003 最弱スライムでイケメン戦士に勝つ方法(中)
「いまは禁じられておるが、昔は喧嘩があると兵士たちがこの練兵場で決闘したもんだ。昔は血の気の多い若者が多かったよ」
トーライム卿は無人の練兵場を懐かしむような視線をそそいだ。
練兵場にはアルブレヒトとライトゲープ伯ユリウス。クロエもいる。
ユリウスは表情にこそ出さないものの、
(腸が煮えくり返っている……)
ユリウスは武術大会で準優勝したこともある。
とくにレイピアを使わせたらパルニスでも屈指の腕前である。そのユリウスを、
(スライムで倒す……)
などと言っているのだからふざけている。
具体的にどのくらいスライムが弱いか?
たとえば、女子高生がいたとする。
剣道とか柔道をやっているような女子高生ではない。
茶道部に入っているようなごくおとなしい女子高生だ。
それが虫を取るような網でスライムを捕獲する。
上から踏みつける。
――それで瀕死である。
弱い魔物をほかに挙げろといわれると、有名な怪物ではコボルトがいる。
人間の身長の半分ほどの小鬼だ。当然人間よりも弱いが、木製の槍などを持っている。
当然、並みの冒険者よりもはるかに弱い。
だが、スライムはコボルトとくらべても断然弱い。
その史上最弱のスライムで勝つと言っている。
(この紫色の髪の少年に世間というものを教えてやらなければならない)
パルニスの武人は、個の武勇でいえば大陸最強といわれている。
そのパルニスの武人がスライムごときに負けるはずがないのだ。
「あのう、ライトゲープ伯?」
クロエが心配そうに声をかけた。
「お願いですから……」
「大丈夫ですよ」
ユリウスはクロエを安堵させるために笑って見せた。とは言うものの、
(クロエさんの友人だから殺しはしないが、すこしばかり痛い目に会ってもらわないと困るな)
ユリウスは練習用の木剣を握りしめる。
全身から殺気を発している。
「スライムは?」
「もう準備しています」
「なに?」
アルブレヒトは武器など持っていない。
素手である。
スライムで戦うといったのに、そのスライムさえ持っていない。
「ただ立っているだけを準備というのかね?」
「ええ、武器はいらないので」
「だったら、私も素手で戦おうか? 私は素手の人間に斬りかかるような卑怯な人間ではない」
「いえ、素手も使いません」
「なんだと?」
「拳も使いませんし、蹴りも使いません。投げませんし、関節技も使いません」
「それでは戦いようがないだろ……」
ユリウスが当惑していると、
「ユリウス、気をつけい」
突然、トーライム卿が吼えるように言った。
驚いて、ユリウスが振り向いた。
「大丈夫ですよ」
怒りのあまり、アルブレヒトを殺してしまうとトーライム卿が勘違いしたのだと思った。
しかし、そうではなかった。
「そいつ、おそらく強いぞ」
「はっ?」
「ひょっとしたら、おぬし負けるかもしれんぞ」
「まさか……」
「冗談ではないぞ。わしは本気で言っている。最初会ったときはたいして強くないと思っていた。だが、思ったよりもやるようだ。若いからといって侮ってはならん」
「だからといって、どうやって戦うつもりなんですかね?」
ユリウスは肩をすくめた。
トーライム卿はクロエとともに場を離れて、二人の戦いを見守ることにしたが、
(どうもおかしい……)
胸騒ぎを覚えていた。
歴戦の武人としての勘である。
アルブレヒトと名乗る紫色の髪の少年は平然としている。
ユリウスが戦士として優れているのはわかっているはずなのだ。
(よほどの無神経か、あるいは……)
「クロエ殿。あの少年は何者かな?」
「アルブレヒトくんですか? 私もよくわからないんですよ」
「なんじゃと? だったら、どうして連れてきた?」
「話せばちょっと長くなるんですが。
あたしじつはメデューサの研究がしたかったんですよ。
でも、メデューサってすごく危険じゃないですか。髪の毛が毒へびさんだし、目を見たら石になっちゃうし……。レイウォン王にも相談したんですよ。そうしたら『べつのことを研究しよう。そりゃ無理だ』って。
