない。不死とは到底いえない。そもそも食物がなければ生きられない時点で不死ではない」


「まさか……。禁断の秘法のことを言っているわけじゃないでしょうね?」

 禁断の秘法ってのは、魔術師を自ら不死化することだ。

 骸骨になって生きられる。飯を食わずに生きられる。

 ただし絶対に正気じゃいられなくなる。

 闇に堕ちなかった人間はいない。

 じつはティターンでもとある魔術師がそうなった。そいつのせいで数千人死んだ。

「ちがう」

 と、枢機卿は言った。

「それなら私も知っている。死魔道デス・ウィザードだろう? ティターンでも数千人殺したらしいが骸骨だっていつかは朽ちる」

「じゃあ、何なんですか?」

 からかわれていると感じた俺はちょっと怒ったね。

 でも、枢機卿は俺を馬鹿にしていたわけじゃなかった。

「魂を閉じ込めるのさ。永遠にね」

 俺は開いた口が塞がらなかったよ。

 でも、枢機卿は真顔なんだよ。


「そんなのできるわけないでしょう」

「できる。人間を迷宮にしてしまうのだ」

「つまり生き埋めにしてしまうということですか?」

「似たようなものだが、違う。人間は生き埋めにされたら死ぬ。だか内臓迷宮は死なないんだよ」

「そんな話聞いたことがありませんな」

「カルス王になってからの話だ。ごく最近の話だよ。聖域は知っているかね? あそこで実験を行っているのだ。禁じられた魔術の実験だよ」

 いつも能天気で酒と女にしか興味ないような枢機卿が、そのときばかりは恐ろしい顔つきになっていた。

「私は恐ろしいのだよ。いまの世の中で邪悪な実験が行われているということに」


 俺、そのときの枢機卿の顔を忘れられないね。

 枢機卿がまじめな顔をしたのは後にも先にもこの一回きりだね。

「わたしもトルゲマタ卿に聞くまで知らなかった。エスード王国で知っているのはカルス王とオリバル伯爵だけだ。あとは誰も知らない」


「つまり……国民を実験材料にしていると?」

「いや、犯罪者だよ。それも国家反逆罪のみに適用される。それはちゃんと法律に明記されている」

「いまどきそんな奴いるんですか?」

「さあ。しかし、実験は確実に行われているとトルゲマタ卿から報告を受けている。ここ最近はとくにな」

「信じられませんな」

「私もそう思う。かりに国家反逆者など急に出てくるものではない」

 そう言って枢機卿はワインを飲んだ。

 一息にぐいっとな。

「つまりは国家反逆罪を偽造している可能性もあるんだよ」

「魔術の実験をしたいから、無実の人間を罪に落としていると?」

「そうなる。最近も一人内臓迷宮にしたらしい。人の命を玩具にするほど恐ろしく罪深いことはない」


 ※


『そんな……』

 不知火凶の声は震えていた。

『じゃあ、僕は国王の人体実験のために無実の罪を着せられたと……』

「だが、そうなると問題が出てくる」

 ヌジリは手帳を取り出した。それから鉛筆で文字を書くと、それを破って虚空に向かって見せた。

「この文字わかるか?」

『わかりません』

「そうなんだ。お前さんは『神の国』からやってきた。言葉がわからないはずだ。どうして喋れるのかわからねえけど、話を聞いたかぎりでは読み書きはできないはずだ。なのにパルニスに契約書を書いて渡したってことが信じられねえんだ」

『じゃあ、どういうことなんですか……』

「契約書を偽造したんだろ」

『どうしてですか?』

「そりゃあ、お前を国家反逆罪に陥れるためさ」

『王ですよね!? そんな手間をかけなくても俺を殺そうと思ったら簡単に殺せるでしょう……」

「そりゃあ国王だから死刑にできないこともない。

 だが、証拠もなしに人を殺したら大変だわな。

 もしも、ただ単に魔法の実験がしたいために人体実験をしたと知られたらどうなる?

