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最凶チート殺しの英雄迷宮  作者: 神楽 佐官
第二章 黒水晶のダンジョン編 邪神・大松清明
29/54

029 過去

 26~28番までは欠番です。

「へっへっへっ……。こりゃどうも。いったい何から話そうかね」

 蜷川仁太はすっかりご機嫌だった。

 高価な品物をもらうと人間こんなに笑顔になるのだという実例が目の前にある。

「こりゃあ、十万タルザンはするね」

 日本円に換算すると約一千万円である。

「一生遊んで暮らすのはムリだな。でも、これだけの金があればしばらくは危ない仕事をせずに生きていけるぜ」

「あんた、ダイヤの価値がわかるのか?」

 と、フアナが怪訝な顔をして訊ねる。

「俺には不思議な能力があってね。どんな物でもそいつの価値が正確にわかっちまうのさ」

「そんな才能あったら、ふつうに商売しても生きていけるんじゃないの?」

 フアナは魔女である。自然の精霊を呼び寄せて操ることができる。

 しかし、そんな便利な能力が合ったらその力を引き換えにしてもいいと思えるほどの能力だ。

 精霊を呼び寄せることができたところで、日常生活では喉の渇きをいやしたり火をつけたりする程度の力しかない。魔女の力は金儲けには役にたたないのである。

「俺は不器用でね。せっかくの才能を生かす頭脳がなかったのさ」

 仁太は警戒するような眼差しを向ける。

「本当にこれをもらってもいいんだな。あとで返してくれとか言わないよな」

「それは君のものだよ」

 と、アルブレヒトが言った。

 ダイヤを渡したことを後悔している様子は微塵もない。

 まるでホテルのボーイにチップを与えたかのように堂々とした態度だ。

「ただし君の知っていることを包み隠さず話すということが前提だ。俺に嘘は一切言わない。いいね?」

「もちろんだぜ! 思い出したくない過去だけどな。ダイヤをくれるんだったら全部しゃべるぜ」

「嘘は絶対につかないでくれよ」

「もちろんだって! そのかわり……」

「なんだい?」


「人に聞かれたくないんで人払いをしてくれねえか? 女は口が軽いんでね」


 するとフアナは手で差し招いた。

「ちょっとこっちにおいで」

 どうしても言いたいことがあるらしい。


 アルブレヒトが近づくと、二人は仁太から離れた。フアナは部屋の扉の入り口のところで、

「あんた、本当にダイヤをあげるつもりじゃないだろうね?」

 仁太に聞き取れないほどの小声でアルブレヒトに訊ねた。

「うん」

「本気かい!? あんた十万タルザンの価値をわかっているの? すごい金額だよ!」

「俺にとってはそれだけ価値のあるものなんだ」

 アルブレヒトは値切るつもりはなかった。

 物欲がきわめて薄かったからだ。

 もともとアルブレヒトが不知火凶だった頃から、欲の深い人間ではなかった。

 それが肉体を失ってからは、いっそう物欲は薄れた。

 心臓と魂だけ。

 あるのは復讐心のみ。

 しかし、煩悩の深いフアナはそうではなかった。


「あいつは信用できないから気をつけた方がいいよ。あたしはあいつが嫌いだね」

「嘘をいわないと思うけど」

「あんた、強いけど世間を知らずだね。教えてあげるけど。悪党にも色々なタイプがあるんだよ。たとえばバンバがいるだろう? あいつは筋の通った悪党だよ。でも、あいつは違う。金のために平気で人を裏切るような奴だよ。絶対に信用できない」

「大丈夫ですよ」


 アルブレヒトは笑った。


「金で動く人間ならたいしたことないでしょ。それに裏切ったら彼を許しませんから」

「そうかい……」

 フアナは仁太に向かって、

「言っとくけど、アルブレヒトはヴァンパイアロードを倒すほどの魔術師だよ! 騙したらどんなひどい目に会うかわからないわよ!」

 と大声で叫ぶと、カリアナは部屋の外に出た。

 あくまでも話が終わるのを待って、アルブレヒトと行動をともにするつもりだった。


 ヴァンパイアロードを一蹴したほどの強大な力をもつアルブレヒトと一緒に行動すれば、

(道中だって安全さ)

