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最凶チート殺しの英雄迷宮  作者: 神楽 佐官
第一部『最凶チート殺しの内臓迷宮』迷宮編 第一章 不知火凶からアルブレヒトへ
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エピローグ

「あれ……」

 フアナは目を覚ました。

 アルブレヒトとカリアナが立っていて、心配そうに彼女を見守っていた。


「あの忌々しい吸血鬼どもは……?」

「アルブレヒトが追い払ってくれたの」

「本当かい?」


 フアナは上体を起こした。

「すごいわね……。ライトゲープ伯を倒しただけじゃなくて、吸血鬼たちまで追い払うなんて……」

 上を見上げた。

「その天井は……」

「俺が開けました」

「はぁ?」

「吸血鬼は太陽の光が苦手だから」

「こんな場所から地上まで穴を開けるなんてね……」


 ぞっとした。

(この子は絶対に敵に回さない方がいいわね……)

 心の底からフアナは思った。


 それにしても、まだ地下一階。

 命がけの冒険は始まったばかりなのだ。

「んじゃ、あたしは帰るわ」

 女砲兵が、突然言った。

「えっ?」

 フアナが驚いた。

「あんた、本気でやめるつもりなの?」

「だって命は惜しいし」

 あっけらかんとした口調で、女砲兵が言った。

「どうにかなると思っていたけど、こりゃあヤバいわ。このままどんどん奥へと進んでいったら、さっさと逃げないと。それが戦場で生き残ることよね」

「金で雇われた兵隊ってのは忠誠心が薄いね」

「何とでも言ってくれ。人間ってのは誇りよりも命が大事」


 そう言って、去っていった。

 女砲兵が去っていく姿を見て、

「ふふふ……」

 フアナがいわくありげな笑みを浮かべていた。



「まあ、いいさ。こっちにはアルブレヒトさえいてくれたらこっちは焦る必要はないのさ」


 そう言って、アルブレヒトを見た。

「あんたのために特別に秘密を教えてあげよう」


 帽子を脱いだ。

 すると頭に皮袋が乗っていたのだ。

 皮袋をひらくと、黒い粒がたくさん入っていた。


「魔女の特製携帯食さ。小麦粉にはちみつ、そしてこれを朝と夕方に一粒ずつ食えば飢えは防げる。誰にも渡さないつもりだったが、あんただけは特別に分けてあげるよ。

 水と食料は三日間しかもらっていない。迷宮欲しさにあいつらは食い物欲しさに突っ走るはずさ。でも、あたしたちは食い物には困らない。あとからゆっくりついていけばいいのさ。

 ところで五日分の水をもって歩くのは大変だよ。水ってけっこう重いんだよ。だから、あたしたちは食料だけ受け取って、水はもらわなかったんだよ」

「水なしでどうやって迷宮で生きていく気ですか?」

「まあ見てなさいよ。あんた、あたしのことを役に立たないと思っていたでしょう? たしかに戦闘はあんたに叶わないけど、見てなさい」



 帽子を逆さにした。

 なにやら呪文を唱えると、水の精霊ウンディーネが現れた。

 帽子のなかに水がどんどん溜まっていく。

 水はあふれんばかりになった。



「さあ、お飲みよ」

 魔女が火・水・風・土の四元素の精霊を呼べるのは知っていた。

 しかし、戦闘で使えるのは火の精霊サラマンダーくらいだろうと思っていた。

(こういう使い方があるのか……)

 ヌジリから、魔女は直接の戦闘には弱いが補助役としては有能だと教わった。

 それにしても、ヌジリ以外の人間に優しくされたのはこれが初めてだった。


「これはすごい……」

 アルブレヒトは心の底から感動した。

「でも、俺はいらないです」

「遠慮せずに飲みなよ。あんたが最初だ。あんたに助けてもらわなかったら、娘ともども死んでいたんだから」

「というか、俺は魔術師だから飲む必要ないんですよ」

「なんだって?」

「俺、飲まず食わずで生きていけるんです。べつに無理しているわけじゃないですよ」

 フアナは呆然とした。

「そんな魔術師、聞いたことないよ……」

「そういう修行をしたんで。水、一滴も飲まなくて平気なんですよ」

 あまりのことにフアナは言葉を返せなかった。



 すると、部屋の外で、

「誰だ……!!」

「ひいっ!」

 またしても叫び声が聞こえてきた。

「誰だろう……! さっきの声は女砲兵の声だったね」

「間違って出場者に大砲でも向けたんじゃないかな?」

「ああ。なるほど……。面白そうだから覗いてみるとするか」

 フアナは、水のたっぷりと注がれた帽子をアルブレヒトに手渡して、現場へと向かった。

 つい先ほど殺されかけたばかりなのだ。

 魔女というのはタフな生き物だなとアルブレヒトは思った。



 フアナの予想通り、女砲兵が出場者に大砲をむけていた。

 盗賊らしかった。

 黒髪をきっちりとリーゼントに固めているのだ。

 にんにくを数珠繋ぎにして首からかけていた。しかも、十字架を大事そうに握り締めていた。

「たしかにそうすりゃあ吸血鬼も寄ってこないわね……」

 フアナは腕を組んで溜め息をついた。

「でも、あたしはにんにく嫌いなんだよね」

 じつはフアナはにんにくが嫌いなわけではない。そんな簡単な発想を思いつかなかった自分に腹を立てているのだ。だから、にんにくが嫌いなんて嘘をとっさについてしまったのだ。

