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第十幕 チーム荒御霊





 地面に顔から突っ込み、突っ伏すピースを冷やかに見下ろしてから、樹里亜は興味深そうな色を瞳に浮かべ、宗次朗を見据えた。

 いたいけな中学生女子には似つかわしく無い、軽薄な笑みを唇に湛えながら。


 何とも言えない異様な気配を感じ、宗次朗は警戒しながら、すり足で僅かずつ距離を空ける。

 樹里亜は唇を結んだまま、クイッと頬を吊り上げてから、視線を顔面蒼白で戸惑っている男達に向けた。


「先輩方、消えて貰って結構っすよ」

「……へっ?」


 唐突な言葉に、男達は戸惑ったように顔を見合わせる。

 直ぐに動かない男達に苛立ったのか、樹里亜は不機嫌そうに舌打ちを鳴らし、にこやかだった表情は一転、鋭く睨み付けるよう視線を細めた。


「邪魔だから消えろって、そう言ってんすよ……もしかして、巻き添えになりたいんすか?」


 酷薄な笑みは、男達をビビらせるのに十分な迫力があった。

 情けなく「ひいっ!?」と悲鳴を漏らし、お疲れ様でしたと大きく頭を下げてから、逃げるように走り去っていった。

 明らかに年上の男達が、女子中学生の樹里亜に対して、完全に怯えきった後姿だ。

 今の不気味な気配を身に宿す彼女ならば、彼らの気持ちもわからなくは無い。


「……マガツモノは、物や者に憑くって、言っていたな」

「はぁ? なぁに言ってんすか、センパイ?」


 ニコリと笑いかけてから、足元で伸びるピースのこめかみを、爪先で数回蹴った。


「ちょっと。起きて下さいよ。ピース先輩、頑丈さだけが売りなんすから、この程度で気絶とか、笑わせないでっ、よ!」


 声をかけながら、断続的に爪先で蹴り続けるが、一向に起きる気配が見えないのに面倒臭くなったのか、最後はサッカーボールでも蹴るかのよう、思い切り足を振り上げて、ピースの側頭部を蹴り上げた。

 余計、気絶するのではと思うくらい、強烈な一撃に宗次朗は顔を顰めた。


 すると、ようやく反応を見せて、身体を大きく震わせたピースは、蹴られた側頭部を摩りながら起き上がる。

 視界が揺れているのだろう。フラフラした様子で、何度も首を振っていた。


「痛たた……油断したなぁ、もう」


 多少ふら付いてはいるが、何事も無かったかのよう、ピースは立ち上がり、服に付着した砂埃を手で払う。

 暫く起き上がれない程度には、強く落としたつもりなのに、呆れた頑丈さだ。


 しかし、てっきり樹里亜自らが戦うのかと思いきや、ピースを叩き起こして再戦を促すあたり、彼女は一体何がしたいのだろう。

 疑問を察したのか、樹里亜は此方に顔を向けて、邪悪な笑みを浮かべた。


「センパイ、今の動き、何だか良かったっすよねぇ、気に入っちゃいました。その後の言葉もマジ渋くて、カッケーってなりましたっす」

「……何が言いたい?」


 纏わりつくような、嫌な悪意を身に滲ませ、樹里亜は嗜虐的に笑う。


「ジュリ、センパイみたいに強くてカッケー人見ると、マジぶち殺したくなるんすよ。苛めがいがありそうっしょ? ……ピース先輩。今度は真面目に、お願いしますよ。ジュリの手を煩わせて、大事にしたいってんなら、別に構わないんすけどね」


 低く気怠けな声に、ピースは長身をビクリと震わせた。


「……わかってるよ。出し惜しみ無しで、本気でやるさ」


 額に薄ら冷や汗を浮かべたピースは、ズボンのポケットから包み紙を取り出した。

 親指くらいの小さな包みを開くと、中身は茶色い塊だった。

 チョコレートだ。


「……んぐっ。ゴクッ」


 ピースはチョコレートを口の中に放り込むと、馴染ませるように唾液で溶かし、三度ほど咀嚼してから、ゴクリと喉を鳴らして飲み下した。

 景気づけか何かだろうか?

