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最凶チート殺しの英雄迷宮  作者: 神楽 佐官
第一部『最凶チート殺しの内臓迷宮』迷宮編 第一章 不知火凶からアルブレヒトへ
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025 不知火凶ことアルブレヒトは本気を出すまでもなかった

「思ったよりも凄腕の魔術師のようだね」

 イサキオスは笑った。しかし、その笑みはぎこちなかった。

「君のことをすこし侮っていた。魔力抵抗さ」


「いや、魔力抵抗はしてない」

「……なに?」

 ヴァンパイアロードの麻痺攻撃も、魔力による攻撃なので魔力抵抗ができる。

 人間でも、吸血鬼の麻痺攻撃に耐えることは可能だ。

 しかし、それは魔力抵抗をしている場合である。

 抵抗しなければ、生身の身体なのだから麻痺毒でやられる。

 人体であるかぎり必ず医学的効果は現れるはずなのだ。 


「だって、俺神経ないもん」

「はあっ?」


「神経がないんだから、効かないのは当たり前なんだ」

「言っている意味がわからない……」

 眠らない。麻痺が効かない。

 そんな人間いるはずがないのである。

 イサキオスは、この目の前の紫色の少年がなにやら不気味な存在に思えてきた。


「貴様、人間だよな?」

 呻くようにヴァンパイアロードが言った。

「いや、落ちつけ……。人間しか出場できないはずなのだ。人間と怪物が一人ずつでるのがこの大会でのルールだったはず。怪物一人では出場できないはず。あくまでも人間が出なければ……」


 あっ、と小さく叫んだ。


「まさか人間を騙った妖魔のたぐいか……」

「人間だよ」

「嘘だ! 人間でなければ  吸血鬼二十人に囲まれても平然としていて、しかも眠りもしなければ麻痺もしない人間などいるはずがない。我らと同じ不死の眷属か、あるいは地獄の魔王か……」

「250」

「なに?」

「それが君のレベルだよ」


 イサキオスは愕然とした。

 その数値に誤りはなかったからだ。

 三百年も生きた吸血鬼の貴人は、己の力がどれほどのものか察している。


「ちなみにそのバイコーンはレベル40しかないよね」

「じゃあ、貴様は最初から……」

「梟のアウル・アイでこっそり調べさせてもらった。最初から吸血鬼だとわかっていたよ。レベル250の子供なんていないだろ常識的に考えて。ユニコーンの正体が不浄の化身バイコーンであることもね。でも、同じ吸血鬼でも人間と偽っている出場者かもしれないと思ったんだ。だから、最初に君を見つけたときも君の正体については言わなかった。でも、違った。君のカリアナを見る眼差し。あれは獲物をみつけた目だった」


 アルブレヒトは、迷宮の天井を見た。


「今日はいい天気だったのを覚えている。雲ひとつない空だった」

「はっ?」

「吸血鬼は太陽の光が苦手なんだよな」

「それがどうした? 迷宮のなかでは関係ない話だ」



 吸血鬼は太陽の光に弱い。

 誰もが知っている吸血鬼最大の弱点だ。



 人間よりも高い力を持ちながら、人間を凌駕することができない一番の理由だ。

 闇のなかでしか生きられない。それが宿命。 

「たしかに我々は太陽の下で生きることができない。闇のなかでしか生きられない宿命の種族だ。だが、それは地上での話だ。ここは迷宮なのだ。ここでは我々は地上の光に怯えることなく暮らすことができるのだ。吸血鬼の天敵ともいえる太陽の光はここでは関係ないのだ」


「でも、ここって地下一階だよね?」


「……なに?」


「天井に穴を開けたら、日光が差し込むんじゃない?」



「正気か?」

 イサキオスは笑った。

「君も階段を降りてきたはずだ。長い階段を下りてきただろう? できるはず……」

 イサキオスは話すのを途中でやめた。

 すごく嫌な予感がした。

「まさか……」

 思い違いであって欲しかった。

 しかし、アルブレヒトの表情は自信に満ち溢れている。



 アルブレヒトは手のひらを天井へと向けた。

『太陽神の矢』(サジッタ・デ・アポロ)


 光の光線が放たれた。

 


