第十一幕 危険な女子中学生
ゴールデンウィーク期間。
場合によっては、最大十連休まで可能な大型連休ではあるが、学生にとってはあまり関係の無い事。間に土日が挟まない限り、大抵の学生はカレンダー通りのスケジュールなので、4月29日が空ければ三日間、平日授業となる。
羽根を伸ばせる連休は、一端お預けというわけだ。
桂木樹里亜達の襲撃を受け二日後の、4月30日。
学校に登校した宗次朗は昼休みになると、大和田達の誘いを断って、屋上へとやってきた。
事前に咲耶と、落ち合う約束をしていたからだ。
扉を開けて屋上に出ると、すぐ側に咲耶が腰を下ろして座っていた。
「よう」
一足早くパンに被りつきながら、見上げた咲耶は挨拶と共に軽く手を上げる。
どうせ一緒に食べるのだから、待っていてくれてもいいのにと思いつつも、宗次朗は扉を閉めて隣に腰を下ろす。
購買で買ってきたのは、カップラーメンとおにぎりだ。
「お、美味そうじゃねぇか。スープ一口くれ」
「はいはい」
蓋を剥がすと立ち昇る湯煙に、食欲をそそられた咲耶の言葉に、肩を竦めながら宗次朗がカップを渡す。
ズズッと音を立ててスープを啜っている間に、おにぎりの封を開いて置く。
「ラーメンとおにぎりって、意外に食い合わせがいいんだよな」
大和田に教えて貰ったのだが、これが中々に美味しく、ここ数日宗次朗はこの組み合わせばかりを食べている。
田舎を出て一番変わったのは、やはり食生活だろう。
実家で暮らしていた頃は、和食が中心の食事な上、宗次朗自身も食に対してこだわりを持つタイプでは無かったので、外食や買い食い、間食の類をした覚えが無く、わざわざ身体に悪い食べ物を、口に入れる意味がわからなかったが、価値観がガラリと変わった。
ジャンクフードやファストフードを筆頭に、世の中には健康を無視しでも食べる価値のある食事が沢山あるのだと、宗次朗は目から鱗が落ちる気分だ。
高カロリーな食事が、あんなに美味しいとは、知らなかった。
まぁ、健康に気遣う妹が知ったら、激怒しそうな食生活に嵌りつつあるが、そこは忍者。身体が資本なのでちゃんと、セーブするところはセーブしている。
熱々のスープを飲んで満足したのか、咲耶がカップを宗次朗に返す。
「ふぅ……あんがと。美味かったぜ」
「……スープが半分に減ってるんだが」
お約束なので、わかってはいたが。
ちょっと悲しい気分で、ズルズルと麺を啜っていると、一足早く食べ終えた咲耶が表情を真剣なモノへと切り替える。
「さて。んじゃ、改めて聞こうじゃねぇか。ゴールデンウィーク中に起きた出来事を」
「……ああ」
咀嚼した麺を飲み込んでから、宗次朗も真剣な顔付きで頷く。
ある程度の事情はあの日、帰宅した後、携帯で連絡しているのだが、この場で改めて説明する必要があるだろう。
今日はその為に、人目につかない屋上へと来たのだから。
「カラオケの帰りなんだが……」
食事をしながら、宗次朗は先日の出来事を事細かに説明する。
ちょっとした切っ掛けで、不良達に絡まれる羽目になったこと。
撃退した不良達が、復讐の為に助っ人を呼んで襲撃しにきたこと。
その一人、ピースが異様な変化を遂げたことや、桂木樹里亜と名乗る中学生女子の、人知を超えた動きを見せたことなど、覚えていることを正確に。
より詳しく説明するのなら、蔵人達神楽坂兄妹の事も話さなければならないのだが、彼らの事情を何の断りも無く口にするのはアレなので、そこら辺はぼやかして説明。咲耶も察してくれたようで、深く追求したりはしなかった。
