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最凶チート殺しの英雄迷宮  作者: 神楽 佐官
第二章 黒水晶のダンジョン編 邪神・大松清明
31/54

031 吸血鬼との一夜

 というわけで、仲間が増えた一行は迷宮を下りていった。

 カリアナを狙っている吸血鬼を連れて。

 危険きわまりないはずなのだ。本来は。

 だが、アルブレヒトがいる。

 ヴァンパイアロードをあっという間に倒した。

 それどころかヴァンパイアロードの方から庇護をもとめるほどの魔術師である。

 それほどの魔術師が側にいてくれるのだから安心である。


 しかし、

(そろそろ疲れたわね……)

 フアナは疲労を感じてきた。

 何時間も歩いているのだ。

 さらに身の危険を感じながら歩くという精神的に疲労もある。

 命の危険を感じながら迷宮を歩くのは怖いものだ。

 本来なら二十階までは誰も襲ってこないはずなのだ。

 しかし、イサキオスを襲ったという謎の怪物がいる。

 敵か味方かわからない。

 はっきりとしていることは、その怪物は吸血鬼の主であるヴァンパイアロードのイサキオスよりもはるかに強いということである。


 アルブレヒトさえいれば、誰が襲ってこようが心配ないはずである。でも、

(一抹の不安は拭いきれない……)

 イサキオスを襲った相手がアルブレヒトよりも強い可能性だってある。

(まさかね)

 フアナは脳裏に浮かんだ不安を打ち消した。

(アルブレヒトは吸血鬼よりも強い魔術師なんだ。相手は神さまじゃないんだ。何を怖がっているんだ、あたしは……)


 探索については順調である。

 地図のおかげで相当時間が短縮できるのは便利だ。

 迷うことなくフアナたちは道中を進むことができる。


 しばらく歩くと、

「なにこれ?」

 迷宮の壁に木製の看板が貼ってあるのを発見した。

『この先トイレ』

 という言葉とともに赤い矢印。

「なんでこんな場所にトイレが……?」

 怪物の蠢く迷宮にトイレとは、じつに不釣合いだった。

「知らないのかい? この黒水晶の迷宮は普段は観光に利用されているんだよ」

 と、イサキオスが言った。

「観光名所だって!?」

 フアナが叫んでしまうのも無理はない。命をかけて戦っている場所が観光名所だったとは。

「レイウォン王が観光名所にしたのさ。パルニス、いや、大陸をを探し回ったってこんなに巨大な迷宮なんかありゃしない。怪物のいない迷宮に価値はない。しかし、レイウォンはこれを使って一儲けしようとしたわけさ。普段は売店まであるんだぜ」

 イサキオスはそう言って肩をすくめた。

「だいたい怪物って、どうして迷宮に住みたがるのか僕にはわからないよ」

「あんただって怪物じゃないか」

 フアナの無礼な物の言い様に、軽く笑っただけであった。

 普段は、即刻殺している。


 だが、アルブレヒトがいる。この魔術師は、

(理解不能なほど……)

 圧倒的に強い。


 怪物どころか魔王でさえ顎で使役するような魔術師である。

 先ほどアルブレヒトと戦い、吸血鬼としての誇りは木っ端微塵に叩き潰された。

 力の差が歴然である。

 もしもアルブレヒトをもう一度怒らせたら、あっという間に塵にされてしまうだろう。

 だから吸血鬼としての誇りを踏みにじるような事を言われても我慢するしかない。


「僕らはこんな汚い迷宮には基本的に住まないよ。最強と呼ばれるドラゴンが住んでいることもあるらしいけど、きっと彼らには衛生という観点が欠如しているんだろう。だって考えてみてくれ。迷宮にトイレなんてないよ。彼らはどうやって用をすませたと思う?」