 宗次朗の脳裏に疑問が浮かぶとほぼ同時に、異変は急激に巻き起こる。


「ううっ。ごぅぅぅがぁぁぁががががががッッッ!!!」


 苦しげな呻き声を漏らしながら、ピースは掻き毟るようにして全身を捩る。

 次の瞬間、黒光りするスキンヘッドの頭部に、マスクメロンのような網目状に血管が浮き上がったかと思うと、膨れ上がった上半身の筋肉によって、ピースの上着がビリビリに弾け飛んだ。

 筋肉の肥大化と呼ぶには、それはあまりに不気味で、異様な光景だった。


「な、なんだこれは!?」


 危険を察知して、宗次朗は距離を取る為に後方へと飛ぶ。

 膨れ上がった上半身の筋肉は、服を弾き飛ばしただけでは止まらず、目視で確認出来る速度で異常発達していく。

 時折、バキバキと音が聞こえる事から、骨や骨格にまで増長は及んでいるのだろう。


 通常時でも長身だったピースは、筋肉の肥大化により三メートル近い巨体へと変化する。

 血管が浮き出るほどに隆起した筋肉を持つ上半身に比べ、下半身に筋肉の膨張はみられず通常通りの為、異様に上だけが膨れ上がった不恰好さが、現状の不気味さを更に際立たせていた。

 鼻から蒸気のような煙を吹き出し、ピースは血走った眼光を宗次朗に向ける。


「待たせたな。今度は、さっきみたいにはいかんぞぉ?」


 膨張した筋肉の所為か、聞き取り辛い苦しげな声で、ピースは言葉を発した。

 間違い無い。

 頭の中で確信を持ちながら、宗次朗は既に動作に入っていた。


「――アイツはッ!」


 取り出した三本の苦無を、ピースに向けて投擲する。

 風を切って真っ直ぐに飛ぶ苦無に、ピースは驚いた様子を見せたが、回避行動はせず、あるいは回避が間に合わず、苦無は腕や胸などの筋肉に突き刺さった。


 だが、それだけ。

 半分まで苦無の刃が筋肉に食い込むが、出血すら無く、ダメージがあるように思えない。


「……やはり、マガツモノか」


 指で摘み抜いた苦無を地面に投げ捨てたピースは、痒みだけを感じるのか、血の出ていない傷跡をポリポリと掻いた。

 この状況を楽しんでいる様子の樹里亜は、ニヤニヤと笑みを浮かべている。


 苦無を逆手に握り、次の攻撃に備える。

 上半身だけ異様に肥大した身体つきからして、素早い動きは無いと考えるのが定石だろう。

 だが、


「……ほいじゃ、いくぜ」


 首をゴキゴキっと鳴らしてから、ピースはその野太い両腕を振り上げ、思い切り地面へと叩きつけた。

 激しい地響きと共に、ピースは大きく跳躍する。


「――むっ!?」


 見た目に相応しい腕力で、宗次朗に向けて自らを打ち出したピースは、身構える身体を目掛けグルッと腕を回して振り被った。

 座布団のような広い手の平で、押し潰す気か。

 油断していたら対応できない弾丸のような跳躍だが、宗次朗は既に予測済み。

 素早く地面を蹴って、バックステップで回避する。


「おまけだ」


 代わりに着地予想地点に撒菱をばら撒き、ワンテンポ遅れて振って来たピースの大きな手の平が、撒菱ごと地面を叩き割った。

 アスファルトの地面が陥没し、ズンッと低音の地響きが轟く。


「……呆れた腕力だな」


 あんなのに押し潰されたら、一溜りも無いだろう。

 地面に着地し、苦無を投擲して牽制しながら、宗次朗は常にステップを踏み一定の距離を保つ。

 ピースはそれを追うように、脚力の脆弱さを補う為、腕力で地面を叩きつけ強引な跳躍を繰り返す。カエルやバッタのような軌道を描きながらも、重量もあってか着地と跳躍を繰り返す度、綺麗に整えられた公園内に砲撃跡のような陥没が生まれた。


