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最凶チート殺しの英雄迷宮  作者: 神楽 佐官
第一部『最凶チート殺しの内臓迷宮』迷宮編 第一章 不知火凶からアルブレヒトへ
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001 メデューサの魔力が通じない少年

 フォトナの洞窟には怪物メデューサが棲んでいる。いつからこの怪物が洞窟に棲むようになったのか正確に答えることのできる人間は存在しない。なにしろ数百年も洞窟で暮らしているのだから寿命がせいぜい百年の人間が答えられるはずがないのだ。


 メデューサは髪の毛すべてが毒蛇で、睨まれると石にされてしまうたいへん危険な生物である。メデューサはもともと人間だった。美しい乙女だったが、驕慢な性格であったために神の怒りを買ってしまい、呪いによって、世にもおぞましい怪物に変えられてしまったのだという。


 洞窟には石像が無数にあった。戦士の姿をした物もあれば、魔術師の姿をした物もある。僧侶もある。盗賊もある。様々な石像があるが、どれも苦痛にみちた断末魔の表情をうかべている。大陸中の彫刻家を呼び集めても、これほど真に迫った表情を彫ることはできないだろう。すべてメデューサを倒して名声を得ようとした冒険者たちの哀れな末路である。


 メデューサはすでに身も心も醜い怪物になり果てていた。彼女には起こった不幸を嘆き悲しんでくれる者などいない。ただ姿が醜いからというだけではない。彼女の瞳は見る者を石化させる恐ろしい魔力をもつのだ。その呪いによって、メデューサは絶対の孤独を強いられている。たとえ彼女の不幸な境遇を哀れむ者がいたとしても、呪いのために手を差し伸べることはできない。


 様々な怪物のなかでもメデューサほど、

(忌み嫌われた……)

 怪物はいない。

 メデューサこそはもっとも不幸な存在といえよう。


 たしかに神をも畏れぬ驕慢さは罪かもしれない。しかし、そのためにこれほどまでに醜い怪物にならなければならない道理はない。世の中にはメデューサよりも醜い心の持ち主は掃いて捨てるほどいる。それなのに、

(なぜ己だけこのような目に……)

 メデューサは己の不幸な運命を呪った。


 泣こうにも、涙はとうに枯れ果てた。

 嘆きの刻はいつまでも続くかと思われた。


 続かなかった。

 目を疑うような出来事が起こったのだ。


「よっ」


 紫色の髪の少年が、手を振りながら近づいてきたのだ。


 メデューサは、己の瞳が幻覚を映し出しているのではないかと思った。

 メデューサの魔力が通じないのだ。

 石にならないのだ。


 目隠ししているわけではない。堂々とメデューサを見ている。メデューサの魔性の瞳を見た人間はすべて石になるはずなのだ。しかし、突如として現れた少年は平然としている。


 少年は武器を一切帯びていなかった。

 丸腰だった。

 散歩の途中で知人に出くわしたように無防備な顔をしているのだ。

 天地の理がひっくり返したとしか思えない出来事に、メデューサの方が恐怖に歪んだ。


「ソンナ馬鹿ナ……」


 最後に自分がいつ人間と会ったのか、すでに覚えていない。二、三十年以上は経っているはずだ。

 メデューサは一歩、後ろに下がった。

 少年はどんどん距離を詰めてくる。

 歩く速度がまったく変わらない。


「クルナ……!!」


 毒蛇の髪の毛を逆立てて威嚇する。


「あ、大丈夫だから」


 少年は手を振った。


「べつに喧嘩しに来たわけじゃないから」


 なにげない態度がかえってメデューサを混乱させた。

 そもそも、話しかけてくること自体があり得ない。

 見る者すべてを石にするメデューサだ。

 そんな怪物に語りかけるという行為そのものが、

(未知のこと……)

 なのだ。


 だが、自分を殺しに来る以外の目的があるだろうか?


「シャアアアアアアッ!!」


 メデューサは少年に飛びかかった。


「だから止めなって」


 紫色の髪の少年は手を伸ばすと、なんとメデューサの毒蛇の髪の毛をつかんだのだ!

