第二十幕 犬塚史郎
三門高等学校三年生、犬塚史郎。
最近でこそ桜ノ守咲耶の悪名に押されっぱなしだが、少し前までは三門高校一番の不良、番町と言えば彼、犬塚史郎の事を指していた。
殺人以外のあらゆる犯罪行為に手を染め、少年院送りになっただの、三門市を拠点としていた暴走族チームを潰しただの、実は関東地区で最も有力な大親分の隠し子であるなど、噂話を上げれば切がない。
しかし、これはあくまで噂話に過ぎない。
咲耶の悪名のように、実際に目撃した人間がいるわけでも無く、何の根拠の無い尾ヒレと背ヒレが完全にくっ付いた、いい加減な眉唾話だ。
第一、少年院に送られる程の悪事を行った高校生が、所属する高校を退学になって無い時点で、噂話の信憑性はお察しだろう。
このような噂が流れた原因の一つや、犬塚史郎自身にある。
彼は去年の秋頃から一時期、学校を長期間休学していた。
表向きは病気の療養という事になっているが、何でも彼が休学する前に斉門町では、かなり大規模な暴力事件が発生したらしい。死者こそ出なかったようだが、重症者は数十人におよび、それらは全員、地元の学校に通う十代の少年少女らで、当時の地元紙でも扱われる大事件だったそうだ。
噂では犬塚史郎は、この件に関係者だったのでは無いかと、そう囁かれている。
眉唾と切って捨てられないのは、この事件の中心となったとは、当時まだ弱小勢力であったチーム荒御霊だということ。
元々、出席率の悪かった犬塚史郎は、休学により留年が決定している。
つまり、今年度の春からは、二度目の高校三年生というわけだ。
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タイミングというのは、星の巡り合わせだ。
どんなに狙っていても、何度チャンスがあっても、タイミングが合わず不意にしてしまう事はよくある話。逆に思ってもみなかった瞬間に、棚から牡丹餅を発見するが如く、チャンスを物にする事も、よくある話だ。
今回に関しても、その類の話だったらしい。
桜ノ守家で個性的な母親と面談し、話しを聞き、昼食を頂いた週明けの月曜日。
この日が、犬塚史郎の休学空け、最初の登校日だった。
窓際の席に座り、頬杖を突いてぼんやりと外を眺める、ワッチキャップの少年。右の頬にある三本の傷痕は、事前に聞いていた特徴そのままだ。
今は休み時間。
と言っても昼休みでは無く、授業と授業の合間にある十分程度の休み時間なのだが、他の生徒達は次の準備をする中で、史郎はぼんやりと外を眺めたまま、準備どころか教科書を取り出す素振り一つ見せない。
目は開いているが、もしかしたら眠っているのかもしれない。
「何で不良の人って、窓際の席が好きなんだろうね」
「知るかっ。何時も勝手に、その場所になってんだよ」
校庭に出て、こっそりと三年生の窓を監視する、ジャージ姿の宗次朗と咲耶。
犬塚史郎にいきなり話しかけるのではなく、少し観察してからにしたいと、宗次朗が提案したのだ。
ちょうど次は体育の時間なので、こうして校庭にいても不自然では無い。
まぁ、学校一の不良で、亜麻色の髪の毛をした咲耶が、ジャージ姿で生足をさらけ出して校庭に突っ立っていたら、それはそれで目立つのだが。
「やっぱり、回りから距離を取られているな。友達とかはいないみたいだ」
「まぁ、ダブりのヤンキーなんざと、お友達になりたい奇特な馬鹿は、普通はいやしねぇだろうがな」
距離と角度があるので、教室の隅々まで見渡せるわけでは無いが、窓際の席が功を奏してか周囲の人の流れはわかりやすい。
