053 宣伝してはみたものの
「建物は最悪うちでやればいいと思うの。広場で教えたっていいわけだし。教える生徒を確保しないとね」
「どうにかできないの?」
「それはほら。こういう物を作っているから」
クロエは僕に一枚のブラを見せた。
クロエ学園の生徒を募集するためのビラである。
なかなかよくできているとアルブレヒトは感心した。
「よし! 行きましょう!」
クロエはビラを片手に勢いよく立ち上がった。
「どこへ行くの?」
「王宮よ」
「何をするため?」
「あとで教えますよ」
二人はパルニスの王宮へと向かった。
クロエは相変わらず腕にバジリスクを巻きつけている。しかも、人面さそりのパピルザクに騎乗している。
「こんにちは~」
門番も顔パスである。人面サソリに乗ったまま門を通り過ぎる。
王宮の人間はクロエにすっかり慣れている様子だった。腕にバジリスクを巻きつけても誰も不思議に思わない。
「そろそろどこへ行くのか教えてくれてもいいよね?」
「印刷機のあるところに」
「印刷機?」
「この原稿を印刷するんですよ。ビラを大量につくらないといけませんから」
そういえば、この世界の印刷ってどうなっているのだろうか?
よくコンビニとかに機械が置いてあるが、この時代は当然違うものだろう。
「印刷は王の城でないとできないの?」
「できますけど、王城でないとお金かかるんですよ。あたしレイウォン王お抱えの学者なんです。だからお城の印刷機を無料で使えるんです」
クロエは印刷室に入った。印刷室の壁には金属の活字が並んでいる。活版印刷を知らないアルブレヒトは目を丸くした。
太っちょのおじさんがいた。うまそうにパイプをくゆらせてながら新聞を読んでいる。
「これ、頼みます」
ビラを受け取ると、おじさんはパイプを置いてビラの原稿を見た。
「何枚いるんだ?」
「とりあえず二百枚ほど」
「どれどれ……」
おじさんは重い腰をあげると、ビラを片手に金属の活字を集めはじめた。
それから原稿を台の上に乗せて、組版をつくりはじめた。
「明日になったらできるから」
そういうと組版ステッキで活字を拾いステッキ上に並べはじめた。すでに作業に没頭していて、アルブレヒトとクロエの視線など歯牙にもかけていなかった。
※
翌日、クロエたちは二百枚のビラを受け取った。
クロエたちはエルムントの街で宣伝活動をはじめた。
ところが……。
「帰んな。お嬢ちゃん」
酒場にやってきたクロエたちは、けんもほろろにビラを突っ返された。
「でも、お子様のためにも……」
「だから子供に勉強させるのにどうして金を払わなければならないんだよ?」
「そりゃあお子さんの将来のためにも……」
「勉強したらどうしてうちの子の役に立つんだよ?」
そうなのだ。
二十一世紀の日本とは違うのだ。
いい大学に入れば、いい職が手に入るしお金もたくさん稼げる。
しかし、パルニスは違う。
試験がないのだから、勉強で社会的地位が向上するわけではないのである。
※
がっくりと肩を落とすクロエ。
結局、誰一人勧誘に応じてくれなかった。
子供たちに勉強しないかと声をかけても、
「勉強なんてかったるくてやってられない」
と返される始末。
夕日を背にしたクロエの背中はじつに寂しげだった。
「無理もないよ。一日で結果が出るなんてことは滅多にない」
そう言いつつも、アルブレヒトはの心はべつのことが占めていた。
(クロエには悪いが、学園経営ごっこをやっている暇なんてないんだよな」
大松清明は倒した。
しかし、復讐を果たしたのはまだ一人だけ。
苫小牧幸太郎についてはクロエの助力で捜索してもらっている。とはいえ、気になってしょうがない。
「どうしたら学園に入ってもらえるか今晩一緒に考えましょう」
クロエは虚ろな目で言う。それを聞いたアルブレヒトは、
(困ったな)
と思った。ずっと付き合っているつもりはない。
魔人武道会の決勝のこともある。
「悪いけど、僕はここで失礼させてもらうよ」
「えっ!? アルブレヒトさんまだ時間あるでしょう?」
「でも、もう夜だよ」
「あたしはかまいませんよ。それにアルブレヒトさんは夜寝なくてもいいんでしょ?」