 と、考えたからである。



 さて、魔女の母娘が部屋から出て、アルブレヒトと仁太の二人きりになった。

「全部、話してくれるんだね?」

「そのかわり、俺がこれからしゃべることは誰にも言わないでくれよ。あの二人にも」

「それは約束する」

 仁太はやっと安心した様子だった。




「俺は蜷川仁太。あっちの世界じゃバイクの好きな高校生さ。スマホをいじっていたら、いつの間にか飛ばされたんだから、そりゃあびびったよ。トルゲマタ卿ってやつに捕まっちまった。

 トルゲマタ卿ってのは教会のお偉方でな。人間だと言い張っているが、百歳以上生きている化け物さ。俺たちのいた世界でも百歳以上のおじいちゃんやおばあちゃんはいたよ。でも、肌が緑色のやつはいねえよな。本人は神の信仰の深さゆえだと言っていたが、実際は魂を売ったんじゃないかって囁かれているぜ」


「たいへん信仰心の厚い方だと聞いています。すこしでも信仰心の足りない者は片っ端から捕まえて火あぶりにするくらいに」


 アルブレヒトはつとめて冷静な口調で言った。


「そんな物騒な信仰心ならない方がいいと思うがね。

 トルゲマタ卿は、俺たちを試すことにした。

 もしもお前たちに神のご加護があるのなら、魔物を捕まえて来いと。

 それができなければ死刑にするというわけだ。

 俺たち、必死になって探したぜ。

 ところがいくら探しても魔物はいない。

 あとで知ったが、魔物ってのはエスード王国では宝石よりも価値が高いらしいじゃねえか。どんなに探したって見つかるもんじゃねえ。トルゲマタの野郎、俺たちを嬲り殺しにするつもりだったらしいな……。今でも元気にしているらしいが、あいつは絶対に人間じゃねえな。あいつは僧服をきた悪魔に違いない。

 どうやって魔物を捕まえようか悩んでいた。

 だが、ある日のこと俺たちは釈放されたんだ。どうしたって聞いたら、黒橋みかげが国王のハーレムに入るかわりに俺たちを助けてくれるって言ったんだよ」


「本当の話か?」

 アルブレヒトが驚いて訊ねた。

 アルブレヒトの知っている黒橋みかげは決してそのような情け心をもつような女ではない。


「本当だぜ、表面上はな」

「どういうことだ?」

 仁太は、きょろきょろとあたりを窺った。

「俺たちと一緒に捕まった奴のなかに不知火凶という奴がいたんだ。そいつが国家に反逆をくわだてたと証言しろと言われたのさ。それが俺たちを助ける条件だった」

「やはり……」


(ヌジリさん、あなたの言うとおりだった)

 アルブレヒトは心のなかで師匠に感謝した。


「ルールー一匹を売ったのが反逆罪のきっかけとなったそうだね」

「ルールー? なんだそりゃ?」

「怪物だよ。植物のような」

「俺は冒険者としてはベテランじゃないんで、怪物は有名どころしか知らねえよ」


 仁太は下卑た笑みをうかべた。じつに盗賊らしい笑みだ。十五年の間に盗賊稼業がすっかり骨身に染みついているらしかった。


「怪物売ったくらいで死刑になんかならねえよ。たしかに外国に怪物を売るのは重罪だが、死刑になるはずがない」

「たしかか?」

「俺は盗賊だぜ」

「どういうことだ?」

「いつ捕まるかわからない身だぜ。自分が捕まったときにどういう刑罰を食らうのかあらかじめ勉強しておくんだよ。一般市民よりもはるかに刑法にはくわしいと思うぜ」

「じゃあ、不知火凶が国家反逆罪で捕まったのはどうしてだ?」

「国王暗殺未遂さ」

「待った。本気か!? 不知火凶ってそんなだいそれた事を考える奴か!? ネトゲしか趣味のないつまらない少年だったはずだぞ!」


 アルブレヒトは自分が不知火凶ではないことを忘れて叫んでしまっていた。

 そもそもネトゲなどと口走っているのだ。相手次第では、

(絶対に怪しまれる……)

 のは間違いない。


「不知火凶ってやつは臆病なんだよ。とても国家に反逆するなんてだいそれた事を考えるような奴じゃなかった。そもそも一般人がどうやって国家に反逆できるんだよ? 庶民には国家とかどうでもいいわけで」

「不知火凶はどうしたんだい?」

「国王暗殺未遂犯として捕まったぜ」


(嘘だ……!)