人が一切寄り付かないのであれば、自ずと交友関係の狭さも理解出来る。
「友人知人からゆっくりと籠絡していくって、手は使えないな、あの様子だと……さて、どうするか」
「直接、出向きゃいいだろ。相手は札付きの悪だ。悠長に構えてたって、明日も真面目に登校してくるとは限らねぇぞ」
「……ま、それもそうか」
咲耶の言葉に、宗次朗は顎を摩りながら頷く。
「んじゃ、昼休みにでも行動を開始しよう」
「よし来たっ!」
「くれぐれも、喧嘩を売りに行くんじゃないって事だけ、胆に銘じておいてくれよ」
「チッ……一々うるせぇなぁ。わかってんよ」
口うるさい宗次朗に、咲耶は唇を尖らせて頭をバリバリと掻き毟る。
今後の行動が決まったところで、丁度よく予鈴が鳴り響いた。
★☆★☆★☆
昼休みのチャイムが鳴り響くと、待っていましたとばかりに、生徒達は授業で凝り固まっていた気持ちを一気に解き放つ。ゴールデンウィークが終わってまだ日も浅く、休日で訛った身体で迎える月曜日は、疲労感も普段の倍は感じられるだろう。
普段だったら、大和田達と共に食堂か購買に繰り出すのだが、今日は先約がある。
前もって話はしてあるので、チャイムと共に机を立ち、集まる何時もの三人組と軽く挨拶を交わすと、そのまま廊下へ出る。
先んじて出ていた咲耶と合流し、いざ犬塚史郎が所属する三年の教室へと向かう。
「わざわざ先に行かなくても、教室から一緒に行けばいいのに」
「ざけんな。妙な噂話を立てられんのはゴメンだ」
「付き合ってるとか?」
「最近、転校生と仲がいいみたいだけど、困らせるような事してないよね? ね? って、しつこく担任に聞かれたぞ」
「俺に任せてくれれば、夏休みまでの間で咲耶ちゃんを、学校のアイドルに仕立て上げてみせるぜ。情報操作なんて、忍者にはお手の物だからな」
「冗談は止めろ。嫌われモンの方が、あたしには性に合ってる」
軽口を叩き合いながら、二人は階段を上り三年の教室がある廊下に出る。
同じ学校なのだから、下級生が三年生のフロアにいても特におかしいことではない。部活の関係者かもしれないし、学年を超えて付き合っているカップルだって存在する。だが、その下級生が有名人ともなれば、話はちょっと変わってくる。
廊下で話し込んでいた三年生が、不意に視線を宗次朗達に向けると、ギョッとあからさまに驚いた様子を見せた。
それは瞬く間に伝播し、昼休みの賑やかな廊下は、途端に静けさに満ちる。
中には顔を背け、そそくさと教室や他の場所に逃げ去る上級生もいた。
桜ノ守咲耶の悪名は、三年生の間でも有名らしい。
「…………」
「まぁ、気にするなよ、咲耶ちゃん」
「……人が傷ついてるみてぇに慰めるな」
パンと、裏手で宗次朗の胸を叩いた。
これがもしも、宗次朗一人だけならば、気の良い上級生が何か用かと声をかけるか、気の良く無い上級生が何か用かと、同じ言葉でもトーンと意味合いが全く違う問い掛けをしてくれるのかもしれないが、咲耶と一緒だとその判断に迷う心配も無さそうだ。
畏怖の混じる視線を浴びながら、二人は真っ直ぐ目的の教室に向かう。
3年A組。ここが、犬塚史郎の所属する教室だ。
開きっぱなしになっている後ろの扉から覗き、自分の席に座る史郎の姿を確認。
机の上にはコーヒーとサンドイッチ。史郎自身は周囲を拒絶するよう、携帯音楽プレーヤーから伸びるイヤホンを耳に装着していた。
「あれじゃ、呼んでも聞こえないな。誰か先輩に、呼んできて貰うか」
「まどろっこしいんだよ、テメェは」
そう言うと咲耶は、遠慮なく教室へと踏み込む。