 無実の人間で人体実験したら、国王の信用ガタ落ちだぜ。

 だから、万が一バレてもいいように証拠を残しておいたんだろうぜ」

『でも、

「オリバル伯爵ってのは実験の助手なんだ」

『嘘でしょう!?』

「ところがこれが本当なんだ。だって手際が良過ぎると思わないか? 本人から直接事情も聞いてないのにあらかじめ嘆願書を用意しておくのなんて。オリバル伯爵はお前さんの友人じゃなくて、ただの他人だろ? そんな奴の擁護をするなんてありえない」

 不知火凶は、それこそ地獄の底に叩き落されるようなショックを受けた。

「さて、そこで問題が出てくる。カルス王もオリバル伯爵も『神の国』の言葉を知らない。だから書類は偽造できても、お前さんの名前は偽造できないわけだ。ところで契約書にはお前の名前が書いてあった」

 ここまで言われて不知火凶もようやく事の次第を理解した。

「お前さんは 頼まれただろう? でも、お前さんは断った。誰だって死にたくないからな。黒橋みかげはお前さんのことを逆恨みした」

『だからって……』

「おそらく取引があったはずだぜ。不知火凶を国家反逆罪に落とす手助けをしたら、命を助けてやるとか……」


 恐怖のどん底に突き落とされていた。

 異世界の王だけではない。

 同じ立場の人間にまで裏切られたのだ。

 ショックで凍り付いている不知火凶。

 号泣の思いであった。

 だが、不知火凶は泣けない。

 泣こうにも、泣く身体をすでに失っていたのだから。

 

 ※


 だが、そのときのヌジリはべつの事を考えていた。

(どんなに精巧ですばらしい人形をつくっても、それは生きていねえ。

 ニセモノなんだ。

 ティターンの元帥にまでなった俺は、この地上にある最高の素材で人形をつくることができた。

 でも、生きた人形を作ることはできなかった。

 なぜなら魂が入っていないからだ。

 生きた肉体を使って人形をつくろうと考えたこともあった。

 でも、それはやっちゃならねえことなんだ。それはたとえ死体であっても死者に対する侮辱なんだ。それに肉体を蘇らせたところで人格は戻らないんだ。

 俺はあくまでも人形で生きたものを創りたかったんだ。

 でも、人形が人間のように考えることは不可能なんだ。いくら『神の国』だってそんなことはできねえだろ?)



 まさかヌジリは日本に人工知能というものがあることは知らない。

 もちろん今現在の段階では、人工知能は人間の脳のかわりにはならないが。

 肉体が消えれば魂も消えうせる。

 俺が内臓迷宮の研究に打ち込んだのも、結局は魂を手に入れるためだった。

 内臓迷宮というのは、己の宿命を知った瞬間絶望して狂気に陥る。

 そうなったらもう救うことはできない。

 だから、内臓迷宮にされたばかりのまだ正気を保っている魂でなければならないのだ。

 そして、その魂がいまヌジリの目の前にある……。


「お前さんを外に出してやることができるかもしれねえ」

『本当ですか!?』

「いいか。期待させてるわけじゃねえんだ。俺には確信があって言っているんだ。俺は人形をつかうことができる。つまり、お前さんの魂を人形に移せたら、外に出ることができるかもしれない。元の姿に戻ることは不可能だけどな」