話し終えるのと同時に、麺とおにぎりも食べ終える。
少々、物足りないかもしれない。
「チーム・荒御霊ね……ほれ」
よほど食べ足りない顔をしていたのか、咲耶は余っていたパンを一つ、宗次朗の膝の上に放り投げた。
うぐいすパンだ。
「ありがと。知っているのか?」
「ま、名前だきゃな」
そう言って、パックの豆乳にストローを刺す。
「ここ最近、斉門町界隈を荒らしまわってるチームってくらいだな。随分と無茶する連中で、噂じゃ地元ヤクザもビビッて、迂闊に手を出せないって話だ……よくあるハッタリかと思ったが、蘭堂の話を聞く限り、満更ふかしでもなさそうだな」
咲耶はストローを咥え、宗次朗の方に視線を向ける。
「それより気になるのは、そのエセ黒人と中坊だ……特にエセ黒人の方が、チョコか何かを食って、変生したのが気になるな。包み紙を拾ったんだけっけ?」
「ああ。何かわかるかと思って」
「今、持ってんのか?」
いいやと、宗次朗は首を左右に振る。
「寮母の朱里たんに渡した。相談したら、調べてくれるって言うから」
「……あのババァか」
言った後、咲耶は渋い顔をする。
薬師寺朱里が咲耶の事情を知っていたように、咲耶もまた、彼女の事を知っているらしい。
最もこの反応を見る限り、好意的な印象では無い様子だが。
「まぁ、薬の類だったら、あのババァの分野か……結果は?」
「グレーゾーン」
「わからねぇのかよ。使えねぇ~」
呆れるように身を反らして、咲耶は膝を一回強く叩いた。
「流石に包み紙に付着している程度じゃ、難しかったらしい。ただ、少なくとも人体に影響がある何かは、含まれてるって言ってたな」
「何かねぇ……」
呟きながらストローを強く吸い込むと、豆乳のパックが潰れる。
「やっぱり、マガツモノなのか?」
「さぁてね。人ならざる力ってのは、マガツモノに関係なく存在すっから、断言は出来ねぇよ。広義的に言えば、お前だって人ならざる力の持ち主なんだぜ?」
「……言われてみれば、そうか」
忍者の里で育った為実感は薄いが、確かに一般的な視点から見れば、宗次朗も十分に普通じゃない枠組みの人間だろう。
神楽坂蔵人も同じよう、世間の闇というのは、至る所に潜んでいるらしい。
「どちらにしろ、喧嘩売って来たってんなら、放って置けねぇな」
咲耶は飲み干した豆乳のパックを、ぐしゃりと握り潰す。
「戦うつもりなのか?」
「ああ」
当然だろと言った風に、咲耶は頷く。
「正直、最近の荒御霊の連中は、ちょいと目に余る。斉門町の路地裏で悪さしているぶんにゃ、構いはしねぇけどアイツら、近頃は三門市でも色々とチョッカイかけてるらしんだよ……それに、人ならざる力が関わってんなら、放って置くわけにゃいかねぇ。向こうの方じゃ、まだ妙な事件が立て続けに起こってるらしいからな」
祓い人の役目は、人に喰らうマガツモノを狩ることだ。
だが、咲耶の根底にあるのは、この町を、学校を守りたいという思い。
もしも、荒御霊を名乗るチームが、三門市の平穏を乱すというのなら、それだけで咲耶の戦う理由となるのだろう。
当然、宗次朗も協力するつもりでいた。
「それじゃ、まずは情報収集だな。俺が色々と、荒御霊に関して探りを入れてみよう」
「――えっ!?」
宗次朗がそう言うと、何故か咲耶は驚いたような顔をした。
困惑したような表情を此方に向け、何やらダラダラと額から汗を流している様子は、宗次朗が当然の如く協力を申し出た事に、驚いているわけでは無さそうだ。
何となく、理由に察しはつくが。
「い、いや待て。お前は転校してきたばっかだし、斉門町に関してはあたしの方が詳しいから、あたしに任せて貰っても……」
