変化とは
「…そのうちあの子も、この歴史の流れに逆らえないようになる」
ぽつりと千代が呟いた。
大きなあくびを繰り返していた白虎であったが、その言葉に反応する。
『お前、あの娘をどうするつもりだ。半妖の子を四神殿に呼び、そして神に会わせる…どうしてあの子を、目立つ場所に連れてくる?まるで―――――あの子の存在を世間に示しているようじゃないか』
「…あの子は私の後を継ぐ」
『…?』
「…あの子は和ノ国初の半妖の守乙女となる」
千代はにっこりとほほ笑んだ。
「あんたの守乙女だよ、白虎」
白虎は驚いた様子を見せたが、なにも言わなかった。
黙り込んだ白虎を見て、千代は立ち上がる。
「私もそろそろ帰ろうかね、また明日、白虎」
千代の姿が消えていくとともに、白虎はぼんやりと虚空を見つめた。
千代のやっていることは、決して間違ったことじゃない。それでも。
『…和ノ国の民は、お前が思っている以上に臆病で――――――そして残酷だぞ、千代』
白虎は己しかいないその空間で、そう、つぶやいて目を閉じた。
遠が家に帰ると、雅がすでに帰宅して夕飯の準備をしていた。雅はこの半年で大きく変わった。体つきも、性格も。
よく友だちを連れてくるようになった。それは初めてのことで、遠も雅信も驚いたが、今では特に珍しいことでもなくなった。
「ただいま、雅」
遠が言うと、雅は振り向いて微笑む。
「おかえり、遠。今日は四神殿だったんだろ、どうだった、神様には会えたのか?」
「うん、すごかったの、大きくて、うん、言葉にするのは難しいかも」
「いいなあ、俺も神様に会ってみたいね」
味噌汁の味を確かめながら雅が言った。
「白虎さまは雅に会いたいっておっしゃってくれるのだけれど、神官さまの許可が下りないの」
神官は四神殿の管理をする役職のことを指す。代々柳原家がその職を受け持つのだが、柳原家は硬派で有名だ。和ノ国で初代守乙女たちが選ばれたときも、女性であることの意味を将軍に最後まで求め続けたという。
現在神官の最高位にいるのは柳原 和義。女であり、そして半妖である遠を最も毛嫌いしていた男である。
半年前、初めて四神殿に足を踏み入れた遠に遠巻から悪意の目を向けていたことはまだ記憶に新しい。
柳原家がなぜ、将軍から神官の職を承ったのかは定かではない。
それでも柳原家が神官の職を独占しているのは確かであり、遠には彼を拒むすべがなかった。
明後日には年に一度の御顔合わせがある。御顔合わせとは将軍、守乙女ら四人、衛士長、神官が集まり今後の和ノ国について話し合う会議のようなものである。
この場でだけ、国業に就く選ばれた者たちは将軍と対等に話すことができる。
守乙女の後ろには三人までの支女を控えさせることが可能だ。これは守乙女たちにとっては自分の権力を示すためのものなのでいかに賢く有能で、美しい支女を連れていくかが重要となった。
衛士長もまた、二人の選りすぐりの使部を、神官は神官の一つ下の階級である宣民官五人の出席を許されていた。
千代の支女をつとめるのは遠ただ一人。千代は半ば無理矢理に遠の出席を将軍に報告してしまった。
遠は散々千代に不平不満を訴えたが老婆は遠の意見を聞こうともしなかった。
「遠、明日は支女の仕事休みだろ、俺も唐草さまに休みを頂いているから新しい袴を買いに行こうな」
「あ…うん。ありがとう」
遠は明後日に控える御顔合わせを思い出して、憂鬱な気分を隠すことができなかった。
「なんだよ、まだ拗ねてんのか。仕方ないだろ、山城さまなんだから」
「う、そうだけど、そうだけどなんだか最近山城さまがおかしいの…」
「どういうことだ?」
訝しげに眉をひそめた雅に、遠はぼやく。
「だって、勝手に話を進めたりなんか前だったらしなかった」
「まだ半年しか経ってないだろ。そんな短い間であの人のことがわかるなんて思わないほうがいい。なにか考えがあるんだよ、賢い人じゃないか」
雅に注意をされて、遠は唇を尖らせた。
わかっている、千代は掴みどころのない女性だ。
それでも。
ここまで横暴なことが今まであっただろうか。和ノ国の地方新聞には、大々的に遠のことが記されていた。
雅信もこのことを知っている。彼は苦い顔をしていたが、なにも言ってはくれなかった。
巨大な不安に押しつぶされてしまいそうで怖かった。
千代がその不安を解消してくれないことが、不満だった。