 不知火凶は心のなかで叫んだ。しかし、それを誰にも伝えることはできない。


「たぶん処刑されただろうな。でも、なんかひっかかるんだぜ」

「どうして?」

「普通、そんな大悪党は公開処刑されるもんだが、処刑されたなんて話はまったく聞かない。どうやら裏があるんじゃないかってのが事情通の間では噂になっているぜ」


 一般人は知るまい。

 まさか古代魔術の実験材料にされたことなど。

 内臓迷宮という口にするのもおぞましい化け物にされたとは、決して国民の耳に入ることはないだろう。


「おかげで俺たちは自由になった。

 でも、自由になったからといって幸せになれたわけじゃない。

 エスード王国はよそ者には冷たい国だった。居場所が全然なかった。

 それから俺は黒橋みかげから金をもらって王国を出た。

 あいつは、俺を厄介者扱いしているところもあった。

 もっとも俺だけじゃなくて、異世界からやってきた連中は

 ある日のこと、俺は商人のもので丁稚奉公をすることになった。

 その商人ってのが、すごいデブでな。一日三食のところを一日八食も食うような野郎だった。

 ムカついたので金を盗んでトンズラした。それが俺の泥棒人生の始まりだった」


「で、黒橋みかげはどうなった?」

「そりゃあもう贅沢三昧の生活を送っているよ。国王の寵姫だぜ。IT企業の社長の娘どころじゃねえぜ。カルス国王も頭が上がらねえんだ。国政にすら影響を与えているという話だぜ」


 そう言って仁太はへらへらと笑った。


「孤児院に足を運んで慈善事業をしているというけど本当かい?」

「それも本当だ。孤児院建てて身寄りのない子供たちを育てているぜ」


 信じられなかった。

 逆恨みで自分を殺した女である。

 それとも立場が変われば、人間性も変わるのだろうか。

 社会的地位を得て余裕でもできたのか。

 アルブレヒトの心に疑問が渦巻いていた。


「ただし、それも表向きの話だ」

「どういうことだ?」

「子供のうち綺麗な子を奴隷として売っているんだ」


 それこそハンマーで頭を殴られたほどの衝撃をうけた。

 黒橋みかげが何の考えもなしに慈善事業をするような女だとは思えない。

 それはアルブレヒトが不知火凶であった頃に身をもって体験している。

 だが、そこまで極悪非道な話はさすがに作り話ではないかと思った。


「その話、確かなんだろうな?」

「そりゃあ孤児院だって、お金がなければ運営できないからね?」

「待った」


 アルブレヒトは渋い顔をした。


「どうして金が必要なんだ? 王の寵愛を受けているはずだ。カルス王に『ねえ王さまぁお金ちょうだい』と尻でも振りながら言えば、いくらでも金を出してくれるんじゃないの? 黒橋みかげは国政を意のままに操れるんじゃなかったのか?」

「ところがそうはいかないんだな」

「なぜ?」

「黒橋みかげの浪費のせいさ。たった一人の女の金遣いが荒いせいで、いまエスード王国の財政は火の車さ。贅沢しようにも金がなくなっているのだ。国王ったってひとりの人間、どんなわがままでも通るとはかぎらねえ。貴族たちの間でも猛反発を受けているからな。用途不明の謎の出費も多いらしいぜ。エスード王国が抱えている闇は深いぜ」

「そんな秘密をどうして君が知ってるんだ?」

「人から聞いた話さ。証拠なんか持ち合わせていないぜ」

「しかし、誰から聞いたかくらいは言えるはずだ」


「冒険者ギルドだよ」

 と、仁太が言った。

「奴隷を運ぶのにどうする? 黒橋みかげが秘密でやっているんだぜ。国王の名前で役人を使うわけにはいかないんだよ。だから、冒険者ギルドに金を払って、奴隷の運送をやってもらっているのさ」


 アルブレヒトは表情にこそ出さないものの、唖然としていた。

 古代ローマとか、そういう時代の話ではない。

 黒橋みかげは21世紀の人間で、しかも女子高生に過ぎなかったのだ。

 戦後日本の民主主義の世界で生きていた人間のはずなのだ。

 しかも、IT社長とモデルの娘として何不自由のない人生を歩んできた。

 それが奴隷売買を行っている。

(根性が腐り切っている……)

