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最凶チート殺しの英雄迷宮  作者: 神楽 佐官
第二章 黒水晶のダンジョン編 邪神・大松清明
30/54

030 イサキオスの恭順

 皆が愕然とするのも無理はない。


 いまこちらに向かって逃げてくるのはヴァンパイアロードだ。


 夜の貴族といわれる吸血鬼たちのなかでも特に強大な力を持つ。

 しかもアルブレヒトたちを殺して、カリアナを毒牙にかけて吸血鬼にしようと企んだ張本人である。



 それがこちらに向かって逃げている。



 部下の吸血鬼どもを連れずにただ一人である。ユニコーンに化けたバイコーンも傍らにはいなかった。


「あいつら、また騙して殺そうとしているのか……」

 フアナが呆れたように呟く。

「やはり殺しておいた方が良かったんじゃないの?」


 それについてはアルブレヒトも同じ気持ちであった。

 今度こそ容赦するつもりはなかった。


 ところが……。


「ちょうど良かった!」

 残忍な吸血鬼イサキオスは、アルブレヒトの姿を認めるとこちらの方に逃げてきたのだ。

 さすがにアルブレヒトも驚いた。なにしろイサキオスを、

(殺そうとしたばかり……)

 なのだから。


 まさか忘れているはずがない。鶏は三歩歩けば忘れるというが、まさか吸血鬼が忘れるとは思えない。


「奴はもう追ってこないか……」

 足を止めると、切羽詰った顔で後方を振り向いた。

 どうやらアルブレヒトたちを騙すつもりはないらしい。

「君の忠実な配下たちはどうした?」


 アルブレヒトが訊ねると、イサキオスはぶるぶると首を振った。


「やられた……」

「なに?」

「あっという間だった。一分もかからなかった。二十人全滅だ」

「吸血鬼が、一分も経たずに?」


 信じられなかった。

 オリハルコンの身体をもち古代魔術をおさめたアルブレヒトならともかく、並みの冒険者にとっては夢物語のような話である。

 しかし、イサキオスが冗談を言っているとは思えない。


「残りの八十人はどうした?」

「わからない。ひょっとすると全滅したかもしれない。いくら探しても見当たらないんだ。あいつにやられたかも……」

「そんなに強い人たちいたの?」


 カリアナがアルブレヒトに訊ねる。

 アルブレヒトは魔術師で、敵の強さをはかる梟のアウル・アイが使えるからである。

 しかし、アルブレヒトは首を横に振った。


「参加者全員にいちいち梟のアウル・アイの魔法をかけたりはしないからね」


 あの時、興味があったのは坂上利一ただ一人だった。他の出場者のことなど気にしていない。


「あの爺……トーライム卿の言うことを聞かなければ……!」


 イサキオスは忌々しげに叫んだ。


「魔人武道会に出る連中なら血を吸ってもかまわんなどと言うから……。こんなに強い連中ばかりとは聞いていなかった! 化け物ばかりだと聞いたら即座に断った!」


 死ぬか生きるかの戦いは断るが、一方的に虐殺するのは大歓迎というわけだ。

 そして誇り高き吸血鬼であるイサキオスは、今度は自分が家畜になって襲われる気分を味わっているわけだ。


「僕も連れていってくれ! こんな物騒なところにいたくない!」

「数百年の歴史はどうしたのかしら?」

 フアナが意地悪く言うと、

「数百年の歴史でも起こらない出来事が起きたんだよ!」

 と、イサキオスは弁明した。


「それに手ごわいと思った連中は見逃した。我々だって命は惜しい。僕たちが欲しかったのはあくまでも血と仲間だ」

「あたしらは弱いカモだと思われたわけね」

「一人桁違いに強い奴がいるとは思わなかっただけだよ。梟のアウル・アイでは、必ずしも敵の能力が正確にわかるわけじゃないんだ」

 梟のアウル・アイには防ぐ手段がある。


 たとえば迷妄のイリューション・フォッグという呪文がある。

 これがあると梟のアウル・アイでもレベルの判別が難しくなる。


「で、君らの配下の吸血鬼たちを倒したのは誰?」

「わからない」

 と、イサキオスが言った。声がまだ興奮のため震えていた。

「なにしろ黒いローブで全身を隠していた。一瞬だった」

「相手の戦闘タイプは? 戦士か? 魔術師か?」

「わからない……」

「三百年も生きていて頭がボケたんじゃないだろうね?」


 だが、イサキオスはフアナの毒舌に反応する余裕もなかった。


「闇に呑まれた……」

「何だって?」

「どんな魔法も通用しないんだ。黒いローブの中からぱっと闇が飛び出て……吸い取られてしまうんだ。火だろうが雷だろうが……みんな闇に飲み込まれて、あとは断末魔の悲鳴……」