突然、下級生が乱入してきた事に、教室に残っていた上級生達は一斉に怪訝な顔をするが、それが咲耶だとわかり、更には真っ直ぐ史郎に方へ向かっている事に気づくと、巻き込まれたくないとばかりに距離を取る。
やれやれと嘆息してから、宗次朗も後を追った。
音楽に集中しているらしく、此方に気が付く様子の無い史郎のイヤホンを、咲耶は強引に引っ張り取る。
教室の雰囲気が一瞬にして凍りつく中、史郎はゆっくりと咲耶の方を見上げる。
「……お前は、二年の?」
「犬塚史郎だな? 話がある。ちょっと上まで面貸しな」
先輩でも遠慮なく、何時もの調子で上を指すよう顎をしゃくる。
しかし、史郎は無視するよう、外されたイヤホンを拾い上げた。
「失せろ、二年坊。俺はお前らの自己満足に付き合うほど暇じゃない」
「悪ぃが、そうも言ってられねぇんだよ」
逃がさないと、咲耶は目の前のテーブルを強く叩く。
イヤホンを耳に嵌めようとする手が止まり、史郎は無言のまま咲耶を見上げる。
その睨み付ける眼光には、明確に殺気が宿っていた。
当然、咲耶が睨まれた程度で怯む筈も無く、逆に更に強い殺気を乗せて睨み返してやった。
一触即発の雰囲気を納めるよう、割って入ったのは宗次朗だ。
「まぁまぁ、落ち着けって。喧嘩しに来たわけじゃないんだ……な?」
「……ちっ」
ここは任せろと視線で知らせると、咲耶は舌打ちを鳴らしながらも、素直に身を引いてくれた。
改めて宗次朗は、サンドイッチに手を伸ばす史郎に視線を向ける。
「少し込み入った話があるんだ。時間を貸してくれないか?」
「断る。俺にはお前達に話す事など、何一つとして無い」
「取りつく島も無いな。ピースの奴が言っていた通り、お堅い先輩だ」
さり気なく出した名前に、史郎は僅かながら反応を示す。
「……アイツを知ってるのか?」
「ああ。少しだけね」
嘘は言ってない。史郎の事を、聞いたわけでは無いが。
蔵人の資料には、ピースは荒御霊の中でも古参のメンバーで、犬塚史郎との付き合いも浅くは無かったそうだ。善き感情にしろ悪き感情にしろ、名前を出せば興味を引けるかと思っていたが、案の定、引っかかってくれた。
釣り針は見せた。後は引っ掛ける為には、大きな餌が必要だ。
「随分と美味そうなチョコレートが流行ってるらしいじゃないか、斉門町で……ちょっとばかり、話を聞けないかな?」
「……いいだろう」
食い付いた。と、内心でガッツポーズ。
立ち上がると、そのまま史郎は入り口の方へと向かう。
「屋上でいいんだな」
「ああ」
咲耶と頷き合い、二人は先んじて進む史郎の背中に続いた。
桜ノ守咲耶と犬塚史郎。
三門高校でも名の通った二人が、連れだって歩いている事に、生徒だけでは無くすれ違う教師までもが、何事かと驚きの表情で二度見する。二人共、無言のまま仏頂面で歩いているので、雰囲気も異様なモノになっているだろう。
一言も会話を交わさないまま、三人は屋上へと出た。
ドアを閉めると、史郎は二人から離れるよう前へと進み出て、振り返った。
「……で? この俺に何の用だ」
「回りくどいのは好きじゃねぇ、単刀直入に聞くぞ……チーム荒御霊は、この町で一体何をしようってんだ」
「話が見えないな」
「誤魔化してんじゃねぇよ」
脅しつけるように、咲耶はドスの利いた声を絞り出す。
「テメェが荒御霊を立ち上げたってのは、調べがついてんだぞ」
「元、が抜けている……今の俺には関わり合いの無い事だ」
「んだと、ゴラァ! テメェの作った組織が悪さしてるっつーのに、知らぬ存ぜぬが通ると思ってやがんのかっ!」
「咲耶ちゃん」
どうにも喧嘩っ早い咲耶には話し合いは向いてないようで、ヒートアップする彼女の肩を掴み、落ち着けと宥める。
