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第一幕 秘密の転校生






 蘭堂宗次朗は忍者である。

 正確に表現するなら、だった、と言う方が正しいだろう。

 現代社会において忍者とは、随分と時代錯誤に思えるかもしれないが、事実なのだから仕方が無い。


 だが、それも今は昔の話だ。

 今の蘭堂宗次朗は、蘭堂斜陰流忍術の継承権を失った、何処にでもいる男子高校生。

 まだ残った桜が舞い散る四月。実家のある田舎から一人、宗次朗はここ、三門市にある三門高校の二年生として転入することとなった。


 今日はその転校初日。

 朝のホームルーム中、担任教師の呼び込みを受けて、宗次朗は教室の中に入る。

 二年D組の教室に足を踏み入れると、期待の籠った生徒達の視線が一斉に、学ランの下にパーカーを着た転校生、蘭堂宗次朗に突き刺さった。


 生徒数は三十人ほどで、男女比はちょうど半分ずつくらいだろうか。

 これから同じ学び舎で席を並べる級友達の、なんとも言えない視線を全身に受けながら、宗次朗は緊張気味に真ん中ら辺まで進んだ。

 教卓の側に立つ担任の女教師が、視線で少し待つよう合図を送ってから教室を見回す。

 今年からの新任らしく、まだ学生っぽい雰囲気を持つ担任が、そわそわと落ち着かない様子の生徒達に向かってパンパンと手を叩く。


「は~い。しっだうんよ、みんなぁ」


 生徒達が落ち着くのを待ってから、担任は改めてホームルームを進める。


「はろーえぶりわん。先日お伝えしていた通り、今日から新しいクラスメイトがこのクラスに転入してくるわよ」


 ニコニコと笑いながら担任の女教師、南野妃奈子はお世辞にも流暢とは言えない、中途半端な英語の挨拶と共に、宗次朗へ視線を向けて挨拶を促す。

 確か妃奈子は国語担当の筈だったのだが、何故わざわざ英語を話すのだろう。

 訝しく思いながらも転校生らしい謙虚さを胸に、宗次朗は頷いてから黒板にチョークで自分の名前を書く。


 蘭堂宗次朗。


 最後の一角までキッチリと書き切ると、背後の生徒達から軽いどよめきが起こった。


「あらまぁ、あんびりーばぼー。転校生って達筆なのね……若い癖に生意気」


 ボソッと担任教師が、最後に物騒なことを呟く。

 段位は持ってないが、忍者の嗜みとして書道を習っていたので、文字には自信がある。

 垂直の黒板にチョークで文字を書くのは難しいが、とりあえずは人様に見せても恥ずかしくは無い文字が書けたようなので、宗次朗は満足しながら後ろを振り向いた。


 何事も、第一印象が大切だ。

 宗次朗は自分が出来る、精一杯の笑顔と元気の良さで、愛想良く挨拶をする。


「蘭堂宗次朗ですっ! 趣味はサバイバル、特技は生存戦術! 都会の風土に早く慣れ親しめればと思います!」


 敬礼と共に清々しく喋り上げると、生徒達はポカンとした顔をする。

 流れるのは、寒々しい沈黙。

 普通ならば滑ったことに戸惑うのだろうが、逆境に強い忍者である宗次朗は違う。


「お近づきの印に蘭堂宗次朗、一発芸を披露します!」


 ここはイケイケで畳み掛けるべきと、宗次朗は学生服のポケットから何かを掴むとパッと空中に撒き散らした。

 空気の流れに乗ってユラユラと揺れる桃色の物体は、桜の花びらだ。


「蘭堂斜陰流忍法、風花の舞! そ~れそれそれぇい!」


 更に取り出した二本の扇子を両手に持ち仰ぐと、桜の花びらは風に乗ってふわりと空中に浮き上がった。

 巧みに扇子を操り、風を送り出すことで、桜の花びらは自由に宙を遊覧し始める。

 まるで生きているかのような花吹雪の舞いに、生徒達は「おお~っ」という歓声と共に、両手を叩いて拍手を送った。

 担任教師である妃奈子も、目を丸くして手を叩いている。


「ぶらぼー! 凄いまじっくだわ!」


 マジックでは無く忍術なのだが、とりあえず掴みはバッチリのようだ。

 万雷の拍手に気を良くした宗次朗は、むふんと鼻息を荒くして、調子に乗るよう更に力強く風を送り込む。