「ええぃ、クソッ! ちょこまかとぉ!」


 断続的な地響きと共に、二人の追い駆けっこは続く。

 宗次朗はワザとギリギリの距離で逃げている為、あと少しで捕まえられるのにと、ピースはムキになって同じ行動を繰り返していた。

 最初は面を喰らったが、所詮は直線的で柔軟性に欠ける動き。

 如何に腕力で補おう共、回避技術に長けた宗次朗を捕まえる事は出来ないだろう。

 問題は、どう倒すかだ。


「――ふっ、ハッ!」


 回避しながら、苦無による投擲を繰り返す。

 表面にこそ突き刺さるが、分厚い筋肉と皮膚に阻まれているのか、一向にダメージを負っているようには見えない。

 これでは、例え何百本苦無を投擲しても、ピースを倒す事は出来ないのだろう。


 本人もそのアドバンテージを理解しているからこそ、余計な事はせず宗次朗の動きを捕まえる事に集中しているのだ。

 あの腕力に掴まれば、一撃でお終いなのだから。


「ほらほらセンパイ! 逃げてばっかじゃ勝てないっすから、そろそろカッコいいとこ見せて下さいよぉ!」


 逃げ回る宗次朗を見ながら、樹里亜が身勝手な言葉を叫ぶ。

 宗次朗はチラッと視線を向け、軽く鼻を鳴らした。


「言われるまでもない」


 小さく呟き、頭の中で戦略を組み立てる。

 確かにあの分厚い筋肉は脅威だが、所詮はそれだけのこと。

 捕まらなければどうと言う事は無いし、何よりピース自身の理性がちゃんとある為か、動きに僅かながら躊躇が存在している。恐らくは自分の筋力を意識し、殺傷してしまう事を恐れいているのだろう。


 見た目は異様だが、中身はちゃんと人間の良識があるらしい。

 いや、ある意味でいえば、その見た目に騙されている部分もある。

 グルッと周辺を一周するよう回避を続け、元の位置に戻った宗次朗。

 地面に着地すると同時に牽制の苦無を投擲するが、今度はバックステップを踏まず、ピースの懐に潜り込むよう高速で踏み込んだ。


「――おっ!?」


 先ほどまでとは違う行動パターンに、ピースは一瞬戸惑う。

 だが、直ぐに迎え撃つように拳を固めて、同時に宗次朗の狙いを呼んでか、地面に膝を付くよう下半身を落とす。


「狙うとすれば、筋力の増加が少ない下半身だ。悪いけど、ちゃんと対処法は考えているのさ」


 下半身を守るよう、地面に膝立ちにして前のめりに迎え撃つ。

 これでは下半身を狙おうと、深く懐に潜り込んだ瞬間、ピースの身体に押し潰されてしまう。

 自身の防御力に絶対の自信があるからこそ、選択出来る戦法だろう。

 だが、これこそが宗次朗の狙い通り。


「……ふっ」


 間合いに入る直前、ピースの視界から宗次朗は消える。

 狙いはわかっている。

 突っ込む直前で身を落とし、一気に下半身まで踏み込むつもりなのだろうと。


「ならば、そのまま、押し潰すッ!」


 位置は読めているので、一々確認せずピースはそのまま、上半身を前に倒す。

 これで終わりだ。

 そう思った瞬間、風に乗って樹里亜の呆れるようなため息が届いた。


「あ~あ。クソ間抜けっすねぇ……ピース先輩」

「……は?」


 何故、間抜けなのが自分なのだろう。

 そう疑問が掠めた瞬間、前のめりに倒れかけた自分の顎に、視界が一瞬にして消え去るような、ドギツイ一撃が脳天まで突き抜けた。


「疎かなのは足元じゃなくて、頭の方だったな」


 ドロドロと溶ける視界の中で、ピースは視線を真下に落とすと、地面で逆立ちするような態勢で、両足を顎に向けて蹴り出している宗次朗の姿があった。

 反撃しようにも完全に脳が揺らされ、ピースの全身は指先まで麻痺してしまっている。


「トドメだ」


 顎を固定する足を外して、地面を手で弾きながら宗次朗は真上に跳躍。

 支えを失い、今度は意識的では無く脱力して前のめりに倒れる、ピースの後頭部を踏みつけ地面へ押し潰した。


「――ガフッ!?」


 砂埃を巻き上げ、顔面からアスファルトの地面に叩きつけられる。

 ピースは身体を大きく痙攣させると、糸が切れたかのよう気絶してしまった。

 完全に意識が途切れたのを確認してから、宗次朗は大きく息を吐き出す。


「首はともかく、頭までは筋肉じゃ守れなかったようだな」


 筋肉が肥大化してなかったのは、下半身だけでは無く、頭部も同じだ。

 特に顎を狙えば如何に筋肉による防御力が高くとも、脳を揺らされる衝撃には耐えられないだろう。

 全身が高質化してないのは、投げた苦無によって確認済みだ。


 顎を下から狙ったのは、首の筋肉が増強されているぶん、側面からの攻撃は頭が固定され脳への衝撃が少なくなると読んだから。狙いがバレれば二度目は難しいと踏んで、最後に後頭部を踏み付けるという念を押しておいた。