「そんな魔法あるの?」

「さあ……」


 アルブレヒトは腕を組んで、頭をひねるばかりである。

 イサキオスの説明からブラックホールのようなものを想像した。ブラックホールがどのようなものかは説明は不要だろう。

 しかし、この世界にはブラックホールなど存在しない。ヌジリでもブラックホールの理論は知らない。

 それにもしもブラックホールだとすれば、イサキオスも逃げられるはずがないのだ。


(まったく検討がつかなかった……)

 実際に目で確かめないことには推察のしようもない。


「お願いがある。頼むから僕を一緒に連れていって欲しいんだ」

「なんだって!?」

「あいつに出くわすかもしれない。今度会ったら間違いなく殺されるよ。だから僕を助けて欲しいんだ」

「冗談じゃないよ!」


 フアナが叫んだ。フアナでなくても叫びたくもなる。先ほど自分たちを殺そうとした相手である。

 それが助けを求めているのだ。

 あつかましいにも程がある。

 吸血鬼の誇りはどこに行ったのだと言いたくなる。


「アルブレヒト。あんたは利口な人間だ。まさかこんな奴を助けようなんて言わないよね?」


 しかし、アルブレヒトはフアナの意見には同調しない。


「あの死骸を見ただろう!? こいつらは人を平然と殺すような奴だよ。あの血だまりのバラバラ死体を見ただろう?」


 だが……。

 意外な言葉をアルブレヒトは口にした。


「やってない」

「え?」

「あのバラバラ死体だが、殺したのは彼らじゃない」

「じゃあ誰が殺したっていうのよ!」


 興奮したフアナは上擦った声で叫んだ。


「こいつらはあたしたちのことを餌としか見ていないんだよ」

「だからさ」


 アルブレヒトは静かに答えた。


「それこそが彼らが殺していない証拠なんだ。血に飢えている吸血鬼たちが、人間を殺して血を吸わないというのがおかしい」


 たしかに……。

 先ほど見たバラバラ死体を思い出す。

 アルブレヒトは、床に散らばった血をうまそうに舐めたことを覚えている。

 もしも人間を餌にするために襲ったのだとしたら、血を吸い尽くしているはずなのだ。


「久々の人間の血は美味だったよ」


 と、イサキオスは血の味を思い出して目を輝かせた。


「といっても男の血はいささか味が落ちる。純粋な乙女の血が……」

「やっぱりあんた、カリアナを……」

「しないよ。それに僕はもう血を吸うことはできないよ」


 と、イサキオスは言った。

 さっきアルブレヒトに牙を折られたばかりなのである。


「だったら誰がやったのさ!?」


 すっかり興奮したフアナが、いまにも掴みかからんばかりの勢いで訊ねた。


「女砲兵の言葉を思い出してください」


 名も名乗らずに迷宮を去った、魔雷砲の遣い手である。

 彼女は言った。

 予選では最下層まで到達すればいい。理論上は全員通過もあり得ると。

 しかし、決勝ではトーナメントで当たるわけだ。

 だから、決勝進出者にとってはライバルは一人でも少なくなった方がいいのである。


「そんな、まさか……」

「女砲兵の言うことは本当だったわけだ」


 冗談に過ぎないと思っていた。

 味方が味方を襲う。

 誰に襲われるかわからないという恐怖。


「お姉ちゃん。助けて欲しいんだ」


 イサキオスがカリアナにすがりついた。

 百人中百人が振り向くほどの愛くるしい容姿のイサキオスである。

 その姿は愛くるしいことこの上ない。

(この子は助けてあげたい……)