がるると、まるで肉食獣のように呻る咲耶を下がらせてから、宗次朗が歩み寄る。
「えっと、犬塚先輩だっけ? 俺は蘭堂宗次朗。四月に三門高校に来た転校生だ」
「…………」
とりあえず笑顔で挨拶してみるが、向けられる視線は冷たい。
「何を何度聞かれても答えは同じだ。俺は何も知らんし、何の関わり合いも無い。荒御霊に入っていた事だって、もうとっくに過去の事だ」
「じゃあ、わかる事に質問を切り替えよう。去年の秋頃、犬塚先輩は何で休学したんだ?」
「個人的な事だ、答える義理は無い」
「市内の病院を調べたところ、犬塚史郎が半月以上入院してたっていう記録を見つけた。しかも、病気じゃなくて怪我、外傷だ。半年も入院、リハビリまでしてたんだ。転んだにしては、重症過ぎるだろう」
一瞬、史郎は言葉に詰まる。
「交通事故だ」
「警察の記録も調べた。犬塚史郎が被害者の交通事故は、一件も記されていない」
これはハッタリだ。
病院はともかく、警察の記録なんていくら宗次朗が忍者でも、この短期間で易々と調べる事は出来ない。だが、ハッキリとした断定口調で言い切れば、多少胡散臭い台詞でも説得力が籠る。
だが、犬塚史郎には通じなかったようだ。
「ハッタリはよせ。俺は鼻が利く、嘘は通じないぞ」
見抜かれた事にドキリとするが、首の皮一枚で繋がったらしい。
「って事は、引っ掛けられたのは否定しないのかい? 本当に交通事故が事実なら、そんな筈は無いと言い切ればいいだけだ」
「…………」
ツッコむと、史郎は唇を結んで黙り込む。
どうやら図星を突けたようだ。
宗次朗は微笑みながら、自分の鼻を指先と突っつく。
「自慢の鼻に頼り過ぎたな。騙し合い、隠し事はもっとスマートにやるモノさ」
「老獪なモノだ。まるで狸や狐だな」
「俺にとっては褒め言葉だ。話して貰えるか、犬塚先輩?」
直ぐには答えず、史郎はキャップを目深に被り直す。
「……仲間と揉めて、タイマンを張った挙句に負けた。それだけの事だ」
「何故、仲間と?」
「方向性の違いだ。俺のやり方が、そいつは気に入らなかったんだろう。だから、荒御霊のトップを賭けて勝負をして、俺は負けた」
淡々とした喋り口調で、史郎は遠くに視線を向ける。
目深く被ったワッチキャップの下から覗く視線には、僅かに悲しみが見て取れるのは、宗次朗の気の所為なのだろうか。
「ケッ。タイマン張って負けたのかよ。情けねぇな」
「咲耶ちゃん」
よほど反りが合わないのか、珍しく咲耶はしつこく毒づく。
「事実だ。みっともない自分を知られたく無くて、話すのを渋っていた。それで納得してくれるか?」
「じゃあ、今はその人が荒御霊のトップなのか?」
「ああ」
「名前は?」
「……それは」
史郎は言いよどむ。
彼が荒御霊のトップで無い事は、予想出来た事。問題なのは、今誰が頭を張っているかだ。資料を読む限り、どうやら現在のリーダーには複数の影武者がいるらしく、樹里亜を雇ったのもその一人らしい。
随分と用心深い人物のようだが、確実に会った事のある史郎からならば、決定的な証拠を得る事が出来るだろう。
しかし、史郎は首を横に振った。
「駄目だ。アイツの名前を教える事は出来ない」
「んだとぉ、テメェ!」
恫喝する咲耶を、宗次朗は片手で押し留める。
「犬塚先輩を、陥れた人物なのに、義理立てしているのか?」
「袂を分かったとしても、昔は一緒に走っていた仲間、ダチだった事に変わりは無い。後輩とはいえ何処の馬の骨とも知れん奴らに、教えてやる義理は無い」
「随分な言い方じゃねぇか」
突き放すような言葉に、ヤバいと思った瞬間にはもう遅かった。