 部屋に土が飛び散る。

「くうっっ……」


 天井に穴が開いた。

 太陽の日差しが差し込んだ。

 闇の世界にあるはずのない光が舞い込んだのだ。


「ひいいいっっ!!」


 人間にとっては恵みの光。

 しかし、吸血鬼にとっては死の光線である。

 太陽の光を浴びれば、吸血鬼の皮膚が焼けてやがては消滅する。

 逃げるしかない。

 背後の吸血鬼どもは一目散に逃げていった。


「アルブレヒトさん!」

 カリアナが叫んだ。

 イサキオスがいつの間にかアルブレヒトの背後を取っていた。

「人間でこれだけの魔術師はなかなかいないよ。僕の三百年の人生では知らない」

「あ、そう」

 と、アルブレヒトは背後を取られても顔色一つ変えなかった。

「天井に穴をあけて勝ったと思ったかい? 日光が直接当たらなければいいのさ」

「僕のレベルがわかっていて平然としているというということは君のレベルは僕よりもはるかに上なのだ。『梟の瞳』《アウル・アイ》で調べたのだろう? つまり魔術では僕は君に勝てない。最後には経験がものを言うのだ」


「魔術師の力ははかりしれないものがある。その力は魔王をしのぐ者さえいる。しかし、一対一では魔術師は脆いのだよ。吸血鬼は人間に勝てるはずがないのさ」

 イサキオスは勝ち誇った。

「貴様をまずは僕の奴隷にしてやる」

 白い牙を、アルブレヒトの喉元につきたてた。

 が……。

「ぐうっっっ!!」

 首筋に牙が通らないのだ。

(これは……)

 誇り高き吸血鬼は、やっと自分を相手にしている魔術師がただの人間であることに気づいた。

(人間の身体ではない!)

 ヴァンパイアロードは牙を離そうとする。


「どうした? さすがのヴァンパイアロードの牙でも通らないか?」


 そう言って、ヴァンパイアロードの巻き毛をわし掴みにした。

 さらに顎をつかんで、アルブレヒトの肩に牙を食い込ませようとする。

 もちろんアルブレヒトは微塵も痛みを感じない。

 神の創りし金属といわれているオリハルコンにくらべれば、吸血鬼の牙の硬度など割り箸程度だ。



「ぐ、ぐうううううっ!!」

「どうだい、虫けらの味は?」

 しばらくして、パリッと音がした。

「ふがあああああああっ!!」

 吸血鬼の牙の折れる音が。

 牙を折られたのだった。それも二本とも。

 口から血が流れる。

 アルブレヒトは、ここでようやくイサキオスから手を離した。

 吸血鬼の蘇生能力は人間とは比べものにならない。

 が、痛い。

 虫歯になったときのことを考えてもらえばわかるが、歯の激痛というのはすさまじいのだ。



「き、貴様は人間じゃない!!!!」

 口からは血があふれ出る。涙目で口を押さえながらイサキオスが叫ぶ。

「人間だよ」

「嘘をつけ!! そんなに堅い首をした人間がいるものか!」

 押し殺した声で、アルブレヒトは言った。

「手足は俺のものじゃない。目も違う。鼻も口も俺のものじゃない。髪の毛だって俺のものじゃない。でも、俺は存在するんだ。アルブレヒトは間違いなくこの世界に存在するんだ」



「お、おのれ……」

 歯の激痛をこらえながら、イサキオスはどうにか呪文を詠唱した。

 腐敗コロッションの呪文だった。

 しかし……。

「なにそれ?」

 何も起こらない。

 アルブレヒトは顔色一つ変えない。

 魔力がすぐれているとか、そういう問題ではない。

(まるで壁にむかって呪文を唱えているような……)

 無意味な作業に過ぎなかった。

 いかなる呪文も効かない相手だと悟った。

 そのときアルブレヒトの手が伸びて、イサキオスの手をつかんだ。

「しまった……!!」

 不覚だった。


 しかし、アルブレヒトは意外な行動に出た。

 イサキオスの手を、自分のみぞおちに当てた。

「さあ、頑張ってみよう。ゼロの距離で。君のとびっきりの、最強の魔法を俺に叩きつけるんだ」


 アルブレヒトは無防備である。

 鎧をつけてなければ、魔道具もない。魔術抵抗さえしていないのだ。

「魔法でなくてもかまわない。どんな物理攻撃だってかまわない。僕ら人間は君たち吸血鬼の餌じゃないか。傷一つ負わせることができるはずだ」

「うわああああああああ!