 としか言いようがない。

 悪徳のかたまりのような女である。


「いいか。絶対に言わないでくれよ。どんな復讐をされるかわからないからな」

 仁太が念を押すように言うと、アルブレヒトはわかったと言わんばかりにうなずいた。

「それは当然承知している。でも、もしも、このことが国民に知れ渡ったらどうなる?」

「さあてね。黒橋みかげの評判は失墜するのが間違いないだろうが、そんな噂話をしたらすぐに役人に捕まるんじゃないの? あの国は本当に暗い国だからな。俺はあの国が嫌いでさっさと出ていったけど」

「で、他のやつはどうなったんだ? 女子が二人いたよな?」

「よく知ってるな。柿崎ひとみと江藤佐緒里だろう? あの二人は黒橋みかげの言いなりだから、追い出さずに手元に置いておいたのさ。驚くことに公爵夫人だぜ」

「公爵ってなに?」

「貴族の最上級の爵位さ。あんた、意外と世間知らずだな」

「じゃあ、大出世というわけか?」

「二人とも美形の貴族さまと結婚して幸せな家庭を築いているぜ。二人とも子供がいるぜ。でも、エスード王国の庶民どもの貧しい生活なんかそっちのけで、楽しい生活を送っているんじゃないのか?」

「なるほど。成功者同士なかよくセレブ生活を満喫しているというわけね。彼女たちについて詳しいことはわからないのか?」

「さあてね」

 仁太は自嘲気味に笑った。

「俺は上流階級の人間じゃないから」



 なんということだろう。

 アルブレヒトは十五年迷宮として暮らしてきたのだ。

 暗い地面の下で一歩も外に出ることはなかった。

 ヌジリにオリハルコンの身体を与えられなければ、間違いなく発狂していただろう。



「君たちの仲間に坂上利一は21世紀の医学の知識で大もうけしているらしいね」

「よく21世紀なんて言葉知ってるなぁ。こっちの世界の住人じゃないかと思えてくるぜ」

 一瞬、しまったという顔をした。

 が、蜷川仁太はアルブレヒトの正体などにはまったく興味がなかった。興味があるのはダイヤモンドだけだった。

「たしかにあいつは医大生だから。あっちで医学の勉強に励んでいた。しかも、ティターンの王立魔術院をたったの一年で極めたというじゃないか」

「どうして盗賊の君が魔術師の世界のことについてわかるんだ?」

「おいおい。忘れちゃ困るぜ。俺は、ギルドに所属している盗賊だぜ。魔術師とも交流があるんだぜ。あんた、冒険者だろう? 盗賊と一緒に仕事したことないのか?」

「いつも仕事は一人でしているから」

「宝箱はどうしてるんだ?」

「それは魔術でどうにかする」

「トラップに引っかからないといいがね……。餅は餅屋。なんでも専門家にまかせた方がいいんじゃないか? それよりもあいつ、とんでもないことを抜かしていたぜ」

「どんなことを?」




「『魔術の力で神になる』とか」




 それはあながち嘘ではない。

 ――魔術の力で神になる。

 魔術の奥義であり、魔術を学ぶ者すべての最終目的なのだ。

 ヌジリからも教わったことだ。

 ただしそれを堂々と人前で口にすることではない。

 己自身が神になるなどと本気で口走ったら、他人から目で見られるかは、二十一世紀の日本とて同じことである。




「大松清明は?」

「あいつなら冒険者ギルドのリーダーになったぜ。千人以上の冒険者たちを抱えている」



 二十一世紀の日本だって、千人以上の部下を抱えるのは並大抵のことではない。

 冒険者のような命知らずを抱えているというのだ。



「冒険者の間では『レベル999の男』と言われている。本当に999かどうかは知らねえ。とにかくとんでもなく強いってことだ。冒険者ギルドを立て直したらしい。俺みたいなチンケな盗賊とは大違いだ」

