クラス分け
「うひょー! こりゃまた豪勢な」
「わ、わたし、こんなところ、生まれて初めて」
「ウチだってそうだよ。見てよ見てよ。見渡しきれないほど広いスペース。仰ぎ見るほど高い天井に、たくさんのシャンデリア。ウチには価値がわからなそうな重厚っぽい柄の絨毯が一面に敷き詰められてて、しかも入り口の正面に鎮座するは映画のセットみたいな階段。いやー、あの階段を上り下りするならドレスでも着てみたいもんだなー。ヨーロッパの貴族にでも生まれ変わった気分でいられそう」
「……こんな世界、テレビでしか観られないと思ってたのに。わたしがその世界の中にいる……?」
「やっぱウチ、この学校選んどいて正解だったかな? こんなスゲーとこを毎日見れるんだったら、なーんか得した気分になれる。まぁなんの得もないっけどね」
「……すごい……、きれい…………」
「こらー、結良。自分の世界に浸ってないでくださーい。顔がウットリしてますよー」
「……だって、だって自分がおとぎ話の世界の登場人物になれちゃったような気がして」
「まぁ気持ちはちょびっとならわからなくもないけど。『あたしは悲運のお姫様。時計の鐘が鳴ってしまうと、あたしの魔法は解けてしまう。あぁ王子様、ずっと一緒にいたかったのにー』……みたいな?」
「……なんかバカにしてない?」
「してないしてない。同感してるんだって。けどまぁ、こんなんがエントランスなら、この高貴な学校の中身を全部見ようと思ったら執事の一人や二人でも従えとかないといけないのかもしれないね。『お迎えに上がりましたぞ、姫様』ぐらい言ってくれる人を見つけないと」
「やっぱりバカにしてるでしょ」
「ご名答ー。よくわかったね」
「……わたし、沙織、嫌い、大ッ嫌い」
「そんな哀しいこと言わずにー。ほらっ、本題に移りましょ? あそこに人だかりができてるみたいだから、多分あそこがクラス分けの発表スペースだね。見に行ってみよー、おー」
「……誤魔化してもダメだよ」
「あらら、根に持っちゃったのね。いいじゃないか、冗談の一つや二つ。許してあげようと思う広い心を持たないと」
「一つや二つじゃないから怒ってるんだけど」
「そういう考え方もある。そういう考え方もあるけど、だけどそんな考えじゃいけないよ。確かにウチはこれまで数々の冗談を積み重ねてきた。だけどそれは過ぎ去った出来事、つまり過去の遺物でしかないんだ。そんないちいち過去のことに囚われてしまっていては、前へ、未来へ進むことができなくなってしまう。ならば今を生き抜くためには、過去の冗談を洗い流し、新たな冗談を受け入れる覚悟を持ってウチと接することしか……」
「わたし、先にクラス分け見てきちゃうから」
「うわー、いいところで話を遮ってくれましたねー。あともう少しで言い切れるという絶妙のタイミング。……って、ちょっと待ってよー。ウチも一緒に見に行くよー」
「…………ねぇ、……沙織?」
「あら? なんでございましょう? ご機嫌斜めな結良ちゃん?」
「〜〜! もう、うるさい。……あのさ……先をさ……歩いてくれない?」
「ん? 先? あー、なるほど。人が多くて見に行けないから、ウチに割り込んで行ってほしいってことだね」
「そ、そんなことじゃないよ」
「内気な結良さんは割り込みとかできませんもんね。別にちょっと割り込むぐらい簡単じゃん。すいませーんとか言いながら頭を下げとけば通してくれるのに」
「……それができないから頼んでるの」
「はいはい、わかりましたよー。ただし交換条件が一つ。機嫌を直すこと。オーケー?」
「…………オーケー」
「はい。それではあなたの望みは承諾されました。これからウチがショベルカー並みに道を押し開いて差し上げましょう。よくよく見てなさい」
「……それを言うならショベルカーじゃなくてブルドーザーじゃないの?」
「細かいことは気にしなーい。さて、行くよ。ちゃんとついてきてね」
「……うん」
「すいませーん。ちょっと通してもらえますかー? すいませーん……」
「……ぷはっ、やっと着いた」
「やっとって、十秒も掛かってなかったと思うけど。それになんで息を止めてたのさ?」
「……きっと緊張のせいで」
「よくわからんなー、結良の精神構造は。とにかく、無事に辿り着けたことですし、サクッと見てササッと退散するぜよ。えーっと、貼られてる紙は5枚かー。ってことは……」
