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最凶チート殺しの英雄迷宮  作者: 神楽 佐官
第二章 黒水晶のダンジョン編 邪神・大松清明
34/54

034 山賊と女盗賊

「どうしてかわかるかい?」

「さあ……」


 アルブレヒトは言葉に詰まった。


 ――たしかに冒険者はいつでも少人数で行動する。


 一人よりも二人、二人よりも三人の方が冒険では心強い。

 そして三人よりも百人のほうが効率的だ。

 アルブレヒトは十五年ずっと魔術だけを学んできた。

 だから戦闘能力は高いがそれ以外のことについては、

(常識知らず)

 と言ってもいいほどの無知なのである。


「なんで五、六人ばかりなんでしょうね……」


 アルブレヒトはバンバの言葉を鸚鵡返しに繰り返した。


 例えば。

 仮にアルブレヒトとバンバが戦ったとする。

 結果は秒殺。

 ヴァンパイアロードでも寄せ付けない圧倒的な強さを誇るアルブレヒトである。


 しかし、大人のずる賢さは持っていない。

 いくら考えてもわからないので、うーん、と唸るしかない。

 そのさまを見て、バンバは愉快そうに微笑んでいた。


「答えは簡単。取り分が少なくなるからさ。


 せっかく命がけで戦っても、報酬が百等分されたら稼ぎがないじゃねえか」

 ははは、とバンバは愉快そうに笑う。

 アルブレヒトは神妙な顔で聞いていた。


「もう一つの理由は、役人は危険なことをしねえんだよ。

 怪物と戦いたくないんだよ。怖いから。

 それではした金で冒険者を送り込むのさ。

 だからパルニスでは冒険者は少ないんだよ。軍隊が強くて愛国心があるからな。冒険者の仕事は全部軍隊でやっちまうのさ」

「なるほど」

「冒険者の仕事ってのは本来は軍隊を送るまでもない程度の仕事に過ぎないってことさ。


 ところで、この大会は人間と怪物がタッグを組んで出場することになっている。

 まさか百人いっぺんに出場して行動をともにすることまでは考えてもいなかっただろう。

 なんか、喉が渇いたな……。おい! ワインないのか!?」


 部下の一人が皮袋を持ってきた。

 バンバは中に入っているワインをうまそうに飲んだ。


「トーライム卿からこの大会のことを聞いた俺はすぐに名案を思いついた。俺は部隊を三つに分けた。戦闘する部隊。街で物資を調達する部隊。物資を迷宮で運ぶ部隊。

 食い物だけでなく薪なども運ばせた。

 奥に入ったらこんなに美味いごちそうは食えないだろうが。

 戦争も実際に敵陣の奥に入れば入るほど補給が難しくなるからな。

 今日うまい飯を食ったら、あと三日は干し肉と乾パンで我慢する予定だ。

 いまから輸送部隊も俺たちと合流して一緒に戦う。

 だから今のうちに精をつけとかないとな。

 もうここまできたら、吸血鬼はいないだろう」


 バンバは串刺しを手に取った。

 ニンニクを串刺しにしたものだった。


「吸血鬼よけに買ったニンニクだ。もう使わないから食っちまおう」

 焚き火のなかに入れると、香ばしい臭いが充満する。


「うぐっ……」

 イサキオスは鼻を手で押さえた。


「おい、どうした? その子はニンニク駄目なのかい?」

 まさかイサキオスが吸血鬼だとは夢にも思わないわけで。


「好き嫌い言ってたら俺みたいに育たないぞ。はっはっはっ……」

「ちょっと失礼……」

 イサキオスは山賊たちから離れた。


「一人二人なら問題ない。でも、百人の盗賊なら無敵だぜ!!」

「百人……か」

 アルブレヒトがつぶやくように言った。


「どうした。兄ちゃん。なにか言いたいことでもあるのか?」

「一つ聞きたいんですよ。戦闘をしました?」

「いや、全然」

「悪魔の死骸が転がってましたよね?」

「他の連中が倒したんだろう」


 地下二十階までは吸血鬼たちのテリトリーだ。

 にんにくを怖がって襲ってこなかったのだろう。

 そもそもイサキオスたち吸血鬼は、

(強い奴らは襲わない)