「どこで会える?」

「さあな。大物だから、俺なんかが会えるような

「ギルドの本部の場所だけでもわかるはずだ」

「エトルスさ」

 エトルスならパルニスの隣国だ。

 数日で行ける。飛竜ワイバーンを使えば一日だ。


「片倉雅宗は?」

 すると仁太は苦々しい顔をした。

「もしも俺が他の誰かと変われるとしたら、坂上利一でもなければ、大松清明でもない。片倉雅宗になりたいね」

 野良犬のように目をぎらぎらと光らせていた。

「あいつは夢を全部手に入れたような奴だ。ケイロスの大将軍になった」

「大出世ですね。彼にそんな才能があるとは知らなかった」

「べつに大将軍になっただけならそんなに羨ましいとは思えないぜ」

「どうしてですか? あなたはただの小汚い盗賊でしょ? ケイロスと大将軍とは天と地ほどにも差がひらいているじゃありませんか?」

「それは大将軍の地位どころじゃないものを手に入れたからだ」

「どんなものを?」

「あいつは世界中の美女を手に入れたんだぜ」

 いかにも物欲しそうな顔をして、仁太が言った。

「各地を略奪して美少女を手に入れて、それこそハーレム状態らしいぜ。みんな異世界で大成功して楽しい人生を送っているぜ」




 つまり。

 ここにいる仁太とアルブレヒトこと不知火凶以外は、すべて異世界で幸せな生活を送っているわけなのである。

 それこそ胸をかきむしられるような思いであった。




「本当に世の中は不公平だぜ。神も仏もありゃしない」

 異世界に仏教はない。

 だから、仏なんて言葉は存在しないのだ。

 もしも、仁太が察しがいい人物なら、

(なんでこいつ、異世界の住人なのに仏なんて知ってるんだ……?)

 と、疑問に思うはずなのだ。

 もっとも、死んだはずの不知火凶が姿を変えて目の前に現れているとはさすがに想像つかないだろうが。


「あと一人いたよね?」

「誰?」

「苫小牧幸太郎だよ」

「ああ……。そんな奴いたな。あいつなら奴隷として売られちまったよ」

「どういうことだ! なぜ彼のような人間だけ不幸にならなければいけないんだ!」

 血相を変えて胸倉をつかんだ。

 ヴァンパイアロードのイサキオスと戦っても顔色ひとつ変えなかったアルブレヒトである。

「お、落ち着け……」

「幸太郎はどこにいる!? 教えたら他にも金をやるぞ! いくら欲しい!?」

「俺も詳しくは知らねえよ。たぶん、死んだと思うぜ」

 金を見せればすぐに目の色を変える仁太が無理だというのだ。

 これは絶望的だ。

「手がかりでもいい。なにかないのか?」

「そう言われても奴隷なんて知らねえよ。物分りのいいご主人に出会えば話はべつだが、炭鉱とかでこき使われて死んだに決まっている。いくら俺でも奴隷のことまで知らねえよ」

「どうしてそんな目に?」

「そこまでは俺も知らんよ。最近知ったんだ。俺の知っていることはこれで全部だ。これ以上のことは知らねえ」



「そうかい。だいぶ参考になったよ。ありがとう」


 幸太郎は行方知れずというのは心痛きわまりない話である。

 しかし、黒橋みかげが奴隷の売買をしているというだけでもダイヤ一個分の価値はある。

 これは間違いなく復讐に使える。


「もう一度確認するが、このダイヤは間違いなく俺のものだろうな?」

「もちろんだよ」

「じゃあ、これでお別れだ」

「でも、君とはまたどこかで会いそうな気がするよ」

「そうかもしれないな。へへへ……。こいつさえあれば俺は幸せになれるんだ」

 仁太はダイヤを手に入れたことで有頂天になっていた。

 ダイヤを大事そうにズボンのポケットに入れて、そのまま去っていった。

地上に出て、大金と幸せな生活を手に入れるために。



 その時、

「助けてぇ!!」

 悲鳴だ。

「この迷宮は悲鳴が多いね」

 フアナが呆れたようにつぶやいた。

「迷宮のあちこちで戦闘があるんです。悲鳴ばかりになっても驚きませんよ」

 アルブレヒトはあくまでも冷静である。

「でも、吸血鬼ならさっきあんたが倒したはずだよ」

「たしかに吸血鬼の首領はあんたが追い払ったさ。でも、残党が誰か襲ったんでしょう」

「助けに行きましょう。放っておくわけにはいかないわ」

 真っ先に悲鳴のする方へと走ったのはカリアナだった。

 カリアナを危険にさらすわけにはいかないので、アルブレヒトも追った。

 が…………。

「嘘だろ?」

 目を剥いて驚いた。

 見間違いではなかった。

 

 


 逃げてきたのはヴァンパイアロード、イサキオスだったのだ。

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