 送る風の強弱で、花びらの群体は空中で様々に形を変化させる。

 タイやヒラメの舞踊りならぬ、桜の花びらの舞踊りだ。


「これでフィニッシュ! 最後は大きくグルッと回ってからの、大回転だぁっ!」


 宗次朗が大きく真横に扇子を扇ぐと、波のようにうねりながら花びらは教室の入り口の方へと向かう。

 そこからドアに沿って天井まで昇り、一周して宗次朗のポケットまで戻ってくる。

 ここまでが宗次朗のプランだったのだが、運悪く直前でドアが開かれてしまった。


「遅れまし……ぶっッ!?」

「……あ」


 ドアにぶつかった空気抵抗で、上へと昇る予定だった花びらは、何も知らずに足を踏み入れた女生徒の顔面に直撃した。

 一瞬にして、教室は静寂に包まれる。


 たかだか花びら。ぶつかったところで痛くも何とも無いだろうが、入ってきた人物が悪かった。

 明らかに他の生徒達とは一線を画した、改造された制服を着た女生徒。

 いわゆる、不良と呼ばれる部類の学生だろう。

 亜麻色の髪の毛にスリットの入ったロングスカートを穿く、今時にしては珍しい不良スタイルの女学生は、全身に花びらを被りながら、ぷるぷると肩を震わせていた。


 教室に緊張感が走る。

 担任教師の妃奈子も、顔面蒼白で責任逃れでもするかのよう、顔を出席簿で隠し窓際まで後ずさった。

 顔に付いた花びらを、手の平で乱暴に払い落としてから、ギラリと光る眼光を向けた。


「おい……コイツは何の冗談……だッ!?」

「あれ?」


 視線が交差すると、少女は宗次朗の姿を見て絶句したように固まる。

 見覚えのある少女の顔に宗次朗は首を傾げると、安堵したかのようにぱっと屈託の無い笑顔を浮かべた。


「咲耶ちゃんじゃないか!? 偶然だな!」

「て、テメェ……昨日の、忍者野郎」


 嬉しそうな宗次朗とは対照的に、スカートに両手を突っ込んだままの少女、桜ノ守咲耶は苦虫を噛み潰したような顔をする。

 教室が再びざわつく。

 二人が知り合いというのもそうだが、それ以上に「咲耶ちゃん」と、宗次朗が彼女を親しげに呼んでいることの方が、生徒達には衝撃的だったようだ。

 恐怖の中に、僅かに混ざる好奇の視線に、咲耶は気まずそうな顔をする。


「……ッ」

「あ、ちょっと……」


 咲耶はコソコソと話すクラスメイト達を睨み付け黙らせると、不機嫌な様相で舌打ちを鳴らしてから踵を返し、宗次朗が呼び止める声も聞かず、教室を出て行ってしまった。


 転校初日から、何だか教室に気まずい雰囲気が流れる。

 担任教師もオロオロと涙目で狼狽するばかりで、場の空気を立て直せそうにも無い。

 仕方なしに宗次朗は大きく息を吸い込んでから、無理やりに笑顔を浮かべた。


「えっと。これからよろしくッ!」


 誤魔化すような挨拶に、鳴り響いたのは随分とまばらな拍手だった。




 ★☆★☆★☆




 チャイムが鳴り響くと同時に、張り詰めていた空気が、ふっと和らぐ。

 教壇立った教師が教科書を閉じ、「続きは明日」と言う言葉と共に、午前中の授業はようやく終了。ここからは、念願の昼休みとなる。

 宗次朗もまた、椅子に座りながら身体を解すよう、大きく上に伸びをした。


「ん~ッ! 昼休みかぁ。腹減ったぁ」


 妙に凝った肩を揉み解しながら、自然と口からそんな言葉が零れる。

 宗次朗が座る席は、真ん中の前から三列目。

 やはり、転校初日だからか、無意識に身体が緊張していたのだろう。

 気怠い疲労感に呻き声を上げていると、それが聞こえたのか、隣の席に女生徒がくすくすと笑みを零して、視線で「お疲れ様」と言ってくれた。

 視線に気づいた宗次朗は、照れ臭そうに後頭部を掻く。


「いやぁ、失礼失礼」


 最初こそ妙な雰囲気になってしまったが、このクラスには随分と好奇心の強い人間が集まっているらしく、休み時間の度に話しかけてくれて、昼休みになる頃には初めのぎこちなさから、少しだけ角が取れ始めていた。


