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第六幕 週末は静かに訪れる






 三日かけてようやく、桜ノ守咲耶と友人関係を築き上げることに成功した宗次朗が、時間を調節して湧き上がる笑みを噛み殺しながら、下宿先であり須久那寮へと戻ると、玄関で待ち受けていたのは、呆れ顔の薬師寺朱里だった。


 学校をサボったことがバレ、叱られるかと思いきや、何処から聞きつけたのか事情を察していた朱里が、上手いこと学校側に言い訳をしていてくらたらしい。

 ありがたいことにお咎めは無し。

 転入早々、危うく付きかけたサボり魔の悪名は、どうやら免れたようだ。


「明日。朝一で妃奈子に謝罪してきた方が良いだろう。私が連絡入れた時点でアイツ、もう泣いていたからな」


 それは申し訳ないことをしたと、宗次朗は猛反省する。

 同時に気を回してくれた、朱里に感謝をしたいのだが、


「これで貸しが一つ、だな。ふっふっふ……どんなエロい要求をしてやろうか、今から楽しみで楽しみで……アッ」


 今後は軽率な行動を控えようと、固く胸に誓った瞬間である。

 後、最後の恍惚に溺れたような吐息は、追求しない方向でお願いしたい。

 そんなわけで激動の三日間が終わり、翌日の金曜日。

 転校して初めての週末の朝を、宗次朗は職員室経由で教室へと入る。


「よう、サボり魔。今日はちゃんと来おったかぁ」


 宗次朗が挨拶するより早く、姿を見つけた大和田が笑いながら近づいてくる。

 からかう言葉に、眉を潜めながら浅野が大和田の脇腹を肘で突く。


「止めたまえ、身内のご病気だったんだぞ……ご家族は、大丈夫だったのかい?」


 気遣うような浅野の言葉に、宗次朗は表情を変えず、内心で「なるほど」と納得した。

 どうやら、朱里はそういう風に、言い訳をしてくれたようだ。


「ん? あ~。その、大したことは無いさ。大袈裟なんだよ、家の妹は」

「そっか。申し訳ないな、からかって」

「まぁ、何にしても、何事も無かったんならいいじゃないの」


 遅れて寄ってきた田宮が、申し訳なさそうな顔で謝罪する大和田の背中を叩く。

 気にするなと大和田に笑顔を向けてから、宗次朗は他のクラスメイト達に挨拶をしつつ、自分の席へと付く。

 自然な流れで、大和田達三人も、机の回りに。

 大和田が人のいない前の席に、無断で後ろ向きに座る。


「ようやく、明日は休みだな。週休二日制最高。そんなわけで皆の衆。蘭堂の歓迎会、土日のどっちかでやらんか」

「おっ! いいねぇ」


 すぐさま田宮が乗っかるが、浅野はキラッとレンズが光る眼鏡を指で押し上げると。


「駄目だね」


 キッパリ却下した。

 途端、二人が睨み付けるような視線を向ける。


「おいおい、ノリが悪いぞい」

「そだぜ。苛め、いくない」

「別に僕だって歓迎会はしてあげたいさ……でも」


 一度言葉を切ってから、大和田と田宮を交互に見る。


「来週から中間テストでしょ。忘れたとは、言わせないよ」


 現実を突きつける一言に、二人は暗い表情でガクッと肩を落とす。

 驚くリアクションを見せなかったことから、覚えていたけどあえて、現実逃避をしていたのだろう。

 宗次朗は、別の理由で軽く驚いていた。


「まだ四月の下旬なのに、もうテストがあるのか?」

「ウチの学校の場合はね。前年度の復習も兼ねてて、何でも進学校だった頃の名残だとか。だから、赤点を三つ以上取ると当然補習がある」

「……ゴールデンウィーク丸々補習とか、どんな拷問だよ」


 なるほど。成績不振者に補習の時間を与える為、あえてゴールデンウィーク前のテストを実施し、学期末に向けて学力を底上げしようというシステムなのだろう。


 理屈には適っているが、やらされる生徒としては堪ったモノでは無い。

 勉強が得意ではないのか、今から暗い顔をする二人に、宗次朗は苦笑を漏らす。


「残念だけど、歓迎会はゴールデンウィークまでお預けだね。申し訳ないけど、蘭堂君もそれで構わないかな?」

「俺の方は全然。むしろ、歓迎してくれて嬉しいよ」


 心の底から、宗次朗はそう思う。

 色々と隠し事こそしているが、歓迎してくれる大和田達の優しさは心に染みる。

 その行為に対してありがたいと感謝はしても、文句をつけるだなんて考え、思い浮かびもしなかった。


「ねぇ。蘭堂君の歓迎会やるんだって?」


 話を聞きつけたのか、クラスメイトの女子二人組が、輪に加わってくる。

 小柄でそばかすが似合う元気そうな子と、おっとりとした優しそうな雰囲気の反面、肉感的な身体つきの女生徒の二人。クラスでも率先して、宗次朗に挨拶してくれる女生徒達だ。


