エレベーターで移動です
「一年生の道順はこちらでーす」
「……ウチ、"エレベーター"ってのに乗るの、初めてだぞ」
「わたしもだよ」
「……ウチらの住んでた村にはこんなの無かったよ」
「知ってるよ」
「あの扉の向こうに箱があって、それに入ってるだけで上とか下とかに行けちゃうんでしょ? ワープボックスなのか? 転移空間なのか?」
「箱が上下するだけだよ、きっと。魔導を使った装置ではないよ。昔からある技術みたいだし」
「……なっかなか密閉されたところに閉じ込められるってのは気が引けるけど。それでもこれに乗んなきゃ第二体育館に着けないのかー」
「ううん、多分階段を上っていけば着けるとは思うけど。それでも20階まで階段で行くのは大変だよね」
「……こうなりゃ技術の進歩ってやつを信じて乗るっきゃないな。うへー、ウチ、今世紀最大に緊張してるかも。狭いところってどうも苦手なんだよなー」
「ん? そうかな? わたしは全然大丈夫みたい」
「結良は緊張し疲れてるんでしょ? はぁ、こんなことならウチもこれまでの間にたくさん緊張しとけばよかったなー。ウチの緊張バロメーターが急激な上昇を受けてオーバーヒートを起こしております」
「ふーん…………。まぁきっと大丈夫だよ、沙織。うん、きっと大丈夫。きっと何にも起きないよ。中に閉じ込められて、そのまま真っ暗になっちゃうとか"きっと"ないよ」
「なにさ、その棒読みの励ましは?」
「さっきまで緊張してるわたしで散々楽しんでたみたいだからね。今度はわたしの番」
「うわー! 結良の逆襲だー! そんなこと言わずにね。ほら、ウチが言ってたのはジョークであって、ジョークってのは言うほうも言われるほうも楽しめるから言うのであって、だからさ、だから結良が言ってるのはジョークになってなくてさ、ウチを貶めることしか考えてなくってさ……」
「あの中に入ったら最後。永遠に扉が開くことはなく、中に閉じ込められたまま、真っ暗闇の中でお腹が空いて死んでしまうまで、何もできずにただ待つことしかできない……」
「マジで勘弁してくれー! も、もういい! ウチは階段で行く! 20階なんてどうってことないね」
「一年生の道順はこちらでーす」
「ほら、ちゃんと案内に従わないと。ちょうどエレベーターも来たことだし。さぁ乗って乗って」
「ちょっちょっとタンマ。ホントちょっ。腕を引っ張らないでって。なんで羽交い絞めにするのさ!?」
「心優しいわたしは沙織お姉さまを地獄の直行便にご案内いたします。しっかりお掴まりください」
「羽交い絞めにされてるからどこも掴めないって。悪かった! ウチが全部悪かった! もう結良が嫌な思いをするようなこと、もう言わないからさ。だから……、待って……」
「扉が閉まるから。危ないから暴れないで」
「閉めないでー!! うわーーー………………!!」
『ピンポーン。20階。第二体育館、フロア階でございます』
「…………ハァ……、ハァ……、ハァ……」
「フゥ……、あー、凄い笑った。よかったね、ちゃんと扉が開いて」
「ハァ……、ハァ……、……もうウチ……こんなの……二度と……乗んない」
「あんなに震えてる沙織、初めて見たよ。いやー、こんな笑ったの本当に久し振りな気がする。涙が出てきちゃった」
「……こんな学校来なきゃよかった。……エレベーターなんてウチの辞書には載る必要のない知識だった。……こんな高い建物ばっかの都会なんてウチにとっては処刑場だ」
「何をブツブツ言ってるの? さぁ、早く行こ」
「うぅ、結良は人のことを虐めて、派手に笑って、元気になって。人の気も知らないで」
「知ってるよ。いつも沙織に同じようなことされてるもん」
「…………そうなの? いつも結良はこんな思いしてるの?」
「そうだよ。少しはいっつも弄られてるわたしの気持ちがわかった?」
「……よくわかった」
「わたしだって辛い思いしてるんだよ」
「……そっか」
「それじゃこれからはこれに懲りて少しは反省してよね」
「…………なんか、ゴメン」
「……えっ? いや、ちょっと待ってよ、沙織? そんな重々しく頭を下げてくれなくても……」
「いつもいつも結良の気持ちなんか考えずに、結良が嫌がるようなことばっかり言ったり、やったり。うん、これからはもうそんなことしないからさ、だから……許してください! お願いします!」
「ちょっと待ってって、沙織。別にそんなつもりで言ったんじゃ……」
「許してくれないの? 反省だってちゃんとするから」
「わかった、わかったから頭を上げて。許してあげるから、とにかく頭を上げて」
「……そんな簡単に許してもらえるほどウチの罪は軽くないよ。だから今は頭を下げさせてください」
「罪だなんて。違うの、わたしが調子に乗ってありもしないことを言い過ぎただけだから。確かにいつも沙織には弄られっぱなしだけどさ、でもほら、沙織も言ってたでしょ? 沙織はジョークを言ってただけなんだから。言うほうも言われるほうも楽しめるからジョークなんだよね? わたしは沙織のジョーク、楽しいよ。わたしは辛い思いなんてしてない。だから罪だなんて言わないでよ。お願いだから。ね? 顔を上げてよ」
「…………ホント? 許してくれるの?」
「許すも何も、沙織はわたしの嫌がることなんてしてないから。わたしは沙織のジョーク、好きだから」
「…………くっくっくっく……」
「……へ?」
「…………くっくっくっく……」
「……まさか」
「……わーっはっはっは! いやー、そうかいそうかい。結良はウチのジョークが好きなのかい」
「もしかして……あれって……芝居!?」
「それじゃあれだな。もっともっと結良にはジョークを言ってやらないとな。何たって好きなんだから、楽しくてしょうがないんだから」
「ち、違うよ! あ、あれは沙織をフォローするためだけに言っただけで……」
「嫌がるウチをエレベーターなんかに押し込みやがって。復讐だ、復讐。覚悟は出来てるよね? いや、覚悟なんてする必要なんてないかな? だって好きなことしてもらえるんだもん。ご褒美になっちゃうのかー。それはそれでちょっと気に障るけど、まぁしょうがない、心行くまで堪能してもらうこととしよう」
「ズルい! ズルいよ、沙織! わたしのことを騙しておいて……」
「騙してなんかないよー。ホントに結良には悪いことをしたなー、って思ったよ。でも許してくれるんでしょ? あれれ? 許すも何も嫌がることはされてないんだっけか?」
「~~! 沙織ー!」
「"嘘つきは泥棒の始まり"ってね。自分の言ったことには責任を持ちましょー」
「沙織にだけは絶対に言われたくない!」