 このぶんなら、一週間もしない内に、クラスに溶け込めるだろう。

 クラスメイトの気遣いもそうだが、宗次朗の物怖じしない人懐っこさが、相手に無用な警戒心を与えないもの理由の一つだ。


「よう、蘭堂。お疲れ」


 お昼はどうするか考えていると、三人組の男子が席に近づいてきた。

 ガッチリとした体格で柔道部に所属している大和田と、知的な印象を受ける黒縁眼鏡の浅野。そして、小柄だが快活な雰囲気を持つ田宮の三人。彼らがクラスでいち早く宗次朗に興味を抱いてくれたようで、率先して喋りかけてくれている。

 ノートと教科書を机の中にしまいながら、宗次朗も軽く手を上げた。


「三人もお疲れ。いやぁ、流石に気疲れしてしまうな」

「そりゃ、無理も無いってぇ。転校初日なんだから。俺だったら緊張で、胃に穴が空いちゃうよ」

「君に限ってそれは無いだろう」


 大袈裟な口調で田宮がおどけると、眼鏡をクイッと押し上げて浅野がツッコむ。


「蘭堂君。授業の方はどうだい? ちゃんと付いていけているか?」

「ああ、問題無い。けど、前いたところよりペースが速いから、付いて行けるか心配だけど」


 以前通っていた場所は、生徒数が一桁しかいない教室だったので、そのぶんの密度も違ってくる為、授業の速度に少しだけ面を喰らっていた。

 そのことを説明すると、浅野は興味深そうに頷く。


「なるほど。そういう差があるのか……まぁ、何事もそうだが、予習復習を毎日こなすことが大切だろう。そもそも勉学と言うモノは、日頃の……」

「あ~あ~。長くなるから、もうその辺にしとけ。飯が先だ飯。おう、蘭堂。お前も俺様達と食わんか?」

「え。いいのか?」


 聞き返すと、大和田は豪快な笑顔で頷く。


「いいってことよ。男の友情は、昔から同じ釜の飯を食って深めるモンだ。そうだろう? いわゆる、医食同源ってヤツだ」

「……大和田君。無理に難しい言葉を、使う必要な無いと思うのだけれど」

「なはは。大和田っちは柔道部の主将だから、こういう男臭いのが大好きなんよ」


 肩を竦めながら、田宮が苦笑気味に言う。

 二年生に上がったばかりで、もう主将とは凄いと、宗次朗が素直に驚くと、田宮がいやいやと首と手を左右に振った。


「ほぼ幽霊部員の弱小柔道部なんさ。三年がいないから、必然的に出席率の高い大和田っちが任命されただけ」

「身体つきの割には、僕達は大和田君が公式戦で勝利している姿を、見た覚えが無いな」

「……じゅ、柔道のルールがまだ、覚えきれてないだけだ。覚えれば勝つ! 多分な」


 その段階でもう駄目だろうと、浅野と田宮は同時に息を吐いた。

 釣られて宗次朗も、少しぎこちない笑いを漏らす。


「まぁ、それは置いておいて。飯に行こうぜ、蘭堂。ついでに学食の方を案内してやる……」

「わりぃが大和田、そいつには先客がいる」


 言いかけた大和田の言葉を、何処か不機嫌そうな女子の声が制止する。


「おいおい。男の友情を邪魔する無粋な女子は何処のだれ……」

「あたしだ」

「――ガッ!?」


 振り向くと、桜ノ守咲耶がスカートのポケットに両手を突っ込み立っていた。

 調子よく振り向いた大和田も、鋭い眼光に石化するよう凍りついてしまう。


 ホームルームの時に教室を出て行ってから、姿を現さなかったのだが、何時の間にか戻ってきたらしい。

 薄情なことにいち早く咲耶の接近に気づいていた二人は、慌てて教室の隅まで退避し、此方に向かって「すまん」と手を合わせて謝っていた。

 身長に差のある大和田を見上げるように、咲耶は睨み付ける。


「おい。退けよ」

「――は、はひぃ! ただいま!」


 慌てた様子で飛び退くように、大和田は机の前から退く。

 ふんと鼻を鳴らしてから、咲耶は前に進み出て、座っている宗次朗を見下ろした。


「蘭堂ったっけ? 話がある。面貸しな」

「……ああ、わかった」


 それを受けて宗次朗も真剣な顔つきで頷いた。

 昨夜は有耶無耶の内に別れてしまったが、話しを聞きたかったのは宗次朗も同じだ。

 立ち上がると心配そうに此方を見守る三人に、宗次朗は笑顔を向けた。


「そういうことで、悪いんだけど俺、咲耶ちゃんと行ってくる」