「町の地理なら大体頭に入っている。それに、調査や潜入こそ忍者の役目だろう」
「それは、そうなんだけど……ほら、ねぇ?」
珍しく歯切れの悪い態度に、宗次朗は腕を組んでため息を吐いた。
「補習。まだ残ってるから、放課後に居残りしなきゃならないんだろ?」
「うぐっ!?」
図星だったらしい。
大方、調べ事を理由に、補習をサボるつもりでいたのだろう。
「妃奈子先生がまた泣くぞ。それに、今日明日の補習サボったら、残りのゴールデンウィークも潰れるんだろ?」
「ぐぬぬ……休みが潰れるのは嫌だ。確かに嫌なんだがぁ、そのぉ……勉強すんのも、やなんだよぉ」
子供のような駄々の捏ね方をする。
拗ねる咲耶は、普段の孤高を背負った勇ましさとは違い、何だか年下のようで可愛らしいが、甘やかすのは彼女の為にならない。
ここは心を鬼にして、キッチリと言い聞かせてやらねばなるまい。
「そもそも咲耶ちゃん、調べるって何をどうするつもりなんだ?」
「あん? んなもん、街中歩いて怪しげな奴を締め上げれば、何か情報が出てくるだろうよ。今までだって、そうして来たんだからな」
自慢げに胸を張る姿に、宗次朗は思わずジト目になってしまう。
それは、不良少女の悪評が立つわけだ。
「そんな行き当たりばったりじゃ、夏休みを費やしても無駄だよ。調べ事や探し事は、忍者の専売特許。咲耶ちゃんだって、知ってるだろ?」
「ぐっ……た、確かにお前、タイヤ野郎と戦った時、アッサリあたしの居場所を見つけ出したよな」
咲耶が目立ったから探し易かったとしても、手際の良さは比べる間でも無いだろう。
「適材適所。その手の事は、俺に任せとけ。余計な被害者を、出したくないんだろ?」
「あ~もう! わかった、わかりましたっ! 大人しく補習受けてりゃいいんだろ。何だよったく。ば~かば~か!」
言い負かされて完全に拗ねてしまった咲耶は、べぇと舌を見せて宗次朗に対し子供のような悪態を突く。
心を許してくれているからこその反応だろうが、何時もの頼りがいのある不良少女としての姿を見ているから、些か反応に困ってしまう。普段からこれくらい愛嬌があれば、もっとクラスにも溶け込めるんだろうなぁと、漠然と考えていた。
ちなみに、貰ったうぐいすパンは、正直美味しく無かった。
★☆★☆★☆
放課後になり補習へと向かう咲耶の、恨みがましい視線を背後に受けながら、宗次朗は早速行動を開始する為、クラスメイト達に軽く挨拶を交わしてから、いそいそと上履きを履き替え外へと飛び出していった。
目的地は隣駅にある斉門町。
出来れば素性を隠す為に、一度帰って私服へと着替えるべきだろう。
咲耶が補習を終えるまでの期間に、効率よく情報を集めるには、あまり無駄な時間を消費している暇は無いので、迅速に行動せねばなるまい。
「可能ならば今日中に、チーム荒御霊の本拠地を割り出しておきたいな」
足早に歩きながら、どう行動するか頭の中で組み立てていく。
即決即断。純粋な戦闘能力では咲耶やマガツモノに劣る宗次朗の武器は、決断力の速さと正確だ。
だが、時として状況というのは、予想外の動きを見せる時がある。
校門近くに差し掛かった所で、門柱の人影が動いた。
「はろ~。セ・ン・パ・イ♪」
「――ッ!?」
覚えのある女子中学生の声と姿に、宗次朗は進む足を止めた。
校門の門柱に寄りかかるようにして、棒付きの飴玉を舐める派手な身なりの女子中学生が、笑顔を向けて此方に手を振っていた。
緊張感が、宗次朗の中で高まる。
「桂木、樹里亜」
