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第二幕 久須那寮






 結局、昼休み以降、咲耶が教室に姿を現すこと無く、蘭堂宗次朗の記念すべき転校初日はチャイムの音と共に終了を告げた。

 安堵の息を付くと同時に、やはり緊張していたからか、ドッと疲労感が押し寄せてきた。


 けど、不思議と悪い気はしなかった。

 忍者修行の頃に味わった、心身共に疲弊し擦り切れた泥のような疲れに比べれば、何と今は爽やかな気分なのだろうか。


「これが、青春ってヤツなのかなぁ」


 素直な感想を口に出し、心地よい脱力感に暫し身を任せる。

 今日一日で仲良くなった大和田達と放課後、ちょっとだけ会話を交わし、週末にでも改めて、歓迎会でもしようという話題になり、感激した宗次朗はオーバーなリアクションで喜ぶと、三人組は「んな大袈裟な」と苦笑した。

 喜ぶという行為の加減が難しいが、嬉しかったのは偽りの無い本音だ。


 その後、帰り路を歩きながら、案内がてらに何処か寄っていくか? と言う話の流れになったが、宗次朗は申し訳なさそうな顔で断った。

 引っ越しの荷物がまだ片付いていないし、帰宅してから、会わねばならない人がいるからだ。

 大和田達は残念そうにしながらも、また都合の良い時に誘うよと言ってくれた。

 転校初日にもう気の良い友人に恵まれるなんて、何と幸先が良いのだろう。


 三人と別れ、夕暮れに染まるまだ通い慣れない帰り道を、宗次朗は今にもスキップしだしそうな浮かれ気分で、弾むように歩いて行った。

 田舎にある実家は、ここから電車で片道三時間近くかかってしまう。

 その為、必然的に宗次朗は、三門市内で一人暮らしすることになる。

 幸いなことに三門高校には、遠方からの入学生に備えて、小さいながら寮が設備されているので、宗次朗も二日前からそこに入寮しているのだ。


 須久那寮。

 随分と変わった名前だが、外観は至って普通。

 年季の入った木造建てで、玄関は今時珍しいガラス張りの引き戸だ。

 ガラガラと何とも言えない音を奏で、玄関を潜った先には寮のラウンジがある。今風を意識して、ちょっとオシャレにラウンジなどと呼んでいるらしいが、見た目は小さな病院の待合室と、差ほど代わり映えい貧乏臭さ。


 ポツンと一つだけ置かれた観葉植物の鉢植えが、逆に侘しさを際立たせていた。

 廊下を歩けば鴬張りでも無いのに、ギシギシと派手に音を立て、天井を見上げれば、何やら黒っぽい染みがチラホラと。雨の日になれば、至る所にバケツや桶などの入れ物が、雨だれの音を奏でてくれるのだろう。


 前言を訂正しよう。

 普通よりこぢんまりとした、貧乏臭くボロッちい木造建ての寮だった。


 昔はそこそこ有名な進学校だった三門高校は、地方からの入学生を積極的に受け入れていた。

 しかし、不景気の所為で業績は右肩下がり。改革案として地元密着型の高校に方針を転換し、入試の難易度を大幅に下げることで、より多くの学生が入れるよう窓口を広げ、進学だけで無く、地元企業との連携で就職にも強い学校を目指した。


 地元学生は増えたが、反面、進学校としてのメリットを無くした為、地方からの入学生は激減。それに伴い、幾つかの寮が廃寮となったのだ。

 須久那寮はそのリストラ策を生き残った、唯一の寮。

 見た目の古さも、一番かもしれないが。


「……残すなら、もっとマシな寮があったんじゃないかなぁ?」


 近所でお化け屋敷とでも噂されそうな、寮の外観を見上げ、宗次朗は眉を八の字にしながら呟いた。

 学校は一日で慣れても、この寮に慣れるのは、何時の日になることやら。


「ただいまぁ~」


 ガラガラとガラス戸を横にスライドさせ、宗次朗は寮に帰宅する。

 帰宅の挨拶に若干の恥ずかしさを感じるのは、まだこの寮が自分の帰る場所だという認識が薄いからだろう。


 現在、この寮に住む学生は、宗次朗を含め、五人ほどしかいない。

 宗次朗以外の寮生が、待合室のようなラウンジにいることはこの二日なかったので、今日もてっきり、挨拶なんか帰ってこないだろうと思っていたが、誰かが備え付けのソファーから立ち上がる影が見えた。