「まさかそのまま……?」

 イサキオスが頷いた。


「冒険者ってのも食事をするし、出すものも出すんだろう? しかも、この迷宮の地面は土じゃないからね」

 地面を踵で叩いた。

「排泄物は排泄物のままさ。だから、トイレを各階に設置しているんだよ。我々も参加者がトイレに入ったときは襲うなと言われている」

「そんな説明受けてないわよ」

「する必要がないからだろ」

 と、涼しい顔をしてイサキオスが言った。


 さて。 

 地図のおかげで、フアナたちは二十階までわずか一日のうちに到達することができた。

「結局、他の吸血鬼どもに出くわすことはなかったわね」

 と、フアナが言った。

「二十階まで襲われる心配がなくなったのは大きいわ」

「むしろ吸血鬼がいた方が嬉しいんだけどね。僕は」

 考え方の相違に、イサキオスは苦々しげな表情をうかべた。

 人間にとって吸血鬼は恐るべき怪物だが、吸血鬼にとっては大事な仲間なのである。

「みんな、どこへ行ったんだろう……。まさか全員あいつにやられたわけじゃないだろうな」

「それにしても疲れたわね」

「え? もう?」

 と、イサキオスが呆れたように言った。

「あたしはあんたらみたいに頑丈にできていないのよ。女は弱い生き物なのよ」

「お母さん、老け込むにはまだ早いわよ」

 見た目はおとなしそうなカリアナも、母親に対してはきついことを言う。

「アルブレヒト、あんたも疲れただろう?」

 アルブレヒトの身体はオリハルコンの身体でできているのだから、疲労物質が溜まらない。

 いくら動いても疲れないのである。

 しかし、フアナはもうくたくたでとても歩けそうにない。


「その様子ではこれ以上歩くのは難しいですね」

 アルブレヒトは肩をすくめた。

 今日はここで眠ることにした。


 ※


 フアナたちは、配給された干し肉と乾パンを食べる。

「これからずっと干し肉と乾パンばかりだとさすがに飽きるわね」

 げっそりとした声でフアナが言った。

「迷宮から出たら、うまいものを食いたいわね」


 アルブレヒトは食べ物には口をつけない。

「あんた、本当に何も食べないの?」

 フアナが呆れたように聞く。

「大丈夫ですよ。僕は食べなくても平気なんです。そういう修行をしたんです」

「ご飯を食べないだって?」

 イサキオスはあんぐりと口を開けてアルブレヒトを見る。


「人間が何も食べずに不可能だ。僕らだって人間よりもはるかに頑強だが栄養をとらずに生きていることなど不可能だ」

「じゃあ、あんたら今でも人間の血を吸っているの?」

「あまり人のことは詮索しない方がいいよ」

 イサキオスが凄んでみせた。


「やっぱり……」

 カリアナが怯えると、イサキオスは笑って手を振った。

 母はどうでもいいが、娘には嫌われたくない。

「お姉ちゃん。それは誤解だよ。僕はパルニスに来てからは人間を襲ったことはないよ」


「食事はどうしてるの?」

「人工血液だよ」

「なにそれ?」

「文字通り、人間の血液だよ」


「そんなもの作れるわけないでしょ! こっそり人間を襲っているんじゃないの?」


 フアナが疑うのも無理はない。

 そんなもの二十一世紀の日本にも存在しないのだ。


「ところが作れるんだよ。今のパルニスでは」

「そんなの誰が作っているんだい?」

「クロエ・ポンメルシーって奴さ」



 アルブレヒトは、えへへ、と笑うクロエの顔を思い出した。

 面識があるどころか先日、飯をおごったばかりである。

 妖魔学者と名乗っているからには学識もあるとは思っていたが、

(そんな大それたことをしているとは……)

 夢にも思っていなかった。

 それが事実だとしたら、剣と魔法の世界というのは本当に凄まじいものがある。



「じゃあ、輸血とかもできるの?」

「ゆけつ? なにそれ?」

「怪我したときに人間の身体に入れることはできるのか?」

「そういえば、そんなことを言っていたな。もともと負傷者を助けるために開発したらしいが、まだうまくいかないらしい。そのかわり我々の餌の代用品になっている」

「そんなすごいものを作ったのか……」

「しかし、ものすごく不味い。やはり人間の血の美味さにはかなわないさ。おいおい、そんな怖い顔をして睨まないでくれよ。僕は誰も襲ったりしないさ」


「あっ! いけない!」

 フアナが突然立ちあがった。

「お母さん、どうしたの?」



「帰りの分の食事は考えてなかった……」



 カリアナの顔が蒼ざめる。

 食料は三日分しかない。

 最下層まで五日分必要だといわれているのだ。

 三日分を五日に分けて食べようとは考えていない。そのうちどうにかするさとフアナは楽観的に考えていた。

 しかし、フアナは予選に通過することだけを考えていて、

(無事に生きて帰る)