 流石に何時までも踏みつけているのはアレなので、宗次朗はひょいと動かなくなったピースの上から降りると、視線を観戦していた樹里亜に向ける。

 少しは驚くかと思いきや、樹里亜は感心したように飴玉を咥え、両手をパチパチと叩いた。


「凄いっすねぇ、センパイ。いや、ちょっと見直しましたよ。正直、舐めてたっす」

「……そいつはどうも」


 どうにも腹の中が読めないと、宗次朗は警戒心に満ちた視線を投げかける。

 その視線に気づいた樹里亜は、大袈裟に驚いて見せた。


「ああ、その目! さてはジュリの事、腹黒中学生とか思ってるんすねぇ? 酷いなぁ、こんな美少女を捕まえて。ジュリ、モデル事務所にスカウトされた事もあるんすよ?」

「ま、写真じゃ本性は伝わらないからな」


 辛辣な返しに、樹里亜は驚くように目をパチクリさせる。

 すると、次の瞬間、何故か嬉しそうにニンマリと頬を吊り上げて笑った。

 てっきり目の色を変えて怒るかと思いきや、意外な反応だ。


「……いいっすねぇ。いいよ、センパイ。その不遜な態度……玩具扱いするつもりだったっすけど、ジュリ、ちょっとマジでセンパイの事、気に入っちゃったかもしんねーっす」


 逆に宗次朗の方が、意外過ぎる言葉に目を見開いて驚く。

 挑発するつもりだったのに、ますます腹の内がわらない。都会の中学生とは、皆こんな風なのだろうか?

 疑問に満ちた視線に、ますます樹里亜は嬉しそうな顔をする。


「ジュリ、マゾっ気があるみたいなんで、センパイみたいな辛辣な男の人がタイプなんすよ……センパイ、見た目小動物タイプなのに、そのギャップが、琴線に響いちゃったみたいっすねぇ」


 うっとりとした表情を見る限り、嘘では無いようだが、本当に中学生とは思えない物言いだ。

 だから余計に、桂木樹里亜という少女の不気味さを際立たせる。


「仲間が倒されたと言うのに、随分な態度じゃないか。敵討ちを頼まれたんじゃないのか?」

「ああ、ジュリは別に、ピース先輩の仲間ってわけじゃないっすから」


 樹里亜は事も無げに言った。

 そう言えば戦う前、それっぽいような事を言っていた気がする。


「ジュリはピース先輩達のチーム・荒御霊の所属じゃないっすもん」

「チーム・荒御霊?」

「センパイ、知らないで喧嘩売ったんすか?」


 樹里亜が呆れたような顔をする。

 知らないも何も、転校してまだ一ヶ月も立ってないのに、隣町の不良勢力の事情など知る筈も無い。


「斉門町を縄張りにしてる、チームっすよ。元々は小さなバイクチームだったらしいんすけど、去年の終わり辺りからギャングみたいなことやって、名を上げた新参者っすけどね。ジュリはそこのボスに雇われて、用心棒やってるだけっす」

