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最凶チート殺しの英雄迷宮  作者: 神楽 佐官
第二章 黒水晶のダンジョン編 邪神・大松清明
33/54

033 弱肉強食

「また混乱の魔法で頭が変になっちまったのかしらね?」


 フアナは昨日のことを思い出した。

 吸血鬼たちが混乱の魔法で冒険者たちを苦しめたのだ。

 それがために参加者の一人であるジュリアーニは、誤って仲間のゴブリンを刺殺してしまった。


「いや、違うね」

 イサキオスは首を横に振った。

「あの戦士は正気だ」


 先日のジュリアーニとであったときは、混乱して隙だらけだった。

 しかし、目の前に現れた戦士は正気である。

 魔法で正気を失ったようには見えない。

 オークはブヒブヒと鳴きながら、アルブレヒトの背後に回る。

 言葉はわからないが、助けてくれと言っているのは間違いなかった。


「この階には悪魔だけでなくオークもいるのかい?」

「そんなわけないっしょ」

 下級悪魔が口をはさむ。

「オークなんて物の役にも立ちませんよ」


「お前たち、大会の参加者か?」

 戦士が怒鳴った。血走った目で一同を見回す。

「そいつをこっちによこせ!」


「どうして?」

 アルブレヒトが訊ねる。

「理由を聞かないことには帰すわけにはいかないよ」



 返ってきた答えは意外なものだった。

「食うんだよ」



 えっ、と一同が驚きの声をあげる。

「食うって、オークをかい?」


 フアナが問うと、戦士は当然と言わんばかりの顔をした。

「食料は三日分しかないだろう? だから焼いて食うのさ」


「まだ二日目だろう? 食料はまだ足りているはずだよ」


「お前らもここまで降りてこられたからには、吸血鬼どもを見ただろう?」


「まあ、ね……」

 まさかその首魁がアルブレヒトたちと行動をともにしていることなど、戦士は露ほどにも知らないだろう。



「お前らも知っているだろう? 吸血鬼相手にオーク程度じゃ太刀打ちできないことを。しかも、迷宮は奥に行けば行くほど敵が強くなる。

 オークなんて足手まといにしかならないんだよ。

 見ただろ? あの悪魔の死骸の群れを。

 出場者のなかにとんでもなく強い奴がいるおかげで俺たちも

 俺は優勝しようなんて思っちゃいない。

 でも、決勝まで出れたら俺の戦歴に箔がつくってもんだ」



 アルブレヒトは舌打ちした。

 気の弱いオークだったら、さっさと仲間を置いて逃げている。


 それなのにここまでついてきたということは、

(戦士のことを心配しているから……)

 なのだ。

 それなのに殺そうとしている。

 人間という生き物は無残なことを平気でする。


 アルブレヒトは拳を握りしめた。

 何か言おうとすると、


「帰ってください」

 カリアナだった。声が怒りに震えている。

「あなたみたいな人にこの子を渡すわけにはいきません」


 だが、カリアナの怒りは戦士には届かなかった。


「お前らだって怪物がいないな。どうせ吸血鬼どもにやられたんだろう?」


 戦士はせせら笑う。 

「役にたたないってことはわかっているんだ。だったら人間さまの栄養になった方がいいに決まっている」



「うるさいんだよ、お前」

 イサキオスである。

 音もなく、いつの間にか背後に回り込んでいた。

 戦士は、

(子供だと思って油断していた……)

 よく考えたら十歳やそこらの少年がこんな迷宮の奥深くにいることが怪しい。



「貴様、人間じゃないな……」

「その吸血鬼どもの一人だよ。ただの吸血鬼ではなくてヴァンパイアロードだけどね」

「どうして……」

「わけあって人間たちの手助けをすることになった。

 イサキオスはカリアナに向かってウインクしてみせた。

「そのまままっすぐ地上に帰るんだ。さもなければ死ぬことになる」

「く、くそ……」

 敵はヴァンパイアロードである。

 反撃の素振りをみせたら即座に殺されるだろう。

 それは戦士もわかる。

「まさかこんな子供の吸血鬼がいるとはな……」

「さっさと帰るんだ。言っておくが途中で引き返そうとしてもダメだぞ。僕の仲間たちが見張っているからね」


 


 ※


 オークは何度も頭を下げて、迷宮を去っていった。

 すでに地下二十一階なので地上までの距離は遠い。

 そこでアルブレヒトが呪文でオークを地上へと帰した。


「なにもそこまでしなくてもいいのに」

 と、魔力の消耗を嫌うフアナが言ったが、アルブレヒトは呪文で返すことにした。

 フアナもアルブレヒトのおかげでここまでこれたようなものだから、それ以上強くは言えなかった。

 あまり気持ちのよくない事件が終わったあと、一同は下級悪魔の案内のもと冒険をつづけた。


「まったく本当におろかな人間どもだ」

 吐き捨てるようにイサキオスが言った。

 するとフアナが冷ややかな眼差しをむける。


「彼が強すぎるんだ!」

 イサキオスはすっかり興奮して叫んだ。

「三百年生きているが、あんなに強い人間は見たことがない」

「いくら長生きしたって薄い人生を送っているやつは吐いて捨てるほどいるけどね」 



 敵は襲ってこない。

 他の出場者たちが敵を一掃したのだろうか。

 道中では悪魔の死骸にも出会っていない。

「このままずっと敵と会わずに一番下まで行ければいいのにね」

 フアナたちはイサキオスとの戦闘の後にはまだ一度も戦っていない。

 たしかに地図もなしに『黒水晶の迷宮』を歩くのは困難である。

(しかし、世の中そんなに甘くない)