「――ッ!?」


 気配を感じなかった為、宗次朗は瞬時に警戒心を強め、靴を脱ぎかけた状態で慎重を期すよう動きを停止させる。

 しかし、返って来たのは、随分と気怠そうな女性の声だ。


「ふわぁ……ああ、帰って来たか。おかえりおかえり」


 欠伸混じりに出迎えたのは、エプロンを身に着けた垂れ目の女性。

 エプロンが盛り上がる程の巨乳で、紛れも無い美人の筈なのだが何故だろう。女の魅力というか、色気というモノが壊滅的なまでに感じられない。


 それが咥え煙草の所為なのか、右手に持った大吟醸の酒瓶の所為なのか。

 はたまた化粧で隠してはいるが、目尻に見え隠れする、小皺の所為なのだろうか。

 若干の警戒心を残しながら、内心で推測すると、女性は此方に向ける目付きを険しくする。


「おい、こら青少年。美女の顔をガン見するなとは言わないけど、失礼なことを考えちゃいかんのだぞ……そういうのは、視線にありありと浮かぶ」

「おっと」


 指摘され反射的に、宗次朗は顔を両手で覆った。

 目敏い観察眼は、油断ならないかもしれない。

 宗次朗がそう警戒していると、女性は不敵な笑みを浮かべながら、何故か自らの大きい胸を強調するかのよう、組んだ腕で下から押し上げ揺らす。


「まぁ。私のようなエロいお姉さんが目の前に現れれば、思考が混乱するのも理解出来る。なにせ男子高校生といえば、日に三発四発の自家発電は当たり前。エテ公が如き性欲が煮え滾る煩悩の塊だからなぁ。童貞にはさぞかし、私は妄想が迸るだろう。いや、違う物も迸るのかな?」


 まるで推理ドラマに出てくる探偵のような口調で、ド下ネタを目の前のお姉さん? はかましてくる。

 どうやら、お化け屋敷かと思いきや、痴女とエンカウントしてしまったようだ。


「おっと、待ちたまえ青少年。ショタ好きで童貞キラーと呼ばれたいこの私だがこのご時世、本当に手を出そうモノなら瞬く間に手が後ろに回ってしまうのだよ……クソッ、国家権力め。法で裁くならロリコンだけで十分だろ。エロいお姉さんは国家の宝だと、何故理解出来ん。国会議員の爺共だって、昔は童貞だっただろうに」