 という一番大事なことを忘れていた。

 たとえ最下層にたどり着いたところで、餓死しては意味はない。



「それなら心配ありませんよ」

 そう言ったのはアルブレヒトだ。



「僕は魔術師ですよ。魔道具なしでも呪文で瞬時に皆を迷宮から脱出させることができる。



「そりゃあ安心したわ! アルブレヒト。あんたは本当に頼りになるね」

 フアナは嬉しそうにアルブレヒトの頭を撫でた。

 子供扱いされたアルブレヒトはすこしばかり渋い顔をした。



「言い忘れていたけど」

 と、イサキオスが付け加えるように言った。

「最下層までいけば、トーライム卿の息子が瞬時に地上に戻れる魔道具を渡してくれることになっている。だから帰りの分の食料を考える必要はない」

「へえ……。あのトーライム卿もその程度には出場者のことを考えてくれているんだ」

「僕ならこんな物騒な大会には出ないけどね。ところで君たちはどうしてこの大会に出場しようと思ったんだい?」


「王様に会うためさ」

 と、フアナが答えた。

「あのレイウォンに会いたいの?」

「ふうん……。どうして?」

「それは、痛っ!」

 アルブレヒトが、フアナの腕を強くつねった。



 言うな、と目で伝えていた。


 フアナが、カリアナとともに魔人武道会に出場したのは、

(王のハーレムに入るため……)

 である。

 いま、イサキオスはカリアナにたいして並々ならぬ執着を抱いている。

 惚れているのである。

 もしもその事を伝えたら、イサキオスは事あるごとに探索の邪魔をするだろう。


 ハーレム入りに関してはアルブレヒトもあまりいい気分ではないが、いまは揉め事は避けたかった。


「レイウォンは凄いな」

 アルブレヒトは驚いた。

 人間を餌としか見ていない吸血鬼が人間を褒めているのだ。

 滅多にないことである。

「あいつは並みの人間じゃない。あの男には敬意を払っている。あいつはずっと仕事ばかりしている。一日の睡眠が三時間だ」

 それほどの激務をこなしているとは知らなかった。

 アルブレヒトが不知火凶の生身の身体だった頃には考えられないことである。

 超人的な働きぶりと言わざるを得ない。

「夜中も仕事しているらしい。臣下の間ではレイウォンが眠っているところを見たことがないとさえ言っている。それもすべて人間と怪物が平和に暮らしていける世の中を作るためだと言っている。尋常な人物ではない。吸血鬼を滅亡から救ったのがあの男だから、我々も滅多なことは言えない」


 一見鼻が大きくて愛嬌のある青年にしか見えないが、

(おそろしく有能な人物)

 らしかった。


 ※


 翌朝。

 カリアナが目を覚ますと、すでにアルブレヒトは起きていた。

「アルブレヒトさん、もう起きたんですか?」

「いや、僕は寝ていないんだ」

「えっ?」

「魔術師だから寝なくていいんだよ」

 カリアナは目を丸くした。

 魔術師とはいえ人間である。

 飲まず食わずで生きていけるのだろうか。

(アルブレヒトさんはあたしたちを騙そうとしているのかしら?)

 しかし、いくら考えてもそんな風には見えない。

 不思議な人だと思ったが、

(きっとアルブレヒトさんだからよね) 

 カリアナはそう自分自身に言い聞かせることにした。

 アルブレヒトは朝食も食べなかった。 

 そして二日目の冒険である。

 一番寝起きが悪いのはイサキオスだった。

 寝ぼけ眼をこすっている。

「眠いよ……」

 カリアナの腕にすがりついている。

 その姿は小学生の子供にしか見えない。

「いよいよ、吸血鬼よりも強いという次の怪物どものお出ましか」

 フアナが言う。

「どんな奴らが待ち構えていることやら……」



 階段を降りた。




 二十一階に着いた一同はあっと声を上げた。

 目の前にひろがっていた光景は凄惨なものだった。



 悪魔の死骸が無数に転がっていたのだった。

 それはもう足の踏み場もないほどに。

読んでいただいてありがとうございました。

……光速の筆が欲しいっス。


299 792 458 m / sで書ける執筆スピードが。

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