 毒蛇に噛まれることなどちっとも恐れていなかった。


「あ、噛んでも無駄だよ。逆に牙が折れるよ」


 頭突きをかました。


「ふがああああああああっっっっっっ!!」

 鈍い音がして、鼻柱から血が出る。


 数百年ぶりの痛み。

 紫色の少年は、手を放した。


「これが、痛みだ」

 ゆっくりと、言い聞かせるような口調で紫色の髪の少年は言った。

「君が生きている証拠なんだよ」

 メデューサは鼻血を押さえながら少年を見た。


「君は不幸にも神の呪いを受けて醜い怪物になってしまった。でも、君はいま俺の頭突きを受けて痛みを感じている。その『痛い』という気持ちは、君がまだ人間だった頃と変わりないんだ。俺は神ではないから可哀相な君を元の姿に戻すことはできない。でも、君の心は数百年前の人間だった頃の君のままのはずなんだ。君の『刻』は止まったままなんだ。俺は君の『刻』を取り戻すためにここへやってきたんだ」


(何ヲ言ッテイルンダ、コイツハ……)

 メデューサが呆然とするのも無理はない。いきなり現れて頭突きをかます少年が相手だ。しかも、自分の姿を見ても石にならない。この紫色の髪の少年は神ではないと言っているが、得体のしれない存在であることは間違いなかった。


「まあ、座ろうか」

 そう言ってそのまま地面に座り込んで、胡坐を掻いた。

「それにしてもこの洞窟は薄暗いね」

 少年は洞窟を見回した。

 たしかに洞窟は薄暗い。が、目の前のものを見ることはできる。

「この洞窟は暗闇で光る石でできている。だから、松明がなくても奥まで入ることができる。もしも、暗闇の中だとしたら冒険者は君の姿を見なかったことだろう。神ってのはよほど意地悪いんだな」

 少年は、メデューサに心底同情しているようだった。

「暗いから明かりをつけよう」

 そう言うと、呪文を詠唱した。


 『恩寵の光』ルークス・デ・グラティア


 洞窟が明るくなった。

 紫色の髪の少年は魔術師だった。

「俺の名前は不知火凶だ」

 と、少年は言った。


「君にだけ話す本当の名前だ。わけあってこっちの名前は捨てている。いまはアルブレヒトと名乗っている。日本という国から来た」

「ニホン……?」


 メデューサは首をかしげた。


「わかんないよな。この世界には存在しない国だから。じゃあ、古代王朝の話は知ってるかい?」


 メデューサは首を横に振った。


「そうか。知らなくても文献の記録は残っていない。なぜなら当時の法律で禁じられていたからだ。魔術のたぐいはすべて口伝で伝えられた。禁を破った者は死刑になった。この世界の魔法のほとんどは古代王朝時代に作られたんだ。文献がほとんどないから、王朝がどういう名前だったかももちろん知らない。魔術の全盛期だったと言われている。

 いまのこの世界よりも文明がはるかに進んでいた。

 働かなくても食べていくことができた。水だけで増えていく人工肉があって、それで飢えをしのいでいたらしい。その人工肉は市民なら誰でも食べることができた……信じられないよな。はっきり言って日本よりも文明レベルは高かったと思う。

 敵に対してはとにかく残忍極まりなかった。

 逆らう国の住民は皆殺しにして、町の入り口に骸骨の門を作ったという……」


 不知火凶は一瞬とても寂しそうな顔をしたが、話をつづけた。


「とにかく古代王朝の連中は迷宮を作りまくった。世界中に何百、何千と作った。どうしてそんなに迷宮を作ったかといったら、異世界への鍵があると言われていたからだ。

 なぜ文献を残さなかった古代王朝のことを俺たちが知っているかといえば、魔術師たちが迷宮を調べたからだ。古代王朝は文献を残さなかったが、迷宮にその痕跡を残している。そのおかげで魔術師たちは古代王朝について知ることができたんだ。

 とにかく古代王朝の人間は深い迷宮を掘った。どうしてなのかわからないが深い迷宮をつくると異世界の入り口が開くと思っていたらしいんだ。当時は異世界を『神の国』と呼んでいたらしいけど」


 不知火凶は、メデューサの瞳を凝視した。


「信じられないだろうが、俺はその異世界からやってきたんだ」


 メデューサは不知火凶の話を疑わなかった。神の国からやってきた人間でなければ、己の姿を見て平然としていられるはずがないのだ。かぎりない尊敬の眼差しを向けるメデューサ。