 という。


「意外とラクな冒険だな。戦わなくても歩くだけで下まで行けるんだから」


 すると盗賊の一人が困ったような顔をして近づいた。


「どうした?」

「いや、おかしいんですよ人数が……」

「一人減ったか?」

「それが違うんです。一人増えているんですぜ」

「なにぃ?」

「いま人数を数えたんですけど、間違いありません。ちゃんと数えました」

「そりゃあ、なにかの間違いだろ」


「へえ。それが何度数えても同じでして……」

 配下の盗賊が申し訳なさそうに頭を掻く。


「誰か盗賊のふりをして中に入っているじゃないの?」

「そんな馬鹿なことありゃしませんね。姉貴」

 フアナは山賊から姉貴扱いされている。きっと付き合いが長いのだろう。


「仲間は家族も同然だから。知らない顔がないんですよ。あっしら一日中顔をつき合わせているから、誰かべつの奴が混じっているなんてことは考えられないんですよ」


「おい! お前ら!」

 バンバが怒鳴るような大声で言った。

「誰か知らない奴は混じってないか!?」

「いいえ、誰も」

「ふうむ……」


 バンバは髭をいじりながら考え込んだ。


「その話はもう止めだ」

「お頭?」

「飯も食ったし、そろそろ寝るか」


 すると、フアナがバンバに対して何か言いたそうな顔をしている。


「どうした? 俺の顔になにかついているか?」

「あんたら夜に変なことするんじゃないよ」

「ババアとガキ相手じゃ何もしねえよ。というか、俺たちの肉食っておきながらよく言うぜ」

「男は女に優しくするのが当然じゃないのかい?」

「そりゃ女にもよるな」


 結局、バンバたちと一緒の場所で寝ることにした。



 夜。


 皆、ぐっすり眠っている。


 しかし、アルブレヒトだけは眠れない。

 いつものことである。

 睡眠を必要とする身体をもたないのだから。

 脳さえない。

 あるのは心臓だけである。


 吸血鬼はイサキオスはこの場から離れたところで寝ている。

 ニンニクの臭いがいまだに辺りに充満していて耐えられないのだ。

 吸血鬼というのは不便なものだ。


(うん……?)


 誰かが近づいてくる。

 アルブレヒトは神経を研ぎ澄ませた。

 殺意は感じられない。

 寝ているふりをして、こっそりと薄目で相手を見た。


 女が一人。ただの女ではない。女盗賊だ。

 一目でわかるのだ。

 黒いスカーフを巻いているからだ。

 特定のギルドの所属している。

 それで判別できるのだ。

 魔物を連れていない。


 アルブレヒトはこっそり梟の瞳≪アウル・アイ≫を唱えた。


(レベル100ってところか)


 熟練した盗賊といっていい。

 だが、魔物を連れていない。


(敵か?)


 おそらくその可能性はないだろう。

 レベル100の盗賊ではとてもではないがイサキオスに勝てないだろう。

 敵ながらヴァンパイアロード以上の存在であるはずだ。

 となると、この盗賊はトーライム卿が用意した敵ではないことになる。

 となると、この盗賊は何者なのか?

 迷宮に一人でもぐり込む盗賊もいることはいる。

 だが、魔人武道会だ。


(魔物はどうしたのだろう)


 すでに倒されてしまったのか?

 百人いるのに誰も気づいていない。

 フアナとカリアナも深い眠りに落ちている。


(百人もいるのによく誰も気づかないもんだな)


 女盗賊はバンバの姿をみつけると近づいた。

 アルブレヒトは様子を見守っていた。

 危害をくわえようとしたら遠慮なく本気で呪文を叩き込むつもりだった。

 女盗賊は、ゆっくりと手を伸ばした。

 懐に手を差し入れた。

 財布を盗んだのだ。


(スリかよ……)


 つまり、こういうことだろう。

 女盗賊は魔人武道会の参加者だ。ただし魔物は連れてきていない。

 最初から一人で参加したのだ。

 予選を突破することが目的ではない。

 参加者の隙をみて金を盗むことが目的なのだ。

 迷わずバンバから財布を盗んだということは、最初から目をつけていたんだろう。

 それにしても山賊から金を盗もうなど、


(いい度胸をしている……)