 敵であるとわかっていてもそう思わせてしまう美しさが。

 だが、フアナがその手を引き離した。

 フアナには美を解する感受性などなかった。あるのは目の前の現実だけだった。


「あたしたちを殺そうとしたのにずうずうしいね」

 しかし、イサキオスは平然としたものである。

「トーライム卿の命令だから仕方なかったんだよ。僕はもう君たちには敵意はない」

「でも、お前はカリアナを吸血鬼にしようとしたんだろ?」

「トーライム卿の許可をもらっている」

「あんたは許可があれば何でもするのかい!? 味方のふりをして騙し討ちにする許可ももらっているんじゃないのかい?」

「もうそんなことはしないよ。約束するよ」


 だが、アルブレヒトは二人の会話に耳を傾けていなかった。

 吸血鬼を襲った人物について考えていた。

 ヴァンパイアロードがまったく歯が立たずに逃げた。イサキオスが嘘をついていなとすれば相手の力は、 

(少なく見積もってもレベルが500以上……)

 国の英雄になってもおかしくないほどの強さだ。

 レベル500以上の怪物について考えてみた。


(俺の知っている範疇ではドラゴンくらいか……)

 敵にまわったらアルブレヒトでも苦戦は必至であった。

「僕は手を出さないよ。それに僕はあの魔術師にはまったく太刀打ちできないから逆らわないさ」

「ということは、アルブレヒトの身になにかあったら手を出す気なんだね?」

 フアナが睨む。


 だが、イサキオスはもう言い争う気などなかった。

「ただで守ってくれとは言わないよ」

 イサキオスは懐から紙の束を差し出した。

「地下二十階までの地図だよ」


 フアナは強引に紙の束をもぎ取った。

「こんな地図があったのかい……」

 これがあれば迷うことはない。


「この先はないのかい?」

「二十階までが僕たちの担当する区域だ。その先のことは知らない。僕を守ってくれると約束するなら、その地図を渡すよ」

 フアナは考え込んだ。

 これがあればとても探索が楽になる。


「……あんたがあたしたちと一緒に戦ってくれるというのなら考えてもいいよ。さすがにヴァンパイアロードだから戦力になるだろうさ」

「そんな。おばちゃん。勘弁してよ。僕は非力な子供に過ぎないんだよ」

「おばちゃんと言うな! それを言ったらお前は三百歳も生きている爺だろうが!」

「それはあくまでも人間の見方だよ。人間と僕たちとでは時の流れが違うんだ。それに二十一階以降は僕らよりも強い敵がいるらしいよ」


 トーライム卿の言葉を思い出した。

 たしかに奥には吸血鬼よりも強い奴らがいると言った。


「……としても、あたしたちについていく意味は? 下にいる連中ほど危険なんだろう?」

「彼がいるからね」

 アルブレヒトを見た。

「他の大会参加者たちにもとんでもなく強い奴らがいるかもしれない。そいつらに襲われるよりは、君たちと一緒にいた方が安全だと思ったのさ」

「……どうする?」


 アルブレヒトは考えた。

 イサキオスのことはあまり好きではない。

 はっきり言って嫌いである。

 しかし、坂上利一のことに比べればどうでもいいことだ。

 アルブレヒトにとっての最優先事項は坂上利一だ。

 邪魔しなければ、それでけっこうだ。

(それに……だ)

 イサキオスは、カリアナに熱い視線を注いでいるのを見逃さなかった。

 ただの餌としてではない。

 吸血鬼は執着心が強いのである。

(吸血鬼は一度目をつけた異性は大事にする)

 と、ヌジリから聞いたことがある。

 いざという時は幼い魔女のカリアナを守ってくれるはずである。

 ヴァンパイアロードに魅入られることが幸せなのかどうかはわからないが。


「カリアナを襲わないと約束できるか?」

「もちろんだよ!」

 調子のいい返事がかえってくる。

 アルブレヒトは目を瞑った。

「わかった」

 アルブレヒトはうなずいた。

「僕は何も口出ししないよ。二人がいいと言うならそれで結構だ」

「お母さん、どうする?」

 カリアナが不安そうな眼差しを向ける。


「仕方ないわね。好きになさい。せっかく地図ももらったことだしあたしゃ文句は言わないよ」

ゴリゴリ書きたい。書きまくりたい。

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