「俺、野球が大嫌いだったんだよ」


 この異世界には野球はない。だから、野球は知らないメデューサは面食らった顔をした。

 ちょっと考えればすぐにわかることなのだが、今の不知火凶はすこしばかり興奮していた。不知火凶は話をつづけた。


「バッターボックスに立つのも嫌だった。

 いくらバットを振ってもボールに当たらない。

 ピッチャーが気を遣ってわざと遅いボールを投げてくれても、俺のバットはいつも空を切るわけだ。

 外野に立っているときは『お願いだからボールがこないでくれ』と願った。

 でも、ボールはやってきて、俺の頭に直撃するわけだ。

 フライのボールの取り方がわからないんだ。

 サッカーだってそうだった。頼むからパスしないでくれ、

 と、心の底から頼んでも、ボールは俺の願いを嘲笑うかのように俺の方に飛んでくるわけだ。

 来たボールは蹴ろうとして空振り。そのまま後ろに倒れた。

 みんなの嘲笑の的だよ。

 スポーツは一切駄目だった。

 だからといって勉強ができたというわけでもない。

 国語、数学、理科、社会、英語にいたるまで全部できなかった。

 どれもこれも平均点以下。

 なぜって言われたら、そりゃあ勉強しなかったからで。

 教師に褒められたことなんかたった一度もなかった。

 中学二年の頃、一年間だけ必死に勉強したこともあった。でも、全然成績は上がらなかった。

 なにしろ凶なんて名前だったからな。

 親戚一同みんな反対したらしい。こんな名前だったら、絶対に不幸になるって。

 親がどういうつもりでこんな名前にしたのが俺には理解できない。親に説明しても何も答えてくれない。

 そうしたら、いつの間にか異世界に飛ばされちゃったよ。

 そして色々あって、俺はいまメデューサという伝説的な存在の目の前に立っているわけだ」


 メデューサは、不知火凶の言っていることがあまり理解できなかった。

 不知火凶が話しているのは日本の話なのだ。

 異世界の住人であるメデューサが理解できる話ではない。

 しかし、かつての自分がどうしようもないクソ役立たずの生きる価値のないダメダメ人間だったということをわかってもらいたいと訴えかけていることは理解できた。鬱屈した気持ちを誰かに聞いてもらいたいらしかった。


「ナラバ、ドウシテ私ヲ見テモ平気ナノダ?」


 メデューサの疑問はもっともだ。

 何の取り柄もない少年が、メデューサの姿を見て平気なはずがない。

 たとえ石化の魔力に耐える特別な力を持っていたとしても、平然と毒蛇をつかんで頭突きしたのだ。世にも醜いメデューサを相手にこれだけのことをやってのけるにはよほどの武勇と胆力がなければならない。


「ソモソモ魔法ヲ使エル時点デ高度ナ教育ヲ受ケテイルハズダ。タダノ人間ノ筈ガナイ……」


 すると不知火凶はなんともいえない表情をうかべた。


「運がよかったと言うべきか、運が悪かったというべきか……。君の魔力が通じないのは当たり前なんだ。さっきも言ったが、俺の身体は特殊なんだ。金属でできているんだ」

「嘘ダ……。金属ガ喋レルハズガナイ……」

「本人がそう言っているんだから間違いない」

「デモソノ肌ハ……」

「本当によくできているだろう」


 不知火凶は自分の肌を撫でた。


「生きている人間の皮膚とほとんど変わりない。でも、中身は金属さ。俺が作ったんじゃない。ヌジリさんが作ってくれたんだ。ヌジリさんってのは俺の恩人だ。魔法もヌジリさんが教えてくれたんだ。この身体は本当の自分じゃないんだ。といっても、この身体は自分の意思で動いている。この身体が死んだら俺も死ぬ。石の身体になったのは君に会うためだ。メデューサに会う者はすべて石になってしまうんだから、じゃあ最初から石の姿になればいいと思ったわけなんだよ」

「触ッテモイイカ……」

「どうぞ」


 メデューサの白い手が不知火凶の手の甲に触れた。

 人の肌に触れるなんて何百年ぶりだった。

 たしかに冷たい。

 しかし、石の身体だと言われなければわからない程度だ。


「義手をつけている人間は人間ではないと言えるかい? 義足をつけている人間は人間ではないと言えるかい? 俺の場合は、両手両足だけじゃない。目も鼻も口も、髪や爪にいたるまで借り物というだけなんだ。この頭のなかには脳みそさえないんだぜ」