 女盗賊は音を立てずに山賊たちの群れから離れていった。

 アルブレヒトは起き上がった。



 しばらくして……。

「ちょろいもんだね」

 財布を手に女盗賊が笑う。 

「まさか、山賊から泥棒をするとは思わなかったわね」

 その顔はまるで狐が笑っているかのようだった。 



「楽しそうだね」



「ひいっ!!」

 アルブレヒトは人差し指で己の唇に触れた。

 静かに、というわけだ。


 泥棒にとって、自分の仕事を他人に見られるほど、

(怖いことはない……)

 女盗賊は心臓が止まるほど驚いていた。


 アルブレヒトは無言で場を離れるよう指さした。

 女盗賊は従うしかなかった。

 すこし離れたところに行った。


「まずは財布を返してもらおうか」

 驚くほど素直に財布を返した。

「驚いたね。抵抗すると思ったけど」

「……どうして眠りの香が効かなかったんだろうね」

 あきらめたように女盗賊が言った。

「はい?」

「きっとあたしも焼きが回ったね。こんな乳臭いガキに捕っちまうなんて」



 アルブレヒトは、前にヌジリから聞いた話を思い出した。

 盗賊のなかには一種の薬草の粉末を用いて犯行に及ぶものがいるという。

 アルブレヒトには鼻がない。

 アルブレヒトの身体はオリハルコンという金属で出来ている。

 だから、香を嗅いで深い眠りに落ちることなどないのだ。



(ヌジリさんから聞いたことがあるな。眠りの香を使って盗賊がいるって)

 すでに肉体を持たないアルブレヒトには、

(俺には関係のないことだけど)

 と思って聞いていた。


「どうして、泥棒なんかするんだ?」


 盗賊にそんなことを聞くのはおかしな話である。

 しかもこんな場所で危険をかえりみず仕事をするのはたしかに不自然である。

 こんな大会に出なくても、もっと安全に仕事をすることは可能である。


「危ない場所だからこそさ」

 と、女盗賊は答えた。

「地上で盗みを働いたらすぐに役人に知らされちまう。

 しかし、この魔人武道会で盗みを働いても、予選の真っ最中だから役人に知らせることはできないさ。

 仮に役人に知らせたとしても、予選は一週間ある。

 その間にあたしは国外に逃げているというわけさ」


 なるほど、とアルブレヒトは心の底から思った。

 本当に頭のいいやつがいるもんだな、とアルブレヒトは感心した。


「なに二人でしゃべっているの?」

 女盗賊はぎょっとして声のする方を向いた。

 イサキオスだった。


 見た目が十五歳のアルブレヒトよりもさらに幼い。

「なんでこんな子供が迷宮にいるわけ?」

 と、女盗賊が言う。


 アルブレヒトだって若い。見た目は十五、六歳くらいだ。

 しかし、イサキオスは十歳にしか見えない。


「お姉さん、さっき泥棒しようとしてたでしょ」

 くすくすと笑った。


「子供には関係のない話だよ。さっさと家に帰りなさい」

「その子、三百十ニ歳」

「えっ?」

「吸血鬼だよ。それもヴァンパイアロード」


 イサキオスが笑った。

 瞳が金色に光る。

 天使のように愛くるしい顔に、おぞましい邪悪な笑顔。


「久々の人間の血だ」



「ひいい……」

 女盗賊は一目散に逃げていった。


「追わないの? 血、好きなんだろ? しかも女だよ」


 だが、イサキオスは一片の興味も示さなかった。


「身も心も汚れた女盗賊の血だからね。僕の好みじゃない」

「ふうん」

「僕が欲しいのはカリアナのような身も心も綺麗な女の子の血なんだよ」

「言っておくが、そんなまねをしたら……」

「わかってるよ! 絶対にそんなことしないよ!」


 あわてて手を振って否定した。


「吸血鬼が悪だと思わないで欲しい。本当に邪悪なのはこの黒水晶に棲んでいた邪神のような奴のことを言うんだ」

「なにそれ?」

「黒水晶の迷宮の伝説を知らないのかい」

「初耳だね」

「じゃあ、教えよう」

読んでいただいてありがとうございました。

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