048 チート能力(2)
チート能力。
そんなものはライトノベルの世界にしか存在しないと思っていた。もっとも、それを言ったら異世界に送り込まれたこと自体が非現実的極まりないことだが。
アルブレヒトは不知火凶だった頃、そのような能力は何もなかった。
もしも、そのような能力があれば迷宮にされずに済んだかもしれない。
「『神の国』から来た人間はすべてチート能力をもっているのか?」
「そうとも。もっとも一人だけチート能力をもたない人間がいた」
「そいつは誰だ?」
「君が知る必要もない」
(俺のことだよ……)
まさかその人物が目の前にいるとは夢にも思うまいが……。
「せっかくだから面白いことを教えよう」
大松清明はアルブレヒトのみならず、この場にいるすべての人間を見回した。
「僕が『神の国』から来たというのは嘘ではない」
「本人が言い張るのは勝手だが、信じろといわれても無理な話だぜ」
そういうアルブレヒト自身『神の国』から来たのだが。
もっとも、不知火凶だった頃はとても神とはいえない劣等生に過ぎなかったが。
「神というのは単に君たちよりも優れた知能の持ち主だからとか、チート能力を持っているからとかだけではないのだよ」
「なに?」
「文字通り、僕たちは神なのだよ。君たちの創造主なのだよ」
「はぁ?」
唖然としたのはアルブレヒトばかりではない。
リウィアにジェームズ王子。
そして『俺たち最強伝説』の面々まで口をあんぐりと開けていた。
ここは二十一世紀の日本ではない。剣と魔法の世界である。
神を名乗ることは中ニ病で済む話ではない。
教会の力が根強いのだ。
異端扱いされて死刑になりかねない危険な発言なのだ。
「冗談ではこんなことは言わない。僕は実務的な人間なんだ」
「神がどうやってあたしたちを作ったのよ?」
「君たちは僕たちのゲームの世界の登場人物なのだよ」
「ゲームって、チェスみたいなの?」
「違う。MMORPG……といっても君たちにはわからないだろう」
MMORPG(Massively Multiplayer Online Role-Playing Game、マッシブリー・マルチプレイヤー・オンライン・ロール・プレイング・ゲーム)
大規模多人数同時参加型オンラインRPG。つまりはネットでやるPCゲームの一種だ。
(ネトゲなんてなつかしいよな……)
不知火凶だった頃の記憶が蘇る。
自分はろくに勉強もせずにゲーム三昧だった。
当時の堕落しきった自分から見たら、アルブレヒトの姿など想像もつかないだろう。
(しかし、そんなゲームあったか……?)
不知火凶だった頃はゲームは散々に遊び倒した。
廃人とまではいかないが、徹底的にゲームの世界に耽溺した。
が、こんなゲームは記憶にない。
そもそもゲームの世界だとしたらおかしいと思うことがある。
(なぜゲームの世界にチート能力があるのか……)
ゲームバランスが崩壊して、商業用の作品として成立しなくなるのだ。
それを言おうとして、慌てて口をふさいだ。
(危ない危ない……)
アルブレヒトはもはや不知火凶ではない。
もしもネトゲなど知っていたら、間違いなく『神の国』から来た人間だと悟られてしまう。
黙っておくことにした。
「この世界は我々が創ったものなのだ。だから、異世界から来たにもかかわらず勉強もせずに自由にこの世界の文字が読み書きができる」
「本当に『神の国』から来たのならね」
ポーリーンが言うのも無理はない。そんな話誰も信じていない。
「もっとも、何もせずにこんな力を手に入れたわけじゃない。それなりに課金したけどね」
「課金?」
「ネトゲを知らない君たちに課金を説明してもわかるはずがない」
「つまり、君たちはこの世界で能力を手に入れるために『神の国』で金でも払ったのか?」
アルブレヒトが訊ねる。
「金ではない。だから、課金という言い方は正しくはない」
「どういうことだ?」
「金では買えないものを対価として支払ったのだよ」
もったいぶった口調で大松清明が答えた。
「君らには関係ないことだから言ってもいいがね。生け贄を使ったのだよ。我々と同じ『神の国』からきた奴をな」
その時。
アルブレヒトの脳裏に思い出したくない昔の過去がまざまざと蘇った。
思い出したくない『内臓迷宮』にされた事実。
あまりにもショックでその出来事は忘れてしまった。
だが、裏切られたという憎しみは消えない。
異世界でチート能力を得るために犠牲にされたという事実。
事の成り行きで内臓迷宮にされたのだと思っていた。
だが、これらがすべて、
(計画のうえで……)
行われたことだとしたら?
だが、それを訊ねたところで本音を言わないことだろう。
アルブレヒトは考えているのは、今目の前の男を倒すことのみである。
「おかげで大変な力を手に入れたよ。君たちも見ただろう? 魔法攻撃はすべて通じないのだ。だからすべての魔術師は私を倒すことができない」
「!!!!!!!!」
アルブレヒトの攻撃手段は魔法のみである。
魔術師であるアルブレヒトにとっては、
(死刑宣告に等しい……)
すべての攻撃が通じない。
これでは戦闘にならない。
(どうする……)
だが、いまのアルブレヒトは昔の不知火凶ではなかった。
黙って首を差し出すほど往生際のいい人間ではなかった。
「じゃあ、逃げる」
「はあっっ!?」
「この大会の予選の目的はあくまでも地下百階にたどり着くことだ。貴様を倒すことが目的じゃない」
戦う方法がなければ逃げるまで。
次に戦う機会をつかむまでには相手の弱点を探る。
それまでの時間が欲しい……。
今はとりあえずは生き延びればならない。
アルブレヒトは走った。
大松清明の横を通り過ぎる。
アルブレヒトを逃すまいと、大松清明の二つの頭が同時に襲い掛かる。
狙いはアルブレヒトの頭だった。
そして……。
「ぐわっっ!!!」
アルブレヒトの頭を噛んだと同時に、犬の牙が折れた。
犬の口から血が流れる。
そのまま自らが作った穴のなかに落ちていった。
「おい……。あいつ死なんか?」
ドワーフCがエルフBを見る。
「大丈夫でしょうね。古代王朝の魔術師ですもの」
「それはお主の推測に過ぎんじゃろ?」
「絶対に間違いないわよ! 社長、追うんですか?」
だが、大松清明の耳にはエルフBの声は聞こえていなかった。
その表情は暗かった。
「しまった……」
「社長?」
「もう、あいつを追うことはできん」
その表情には後悔の念がありありと浮かんでいた。
「どうして僕の攻撃が効かないんだ……。まさかあいつもチート能力をもっているのか?」
「おそらく地下百階に到達しているだろう。契約では地下百階に到達した人間を攻撃してはならないのだよ」
アルブレヒトに傷つけられない無敵の身体を持ちながら、言いようのないほどの敗北感に苛まれていた。
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