表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最凶チート殺しの英雄迷宮  作者: 神楽 佐官
第一部『最凶チート殺しの内臓迷宮』迷宮編 第一章 不知火凶からアルブレヒトへ
5/54

005 魔術師ヌジリ

 ――話は十五年前にさかのぼる。


 エスード王国のとある村で。

 司教が一人ですごろくをして暇つぶしをしていた。

 教会の責任者だから偉い立場なのだが、なにしろ田舎だから、

(仕事がないのだ……)

 だから、一人ですごろくをして時間を潰しているのだ。

 四人分のコマを一人で動かしている。


 ちょうど仕返しのマスに止まったので、誰に仕返ししようか考えているところに、女司祭が部屋に入ってきた。

 神学校を卒業して二年になる二十歳の女性で、眉が太くて眉間のところで繋がっている。


 司教がすごろくをして遊んでいるのを見て、

(またか……)

 と、侮蔑するような眼差しをした。


「司教にお会いしたいという方が来ています」

「誰だ?」

 すっかりゲームに夢中の司教は、女司祭の方に見向きもしなかった。

 すごろくの邪魔をされて不機嫌になっていたのだ。


「ヌジリという魔術師です」

「忙しい。後にしてくれ」

「ところが枢機卿からの紹介状を持っています」


 司教はサイコロを振ろうとするのを止めた。

 こんな辺鄙な場所に偉い人物がくるとは信じられないが、枢機卿の紹介状があれば話はべつだ。


「どんな人?」

「ご自身の目を確認なさった方が早いと思います」


 司教は女司祭から紹介状を受け取った。

 たしかに封蝋には枢機卿の印である鷲の紋章が刻まれている。手紙は本物のようだ。

 封を切って中身を読むと、ヌジリの研究に協力してやってくれと書いてある。

 枢機卿の紹介とあらば会わないわけにはいかない。

 教区司教は仕方なくゲームを中断することにした。

 居間にやってきた。


 ソファに腰掛けているヌジリという人物をみて、

(なんだこりゃあ……)

 と、驚いた。


 坊主頭。

 大男で、筋肉隆々としている。


 研究者とは思えなかった。魔術師はもっと死人みたいな蒼白い肌をしているものだ。

 目の前の人物はどう見ても、歴戦の戦士だった。


「へへへ、どうも」


 魔術師で添った頭を撫でて凄みのある笑みをうかべた。

 容貌魁偉で、しかも眼帯までつけている。


「で、どういったご用件でしょう?」

 挨拶もそこそこに司教が訊ねた。

 値踏みするような眼差しでヌジリに向けた。


「研究に協力してほしいんですよ」

「と、いいますと?」

「これでも、私は魔術師なんですよ」


 司教は心の中で、

(嘘をつけ……)