「そういう問題じゃない」
「いえいえ。そう言わずに頼みますよ」
「ごめん。僕は魔術の修行をしたいんで」
「黒水晶の邪神を倒したほどの人にいまさら修行なんて必要ありませんよ。さあさあ……」
クロエはアルブレヒトの腕をつかんで、強引に家に連れて行こうとする。
その時、
「クロエさん?」
見知った声だった。振り向くと、美貌の青年貴族ライトゲープ伯ユリウスだった。
「ライトゲープ伯!?」
「いまはスライム伯と呼ばれていますがね」
自嘲の笑みをうかべる。アルブレヒトとの闘いは、ユリウスの誇りを打ち砕いていたのだ。
「それにしてもクロエさん、なにか悩み事のようですが?」
「じつは……」
クロエは事情を話した。
話を黙って聞いていたユリウスは、クロエの考えに心の底から共感した。
「たしかにパルニスは武勇においては並ぶものなき精強さを誇りますが、知能は低いといわれています。クロエ殿の考えは素晴らしいですよ。生徒募集しているのなら僕の家に来てください」
二人はついていくことにした。
五分ほど歩いて、ユリウスは足を止めた。
「ここです」
「ここがライトゲープ伯の家?」
「そうですよ」
驚いた。
目の前にあるのはアパートだ。
「この建物一個?」
「いえ、二階を借りて生活してます」
仮にも伯爵である。あまりにも質素な生活である。大きな館で召使いに囲まれて生活しているものだと思っていた。
「妹と二人で暮らしているから豪邸など必要ないんですよ」
階段を上がって二階に行く。ユリウスが扉を開けると、
「兄様! お帰りなさい!」
なんと気配を察して扉の前で待っていたリウィアが、兄の胸に飛び込んできたのだ。
ピンクのエプロンをつけていた。黒水晶の迷宮で会ったとはまるで別人の女らしい服装である。
リウィアは、ユリウスの胸に頬ずりまでしている。
まるで犬が飼い主になついているかのようだ。
リウィアが兄を溺愛しているのは知っていたが、
(まさかここまでとは……)
実際に目の当たりにすると正直気持ち悪い。
リウィアは、アルブレヒトとクロエに気がついた。
それこそ、
(親の仇でも見るような……)
険しい顔つきをしていた。
「なんで私たち二人の愛の巣にこんな小娘とおち○ぽ野郎がやってきたのですか?」
「クロエさんの学園に僕の妹を預けたいんだよ」
※
ライトゲープ伯爵の食卓はなんともいえない雰囲気につつまれていた。
「とにかく説明してもらえないことには納得がいきませんわ」
リウィアは眦を逆立てて叫んだ。
「私――リウィア・ライトゲープがこんな小娘から学ぶべきことがあるのかと?」
大ありだ。
ユリウスの目の前に置かれた食事……。
それは食事とはいえない代物であった。
食物ではない。化学薬品といっていい。
ユリウスの表情がすっかり青ざめている。
これを毎日食べさせられるユリウスの心中はいかばかりか……。
「アルブレヒトさん。言っちゃった方が相手のためということもありますよ」
「え? なにをですか?」
ユリウスの唇のはしが微妙に引きつっている。
『まずい』とは言えないわけだ。
ライトゲープ伯ユリウスは紳士だから、思ったことが言えないんだろう。
だからクロエに料理を習わせようとした。
単純に勉強どころか、
(死活問題……)
なのである。
俺は食事のできない体だが、もしも生身の身体だとしたらリウィアの食事はとても胃が受け付けない。
「これはあんたのお兄さんが喜んで食べていると思うのか?」
「当たり前でしょう!? 私の兄をなんだと思っているの?」
「あ、ああ……。うん……」
答えるユリウスのこめかみにはうっすらと冷や汗が滲んでいる。
この人、身体もつのかなぁ?
「でもまぁ、料理くらいなら学んであげてもよろしいですわ。エレガントな料理ばかりでもお兄さまは飽きるでしょう。たまには庶民の料理を学ぶというのも悪くないですわ」
そういうとリウィアは高笑いした。
現在のステータス
教師一名 クロエ(数学・医学・薬学)
生徒二名? アルブレヒト(特待生)
リウィア?
教室なし 設備なし
資金 五千タルザン(50万円)