『そんなこと、本当にできるんですか?』

「人間が迷宮になっちまったんだ。人形になれないわけがねえ」

『お願いします! 人形でもかまいません! 俺をここから出してください!』

「全力を尽くす。それは俺自身望むところだが……」

 ヌジリの眼差しは鋭くなった。

「仮に外に出たとして、だ。そのあとどうするんだ?」

 ヌジリの言葉は不知火凶の心に深く突き刺さった。

「なにを知らない。魔術だって使えなければ、剣だって使えねえ。金だってねえ。知り合いもいねえ。外に出たところで何もできずに死んじまうのが関の山だ」


 そのとおりだった。


 仮に迷宮を出たところで、生きていく方法がない。

 身寄りのないのだから、飢え死にしてしまうかもしれない。

「お前、魔術師になるつもりはないか?」

 突然のヌジリ申し出に、不知火凶は驚いた。

「俺でも火とか雷とか出せるんですか!?」

「出せる。というか、俺レベルからみればその程度は初歩中の初歩なんだがな」

 と、ヌジリは自慢げに言った。


「俺はティターンの軍を辞してから、

 結果、失われた古代王朝の研究の結果、それらの古代王朝の魔法を使えるようになった。

 それらの魔法はあまりに危険だから、本にして残すことはできねえ。

 国が一つ滅びるような代物だ。

 だが、誰にも伝えずに朽ちさせるのはあまりに惜しい。

 俺だって研究者だ。自分の研究したことは誰かに伝えておきたい。

 お前に教えようと思う」

「いつから教えてくれるんですか?」

「たった今からだ」




 不知火凶は、ヌジリとともに勉強することにした。

 まず最初に習ったのは数学や言語についてだ。英語はとても苦手な不知火凶だったが、何の苦もなくすらすらと覚えることができた。言語は日本語によく似ているが、文字の表記がちがった。数学についても同様で、幾何学もあっという間に覚えることができた。

 それから魔術を使うのに必要な古代言語について覚えることになった。

 言語の意味を深く熟知しないと魔術を扱えないのだ。

 不知火凶は寝ずに勉強した。

 というか、身体を持たない不知火凶は寝ることができないのだ。

 内臓迷宮が、かえって不知火凶に不屈の精神をあたえることになった。

 以前の不知火凶は一時間も勉強したら眠気をもよおしていた。

 しかし、不知火凶は飽かずに勉強した。

 なにしろ身体がないのだから、疲れない。

 いくら勉強しても疲れないのだから、知識がみるみる入った。

 不死の呪い。

 それが逆に不知火凶に圧倒的な集中力をあたえることになった。

 一方、勉強にはげんだのは不知火凶だけではなかった。

 ヌジリもだった。


「お前さん、『神の国』について教えてほしいんだ」



 さすがに魔術師だけあって、不知火凶が驚くほど知識に対して貪欲だった。

 不知火凶は日本について話した。

 ただの高校生に過ぎない不知火凶は、高度に専門的な話はできない。

 それでもヌジリにとっては驚きの連続だった。

 そもそも電車も飛行機も知らない。

 電気さえ知らないのだ。


「世の中はそんなふうになっているのか……」


 ヌジリはすごく感動していた。

 娯楽に対しての知識が豊富な不知火凶は、ゲームやアニメについての話をした。

 魔術師であるヌジリはそういう話にはあまり興味がないと思っていた。

 ところが、そうではなかった。

 身を乗り出して熱心に聞いたのだ。

 たとえばアイドルの話になると、


「なんだそりゃ。踊り子みたいなもんか」


 こちら側の世界でも、歌って踊る職業はある。

 しかし、国王のハーレムとか酒場とか、そういう限定された場所でしか存在しなかった。 ヌジリはテレビの歌番組も知らなければ、握手会も知らない。

 商業の規模が違う。


「そっちの世界の娯楽ってのはすげえなぁ……」

 アイドルで一番を投票して決めるとか、そういう話を聞くと、

「はあ……。

 アニメの話も熱心に耳をかたむけた。

 そもそも絵が動くということはヌジリには信じられなかった。

「そんな面白い話があったら、一度見てみたいもんだなぁ。こっちの世界にそんな面白い娯楽なんかないぜ」


 政治についての話もした。

 民主主義の話もした。異世界に住んでいるヌジリは知らないだろうと思っていた。ところが、

「知っているぜ。この世界にも議会政治はある」

 と言ったから驚いた。異世界には民主主義などない、どこの国でも王様が統治しているものだと勝手に思い込んでいた。

「ゴーラルがそうだ。バーンズワルトという男が統領になっている。パルニスやティターンと並ぶ大国だぜ」

「いい政治なんですか?」

「『神の国』ではいい政治を行っているかもしれないが、こっちの世界ではどうだかな……」

 政治にあまり興味のない不知火凶は、そこで話を止めた。

 ある時、ヌジリが、

「お前、自分が『神の国』から来たと絶対に他所ではするなよ」

 と、怖い顔をして言った。

『どうしてですか?』

「迫害を受けるからな」

 不知火凶は中世のキリスト教が異端を弾圧した歴史を知らない。

 権力者に都合の悪い考えというのは、いつだって押し潰されてしまうのだ。

「国王や貴族の庇護を受けていれば話はべつだ。でも、お前は天涯孤独の身だ。どの世界だって出る杭は打たれるんだよ。いまのお前はレベル200や300程度の相手なら百人いても秒殺できるが、社会的に認められる立場に成り上がるまでは身分は隠しておいた方がいい」