 と思った。

 牛を絞め殺せるような太い腕をした魔術師など聞いたことがない。


「たいへん鍛えられているようですなぁ」

「昔は冒険者をやっていたんですよ」


 と、ヌジリが言った。


「それが原因で左目をやられまして」

「戦士だったのですか?」

「いいえ、魔術師で。身体を鍛えるのが趣味で」


 趣味のレベルとは思えなかった。魔術師どころか戦士でもヌジリよりも立派な体躯をした者を見たことがない。


「研究に協力というと、具体的にはどんな内容で?」

「古代迷宮の研究です。禁止区域の許可を頂きたいのです」

「はあ……」

 司教はあまりいい顔をしなかった。

「あそこは魔物が大勢いますぞ」


 ここ数十年で魔物は激減した。

 しかし、エスード王国にはまだ危険な場所が多い。

 最たるものがこの禁止区域である。

 危険が怪物が大勢いるので、誰も立ち寄ろうとしない。

「古代王朝の研究には迷宮に立ち入らなければ難しいのはご存知でしょう」

「彼らは文字で伝えることを極端に嫌いましたからな」

 古代王朝の人間はすべて魔術はすべて口伝でつたえたという。

 禁止区域は聖域として扱っているので、冒険者が立ち入ることもできないのだ。

 例外は僧侶たちである。

 彼らは神の名のもとに自由に出入りする特権をあたえられている。

 しかし、彼らがその特権を行使することは滅多にない。

 怪物に襲われるので、命の保証がないからだ。


「ご心配なく。区域のなかは私一人で大丈夫ですから。入り口まで案内してくれれば結構なんで」

「大丈夫ですかね?」

「ええ。これでも腕っぷしには自信があるんで」


 たしかに研究者というよりは冒険者といった方が近い。

 腕が、司教の腰ほどにもある。

 ひ弱な僧侶相手では、絞め殺すのに五秒とかからないだろう。


「君、案内したまえ」 


 教区司教は女司祭の方を向いて言った。

 女司祭は露骨にいやな顔をしたが、命令とあっては断るわけにいかなかった。

 そして二人が部屋を出ると、

「まあ、死にやせんだろ」

 いそいで自分の部屋に戻って、すごろくの続きを始めた。


 ※


 女司祭は、教区司教から渡された地図を片手にヌジリを案内した。

 地図を渡されたとはいえ、歩いて三時間もかかる場所である。

 女司祭はその間すこしも笑わなかった。


「古代の迷宮なんてたくさんあるでしょうに、どうしてこんな危険な場所に?」


 無愛想な顔をして女司祭が訊ねる。


「昔、古代王朝の首都があったからさ」


 司祭になるには神学校を出なければならない。当然、歴史も勉強しているので、古代王朝のことは知っていた。


「他とは違うんだよ。本当はもっと早く訪ねたかったんだけど、枢機卿に手紙を書いてもらうのに時間がかかった」


 入り口に到達した。

 足元には瘴気が漂っている。


「聖域というにはあまりにも不気味過ぎるな」


 ヌジリは笑っているが、女司祭は怯えている。

 本能が教えていた。ここが危険な場所なのだと。

 白い門が見えてきた。


「あの門は?」

 女司祭がなにげなく訊ねた。

「神学校じゃあ、髑髏門のことは教えてないか」


 ヌジリは太い指で指差した。

「あれは、子供の首でできているんだよ」

 女司祭の顔色が真っ青になった。


「古代王朝では征服した土地の子供を皆殺しにしたんだよ。そして、街の入り口に骸骨の門を立てたのさ」

「なんでそんな恐ろしいことを……」

「古代王朝は、占領地に対しては徹底的に容赦がなかった。女子供はおろか、そこに住む犬猫にいたるまで皆殺しにしたんだ。とにかく古代王朝の力は圧倒的だったと聞いている。魔術師で古代王朝の知識を手に入れたいと願わない者はいない。その力を手に入れたなら世界征服だって容易だろうな」

 女司祭は、こんなおぞましい場所に送った司教を心の底から呪った。

「さっさと取り壊してしまえばいいのに……」

「おいおい知らないのか? ここはエスード王国の代々の王の陵墓があるところでもあるんだぜ」


 ヌジリが話していると、遠くからオレンジ色のおたまじゃくしのような物が飛んできた。

 夜なのに、はっきりと見える。

 ゆらゆらと近づいてくる。


「何かしら?」


 よく見た。

 子供の顔だった。

 タスケテ……と言っている。


「ひいっ!!」

「成仏させないのかい?」


 ヌジリは女司祭を見たが、当の本人は、


「ひいぃ……」


 足が震えて動けないのだ。


「しゃあねえな。まあ、戦闘経験のある司祭なんて今の世の中そんなにいないわな」


 ヌジリは拳を握りしめた。

 巌のような拳だった。


「ぬんっっっっ!!」


 ヌジリの拳が唸りをあげた。

 ぱちん、と音がしてオレンジ色の幽体は飛沫のように弾け飛んだ。

 なおも女司祭の震えが止まらない。


「大丈夫か?」

「ええ……。でも、いま拳で倒すなんて……」

「私は武道家じゃないんだよ。お嬢ちゃん」


 ヌジリは不敵に笑った。

 拳を見せた。

 大きな手の甲にはなにやら文字が書かれている。

 拳に魔術の言語を書くことによって、パンチを魔術化させたのである。

 それで剣などの物理攻撃が効かない幽体でも退治できるわけなのだ。


「死んでしまった子供の霊がこんなところまで来ているなんて……」

「スペクターは幽霊じゃない。恐怖心が生んだ怪物だ。死んだ子供とは関係ない。もっとも、こんなところで悪霊として棲みつくよりは、成仏させてやった方がよっぽど本人のためだと思うがね。あんたはもう帰ったほうがいい」


 女司祭はよほど怖かったのか、挨拶もそこそこに早足で去っていった。

今回は主人公は登場しません。


読んでくださってありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