「おっ。センパァァァイ。ジュリの名前、覚えててくれたんすね、嬉しいなぁ」
本当に嬉しそうに、樹里亜は破顔した。
笑顔だけならば、年相応に可愛らしい女子中学生のようだ。
現にモデルのように整った顔立ちで、華のある樹里亜は相当目立つらしく、下校の為校門を横切る生徒達は皆、彼女に視線を奪われていた。
勿論、宗次朗も樹里亜を見つめている。彼らとは違う理由で。
「わざわざ待ち伏せとは、随分と暇な事だな中学生」
「あはっ。ジュリ、今ガッコー行ってないっすから……それよりぃ」
樹里亜は膨れるようにして、見つめる視線を細めた。
「そんな警戒しないでくださいよぉ。別にジュリ、センパイに喧嘩売りに来たわけじゃないんすから」
「なんだと? それじゃ、一体……」
「むふっ」
問いかけに対して意味深に微笑むと、樹里亜は無造作に近づいてくる。
この前のような、瞬間移動染みた素早い動きでは無く、普通に一歩一歩足を進めて間合いを縮めていく。
敵意や殺気は感じられない。
「…………」
警戒しながらも、ニコニコと笑顔で近づく樹里亜を見据えていると、彼女は不意に手を伸ばし宗次朗の腕を掴んだ。
そのまま腕に抱き着くよう、宗次朗に身体を密着させた。
柔らかな女の子の感触が、腕に押し付けられる。
「おっ? センパイ、意外に筋肉質な腕してるっすねぇ。思わぬ男らしさに、ジュリ、ドキドキしちゃうっすよ」
「……何の真似だ?」
全く意図が読めない行動に、宗次朗は困惑しながらも、警戒心を深める。
というか、校門前で女子中学生に抱き着かれている所為か、周囲からの視線が痛い。
見上げる樹里亜は心地良さそうに、宗次朗の腕に頬を擦り付ける。
「何の真似って、匂い付けっすよぉ。こうやって自分の匂いを擦り付けて、所有権をアピールしてるんす……って言うか、センパイ」
今度は一転して、不満そうに眼を三角にする。
「可愛い美少女JCが身体押し付けてんすよ? もっとスケベそうな、締まりのない顔をするのが礼儀なんじゃないっすか? 嬉しくないんすかぁ、うりうり」
「薄い胸を押し付けるな」
「――センパイ、酷ッ!?」
確かに柔らかい感触が腕に当たるが、密着しすぎてそれ以上に胸骨が微妙にコリコリと痛い。
不満げな顔をしてから、樹里亜は更に密着度を上げるよう、強く腕を抱き締めた。
「もっとよろこべぇ~!」
全身を使って、グリグリと身体を寄せてくる。
どうやら宗次朗の反応が薄いことが、お気に召さないらしい。
どうしたモンかと困り顔をしながら、宗次朗は頭を掻く。
「俺には妹がいるから、年下がくっ付いて来ても、子犬がじゃれついてる程度にしか思わない」
「なんすかセンパイ。センパイは、JKやJDの方がお好みなんすか?」
「まぁ、どちらかと言えばな」
「ババァじゃないっすかあんなの!」
問題発言を平然と口にする樹里亜に、また違う意味での緊張感が宗次朗に走る。
心なしが周囲の視線が痛い。樹里亜の発言に対してもそうだが、学校の校門前。しかも、人出が最も多い時刻であろう放課後に、男子高校生が女子中学生に抱き着かれているからか、好奇の眼差しに混じり、軽蔑の視線も感じられた。
要するに、なにあのロリコン野郎。と思われているのだろう。
クラスメイトに見られない事を、切に願う。
「……それで、本当に何の用なんだよ」
ため息交じりに問うと、樹里亜はむふふと悪戯っぽく笑う。
「センパイ。これから、ジュリとデートしません?」
「……はぁ?」
「デートっすよ、デート。今のご時世、JCとデートだなんて金が取れるレベルなんすよ? そこをセンパイに限り、無料でデートしちゃうっす!」