『じゃあ、どうすればいいんでしょうか?』

「冒険者でもやっとけ。以前にくらべれば怪物は減ったが、それでも最近は増えてきた。ここでしっかり魔術を学んだら、そんじょそこらの魔王だったら秒殺できるから、それで生活費は足りるだろ」

 不知火凶は魔術の習得に全力を尽くした。

 肉体がないのだから、いくら本を読んでも疲れない。

 いつしか外に出ることも忘れていた。

 十五年が経った。

 その頃には、不知火凶は魔術の精髄を極めるようになっていた。


 ※


 そして。

「これが俺の身体……」

 手のひらを見た。

 爪もある。手の皺まで完璧につくられている。

 十五年ぶりの身体だった。

 自分の意志で動く。人工の身体だと思えない。

 頬にふれる。

 人の皮膚そっくりだ。

「ほら、いい男になっただろう?」

 自分の顔ではない。

(誰だよ、このイケメン……)

 鏡にうつされた顔をまじまじと見る。

「髪の毛が紫色なのは……」

「そりゃあただの髪の毛じゃない。魔力を増幅させる装置だ。ティターンの皇帝が服に編みこんでいる特別な糸だ。王立魔術院を出た魔術師でもほとんど知らない軍事機密だ。そして、お前のただの身体じゃない。オリハルコンでできた特別品だ」

「というと?」

「剣で突いても矢で射られても弾いてしまう。神の金属といわれるオリハルコンは、ドラコンの炎でも浴びないかぎりほとんどすべての攻撃を弾き返す」

「すげえ……」

「そもそも神経がないんだから、斬られても痛みを感じない」

「それって最強じゃないですか!」

 不知火凶は興奮して叫んだ。

「もっとも、痛みがないのがいいこととは限らんが。痛みがあるから、人間ってのは加減したり思いやりを身につけることができるんだからな」

 ヌジリはしたり顔で言う。

 しかし。

 ヌジリからは異世界でのほとんどすべてのことを教わったといっても過言ではない。

「ヌジリさんにはいくら礼を言っても足りません……」

「おう」

 ヌジリは鷹揚にうなずいた。

(しかし……)

 教えたのは、魔術、そして学問と戦闘についての知識だけだ。

(一般常識教えてねえから、最初の頃は色々とやらかすだろうなぁ……)

 困ったようにはげ頭を撫でた。

(まあ、どうにかなるだろ)

「そうだ。肝心なことを言い忘れていた。服を脱げ……いや、全部脱がなくていい。上だけでいい」

 不知火凶が服を抜くと、ヌジリが胸にさわった。

 すると胸が箱の蓋のようになって開いた。

 中には心臓が埋め込まれていた。

 人形の身体に埋め込まれた心臓は、かつて人間だった頃と同じように脈打っている。

 一滴も血の流れていない身体だというのに。

「気をつけろよ。そこをやられたら終わりだから。もっとも身体がオリハルコンだから、簡単には破られないだろうが」

 そういって蓋を閉じた。

 隙間は肉眼ではわからない。生きている人間と寸分と変わらない。

「人形を用意するのは簡単だったんだよ。難しいのはアストラル体だ。魂と肉体をつなげる糸のようなものだ。これをどうにかするのに十五年もかかったといって過言じゃない。本当に苦労した……」

 ヌジリはしんみりと言った。

「さて、朗報だ」

「はい?」

「お前は不死の呪いにかかっていた。しかし、今は死ねるようになった。お前の身体に埋まっている心臓を潰せば死ぬこともできる。どうする?」

 不知火凶は微笑んだ。

「ここまできて、死ぬ奴はいないでしょう」

「そうだよなぁ」

 ヌジリと不知火凶の目が合った。

 ふたりで大笑いした。

「十五年がかりの大仕事だ。お前は俺の最高傑作だ。外にでて、お前がどんなふうに暴れてくれるのか楽しみだぜ。行ってこい!」





 不知火凶は、アルブレヒトとして名を改めて外に出た。

 天を仰いだ。じつに美しい青空だった。

 ここで序章は終わりです。次からは新しい章に突入します。

 読んでいただいてありがとうございました。

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