「用心棒? お前がか?」


 思わず問い返すと、樹里亜は事も無げに頷いた。


「そっすよ。ジュリ、こう見えても強いっすから。ピース先輩よりずっとね……例えば」


 宗次朗を見つめる樹里亜の瞳が、怪しい輝きを帯びた。

 指に持っていた棒付きの飴玉を弾き、地面に捨てるのを、無意識に視線が追ってしまう。

 ヤバいと思った瞬間には、真後ろに凍りつくような殺気の塊が出現していた。


「――例えばこの程度の芸当、余裕で出来るんすよ」

「――なッ!?」


 すぐ耳元に艶めかしい声色と共に、生温かい吐息が吹きかけられる。

 何時の間に移動したのか、真後ろに出現した樹里亜が、宗次朗の肩と首をそれぞれ両手で掴んで、背中に抱き着くような態勢をしていた。

 意識を逸らされたとはいえ、動きを見切れなかったとは不覚だった。

 だが、背後を取った樹里亜もまた、笑みに驚きの色を滲ませている。


「……やっぱ、最高っすよ、センパイ。完全に不意を突いたつもりだったのに、ギリギリで対応するなんて」

「……まぁ一応、忍者なんでね」


 背中に抱き着く樹里亜の脇腹。そこを狙うように、宗次朗が左手に握った、苦無の鋭い先端が向けられていた。

 長年修行を続けた賜物か、身体が咄嗟に動いたのだ。

 密着した状態で、二人の動きが膠着する。


「センパイ。JCの感触を楽しみたいのはわかるんすけど、離れたいんでその苦無、下ろしてくれないっすか?」

「冗談。下ろした途端、首を折るって殺気が、その薄い胸からビシビシ伝わってくる」

「……むふっ」


 否定も肯定もせず、挑発するように、より強く胸を背中に押し付けてくる。

 素直に引く気は無いようで、膠着状態は続く。

 絡み付くよう前に回された樹里亜の左手は、弄ぶよう爪の先が喉に食い込む。

 痺れを切らして動くのを、待っているのだろう。

 これだけ密着した状態で動けば、互いに致命傷は避けられない。何より、一か八かの賭けにでるには、相手の力がどれほどかデータが無さ過ぎる。


 どう動くべきか?

 僅かな焦燥に身を焼きながら、考えを巡らせていると、不意に聞き覚えのある声が公園に響いた。


「――宗次朗ッ!」

「――なにッ!?」


 声が響いた瞬間、背中に引っ付いていた樹里亜が慌てて離れる。

 何事かと宗次朗が声の方を振り向くと、公園の出入り口の方向から、タクシーで家に帰った筈の蔵人が走ってきた。

 疑問を覚えると同時に、助かったと透かさず宗次朗は樹里亜から距離を取る。


「ああっ!? くそっ、良いところで邪魔とかマジムカつく!」


 悪態をつき表情を怒りで歪ませる樹里亜の左手には、血で作られた蝶が握られていた。

 恐らく蔵人はアレを飛ばして、樹里亜を宗次朗から引き離したのだろう。

 樹里亜は自分の邪魔をした蔵人を睨み付けながら、八つ当たりでもするかのよう、握った蝶に力を込める。


「よせ。小さくてもお前の指程度、吹き飛ぶぞ」

「うるせぇっすよ。ジュリに気安く声かけんな」


 冷たく言い放ち、忠告を無視して左手の蝶を握り潰す。

 小さな爆発音と共に、黒煙が立ち上るが、握り潰した樹里亜の手の平には火傷一つ残っていなかった。

 これには蔵人も驚きを隠せない。


「な、何だとっ!?」


 驚く蔵人を無視して、樹里亜は不機嫌に舌打ちを鳴らし、視線を宗次朗に向ける。


「センパイ。お邪魔虫も出てきた事だし、今日はこれくらいにしてあげるっすよ。でも、覚えておいてください……センパイはもう、ジュリのモンっすから」


 獲物を見定めるように舌なめずりをしてから、樹里亜は左手で倒れたピースの足を掴むと、その巨体を引き摺りながら、公園の奥へと消えて行った。

 二人は追う事も制止する事も無く、黙ってその背中を見送る。

 まだ肥大化が解けてない巨大なピースを、片手で軽々と引き摺る後姿は、何の対策も無しに追いかける気にはならなかった。

 姿が見えなくなったところで、宗次朗は大きく息を吐いてから、蔵人の方を見る。

 向ける視線に鋭さは消え、普段の宗次朗に戻っていた。


「助かったよ蔵人。けど、どうしてここに?」

「妙な気配に気づいたのは、君だけでは無かったということさ。夕鶴の事もあったから、あの場は黙っていたが、やはり気になってな……しかし」


 蔵人は真剣な眼差しで、樹里亜が消えて行った方向を見る。


「何者だったのだ、あれは」

「さぁね。俺にもサッパリだ」


 頭をボリボリと掻きながら、宗次朗は地面に落ちていた、チョコレートの包み紙を拾う。

 チーム・荒御霊。

 ただの不良チームなら問題は無かったのだが、何だかきな臭い裏がありそうだ。


「これは、咲耶ちゃんに一度相談してみた方がいいかもな」


 呟きながらも、補習の邪魔をしてしまうことを、少しだけ申し訳ないと思う。

 恐らく本人は、これ幸いにサボる口実にするのだろうが。

 既に夕暮れ時も終わり、暗くなり始めた公園内で、宗次朗は面倒な事件が起こり始めているのではないかと、漠然とした予感を抱いていた。





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