 何やら下ネタに政治を絡めてきてしまった。


「あ、あの~」


 正直、昨夜出会った鬼以上に、関わり合いにはなりたくないのだが、目の前を塞ぐように仁王立ちされては、無視して通り過ぎるわけにはいかない。

 部屋まで付いてこられたら迷惑だし。

 お姉さん? は困惑を深める宗次朗に、直ぐに気づいてくれたようだ。


「おっと、そうだったそうだった」

「……ほっ」

「男は年を取ると起たなくなるのだったな。そうなると精力も減退するから、童貞の頃の思い出など遥か彼方のエルドラドに……」

「そんなことは聞いてません!」


 放って置くと際限無く話が横道に逸れていきそうなので、宗次朗は大声でバッサリと言葉を遮った。

 お姉さん? は不満そうに舌打ちを鳴らし、紫煙を吐き出した。


「ちょっとした小粋な冗談じゃないか、心が狭いなぁ青少年。エロい私が折角、新天地で硬くなる青少年を和ませる為、場の空気を盛り上げようとしたんじゃないか」

「思い切り凍りつきましたけどね」

「ああ、ちなみに今の硬くなるは下ネタじゃないからな。どうだ、勘違いしたか? したか?」


 果てしなくうぜぇ。

 ドヤ顔を近づけるお姉さん? に危うく、本気でそんな言葉が漏れかけた。

 宗次朗も初対面の相手に対して、馴れ馴れしいと良く言われるが、目の前の女性の場合は突き抜けている。

 不審者として通報されても、おかしく無いレベルだ。


 そもそも、我が物顔でラウンジに居座っているが、この寮で暮らすようになって二日、彼女のような人物を見た事がなかった。

 本当に不審者なのかと、疑わしげな視線を向けると、お姉さん? は肩を竦めた。


「そんな顔で見るな。私はここの寮母だ。断じて不審者や痴女や変態では無い」

「寮母?」

 聞き返すと、寮母さんは確りと頷く。

「自己紹介が遅れたな。私はこの久須那寮の寮母を務める、薬師寺朱里よ。気軽に朱里タンと呼んでくれたまえ」

「わかった。朱里タン」


 半分嫌味で言ったのに、朱里は満足そうな顔をしていた。

 出会って数分しか立っていないが、この寮母に対して何か、一般的な反応を求めるのは止めようと心に誓う。


「所用で寮を空けていた為、入寮時に出迎えが出来なかったのでな。改めて、久須那寮へようこそ蘭堂宗次朗青少年」

「うん。ありがとう」


 人格はさておき、歓迎されること自体は、悪い気分では無い。


「わざわざ、それを言う為だけに待っててくれたのか?」

「だけにとは心外だな。仮にも人様のご子息を預かり、卒業までの生活をサポートするのが寮母の役目だ。これくらい当然のことだ」


 意外と真面目なことを言う。

 もしかしたら、下ネタが酷い意外は、まともな性格なのかもしれない。


「……まぁ、第一印象程度は良くしておかんと、大抵の男子生徒は卒寮までに間に、私に対する好感度が底辺にまで落ちるからな……セクハラのし過ぎで」


 前言撤回。

 この寮母は絶対に、部屋へ入れないようにしよう。


「じ、じゃあ、挨拶も済んだことだし、俺は部屋に戻ろうかなぁ。引っ越しの荷物、まだ片付いていないし」

「こらこら待ちたまえ青少年」


 靴をスリッパに履き替え、愛想笑いを浮かべながら横をすり抜けようとしたが、背後から肩をガシッと掴まれてしまう。

 脱出に失敗してしまった。


「ちょっとばかり、お姉さんとお話をしようかぁ……ジュースやお菓子もつけるぞぉ?」

「出来れば遠慮したいかなぁ」

「本音で言えばセクハラしたいが、そうじゃない。一応、寮内のルールを口頭で伝えなければいけない義務が、寮母にはあるんだよ」

「……なんだぁ」


 ホッと胸を撫で下ろしたところで、耳元に吐息を吹きかけるよう、朱里は呟いた。


「そんなに嫌がるなよ。傷つくじゃないか、忍者青少年」

「――ッ!?」


 肩を掴んだ手を払いのけ、宗次朗は素早く地面を蹴って朱里と距離を取る。

 制服の内側に仕込んである武器を、何時でも取り出せるようにしながら、鋭さが満ちた刃のような視線を朱里に向けた。

 その姿は、直前まで下ネタに戸惑っていた少年と、同一人物とは思えない。

 朱里は咥え煙草のまま、にんまりと笑った。


「ルールその1。寮内は完全中立。忍者も侍も妖怪も魔女も等しく、寮内及び敷地内での戦闘行為を禁ずる……お分かりかな?」

「…………」


 無言のまま頷き、警戒心は解かないが、制服の内側に突っ込んだ手は引き抜いた。

 朱里は煙を燻らせながら、良く出来ましたと両手を叩く。


「物分りの良い子で助かったよ……それじゃ、お話しましょうか」


 そう言って朱里は、ラウンジのソファーを親指で差した。




 ★☆★☆★☆




 口頭で伝えられた久須那寮の寮則は、至って普通のモノだった。

 門限は夜の八時まで。夜間の外出は禁止など普通のモノから、先ほど述べたように寮内に置いての戦闘行為は、如何なる理由を持っても不可とする。従わない場合は責任者による、制裁が執行されるなど物騒なモノまで。