 そう言って、不知火凶は自分の頭を指差した。


「本当の俺は内臓だけさ」


 そんなはずはない。

 怪物だろうが、脳はある。

 肉体があるかぎり脳は存在するはずだ。

 実態を持たない幽霊でもなければ、肉体を超えた存在である悪魔でもない。地上最強の生物であるドラゴンにだって脳はある。

 メデューサが人間の娘であった頃の父親は医者だった。この異世界でも医者は解剖学を習っている。メデューサも医学をすこしばかり父から教わったので、人体の構造は日本の一般の学生なみにはわかる。

 脳がなければ、生物は動くことはできないのだ。


「デハ、オ前ハ生物デハナイノカ?」

「俺はちゃんと生きている」

「ウソダ!」

「脳はある。ただ俺の身体には存在しないだけだ」


 ますます不知火凶という少年の言っていることが理解できなくなった。

 メデューサは髪の毛の毒蛇たちでさえ首を傾げているような有様だった。


「証拠を見せようか」


 不知火凶は、手首をつかんだ。


 ――手首を取り外したのだ。


 不知火凶は、もぎ取った手首の断面を見せた。

 たしかに金属だった。

 血が一滴も流れていない。 


「ヒイッ!!」


 メデューサは仰天して悲鳴をあげた。


「手だけじゃないぜ。足を折っても痛みを感じない。首を折っても死なないぜ」

「デハ、ドウシテ魔法ヲ……」

「ヌジリさんに習ったんだ。ティターンの魔術師さ」


 ティターンは大陸最古の歴史をもつ大国で、列強髄一の文明国であり、また魔術がもっとも盛んな国である。


「魔術だって十年以上習った。そりゃあ必死に勉強したよ。それしかすることがなかったから。俺が学んだのはいわゆる言語魔術だ。それしかすることがないんだから、そりゃあ真剣に勉強したよ。受験勉強の百倍勉強したよ。もっとも、学校の勉強なんてほとんどしなかったけどね。今思えばもったいなかった。あれだけ勉強したら……どうかな? 世の中には向いていることと向いていないことがある。俺は勉強やスポーツは苦手だったけど魔法の才能があっただけかもしれない。そうだ! 君に会いたいという人物がいる」

「……誰ダ?」 

「クロエ・ポンメルシーという妖魔学者がいる。世界中を旅してまわっている。世界中の魔物を調べて回っているんだ。彼女が君の孤独を癒す方法を知っている」


 まさか、とメデューサは呟いた。

 メデューサに会いたいなんて人間が存在するなんて信じられない。


「ソレハ嘘ダ……。私ニ会イタイ人間ナド……」

「嘘じゃないさ。そもそも君の目の前にいるのは誰だ?

「君のいた世界とは時代が違うんだよ。

 かつて怪物ってのは、人間にとって害悪でしかなかった。

 ぶっちゃけ、俺たちの世界でも君らはゲームの経験値的存在に過ぎない。

 でも、今の世の中は違う。

 この世界では魔物が弱くなっている。

 一方、人間にとっても魔物は必要になってきている。

 共存関係だ。だからお互いに生きていけることができる」


 不知火凶は手を差し伸べた。


「行こうよ。俺と一緒に。面白い世界が待っている」


 メデューサは迷った。

 その手をつかむべきなのかどうか……。

(ドウシヨウ……)

 洞窟のなかで、退治しにやってくる冒険者たちを返り討ちにし続けて数百年。

 恐怖と憎しみのなかで生きていた。

 だが、目の前に不知火凶という少年が現れた。

 数百年の苦悩から救い出してくれるのだという。

 奇跡だった。砂漠の砂粒のような話だといわざるを得ない。


 でも、メデューサは一粒の奇跡を信じることにした。


 メデューサは不知火凶の手を取った。


 二人はフォトナの洞窟を出ることにした。

チート系初投稿です。

ちょっと長くて申し訳ありません(汗)。


なるべく次は短くできるように頑張りますです。はい。

初回なので真っ白展開なのですが、徐々にブラックな展開になっていくかと。


読んでくださってありがとうございました。

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