「お、おう……気を付けてな」


 戸惑いながら大和田は頷いた。

 三人組だけでは無く、まだ教室に残っていた生徒達も、緊張気味に此方を見守っている。

 随分と怖がられてるんだなぁと、宗次朗は他人事のような感想で、頬を掻いた。


「おら。ボサッとしてんな。さっさと行くぞ」


 そう言って教室を出て行く咲耶を、慌てて宗次朗は追い駆けて行った。

 二人の姿が消えて、張り詰めていた緊張感が緩むと、クラスメイト達は安堵の息と共に、連れて行かれた宗次朗の安否を気遣っていた。




 ★☆★☆★☆




 連れてこられたのは、学校の屋上だった。

 三階建ての校舎の更に上。階段を抜けドアを開けた先は、落下防止の為、一際高いフェンスで取り囲まれた屋上に出る。

 学校の屋上は立ち入り禁止になっている場合が多いが、この三門高校は違うらしい。

 その割には昼休みだと言うのに、人っ子一人いない貸し切り状態だが。


「……へぇ」


 咲耶に続いて足を踏み入れた宗次朗は、興味深げに周囲を見回す。

 中に下の階へと続く搭屋と貯水タンク。掃除用のロッカー以外、何も無い広い空間があるだけだが、何故かだ不思議とわくわくさせられた。

 咲耶はドアの側に置いてあったビニール袋を、腰を曲げて拾い上げる。


「適当に座れ。ああ、フェンスの方は駄目だぞ。見られるとセン公が色々とうるせぇからなぁ」

「ああ。わかった」


 言われた宗次朗は軽く周囲を見回してから、搭屋の側に腰を下ろした。

 四月も半ばで晴天の日和とはいえ、屋上の風はまだ少し肌寒い。

 少しでも風が凌げるよう、搭屋を盾にすることにした。

 座りながらなるほど、屋上に人がいないのは、まだ寒いからかと一人で納得する。


「ほら」


 胡坐をかくようにして座ると、膝の上にビニール袋を放り投げて寄越した。

 何かと中を覗き込むと、袋には牛乳とパンが二つ入っていた。


「これって?」

「あたしも飯抜きで話に付き合わせるほど鬼じゃない。ただ、わかってんだろうなぁ?」


 ギロリと脅しつけるような睨みに、宗次朗は肩を竦める。


「はいはい。聞かれたことには、正直に答えるよ」

「わかりゃいい」

「その変わり、俺も質問しても構わないよな?」


 同じよう横に、少し距離を置いて座る咲耶に問い掛けると、彼女は袋を漁りながら面倒臭そうに横目だけを向けた。


「答えられることなら、答えてやんよ」

「なら、オッケー。ありがたく頂くよ」


 笑顔で頷くと、宗次朗も袋から牛乳とパンを取り出した。

 牛乳のパックにストローを突き刺し、奢って貰ったパンに被りつく。

 カレーパンと焼きそばパンという、如何にも購買で人気がありそうな二種類。

 特別、美味しいというわけでは無いが、これが新天地での食事かと思うと、何だか感慨深いモノがある。

 咀嚼するパンを美味しいと思うと同時に、故郷で妹が毎日作ってくれた弁当が、ほんの少しだけ懐かしく思えた。


「……んで、アンタ何者なんだよ?」

「忍者」

「――ああッ!?」


 片膝を立てて睨み付けてくるのを、宗次朗は両手を上げてどうどうと落ち着かせる。

 ふんと鼻を鳴らし、咲耶はストローを噛み締め、牛乳パックを握り潰しながら飲み干す。


「大体よぉ。忍者ってぇのが胡散臭いんだよ。本当なのかぁ?」

「本当なのかと言われてもな。生まれ時から忍者一族として、ずっと修行してたからなぁ」


 疑わしげな視線に、宗次朗は困り顔でパンを齧る。


「我が蘭堂斜陰流忍術の始まりは、かの源義経公が鎌倉を追われた後、平泉へと影ながら導いたのが始まりだと」

「……信用するどころか、一気に胡散臭くなったぞ」

「まぁ、口伝だけの眉唾だけどなぁ。でも、文献には鬼佐竹こと戦国武将の佐竹義重に仕えたという、歴史的な資料も……」

「いや、知らねーよそんなマイナー武将」

「失敬なっ!? 関東を代表する武将だぞ!」

「関東ならせめて北条だろ」

「……あそこは風魔っていう超メジャーな忍者の縄張りだから」


 何だか少しだけ、切なくなってしまった。

 空になったゴミをビニール袋に突っ込んで、咲耶は軽く息を付く。