 ただ、全体的な規則としては、あり得ないくらいに緩やかだった。

 夜間外出は禁止となっているが、夜の点呼なども無いようなので、恐らくはバレないように行って帰ってくれば、黙認されるのだろう。


 厳し過ぎず緩過ぎず、程よい塩梅の寮則というのが、宗次朗の感想だ。

 色々と抜け道はあるようなので、それをどう利用するかは、寮生の自由。不正が発覚した場合も、寮生の責任。そういった具合だろう。

 寮母である朱里が丁寧に教えてくれているが、宗次朗はいまいち集中出来ずにいた。


「朝食は朝七時まで。夕飯は夜の九時まで。時間が過ぎたら食堂は鍵かけちゃうから、食い損ねないように気を付けなさい……と、なぁ、こんなところか」


 テーブルを挟み目の前のソファーに座る朱里は、ふっと息を付いた。


「要するに、明るく楽しく自己責任で、寮生活を楽しみましょう……ってわけなんだけど」

「…………」

「ちょっとちょっと。そんな怖い顔で睨まないでよ。お姉さんのMっ気が疼いちゃうじゃない」


 下ネタのも反応を示さず、宗次朗は真っ直ぐ朱里を見据える。

 最初ののほほんとした雰囲気からは一転して、鋭い刃のような気配を滲ませる宗次朗に、朱里はため息を吐きながらポリポリと頭を掻いた。


「可愛いワンちゃんだと思ったら、とんだ狼だったか……あ~、ゴホン」


 咳払いをしてから、朱里も向けられる視線に負けないよう、佇まいを直す。


「ネタばらしをすると、私も近しい人間なのさ。忍者と同じように、社会の裏側、その影に生きる存在」

「……そうなのか?」


 慎重な様子で問いかけると、朱里は首を縦に振った。


「今は引退して寮母なんてやっているが、類は友を呼ぶって言うの? この三門市はそういった連中を、引き寄せやすいのさ」


 故郷の田舎町しか知らない宗次朗には、実感のわかない話だが、考えてみれば二日続けて、裏側の人間に出会うなんて、ゼロでは無いにしろ確率的には低いだろう。

 もしかしたら、咲耶と再会したのも、互いに互いを引き寄せたのかもしれない。


「……んな、馬鹿な」


 苦笑交じりに、浮かび上がった予感を否定した。


「本来なら自分から正体を明かすことは無いんだが、少年の場合はご家族からくれぐれもよろしくと頼まれてるモンでねぇ」

「は?」


 不意打ちのような言葉に、思わず宗次朗の目が点になる。

 祖父母や両親が、そこまで気にかけてくれるとは思えない。近場に住む親戚縁者も同じだ。だとすれば、わざわざそんなお節介な真似をする身内は、宗次朗は一人しか心当たりが無かった。

 朱里は意地悪そうに、唇をニヤッと歪める。


「一人、故郷を旅立った兄を心配するとは、素晴らしい妹さんでは無いか……ちょっぴり、度が過ぎているようにも思えるが」

「……昔から、兄離れが出来ない妹なモノで」


 気恥ずかしさから、宗次朗は肩を狭める。

 学費や生活費こそ出して貰っているモノの、宗次朗は蘭堂家を半ば勘当同然で追い出されている。その中で唯一、妹だけが故郷を旅立つ時、見送りに来てくれた。その上でこのような気の使われ方をするなんて、妹には足を向けて寝られない。

 あまり感情を表に出さない妹の顔を思い出し、宗次朗は軽く顔を伏せる。


「色んなこと、全部押し付けてしまったから、恨まれても仕方ないんだけどなぁ」

「……それでも心配してくれているのだ。本当に、兄である少年のことを慕っているのだろう」


 心なしか、朱里の口調は優しかった。


「それに年長者に対する気遣いも素晴らしい! 正直、あまりイメージは無かったのだが、送られてきた地酒は中々だな! やはり米どころは日本酒も美味い!」


 そう言って朱里は上機嫌に、テーブルの上の酒瓶を抱きかかえる。

 何処かで見覚えがると思っていたが、あれは宗次朗の田舎で作られている銘柄の日本酒だった。

 流石は我が妹と、宗次朗は苦笑する。


「何にせよ、困ったことがあったら、私に相談するといい。闇は闇を引き寄せる。少年のような影もまた同じくだ……少年がこの町に来たように、少年の周りにも自然と、その手の闇が寄ってくる。良くも悪くも、な……もう既に、心当たりがあるのだろう?」