「えっと、君達は……」


 顔は覚えているが、名前まではわからず宗次朗は言葉を濁す。


「折笠だよ。折笠恵美。こっちは……」

「相原優奈よ。よろしくねぇ、蘭堂くん」


 ニコッと、相原は癒し系の柔らかい笑顔を向けてくれた。

 挨拶と同時に揺れる胸元に、男子達の視線が集中するのは、仕方の無いことだろう。

 視線に気づいた折笠が、腰に手を当てて大和田達を睨む。


「もう、男子ぃ? 視線が露骨すぎ。蘭堂君を見習いなさいよ、ドスケベ共……まぁ、ユウのおっぱいに目がいく気持ちは、わからないでもないけど

「め、メグちゃぁん、やめてよ恥ずかしいぃ」


 恥ずかしがるように、相原は頬を赤く染める。

 一見、視線が釣られなかったように見えるが、実は間接視界でちゃっかり胸揺れを確認していたりする。

 下に心と書いて、忍びと読む。

 誤魔化すように田宮が、ゴホンと咳払いをする。


「んで? 急に男同士の会話に割り込んできて、何の用だよ」

「私達も歓迎会に混ぜてよ。ユウと私も、転校生君のこと、気になってたんだよねぇ」

「べ、別に変な意味じゃないのよ? 普通にクラスメイトとして、お友達になりたいなぁって思ったの」


 ワザとらしく意味深な言い方をする折笠を窘め、頬を赤く染めた相原が慌てた様子で両手を振る。

 女子二人の反応に、大和田達三人はグッと奥歯を噛み締めた。


「おのれ、なんだこの甘酸っぱい反応は!? 顔が、顔の差なのかっ!」

「草食系男子が増えてるからなぁ。蘭堂っちみたいな、人畜無害っぽいのがモテる時代なのかねぇ」

「いや、その理論だと僕がモテないのはおかしいじゃないか」

「……お前さんも、ガツガツ系だろうが」


 何やらコソコソと話し合う、モテない三人組。

 女子二人はともかく、耳の良い宗次朗には聞こえていて、困り顔で頬を掻いた。

 ここに来る前は女の子との会話なんて、まともにしたのは妹くらいなので、正直、モテてると言われても実感など無い。

 それに宗次朗が見る限り、恋愛的な好意を抱いているというより、転校生に対する好奇心と言った方が正しいだろう。


 どちらにしても、友人が増えるということは、宗次朗にとって好ましいことだ。

 改めて折笠は宗次朗を見つめ、駄目かな? と可愛らしく小首を傾げる。


「俺は構わない。むしろ歓迎するさ……三人はどうだ?」

「俺らも構わないぜ。大和田っちと浅野っちもいいよな?」


 確認を取る田宮に、二人も首を縦に振って肯定する。

 女子二人は互いに顔を見合わせ、微笑み合った。

 男同士の中に見目麗しい華が加入したことにより、男子三人組もテンションが上がってきたのか、今からソワソワと落ち着かない様子を見せ始める。

 ニコニコと笑顔を絶やさない宗次朗は、席から皆を眺めながら実感していた。


 この青臭くも楽しくて堪らない雰囲気こそ、自信が求めていた普通の高校生の生活なのだと。

 テンションが高まった大和田が、景気の良い声を上げる。


「よっしゃ! これなら嫌なテストも何とか乗り切れそ……」


 言いかけたところで、ガラガラと教室の後ろの扉が開かれた。

 途端、喧噪に満ちていた早朝の教室が、水を打ったように静まり返る。

 教室に現れたのが、二日ぶりに姿を見せた桜ノ守咲耶だったからだ。


「…………」


 無言のまま咲耶が足を踏み入れると、沈黙に満ちた教室に緊張感が宿る。

 ただでさえ不良と恐れられている咲耶。

 それが今日は腕に包帯など、怪我の手当をした痕があるから、余計に恐ろしく感じられるのだろう。

 教室の隅から「また喧嘩か?」と噂する声が、僅かに漏れる。

 アレだけ明るく会話していた大和田や笠原達も、微妙な表情を浮かべ、チラチラと咲耶の様子を気にしていた。


 これが何時もの反応なのだろう。

 咲耶は特に気にすることなく、無言で自分の席へと向かう。

 その途中。


「――おはよう、咲耶ちゃん!」


 一際大きい、宗次朗の挨拶が響いた。

 クラスメイト達の視線が一気に、笑顔の宗次朗に向けた。

 信じられない。驚きや怯え、恐怖の混じるクラスメイトの視線を浴びるが、宗次朗は一切気にした様子を見せず、真っ直ぐと咲耶の方を見ていた。

 驚いたのは咲耶も同じで、足を止め目を丸くして宗次朗を見つめた。

 暫しの沈黙の後、咲耶は舌打ちを鳴らし、不機嫌そうに表情を顰める。


「……はよ」


 小さくそれだけを言って、咲耶は自分の席へとつく。

 思いの外恥ずかしかったのか、自分の席に座った咲耶は、外部との繋がりを拒絶するよう、机の上に突っ伏して寝たふりをする。

 その様子が面白くて、思わず宗次朗はぷっと笑みを零してしまった。