「5クラスに分かれるのかな? 一学年が150人だから、一クラスが30人ってことだよね」
「だね。さぁーってっと、ウチらの名前はどこにありますことやら」
「…………どうしよう。もしわたしが沙織と同じクラスになれなかったら」
「さっきも言ったでしょーに。悩んだって仕方ない。今の結良ができることと言ったら、同じクラスになれることを祈ってから自分のクラスを確認することか、諦めて覚悟を決めてから自分のクラスを確認することぐらいだよ」
「…………」
「おーい、結良ー? またどっかパラレルワールドに遭難したかー? 帰ってこーい」
「……大丈夫、今度は大丈夫だから。……しっかり自分の目で確かめなくちゃ」
「おー、成長したなー、結良。苦難を乗り越えることで人間は成長していけるんだな。そいじゃ容赦ない現実というやつを目の当たりにしましょうかね」
「……なんでそんな酷いこと言うの?」
「時には最悪のケースも想定しておかないと。最初からダメだと思ってたほうが、本当にダメだった時にダメージが少なくて済むし、思い通りにいった時はすんごく得した気分になれるじゃん?」
「それは……、そうかもしれないけど……」
「何はともあれ、結果が第一。んー? どこかなー? ウチの名前はー?」
「……どうか、どうか沙織と同じクラスになってますように」
「あー、あったあった。ウチはE組だって。さてと、あと気になりますは結良の名前もE組にあるかどうか、っと……」
「…………! あった! あったよ、沙織! わたしもE組だ!」
「ほえー、なれちゃうもんだなー。可能性は結構薄いと思ってたんだけどなー。さすがはE組。"良い組"ってなことか」
「よかったよ。よかったよ、沙織……。もうわたし……、一緒になれなかったらどうしようかなんて……、不安で昨日も眠れなかったし……」
「おいおいおい、結良。こんなとこで泣かないでくれ。目立ちたがり屋のウチだけど、この悪目立ちはちょっとご勘弁頂きたいものが……」
「よかったね。よかったね!」
「こらー、ウチの腕を掴むなー! ウチの腕を振り回すなー! うげげ、放す気はないのか。それじゃ仕方ない。このまま退散! すいませーん。通してくださーい。連れの精神状態が不安定なんでーす。だから、早く通してくださーい……」
「うぅ……よかったよ……、本当によかったよ」
「……ウチ的には現段階だと決して"よかった"なんて言えないなー、結良と一緒のクラスになれたこと。こんな逃げ惑うようなことになるなんて」
「……ゴメン。嬉しくって、つい」
「実はウチよりも結良のほうが図太い神経してるんじゃないかなーなんて密かに思ってるんだけど。あんな大勢の人がいる中で号泣できるくらいなんだから。なかなかの大物っぷりだよね」
「……憶えてる? 沙織が言ったんだよ。『泣きたいときは泣いちゃえばいい』って」
「うへっ? あー、あの時かー。あーんな昔のことを今になって引き出すのはズルいよー。じゃああの言葉はナシ。削除。記憶から消しちゃってくださーい。だからもう人前で号泣なんてしないでくださーい」
「……そんな。……急に言われても」
「ほいじゃ泣くのは終了。笑顔で入学式を迎えようじゃありませんか。そのほうがいいでしょ?」
「…………うん、……そうだね。嬉しいんだから笑顔でいたほうがいいよね。……ちょっと待って」
「泣き止もうと思ったら、気持ちを整えて、息を整えましょー。はい、大きく息を吸って深呼吸ー」
「スー……、ハー……、スー……、ハー……」
「おっ、ちゃんと深呼吸ができるようになったじゃん。偉い偉い」
「……その上から目線、止めてくれる?」
「無理だね。ウチのほうが身長高いもーん。ついに追い越しちゃったもーん。ウチのほうがお姉ちゃんだし」
「お姉ちゃんって。誕生日は3日しか違わないのに」
「それでも年上は年上。よし、これからウチと話すときは敬語で話したまえ。『お姉さま、紅茶をお淹れいたしましょうか』なんて上品な感じでよろしく」
「紅茶嫌いなくせに」
「それじゃこの華麗なお姉さまに付いてくるのだ。入学式に参りましょうぞ。おほほほ」
「沙織に華麗要素は無いよ」
「あ、結良は召使い役ね」
「めしっ!?」