「それはあんたの発想かい?」

「いや、違う。頭の動物の骨を乗せた山賊の親分みたいなのが言っていたんだよ町じゅうの。あのおっさん、町中のニンニクを買い占めたんだよ」

「そうやって、相手がわかったら一度迷宮の外にでて対策をたてるという方法もあるわね」

 フアナが笑う。


 しかし、忘れてはならないのは一週間という制限があるのだ。

 黒水晶の迷宮は広大だ。そう何度も地上と行き来できるわけではない。

「どうしたの? 具合が悪いのかい?」

 アルブレヒトは呆然とその場に立ち尽くしていた。

 この世界でリーゼントの髪型などいないはずだった。

 しかし、目の前の男はリーゼントだ。

 いるとすれば、一緒に来たあの男しかいないはずだった。

 蜷川仁太だった。

 あれから十五年経っている。

 すっかり大人になっている。

 いまでは三十歳くらいだろう。

 どれほど驚いたことか……。

 だが、盗賊は気づいていなかった。

 なぜなら不知火凶はまったくの別人になっていたのだから。

 いまの不知火凶は、オリハルコンの金属の身体をもつ人形なのだ。

 本来の肉体は捨てられた。

 心臓と魂のみなのだ。


「君も『神の国』の人間かい?」

 仁太はぎょっとしてアルブレヒトを見た。


「どうして……」

「そういう臭いがするんですよ。蜷川仁太さん」

 びっくりしてアルブレヒトを見た。

「なんで俺の名前を知っているんだよ!?」

「色々と調べたんですよ。俺は魔術師です。『神の国』について調べているんです」

 それを聞いた蜷川仁太は、ばつの悪い顔をした。

「そうかい、へへへ……。できれば、その名前は隠しておきたかったんだがな。今の俺は蜷川仁太じゃない。ただのジンタさ」

 仁太は遠くをみつめるような眼差しで、

「異世界にくれば幸せになれる……。そんな夢物語だった。チンケな盗賊に成り下がっちまった……」

「不知火凶さんはご存知ですか?」

 突然、仁太は身を震わせた。

 捨てたはずの十五年前の記憶が呼び起こされたからである。

「なつかしい……。そんな名前の奴いたな」

「覚えてたんですか?」

「でも、もういいんだ。あの日のことは忘れた。いまの俺はただの盗賊なんだよ」

 どことなく虚ろな目をした。

「そうはいかない。俺は知りたいんだ。『神の国』のことを。君たちがこの世界に来てから歩んできた人生すべてを」

「その話はしたくねえんだ」

「魔術師にとっては、魔人武道会よりも大事なことなんだ」

「俺はもうこっちの世界の人間なんだよ。過去のことは知りたくねえんだ」

「もちろんタダで教えてくれとは言わないよ」

 アルブレヒトはズボンのポケットに手を突っ込んだ。

 

 ――取り出したのは、光り輝くダイヤモンドだった。


 ダイヤを見た仁太は、生唾を飲み込んだ。

「それ、本物か……」

「本物だよ」

「ちょっと見せてみろ」

「かまわないよ」

 ダイヤを渡した。

「それを持ったまま逃げるかもしれないわよ」

「逃げたりなんてしねえよ!」

 受け取ったダイヤに息を吹きかけた。

「曇らない……本物だな」

「本物のダイヤは熱や電気を通さないらしい。古代王朝時代にはダイヤの鎧があったらしい」

「そんなの着れるのか?」

「あくまでも文献で見ただけ。見たことないからわからない」

「へえ、そうかい……」

 仁太はダイヤの輝きにすっかり心を奪われてしまっている。

「このダイヤをくれるなら、こんな迷宮にいどむ必要なんかねえ……。吸血鬼なんておっかない連中と戦う必要なんかないんだ。なあ、このダイヤいくらするんだ?」

「売ったことないからわからないね」

(冒険者なんて、たぶん嘘だ)

 フアナは確信した。

(冒険者ってのはケチな生き物なんだ。命がけで手に入れたダイヤを渡すはずがない。

 ダイヤを平気で渡すなんて、いよいよ名門の御曹司かもしれないね……)

「それは君のものだよ」 

 アルブレヒトは燃え盛る復讐の心を必死に押し隠して、天使のように微笑んだ。

「ただし、包み隠さず全部話してもらいたい。異世界にやってきた十人の身にどんなことが起こったのかを。どんな小さなことでもかまわないから包み隠さずね……」

 第一章はこれで終わりです。

 読んでいただいて本当にありがとうございました!

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