 と、アルブレヒトは思う。



 カリアナは足を止めた。

 匂った。


「これは……」

 香ばしい肉の匂いだ。

 アルブレヒトは首をかしげる。

「どうしたの?」

「肉の匂いですよ。アルブレヒトさん」

 しかし、アルブレヒトは何ともいえない表情をうかべる。

 嗅覚がないからわからないのだ。



「なんで肉の焼けた匂いがするんだい?」

 トーライム卿から渡された食料は干し肉と乾パンだ。

「干し肉を炙っているとか? いや、違うな……」


 迷宮には食料が置いてあることを思い出した。

 渡された食料は三日分。

 予選の期限は一週間。最下層にたどりつくのは早くても五日かかる。

 それだけでは当然食べていけないので、トーライム卿が食料を迷宮のあちこちに置いた。

 その食料だろうか?

 普段なら食欲をそそられるところだが、

(オークの一件がある)

 から喜んでもいられない。


「まさか、さっきの奴みたいに、仲間の怪物を食っているんじゃないだろうな?」


 イサキオスが露骨に嫌な顔をする。


「よしてくれよ冗談じゃない」

「僕は本気で言っている。あんたも人間という生き物のあさましい実例を目にしたばかりじゃないかね?」

「あんなクズと一緒にしないでくれ。あんたらが守っていた地区にも食料は置いてあったのかい?」

「ちなみに僕たちのいる二十階までに置かれていた食料は苺やオレンジなどの果物さ」

「そいつはうまそうだね。あんたに会わなければ、そいつをいただけたかもしれなかった」

「僕がいなければこんなに早く下の階に行けなかったさ」


 イサキオスは平然とした顔で言い返す。


「ということは、この肉はあらかじめ置かれたものじゃないってこと?」

「それはわからない。僕らの担当する地区とは違う食物を置いているのかもしれない。近づいてみる?」

「罠かもしれないわよ」

「せっかくの美味しい肉よ」

「僕が欲しいのは人間の生き血だけだよ」


 肉を食いたいのはフアナだけだった。

 干し肉とパンだけの生活に飽きてきたのだ。

 美味いものが食いたいのだ。


「おい」


 イサキオスは下級悪魔に向かって言った。


「この辺りには食料が置いてあるはずだ。どんなものだ」

「果物が置いてあったはずさ。はちみつ漬けの果物がね」

「じゃあ、罠だな」


 つぶやくようにイサキオスが言った。


「トーライム卿が置いた食物でなければ、これは罠の可能性が……」

「いや、たぶん罠じゃない」


 と、アルブレヒトが言った。


「どうして?」

「そんな予感がするなら」

「危ないわよ。止めた方がいいわよ」


 カリアナが、匂いの先に向かおうとするフアナの服の袖をつかんで止めようとする。


「アルブレヒトさんもいい加減なこと言わないで。そりゃあアルブレヒトさんは強いから大丈夫かもしれないけど……。危ないものには近づかない方がいいわ」


「カリアナの言うことはもっともだよ」

 アルブレヒトはうなずいた。

「でも、僕がそう考えるのには根拠があるんだ」

「どういうこと?」


「逆に僕たちが罠を仕掛けると考えてみよう。

 どういう時に罠を仕掛ける?

 大会二日目に? いや、まだまだ食料はあるよ。出場者はそんなにお腹が減っていない。

 僕だったらもっと腹の減ったときを狙う。

 食料が尽きてお腹が減ったときに肉の匂いをかいだら、それこそ罠としての効果は絶大だと思うんだ。

 食べ物を罠として使うにはまだ早過ぎる。

 だから敵の罠という可能性は低いと思うよ」



 匂いのもとへと辿りつくと、騒いでいる声が聞こえる。

 がらがら声だ。

 それも一人や二人ではない。

 大勢いる。


「やっぱり敵かな?」

 イサキオスは身構えた。

「出場者は一組二人だ。でも、何十人もいるぞ。ということは敵しか考えられない」


 ところが……。

「あたし、この声を聞いたことがあるわよ」

「なに?」

「これはあいつの声だわ……。この癪にさわる笑い方はバンバの声だわ」



 アルブレヒトは声のする方に向かった。

 すると……。

 山賊たちが大勢で酒盛りをしている。

 その中には見知った顔もあった。

 バンバである。

「よう」

 バンバは大きな銀色の杯で酒を飲み干している。

 ざっと見渡して百人ほどいる。

 縦長の通路を埋め尽くすほどの人数である。



「お前ら、ここまでよくやってこれたな」

「魔女の力を舐めるんじゃないよ」

「そうかね」


 バンバは嘲笑う。


「ライトゲープ伯に勝ったというその坊やのお陰でここまでやってこれたんじゃねえか? お前は昔から強い奴に取り入るのがうまかったから」


 フアナの表情が引きつった。己にそういう資質があるという自覚はあるらしい。


「そんなことよりもあんたらなにをやってるの!?」

「宴会だよ」

「そうじゃなくて、その肉!! どこにあったのよ! この迷宮にそんな大量の肉が置いてあったの?」

「そんなわけないだろう? 俺たちが運んできたんだよ」

「こんな奥深くまでかい?」

「そうさ。正確には俺たちの運送隊がね」


 と、バンバが言った。


「だいたいおかしいと思っていたんだよ」


 バンバはいかにも山賊らしい無精ひげを撫でた。



「どうして冒険者たちって五、六人で行動してばかりなのかとな」

読んでいただいてありがとうございました。

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