 何時もと同じ朝の教室で、何時もと違う出来事が起こる。

 ほんの些細な出来事なのに、教室のクラスメイト達が正気を取り戻すのは、ホームルームの為に妃奈子が訪れる時まで続いた。




 ★☆★☆★☆




 斉門町の外れにある廃工場近くに、一人の男の姿があった。

 人気の無い真っ昼間の町を、意気揚々と鼻歌交じりに歩くのは、黒いスーツを着た癖のあるロン毛に顎髭を生やした外国人男性。


「ふんふ~ん。ふふんふ~んふふん♪」


 今にもステップを踏み出しそうはほど、ご機嫌な様子でアスファルトの道を歩く。

 この場に人がいたのなら、さぞかし滑稽な姿に見えるだろう。

 だが、人気の無い町外れならば、他人の目を気にする必要な無い。

 もっとも普通に歩いていたとしても、長身の外国人男性がこの場所にいること自体、酷く目立ってしまうだろう。


 外国人労働者ならば、界隈にいてもおかしくは無いが、ここらで働くその手の労働者はアラブ系が多く、今歩いている男性は明らかな北欧系の白人だ。それに労働者を名乗るのには、身なりが良すぎる。

 オーダーメイドらしきクラシカルなスーツは、決してお安くは無いだろう。


 彼は目的地らしき車の廃工場に辿り着くと、足を止めて閉じられた門の前に立つ。

 立ち入り禁止の看板が針金で括りつけられる門を、男性は覗き込むように背伸びをすると、楽しげだった雰囲気は一変して、落胆の表情へと変わる。


「……信じられない。なんという悲劇だ」


 天を仰ぐよう、大袈裟に嘆き始めた。

 顔を両手で挟み、皮膚を下に引っ張るよう手の平をずり下げる。

 酷く滑稽な様に思えるが、彫の深い独特の顔付きの為か、滲み出る狂気が不気味さを生み出していた。


「異界化が消えている……この様子では、ワタシが丹精を込めて生み出した芸術品が、無残にも破壊されてしまったのか」


 芝居かかった語り口調で、空を捕まえるように両腕を突き上げた。

 一見、悲しんでいるようにも見えるが、身振り手振りを持って身に振る掛った不幸を語る男性の姿は、状況を楽しんでいるようにすら思えた。

 一分ほど悲しみ続けると、急に巣に戻ったかのよう泣くのを止める。


「……ふむ」


 冷静さを取り戻し、感情の無い表情で門の上を見上げる。

 軽く目を瞑ると、軽く膝を曲げ、ぴょんと閉ざされた門の上に飛び乗った。

 癖のあるロン毛を風に靡かせながら、男はジッと工場内を見つめると、同じ動作でぴょんと内部へと降り立つ。


 そして無言のまま足を進め、駐車場を抜け工場の奥へと無断で入っていく。

 既に役割を終えた工場だが、管理者がいる以上は、男の行動は不法侵入といえる。


 しかし、構うことなく男は確りとした足取りで、真っ直ぐ敷地内を横切った。

 事務所などが入っていたのだろう。二階建ての建物の裏手に回ると、裏口のすぐ手前に真っ黒な泥のような物が、こんもりと山盛りになっていた。


「おやおや、これはこれは」


 呟き僅かに緩めた足を再び進め、泥の手前まで来ると爪先を揃え停止する。

 屈むよう腰を曲げると、躊躇なく泥の中に右手を突っ込んだ。

 ぬるっとした嫌な感触の中、高級なスーツが汚れることを厭わず、泥をかき分け何かを探す。

 そして指先に固い感触を感じると、掴み取り腕を引き抜いた。

 男の頬がニヤッと吊り上る。


「やはり想像通り。生成されていたようですねぇ」


 取り出したのは、親指の先ほどの小石だ。

 一見すれば何の変哲も無いただの石に思えるが、僅かだが石の周りは陽炎でも立ち込めるよう歪んでいた。

 そしてその歪みは、摘み上げる男の指先を融解するよう、ドロドロと皮膚を溶かす。

 皮膚が裂け肉が露わになり、血が流れ出すのも構わず、男は愉悦に頬を緩ませた。


「研磨する途中の芸術品が破壊されたのは、大変心が痛みますが、過ぎ去った過去を後悔しても仕方がありません。栄養補給はしていたようですので、辛うじて殺生石は生成したようですが……」


 大きく口を開き、石を舌先へと乗せる。

 ジュウッと肉が焼けるような音と共に白煙が立ち上り、男が石を噛み砕きながら喉を鳴らして飲み砕いてしまう。


「でも、まだまだ制作中の美術品は多い。人の血肉によって磨き上げられた至高の芸術品こそ、この世界で最も貴い美。さてさて。ワタシの審美眼に敵う芸術品を生み出す芸術家は、果たして生まれるのでしょうか?」


 煙を上げ、骨が露出するほど溶けた指先を、男は咥えるように舐め上げる。

 口内から指を取り出すと、血の痕だけを僅かに残し、溶解していた指先は傷一つ無い元の状態へと戻っていた。





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