で、募集したんですよ。メデューサに会わせてくれる人を。
そうしたら、彼がやってきたんですよ。
メデューサを連れてくるかわりに魔人武道会に出られるように頼んでくれと。
まさか本当に連れてくるとは思いませんでしたよ……」
「なんじゃと? いったいどうやって?」
「それが一切教えてくれないんですよ。メデューサに直接訊ねても言わない」
「クロエ殿はメデューサを見ても平気だったのですかな?」
「ちゃんと目隠しさせましたから」
「ふうむ……」
トーライム卿は感慨深げに白い髭を撫でる。
「冒険者か?」
「そうみたいです。最近、なったばかりみたいですが。でも、何十年も倒せなかった魔王をあっという間にやっつけたらしいですよ。それで莫大な財産を手に入れたらしいです。本人は否定していますけど、依頼を受けた冒険者ギルドからの記録がちゃんと残っているから間違いないです」
「魔王といっても名乗れば誰でも魔王じゃ。昔は国家を揺るがすほどの存在だったらしいが、いまは魔王というと子供向けの小説のネタ程度の存在感しかないからな」
「でも、メデューサを説得するほどの人物ですよ」
「クロエ殿」
トーライム卿はすこし怯えた顔をした。
「まさか、そんな危険な怪物をこのエルムントの町には……」
「大丈夫ですよ。一度、フォトナの洞窟に帰ってもらってますから」
「それは安心した。でも、クロエ殿の家にはバジリスクがいますからなぁ……」
バジリスクは蛇の王と呼ばれる怪物である。
小さな蛇だが、その魔力は強大である。
睨まれたら、相手は死ぬといわれている。
「バジちゃんは迷惑をかけるような子じゃありません。人間並みに知能が高いんです」
「クロエ殿の家に棲んでいるは怪物の数は迷宮よりも多いと言われているほどです。よく家族が文句を言わないと感心しますぞ」
クロエは唇を尖らせて、
「うちの家の子たちは人間に迷惑をかけたことがありません。それよりも魔人武道会って誰でも出場できたんですよね?」
「基本的には誰でも出られる。わしに許可をとる必要もない。じゃが、あんな子供が一人でやってきたら、受付が追い返すだろうな」
さて、ライトゲープ伯ユリウスだが。
すでに怒りのために血がのぼっている。
(痛い目にあわせてやらないと)
見た目は美しい貴公子だが、代々武門の家柄である。
誇り高き戦士の心は侮辱されたことに対する怒りで燃え上がっていた。
「では、行きますよ」
ユリウスは構えた。
一方、アルブレヒトは動かない。
(あくまでも馬鹿にした態度を崩さぬつもりか……!)
一撃食らわせてやろうと前に出ようとしたが、
(待て……!)
踏みとどまった。
(ひょっとして魔術師か……!?)
魔術師ならば武器などいらない。
呪文を唱えるだけで敵を攻撃できる。
(だとすると何か秘策があるのかもしれない)
そうなると用心しなければならない。
しかし、ユリウスは恐れていなかった。
基本的に同じレベルの戦士と魔術師が一対一で戦うとする。
ほとんどの場合、戦士が勝つ。
たしかに魔術師の方が攻撃は多彩である。
火に氷、雷、毒や眠りに幻覚、高レベルになれば隕石を落とすというのもある。
その攻撃力は戦士の剣よりもはるかに上だ。
にもかかわらず、一対一で戦えば戦士が勝つ。
まず呪文の詠唱には時間がかかる。
戦いには圧倒的な集中力が必要なのだ。ということは、
(攻撃を避けにくい……)
のだ。
魔術師で身体の頑丈な人物などそれこそ滅多にいない。
戦士の力のこもった剣撃を食らえば、貧弱な肉体などすぐに破壊されてしまう。
はたして敵がどうでてくるかユリウスが考えていると、
(おや……)
異変が起こった。
アルブレヒトの手のひらにスライムが乗っていた。
どうしてなのかわからない。
突然の出来事にユリウスは怯んだ。
次の瞬間、アルブレヒトは奇妙な行動に出た。
なんとスライムを投げつけたのだ!
「ぐはっっ!!」
不意をつかれたユリウスは、顔面に直撃した。
関係ないけど、スライムに目と口をつけた鳥山明先生は天才だと思う。
読んでいただいでありがとうございました。




