013 母娘の魔女
「あの子、変なのよね……」
「誰?」
「アルブレヒトとかいう子。うちの客なんだけど。女奴隷を連れているんだけど」
「ほう」
「魔人武道会に出場するらしいのよ」
「それがどうしたの?」
「ご飯いらないって言うのよ」
「はぁ? 貧乏で宿代まけてくれっていうのか?」
「いや、それが宿代は食事つきの人と同じだけ払ってくれるのよ。でも、食事には一切手をつけないの。心配した娘が早朝にスープを一杯持っていったんだけど、それさえも飲まないのよ。しかも、寝ないのよ」
※
大会当日の朝がきた。
不知火凶こと超勇者アルブレヒトは、自分が宿屋の間で話題になっていることも知らないまま予選会場の黒水晶の迷宮へと向かった。
女奴隷であるホムンクルスのヘレネは部屋に置いて。
一緒にいきたいと何度も駄々をこねたが、それはどうにか説得した。
※
「そういえば、俺、こっち来てからゲームやったことなかったなぁ」
不知火凶が高校生だった頃は、家に帰ればすぐにゲームと睨めっこをしたものだった。
ゲームをするつもりが、自分がゲームの主人公みたいな生活を送っている。
(髪は紫色、古代魔術をおさめた魔術師……)
自分でも冗談としか思えない。
あれから十五年経った。
不知火凶以外の異世界にきた連中は、すでに大人になっているはずだ。
いまは不知火凶はもう不知火凶ではない。魔術師アルブレヒトなのだ。
(しかし、それにしても……)
まだ早朝なのに、通行人がいる。
勤め人には見えない。
剣を帯びている者も多い。
きっと魔人武道会の参加者たちなのだろう。
そのなかでも、ひときわ目立った格好の姿をしている女性二人を見つけた。
まるで魔女であった。
二人ともとんがり帽子に杖という姿。明るい緑色の帽子と服を身につけていた。
近づいてみると、顔だちが似ている。どうやら母と娘らしかった。
髪は赤毛だ。
母親はどんなに若くても三十歳、おそらく三十代半ば。娘は顔だちにあどけなさを残した女の子だった。
(こういう世界なんだから、魔女が歩いていても不思議じゃないな)
と、思った。
アルブレヒトは二人の横で話を聞いてみることにした。
「カリアナ。千載一遇のチャンスなんだからね」
母親らしい女性は娘に言った。
「あたしたち魔女は日陰者なのさ。こういう事がなければ這い上がることができ
ないんだ。今から……」
母親は話すのを止めた。
母親の魔女は、アルブレヒトが聞いているのに気づいた。
「あんたも魔人武道会に出るのかい?」
突然、母親の魔女がこちらに話しかけてきた。
「ええ」
「魔物は連れてきていないようだね。あんた一人で?」
「はい」
「そりゃ大変だねえ。頑張るんだよ」
「お二人は? 魔物はいませんが」
「あたしたち二人で一組だよ」
「二人とも人間にしか見えません。魔人武道会は人間が二人一組で出場することは禁止されているはず」
「あたしたち、魔女なんです」
娘の魔女が言った。
「あたしはフアナ。こっちは娘のカリアナ。おもに占いをして生計を立てているのさ」
母親は世慣れしていて、初対面のアルブレヒトをみてもまったく警戒していない。もっともアルブレヒトの見た目が若い少年だからかもしれないが。
母と娘、どちらも美人だ。
母親は美人だがすこし化粧が厚い。厚い唇に塗られた紅の口紅が印象的だ。
娘は、愛想のいい母親と違って生真面目そうな印象だ。
「魔女といっても人間でしょ? 怪物じゃあるまいし。二人一緒には出場できないでしょう」
すると、母親のフアナは声を出して高笑いした。
「世間知らずの坊やだね。魔女は人間じゃないのさ」
「なんで?」
「教会から悪魔の手先扱いされているからね」
フアナは屈折した笑みをうかべた。
「あたしたち魔女は、人間でもあるし、怪物でもあるんだ。だから、二人一緒に出ても問題ないのさ」
「そんな危険な存在だったら、外を堂々と歩いても平気なの?」
「パルニスは魔女でも人間扱いしてくれるんだよ。教会もパルニスには手出しできないからね。だから、魔女はパルニスに亡命するのさ。レイウォン王は魔女どころか怪物さえ大事に扱うというから、魔女はみんなパルニスに亡命するのさ」
アルブレヒトは光輝王レイウォンのことを思い出した。
(あの人、名君なんだな……)
「でも、どうしてお二人は魔人武道会に出ようと思ったんですか?」
「仕官といえば、仕官かな……」
「というと?」
「王様に気に入られたいのさ。後宮に入るために」
「後宮?」
「ハーレムのことさ。まあ、お坊ちゃんにはわかんない世界かもしれない」
もちろん、ハーレムくらいは知っている。
そもそも自分を裏切った黒橋みかげがカルス王の寵姫となっているのだから。
しかし……。
王のレイウォンは二十代前半だったはず。母親のフアナはどんなに若くても三十歳以上、娘のカリアナは妖魔学者のクロエよりもさらに幼く見える。二人ともレイウォン王とはつり合わないように見える。
「娘さん、いくつですか?」
「カリアナは十三歳だよ」
(どう考えても無理だろ!)
二十歳過ぎの青年、しかも一国の王がどこの馬の骨ともわからぬ少女を相手にするはずがない。しかも、十三歳といったらまだ女というよりも子供である。
レイウォン王がロリコンなら話は別だが、
(そういうタイプじゃなさそうだよな……)
フアナとカリアナを交互に見る。
(日本で言ったら、娘をアイドルにしたい芸能ママみたいなものさ)
そんなアルブレヒトの表情を察したのか、
「もうすぐ十四になるから子供じゃないよ」
とフアナがいうが、やはり子供にしか見えない。
「娘さん、ハーレムに入りたいの?」
「え、ええ……」
カリアナはあまり乗り気ではない様子だった。
十三歳で国王のハーレムに入りたがる娘なんているわけない。
「戦闘とか大丈夫なんですか?」
フアナの表情が変わった。侮られたと思ったらしい。
「魔女の力をなめたらいけないわよ。あんたは子供だから勘弁してあげるけど、魔女はあんたが考えているよりもずっと強いんだよ。呪いをかけることだってできるんだよ。自然の精霊を自由に呼ぶことができるんだから」
「そちらの方は自信があります」
それまで俯いていたカリアナは、顔を上げた。
「あたし、魔女が大手をふって歩ける世の中にしたいんです」
ハーレムの話題のときにはおどおどしていたのが、凛とした表情に変わった。
「じゃあ、幸太郎という名前の男の子がどうなっているか知らないか?」
「コウタロウ? 知らないわね。聞いたことないわね」
「『神の国』から来たんだ」
「『神の国』? なにそれ?」
「かつて古代王朝が迷宮をたくさん作ったでしょう? それですよ」
「そんな話あったわねえ。お伽話で」
これ以上話しても益がないと思ったアルブレヒトは、別れの言葉を述べて去っていった。
アルブレヒトがいなくなると、
「あんな子供が一人で出場する気かね?」
と、フアナが嘲笑うように言った。
「何もできずにすぐに脱落しちまうだろうね」
カリアナは何か言いたそうだったが、うつむいて黙ってしまった。
読んでいただいてありがとうございました。