楽しげな表情で、樹里亜はデートデートと連呼する。
周囲の視線が、より一層鋭さを帯びた気がした。
視線の中には嫉妬や羨望が混じっている事から、女子中学生とデートしたいと望む男子連中は、意外に多いのかもしれない。
だが、樹里亜の本性を知る宗次朗としては、あまり嬉しい誘うでは無かった。
「そのデートってのは、連れ出された先で仲間に囲まれて、私刑にかけられるって意味でのデートか?」
「何処の国のスラングっすかそれ。普通のデートっすよ。男と女が、いちゃいちゃらぶらぶする」
「ふぅむ」
ますます意味がわからないと、宗次朗は唸る。
「意味がわからないって顔してるっすねぇ、センパイ」
「それはそうだろう。俺とお前は敵同士の筈だし」
「センパイに面子潰されたのは、荒御霊の連中であって、ジュリは関係無いですもん。今のジュリは、センパイに一目惚れした可憐な乙女っす」
そう言い切ってまた、樹里亜は宗次朗の腕にスリスリと頬を擦り付ける。
嘘を言っている様子でも無さそうだが、公園での一件もあるので、はいそうですかと信用する事も出来ない。
疑わしげな視線に、樹里亜は腕に抱き着いたまま唇を尖らせる。
「ぶぅ。まぁだ信じてくれないんすか、センパイ」
「そりゃ、先日のキレっぷりを見せられたら、疑いたくもなる」
「アレは場酔いみたいなモンすよ。本当のジュリは、平和主義者なんす。喧嘩とか暴力とか、よくわかんな~い。毎日、面白おかしく過ごせれば、それで満足の何処にでもいる美少女系JCっすよ?」
思わず信じてしまいたくなるような、屈託の無い笑顔で見上げてくる。
背後から首を絞められた時の感触。本気で折るつもりの殺気を、間近で浴びた身としては、素直に樹里亜の言葉を信じる気にはなれない。
だが、同時にチャンスだという考えもあった。
正式な仲間では無いにしろ、樹里亜は荒御霊と何らかの繋がりを持っている。もしかしたら、彼女の言うデートに付き合うことによって、何らかの情報を得ることが出来るかもしれない。
元より多少の危険は承知の上だ。
「……わかった。そのデート、受けさせて貰おう」
「やった♪」
打算的な考えで了承すると、樹里亜は花が咲いたような笑顔を見せた。
こうして素直に笑っていれば、年相応の女子中学生なのにと、宗次朗は心の中で呟く。
しかし、油断するわけにはいかない。
彼女が危険なのは変わらないし、出来る限りの保険は打っておきたい。
一人で調査すると言った手前気まずいが、何か起きた時の為に、咲耶に連絡を入れておこう。
「ちょっと待ってくれ。遅くなるかもしれないから、寮の方に連絡を……」
「駄目っすよ」
酷く冷たい声が耳元に届く。
抱き締める腕に力が籠り、宗次朗の肘関節がミシッと、嫌な音を奏でた。
「――ッ!?」
「センパイ、抜け目が無い人っすから、余計な事して欲しくないんすよ。折角センパイといちゃラブしているところに、クソみたいな邪魔、入って欲しくないじゃないっすか。ねぇ?」
囁くように、樹里亜は唇を耳元に近づける。
先ほどまでの無邪気な樹里亜とは違う、ゾッとするような声色は、人格が入れ替わったのでは無いかと疑いたくなるようだ。
宗次朗は無言のまま、携帯に伸ばしかけた手を、元の位置に戻した。
すると、異様な気配を解いて、樹里亜はまた無邪気に笑う。
「そんじゃ、行きましょ。セ・ン・パ・イ♪」
虎穴に入らずんば虎児を得ず。
何かを得るには危険を冒す覚悟が必要だが、飛び込んだ虎穴に潜むのは、虎よりも恐ろしい別の何かかもしれない。