押し留める宗次朗の腕を払い、もう既にぷっつん来ている咲耶は、スカートのポケットに両手を突っ込んで、ツカツカと史郎の方に近づいて行く。
剣呑な雰囲気に、史郎もまた臆する事無く身体の向きを正面に向けた。
「負け犬野郎が。テメェ、状況がわかってんのか?」
眉間に皺を寄せ、背の高い史郎を見上げるように咲耶は睨み付ける。
「テメェのお友達はなぁ、今とんでもなくヤバいモンを持ち歩いてやがるんだ。もしかしたら、もっと性質の悪い事を考えてるかもしれねぇ」
「お前らの勝手な想像だ」
「人が死ぬかもしれねぇ……いや、もう犠牲者は出てるかもしれねぇんだぞ?」
「…………」
真正面から二人は睨み合う。
無言のまま、緊張感だけが増す睨み合いは、数秒、一分を超えて続く。
息が詰まりそうな程、重苦しい空気の中、動いたのは同時だった。
「――ふっ!」
「――ハッ!」
同時に振り抜いた右ストレートが、絡み合うように互いの腕に交差する。
素早く咲耶は相手の膝を蹴り、上体が軽く下に落ちたところ、交差した腕を引き抜き回転しながら裏拳を狙う。
だが、それは史郎にガードされる。
裏拳を受け止めると同時に、半歩バックステップで下がると、ボクシングスタイルの構えで、左ジャブを放ちながら距離を空けた。
「――ぐっ!?」
正確に顎を捕えるジャブの所為で、咲耶は前へ進めない。
苛立ちからか、つい握り締めた右拳に龍の波動が流れ込み、僅かに雷光が散った。
「咲耶ちゃん!? それは不味い!?」
「不味くねぇ!」
流石にこんなところで力を使うのはヤバいと、宗次朗が声を張り上げるが、ジャブを受けて頭に血が上った咲耶にそんな言葉は通じない。
龍の波動を乗せた一撃が、史郎の顔面目掛けて放たれた。
巨体のマガツモノすら吹き飛ばす、強力無比な一撃。
普通の人間が喰らえば、木端微塵になってしまうと宗次朗は青ざめるが、次の瞬間、我が目を疑った。
「……ふん」
雷光の纏った一撃を、史郎は手の平で受け止める。
突き抜ける衝撃が、片手一本で押さえた史郎の身体を後ろに押し込むが、それだけで止められてしまう。
咲耶はふんと、不機嫌に鼻を鳴らした。
「……テメェ、やっぱり普通の人間じゃねぇな?」
「馬鹿かと思ったら、お前も存外、鼻が利く様子だな」
受け止めた手を離すと、軽く息を吸い、右腕を下から咲耶に向かって打ち抜いた。
インパクトの瞬間、僅かに腕が一回り大きく膨れ上がったかと思うと、腕をクロスさせて防御した咲耶の身体が、ふわりと浮かび上がり真後ろに吹き飛ばす。
「――なにっ!?」
衝撃が殺し切れず、吹っ飛ばされる咲耶。
「――咲耶ちゃん!?」
あの勢いではフェンスに激突して、突き破りかねないと慌てて宗次朗が背後に回り、受け止めよとするが、勢いが強すぎて押し留めはしたモノの、そのまま二人そろってゴロゴロと地面に転がってしまう。
フェンスギリギリで制止した二人が、慌てて身体を起こすと、既に興味を無くしたのか史郎が入り口の方に向かって歩いていた。
「テメェ、待ちやがれッ!」
「……一つ忠告して置くぞ、桜ノ守」
ドアノブに手をかけながら、呼び止める咲耶を、鋭い目つきで史郎が睨み付けた。
「ここらの雑魚を絞めた程度で、三門市のトップになったつもりになってんじゃねぇぞ」
「……なんだそりゃ。最強名乗るんなら、テメェを倒せって事か?」
上等だとばかりに、笑顔を交えながら睨むと、史郎は僅かに表情を顰めながら鼻を鳴らすと、ドアを開いて屋上を出て行った。
同時に、昼休み終了のチャイムが鳴り響く。
昼食を抜いてまで挑んだのに、どうやら収穫は、くたびれもうけだったようだ。