 イサキオスは絶叫していた。

 餌の対象にすぎない人間に対して恐怖していた。


 炎も、雷も、氷も。

 ありとあらゆる魔法を浴びせかけた。


 イサキオスの魔力はすでに底をついていた。

 ――しかし。


 まったく無意味だった。

 オリハルコンの身体をもつアルブレヒトには何の役にも立たなかった。

「うわあああああああああああああああ!!」

 もはや泣き叫ぶしかない。


「馬鹿な……。人間ごときに……!!」



 古代王朝時代の精髄をヌジリから教わっていた。

 一万年の叡智。

 たかが三百年しか生きていない吸血鬼風情に勝てるはずがなかった。

 アルブレヒトはただの魔術師ではない。

 古代王朝の魔術師なのだ。

 魔王さえ手足のごとく使役した。

 勝てるはずがなかった。



「行こうか」

 イサキオスの金髪を鷲づかみにした。

「日光浴に。部屋に閉じこもってばかりだと身体に悪いよ」

「ぎええっっ!!」

 イサキオスは悲鳴をあげた。

「お願いだ、お願いだから許してくれ……」

 心の底から哀願する。しかし、アルブレヒトは許す気はなかった。

「三百年以上も生きたんだから十分だろう。この世には死にたくても死ねない奴だっているんだ」

 駄々をこねる子供を連れ去る母親のように、強引にイサキオスの身体を引きずった。

 彼を永遠に滅する太陽の光を浴びせるために。



「お待ちください!」

 アルブレヒトは振り向いた。


 あり得ない光景が目の前に広がっていた。

 驚いたことに、先ほど逃げたはずの吸血鬼たちであった。 

 彼らの主を救うために全員土下座していたのだ。

「我らの主を殺すのはどうかお待ちを……」

「なんで?」

 アルブレヒトが首をひねった。

「先に殺そうとしたのはそっちじゃん」

「おっしゃる通りでございます! ですが……」

「ですか、なに?

「お怒りはごもっともでございます! もっともです! ですが、どうか話を聞いていただきたい」

 吸血鬼は涙声で訴えた。

「魔術師様。いま、この世界で吸血鬼はどれだけいると思いますか?」

「さあ」

「我々の知っているかぎりでは、おそらく大陸中のほとんどの吸血鬼たちがこの迷宮に集まっているでしょう」


 さすがにアルブレヒトも驚いた。

 となると、もしもここにいる吸血鬼が死ねば彼らは絶滅することになる。


「お聞きください。我らの哀れな宿命を。夜の貴族と言われながら、闇のなかでしか生きることのできない

 かつて、我々は、人間よりもはるかに強大な力をもっていました。

 ですが、人間というのは恐ろしいものです。

 奴らは弱い雑草に過ぎません。しかし知恵のある雑草なのです。

 人間は、我々よりも強くなってしまいました。

 あろうことか、我々を捕まえて人体実験をする者まで出てくる始末……。

 吸血鬼の一族は絶滅の危機に瀕しました。

 そのときでした。

 レイウォン光輝王が現れたのです。

 吸血鬼を滅ぼそうとする人間どもから守るかわりに、国家のために尽くせと言ってきたのです。

 昔では考えられないことでした。吸血鬼が人間の臣下になるということなど。

 しかし、我らに選択肢はありませんでした。

 我々はレイウォンの臣下となりました。

 いまでは我々はパルニスの諜報活動を担っているのです。人間を餌として生きる我々はその傲慢さゆえに没落し、人間に使役される立場に成り下がったのでございます。

 こうするほか我らの種族が生き残る術はないのです……。イサキオス様は我々吸血鬼たちの希望なのです。どうか、どうかお慈悲を……」



 吸血鬼たちはそろって命乞いをした。

 血が出るまで叩頭した。

 アルブレヒトは黙って手を離した。

 イサキオスは、


「ひいっ……」

 と、悲鳴をあげて吸血鬼どもの方へと逃げ去った。

「あ、ありがとうございます!!」

 吸血鬼たちはイサキオスとともに大慌てで逃げていったのだ。

 静寂。

 カリアナは、事の成り行きを見終えた。

「すごい……」

 感嘆するのも無理はない。

「吸血鬼二十人にヴァンパイアロードまでやっつけるなんて」



 しかし、敵を倒したというのにアルブレヒトの心はなぜか晴れなかった。

 読んでいただいてありがとうございました。

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