047 チート能力
犬というとアルブレヒトは子犬を思い出す。
だが、大松清明の肩に乗っている犬の首はそのようなかわいらしいものではない。
ドーベルマンのように精悍でもなければ、土佐犬のように堂々としているわけでもない。
(醜悪で残忍……)
その一言に尽きる。
アルブレヒトが不知火凶だった頃、犬などあまり気にせず生活していた。
野良犬に出くわすというわけでもない。
もしもこのような犬に出会ったら、間違いなく犬という生き物が嫌いになっていただろう。
(人間の脳みそを食らって生きる……)
というのが嘘とは思えない。
「やれやれ、驚きましたよ。この世界にこれほど強い魔術師がいるとは」
大松清明は髪についている土埃を落とした。
「レベル測定不能……。ふむ、ひょっとしてバグかな?」
アルブレヒトは憎悪に満ちた目で大松清明を見ている。
だが、当人はアルブレヒトの心情など知ったことではないといった様子である。
「君は伝説の古代魔術を使えるのは間違いないようだ。しかし、無駄なことだよ。私には効かない」
「…………」
「企業のトップというのはタフでなければ務まらないのですよ」
「企業?」
鋭い口調でアルブレヒトが問うた。
「貴様の組織は会社じゃないだろう? 冒険者ギルドだろう?」
「会社です」
大松清明が答えた。
「ただのごろつき連中に過ぎない連中を僕が立派な会社の社員にしてやったのですよ」
「冒険者ギルドは普通に冒険者ギルドだろう? 世界最強かもしれんが」
「とんでもない! 立派な法人ですとも。エセルリアでは税制上の優遇措置を受けてますし」
そう言って大松清明はジェームズ王子を見た。
「もっとも、そちらにいる王子は我々の企業理念に賛同していただけないようですが」
「それはあなたたちが悪事を働くからでしょう!?」
「ポーリーン殿。具体的な証拠がおありなのですかな?」
大松清明が残念そうに首を横に振る。
「我々が麻薬を売買しているとか根も葉もない噂を立てられていますが、証拠はありますかな? 証拠がなければそれは冤罪ですな」
大松清明の言っていることは筋がとおっていた。
しかし、アルブレヒトが大松清明を斃そうというのは、べつに『俺たち最強伝説』が悪事を働いているからではない。
(積年の恨み……)
十五年、必死に魔術を学んだ。
眠ることもできず、ただひたすらに魔術を究めた。
それもすべてこの日のためである。
「貴様は『神の国』から来たそうだが」
アルブレヒトは一歩前に進み出た。
「その証拠はあるのか? 今の貴様は犬の首のついたただの化け物ではないか!」
「『神の国』というのは方便だ」
と、アルブレヒトが言った。
「俺は向こうの世界ではただの人間だった」
正直に答えた。
その率直な態度はアルブレヒトにとって意外なものだった。
大松清明は話をつづけた。
「経営コンサルタントを目指すただの大学生だった。だが、この世界の人間から見れば俺は『神の国』の人間であることは間違いない」
「『神の国』には魔法もなければ、無限に増え続ける食料もないだろう」
それを聞いた大松清明は目を細めた。
「なぜ『神の国』のことを知っている?」
「魔術師だから『神の国』のことくらい知っていても不思議ではない」
「いや、『神の国』に行くために迷宮を研究している魔術師はたくさんいるが、『神の国』に行ったものはいない。君の言葉はまるで『神の国』をじかに目で見た人間のようだ」
すると、群集のなかから一人の盗賊が前に進み出た。
「社長……」
「なんだね?」
「もしもその者が本当に古代魔術だとしたら、これ以上戦わない方が……」
「どうして?」
「社長もご存知の通り、古代魔術の力は絶大です。もしも言い伝えの通りならば、国一つ滅ぼす力があるのですよ」
「だから?」
「えっ?」
「僕はね。何事もチャレンジせずに言い訳をする人間が大嫌いなのですよ」
大松清明は笑っていた。しかし、目は笑っていなかった。
「我々は冒険者ギルドなのですよ。依頼主から予選者を止めろという依頼を受けたのですよ。一度依頼を受けた以上、全力で依頼を遂行しなければいけません」
「相手が悪すぎます! 下手をしたらパルニスそのものさえ滅ぼしかねないような化け物なのですよ!」
「いけませんね。行動する前からダメだと言うような奴は」
大松清明の目が妖しく光った。
「これは『査定』しなければいけませんね」
「ひいっ!!」
慌てて逃げようと背を向ける。
無駄なことだった。
犬の首がゴムのように伸びて、逃げる男の頭に食らいついた。
そして喰う。
頭蓋骨の割れる音。
(脳を喰っている……)
のだ。
それはまさに伝説の黒水晶の邪神そのものだった。
その凄惨さに誰もか顔を背ける。
「我々は毎週『査定』をするんだ。業績の悪い者二人は食べることにしている。こうして危機感を煽り、業績を伸ばしているのだよ」
「よく退職者が出ないな」
「退職者は食べる。それが規則だ」
当たり前のように言う。
きっとその規則は入会のときには隠しているのだろう。
そうでなければ誰もこのような恐ろしいギルドに入ろうなんて思わない。
「もともとはただのギルドに過ぎなかった。恐怖で人を縛るようになってから『俺たち最強伝説』は急速に拡大した。やはり人を動かす最強の力は『恐怖』だね」
「貴様らのギルドの発展などどうでもいい。どうして貴様が なんだ?」
「僕にはチート能力がある」
「チート能力だと?」
「そうさ。この世界の神と一体化できる力さ。『神の国』から来た人間は誰でもチート能力を持っている」
アルブレヒトは蜷川仁太のことを思い出した。
(どんな物でもそいつの価値が正確にわかる)
という特殊能力を持っていた。
「だが、僕がチート能力を使うのには本当に時間がかかった。せっかくの能力にもかかわらず、十年以上もその力を発揮することができなかったのです。
なぜなら神と合体すると性格まで染まってしまうからなのです。
僕は黒水晶の神よりも強い神と合体したことがある。それこそ大陸中に信者を集めていて、我々の世界ではキリストや仏陀に比すべき存在と。
でも、すぐに合体を止めましたよ。
なぜか?
神には『欲』がないのですよ。
たとえ世界を滅ぼすほどの強大な力を手に入れても、いやそれゆえに、何かを成し遂げようという気力がうせてしまうんだよ。
平和ならそれでいいや、って気分になってしまうのです。
神は完璧であるがゆえにかえって不完全なのですよ。
人間は野心を失ったらそれで終わりなのです。
それゆえに私は邪神と合体したのですよ。
人間は不完全であるがゆえに邪な野望がなければ成長しないのです……」
大松清明の話が終わると、
(おかしいぞ……)
アルブレヒトの心にある疑惑が生じた。
蜷川仁太にしろ、大松清明にしろ、ある種のチート能力をもっている。
きっと他の異世界にきた連中もなにかしらのチート能力を持っていたのだろう。
だが。
アルブレヒトこと不知火凶は、そんな力など持っていなかった……。
そろそろ第二章も終わりに近づいてきました。
読んでいただいてありがとうございました。




