040 女武道士リウィアの野望
「トーライム卿! なぜ、ここに……!!」
「それよりもさっさとズボンを穿かんか。みっともない」
「えっ?」
リウィアは現在どういう状態にあるか気がついた。
「きゃああああああああああああああ!!」
あわててズボンを穿いた。恥ずかしさのあまり顔を耳の付け根まで真っ赤にしていた。
「仮にも親衛隊の隊長ともあろうお方が何という破廉恥な……。パルニスの武人として恥ずかしいとお思いになりませんか!?」
リウィアは泣いていた。
「いや、すまん」
これ以上この場にとどまるわけにはいかないので、そのまま二人はトイレを突っ切って出た。
「ふむ……。驚いたな」
などと、トーライム卿は悠長に言っている。
だが、アルブレヒトにしてみれば驚いたどころではない。
(心臓の鼓動が止まらない……)
いかに身体がオリハルコンでできているとはいえ、心臓は生身のものである。
これまでにないような異常な鼓動である。
べつに女性と接していないわけではない。
すぐ傍らに女奴隷のヘレネはいる。
しかし、あくまでもアルブレヒトはヘレネの保護者として接してきた。
異性としての付き合いはない。
「ライトゲープ伯の妹だと……」
「じゃじゃ馬よ。貴族の娘のくせに武芸にはまっていてな……」
「はあ」
「しかも、武芸の師匠がわしの息子だからなぁ……。わしにもすこしばかり責任があることになる」
トイレにやってきた。先ほどとは別のトイレだ。地下六十階には二つのトイレがあるのだった。
中には今度は誰もいなかった。アルブレヒトは安心して中に入った。
秘密の通路を歩く。
だが、エレベーターの前で立ち止まる。
「ん?」
エレベーターのボタンが壊されていたのだ。
徹底的にやられている。偶然とは思えない。人為的に破壊されたものだ。
これでは下に降りることができない。
「以前は壊れておらん。大会が始まる直前にもわしが乗ったぞ」
トーライム卿はすっかり困り果ててしまった様子だった。
「古代の遺産になんということを……。誰も直せん」
トーライム卿はかぶりを振った。
「まあいい。べつに最下層に降りんでもわしが予選通過と決めたから予選通過じゃ。ひょっとするとあいつらが壊したかもしれんな。ダイマツを問い詰めんといかん」
「今なんと言いました?」
「ダイマツといったが……」
「大松清明ですか?」
「どうして知っとる? 『俺たち最強伝説』とかふざけた名前のギルドを率いておる」
間違いなく奴だ、とアルブレヒトはつぶやくように言った。
「予選通過、なかったことにしてもらえませんか」
燃えさかる復讐の念を微塵も表情に出さないまま
「な、なんじゃと?」
「大松清明と戦いたいんですよ」
「なぜ?」
「仇なんですよ」
トーライム卿は武人の顔つきになった。
「誰か殺されたのか?」
「かけがえのない人ですよ」
まさか自分自身を殺されたとは言えない。
「そういう事なら、わしも止めん。存分に戦うといい」
「ごめんなさい」
「べつに謝ることはない」
「ええ……」
「わしらも、できることならあやつらには一刻もはやく消えてもらいたいからな」
トイレを出た。
すると……。
リウィアがいた。
怪訝そうな面持ちで二人を見ている。
「またトイレですか?」
「うん、まあ……」
アルブレヒトはリウィアの顔を見た。
ユリウスに似て美人であった。
雪のように肌が白い。
金髪に碧の瞳。
ドレスを着たらさぞかし似合うことだろう。
しかし、リウィアの身につけているのは武道士の服装である。武道士は剣も槍も持たず、
(肉体のみで戦う……)
戦士のことである。
もちろんアルブレヒトは武道士を知っているが、女の武道士を見るのはこれが初めてだった。
「トーライム卿に是非ともお聞きしたいことが」
「なんじゃ?」
「……見ましたの?」
「なにがじゃ?」
「何をってそのう……」
リウィアは恥ずかしそうに黙ってうつむいてしまった。
「いや、何も見とらん。心配するな」
「あなたは見たの?」
リウィアはアルブレヒトを睨んで、
「いや、見てない見てない! 何も見てない!」
アルブレヒトは上擦った声で言った。
はっきり見たけど、見たとは言えない。
「ならいいけど……。さっきのことは忘れなさい! あんなこと、ライトゲープ伯爵家の恥ですわ! 本来なら手討ちにするところですけど、トーライム卿のお知り合いのようですから」
「はあ……」
「それよりも、なぜ大会の委員長がここへ?」
「彼のためじゃ。彼は予選通過だ」
リウィアは驚いた。
「もう最下層にまで到達したのですか?」
「いや、わしが予選通過にしたのだ。今決めた」
リウィアはアルブレヒトをじろじろと見る。
「この人、強いんですか?」
「凄腕の魔術師だよ」
「そうは見えませんけど。あたしより年下に見えますけど」
「お前の兄に勝っとる」
するとリウィアは眦を逆立てて叫んだ。
「あり得ませんわ! お兄さまがこんな少年に負けるなんて信じられませんわ! お兄さまは剣術の達人ですのよ?」
「しかし、実際に負けているんだから仕方がない」
と、トーライム卿が言う。
「決勝で戦えばいいんじゃ。もっとも、お主が予選通過できたらだが」
「だったら!」
リウィアは指差した。
「私がそいつを護ってやりますわ」
「なんじゃと?」
「ですから、決勝でそいつがただのおち○ぽ野郎に過ぎないということを証明してやりますわ!」
二人とも絶句した。
「……君、本当に貴族の娘なの? それにしては言葉遣いが……」
思わずアルブレヒトが口にする。
「当たり前でしょ? この全身に漂ういかにも貴族らしい雰囲気がわからないの? この紫キャベツが」
「む、紫キャベツ……」
アルブレヒトは紫色の髪を押さえた。
「いいこと? 私の野望をはばむものは誰であろうと容赦しないわ」
「……君の野望というのは?」
「いいこと? その耳クソの溜まっていそうな耳をかっぽじってよくお聞きなさい」
リウィアの瞳が爛々と輝いた。
「お兄さまと結婚してその子供を産むことよ」
読んでいただいでありがとうございました。
しばらく小説の修正に入るのでお休みします。




