037 間奏・クロエの一日
クロエ・ポンメルシーの朝は早い。
朝六時になると鷲の翼と上半身、ライオンの下半身をもつ怪物グリフォンが起こしにやってくる。
クロエはベッドですやすやと眠っている。
くちばしで眠っているクロエの頬を突っつくと、むにゃむにゃ、と寝ぼけた声が返ってくる。
グリフォンがしつこく頬をつつくと、
「むにゃむにゃ……。あと五分寝かせて……」
と言うのだ。ちなみにあと五分待ったところでもう五分待ってくれという。
あと五分のエンドレス状態である。
そこでグリフォンはくちばしでクロエの頭を思いっきり突いた。
「痛たたたたたたたたたったたたたたったたたたったたったあ!!」
クロエは激痛で一気に飛び上がる。
起きなければ何やってもいいと母親から言われているのだ。
このとき、サングラスをはめた蛇の王バジリスクがゆっくりとベッドの中から這い出てきた。
※
クロエは着替えて顔を洗う。
しかし、この段階では頭はほとんど眠っている。
桶の冷たい水でクロエの頭が目覚めることはない。
朝がとても弱いのだ。
朝食になると食卓の椅子に座る。
朝食はほとんどがトマトスープである。具はニンジンとジャガイモが入っている。
クロエはこれをゆっくりと食べる。
横ではグリフォンが床に置かれた肉の塊を手づかみで食べている。
クロエは一切興味をしめさない。クロエは肉が大嫌いなのである。
テーブルの上ではバジリスクがミルクを舐めている。
爬虫類がミルクとは不思議な話だと思うかもしれないが、実際に舐めているのだから仕方がない。ちなみのクロエの家のバジリスクはねずみを獲らない。
朝食が済むとクロエは出かける。
城に向かうのだ。
パルニスには学校はないが、妖魔学者であるクロエはいつも城に通勤しているのである。
出かける前にすることがある。
巨大な人面サソリ、パピルザクの身体を洗うことである。
家の前で、魔法の石像であるガーゴイルたちが用意した水桶の水を用意している。
クロエはタオルでごしごしと身体や禿げ頭を洗ってやるのである。
パピルザクはじつに気持ちよさそうな顔をしている。
それからクロエはパピルザクにまたがって通勤するのである。バジリスクも一緒で、クロエの腕に巻きついている。
通勤中、クロエはずっと寝ている。
二度寝しているのである。
パピルザクから落っこちることもある。これが馬だったら落馬事故である。
こんなときパピルザクは大きなハサミで眠ったままのクロエを乗せてやる。
十五分くらいで城に着く。
城の門番は、
(また来たか……)
と、胡散臭そうな顔でクロエを見る。
毎朝のことである。
パルニスでクロエ・ポンメルシーを知らない者はいないのだ。
他の者は徒歩で登城するが、クロエだけパピルザクに乗ったまま城に入るのだ。
城に入ると、城の他の者たちがいつも目を向ける。
パピルザクは、クロエの研究室まで連れて行く。
クロエの研究室にやってきた。
学者らしく本がわんさかとある。数千冊の本がある。
パピルザクは、クロエのためにハーブティーを作る。ハーブは父親が採ってきたものだ。
出されたお茶をクロエは飲む。
やっと、すこしばかり目が覚める。
これから正午まで魔物について仕事をするのである。
本来のクロエは魔物を調べるために世界中を旅している。
しかし、旅の結果を報告書としてまとめるために今日は城で仕事をしているのだ。
城の一室を与えられているので、クロエの学者としての待遇は相当なものである。
でも、これだけ厚遇されていても、
(眠い……)
まだ頭がボーっとしている模様である。
そんななか、トーライム卿がやってきた。
「クロエ殿いるかな?」
「はいぃ?」
寝ぼけ眼を向けるクロエ。
「クロエ殿に知らせたいことがあってな」
「何でしょうか?」
「勇者殿、今日遊びにくるらしいですぞ」
クロエは立ち上がった。
普段は身だしなみに気を遣わないくせに、突然髪を指でとかしはじめた。
「それで何時に来られるんですか?」
「嘘」
トーライム卿の笑顔。
クロエは怒りで小刻みに身体を震わせていた。
トーライム卿が笑いながら去っていく。
クロエは愚痴を言いながら報告書を書くしかなかった。
昼になると一度家に戻って昼食を食べる。
それからふたたび登城する。
午後は監査の仕事である。
怪物たちを雇っている経営者たちが不当な扱いをしていないかチェックして見て回るのである。
今日は三時に終わったので、そのまま研究室に戻る。
すると、ライトゲープ伯ユリウスがいた。
「ライトゲープ伯? どうしてここに」
「じつはクロエちゃんのためにお土産を買ってきたんだ」
ユリウスは紙の箱を持っていた。
開けると砂糖菓子が入っている。
「お腹空いただろう。よかったら食べて」
わあ、と声をあげて喜んだ。
クロエは砂糖菓子が大好物なのである。
「これ、全部食べていいんですか?」
「いいよ。いいよ」
家では高級な菓子など食べることのできないクロエはむしゃむしゃと食べる。
ユリウスはその様子を微笑ましく眺めていた。
※
午後六時になった。
クロエは家に帰る。
夕食をすませると、クロエは風呂に入ってそれから本を読む。
午前になるまでずっと呼んでいる。
ところが……。
午後八時くらいだろうか。
玄関の方がなにやら騒がしい。
下に降りると、ユリウスがいた。
「ライトゲープ伯? どうしたんですか、こんな夜更けに」
「クロエちゃん、ちょうどよかった! 今すぐ僕と一緒に『黒水晶の迷宮』に来て欲しい!」
「どうしたんですか、そんなに慌てて」
「疫病が発生したんだよ! 戻ってきた参加者たちが罹患している! 百名以上だ!」
読んでいただいてありがとうございました。