「まぁ、いいさ。昨日の身のこなしを見れば、アンタがただの人間じゃないのはわかってるし」

「そりゃ、物分りが早くて助かるよ」


 田舎町独特の閉鎖性故に、宗次朗は忍者の里以外のことを、あまり良く知らない。

 知っていることと言えば父親から、この日本には人の世の裏側を生業とする者達が、少数だが存在していると聞かされているくらいだ。

 そして彼女 桜ノ守咲耶もまた、そんな日の当たらない闇の世界を生きる者なのだろう。


「今度は咲耶ちゃんの番だ。君は何者で、あの鬼って化物は何なんだ?」

「……マガツモノ。この場合のモノは、者と物、両方を意味する」

「マガツって、禍津日神の渦津?」

「へぇ。良く知ってるじゃあねぇか」


 感心したように、咲耶は軽く顎を上向きにした。

 禍津日神は神道における神様で、黄泉の穢れから生まれて来たことにより、災厄を司る神と言われている。


「この世には穢れってモンが存在する。穢れは人や物に憑りつき、魂や想いを喰らって増幅し変生する。それが、マガツモノだ」

「じゃあ、まさか……あの時の鬼は!?」


 もしかして元は人間だったのかと、思わず宗次朗はゾッとする。


「心配すんな。アレは朽ちた石碑に穢れが憑りついたモンだ」

「ああ、そうか」


 思い返せば、随分と岩っぽい外見であった。

 ホッと宗次朗は胸を撫で下ろし、乾いた喉を牛乳で潤す。


「マガツモノは人に暮らしに、禍をもたらす。その名の通りな。あたしの家は代々、そいつらを狩る祓い人って奴なのさ。何でか知らねぇが、珍妙な力を身体に宿してて、それがマガツモノに対して絶大な効果を発揮するんだと」


 そう言って咲耶は突き出した右手を上向きにし、拳を握り締めて強く力を込めると、バチバチッと火花のようなモノが散る。

 昨日宗次朗が鬼を倒せたのは、咲耶の攻撃によって殆ど瀕死だったからだろう。


「信じられないか?」


 至って真面目な表情で、咲耶は宗次朗の顔を見つめる。

 目付きが鋭い所為で、迫力のある顔立ちに感じられるが、整った風貌は間近で見ると気恥ずかしくなってしまうくらい魅力的だった。

 暫し無言で見つめ合った後、宗次朗は確りと頷いた。


「信じるよ、信じるさ。だってこの目で見たことだし、何より咲耶ちゃんの真剣な眼差しは、嘘を付いているようには思えないから」

「……単純だな、お前」


 呆れたようなジト目を向けられる。


「俺は忍者としては落ちこぼれだけど、人を見る目は確かなんだ。咲耶ちゃんは信用出来る」

「ハッ。殆ど初対面の相手に言う台詞じゃねぇな」


 一笑してから咲耶は、ゴミの入ったビニール袋を持って立ち上がった。


「んじゃ。巻き込んじまった義理は果たした。今話したことは、全部忘れろ。あたしもアンタが忍者だってのは忘れる」

「咲耶ちゃ……」

「いいか、忘れろ。これは命令だ」


 立ち上がろうとした宗次朗を制するよう、目の前に人差し指を突き付けた。


「――ッ!?」


 宗次朗は息を飲み、腰を浮かせたまま制止する。

 ただ人差し指を向けられただけなのに、射抜くような殺気が宗次朗の本能を刺激し、立ち上がることを躊躇させた。

 向けられる視線も鋭く、突き放すように冷たい。


「勘違いすんなよ? あたしはアンタが忍者だろうと何だろうと興味はねぇ。マガツモノに関係無いか、確認したかっただけだ」

「……咲耶ちゃん」

「アンタとあたしはクラスメイトだが、それだけだ。友達でも仲間でもねぇんだから、必要以上に馴れ馴れしくするな、あたしの周りをうろつくな、邪魔をするな。わかったな?」


 最後は脅しつけるようにドスを利かせてから、咲耶は両手をスカートのポケットに突っ込んで、搭屋から屋上を出て行った。

 金縛りのような迫力から解き放たれた宗次朗は、大きく息を吐いて腰を下ろす。

 自然と流れた汗を拭い、苦笑気味に空を見上げた。


「やれやれ。都会の女の子は、妹と同じくらい気難しいなぁ」


 ボヤキながら、残ったパンを口の中に放り込んだ。





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