 明確な確信を持つような言葉。

 表情には出さず、宗次朗な内心で驚く。


「彼のことを知っているのか?」

「蛇の道は蛇。勿論、知っているさ、彼女のことを、ね」


 言ってから、朱里はニヤリと笑う。

 予防線は張って置いたが、どうやら本当に知っているようだ。


「同じクラスなんだって? やっぱりその手の人間同士、引き合うのかねぇ。転校生が昼休みに引っ張られて行ったって、妃奈子の奴が半泣きだったよ」

「ちょっと、偶然が重なってね」


 高台の公園のことは知らないようなので、あえてそこはぼやかした。

 朱里はそうかと頷いてから、真剣な眼差しを向ける。


「闇は闇を引き寄せる。闇が合わされば更に暗い闇となり、更に大きな闇を引き寄せるだろう。悪いことは言わない。彼女と関わるのは、金輪際止した方がいい」

「それは……」

「普通の学生生活を送る為、忍の道を捨てて、この町にやってきたのだろ?」

「…………」


 宗次朗は思わず黙り込む。

 自分が何の為に、妹に迷惑を押し付けてまでここに来たのか思い返し、言いかけた言葉を見失ってしまった。

 俯く宗次朗に、朱里は優しく微笑みかける。


「何かが正しいのか。私が言えることでは無いし、答えを示すつもりも無い。悩みたまえ青少年。青春は苦悩し、考えること。それこそが少年が、この町に来た理由であり青春の意義なのだからな」

「……はい」


 先達らしい言葉に力付けられ、宗次朗は微笑と共に頷いた。


「ちなみに性の悩みなら二十四時間受け付けている。根掘り葉掘り、ビギナーからエキスパートまで実践実技付きで教えてやろう」

「それはいらない」


 下ネタさえ言わなければ、本当に良い寮母なのだろう。

 この寮に住んでいて無事卒寮出来るのか、貞操の危機を迎えてしまうのか。

 目の前で直前まで良い言葉を語っていたのに、鼻息を荒くしている寮母を見ていると、不祥事でニュース沙汰になる確率の方が、遥かに高いのかもしれない。


 話はそこで終わり。

 部屋まで送ってくれると言う申し出を丁寧に断り、宗次朗は立ち上がって一礼してから、歩く度に軋む廊下の奥へ進んで行った。

 部屋までの短い道筋を行く途中、ふと脳裏に浮かび上がったのは教室の風景。

 窓際の一番後ろ。今日一日、誰も座らなかった席だ。


「桜ノ守、咲耶ちゃん。かぁ」


 多分、その席の主であろう人物の名を呟いた。

 時代遅れな不良少女。桜の舞う夜の公園で、一人マガツモノと戦う少女。

 桜ノ守咲耶。

 強く、凛々しく、何処か儚げな彼女の姿が不思議と、脳裏に焼き付いて離れなかった。


「あの娘も、俺と似たようなこと、考えてるのかな?」


 影と闇。類は違えと、同じ世間の裏側で生きる存在。

 落伍者となっても、忍びの業を捨てきれない宗次朗のように、桜ノ守咲耶もまた、逃れられぬ宿命を背負っているのかもしれない。


 不良と呼ばれても、他人を拒絶しても、拳を振るわなければいけない理由。

 闇が闇を呼ぶのならもしかして咲耶は、その闇に回りが呑み込まれないよう、常に孤高でいるのだろうか?


 一度考え出すと興味は止まらず、宗次朗は眠りに落ちる瞬間まで、あれこれと咲耶に対して様々な興味を深めていった。





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