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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

彼女を追って、異世界から転生したのだが。

作者: 葉室 笑

思えば、前世の俺は愚かだった。

疑うことを知らない坊っちゃん育ちというのは、全く始末に負えない、と思う。

最愛の妻にかけられた不貞の疑い。

彼女を庇うこともせず、でっち上げの証拠を信じ込んで、嫉妬に目がくらみ、追い出した自分。

結婚を祝福する母の言葉を鵜呑みにして。身分の低い嫁が不満で、陰で策を弄していたなど、気づきもせずに。


神殿で、死を賭した儀式を経て潔白を証明した妻が、女神に最期に願ったのは、『全く違う存在として、誰とも関わりのない異世界に生まれ変わること』だった。


無一文で放り出され、か弱い女の身で、神殿までの数十日を歩きとおした苦難の道のり。潔白を証明するためと、燃え盛る火の中に迷わず身を投じた志。そして、それでも損なわれることのなかった、その体と命とが願いの代償だった。


彼女を追って同じ異世界に、彼女のすぐそばに転生するためには、同等以上の代償が必要で。

王の近衛の職を辞した俺は、剣闘士に身をおとし、敗れれば即、死という苛酷な闘いのもと、必要とされるだけの勝利を女神に捧げ続けた。ーー七年の歳月をかけて。


そうして、ようやく宿願を果たした俺は、前世からすると異世界にあたる、地球の日本という国に転生した。

誕生の際にいろいろあったせいで、今生での母親は、俺が産まれた日を、『思い出したくもない屈辱の日』と言って憚らない、が。

ともかく、無事に転生できた、と言っておこう。


それから十年。

すぐにでも会えると信じていた彼女に、俺はいまだに出会えていない。探し出すための努力は、日々怠ってはいないというのに、何故……。



「もう、いい加減あきらめたら?」

近所に住む、今生での従姉妹に言われ、俺はむっとする。

「女神のまします暁よ! この俺に諦めるという選択肢は無い!」

「あー。その、女神云々の、前世の間投詞? は無しでいいから。バカっぽく聞こえるだけだから」従姉妹はシッシッ、という風に手を振ってから、嫌そうに俺を見て。

「まさか学校でまでその珍妙な言葉遣いしてないでしょうね。変な噂になるのだけは止めてよね。あんた、そのナリのせいで、ただでさえ叔母さんにストレスかけてるんだから」

「……心得ている」

従姉妹の言う”叔母さん”ーー俺の今生の母親には、全くすまないことをしたと思っている。



闘いに明け暮れた日々へのねぎらいにと、追加でもう一つの願い事を許された俺は、前世と同じ姿で転生することを望んだ。

彼女に、一目で俺と気付いてもらえるように。

転生先である日本という国に、自分のような顔立ちに肌の色の人間が、ごくごく少ないことなど、その時は知るよしもなかった。


かくて、黒髪黒目で典型的日本人の両親の間に、金髪碧眼の、こちらでいう白人種の俺が誕生することとなり。

俺を取り上げた医師と看護師は、出産に立ち会っていた今生の父と俺を見比べて硬直し。何とも微妙な視線を母に向けたのだという。


その後、退院までの日々。意味ありげな視線を感じるたびに。

『あ、あのっ、ち、違いますからっ! この子、僕の父方の祖父にそっくりでっ! 僕がたまたま母親似なだけでっ、ご、誤解ですからっ!』

と焦って叫ぶ父に、生温い微笑みを向ける人々と。

『何でいちいちそんな言い訳するのよっ! やましいとことなんか無いんだから堂々としててよっ!』

と、キレる母の姿があったという。


当時まだ元気だった、明らかにアーリア人種な曾祖父が大笑いしながら見舞いに来たおかげで、病院側の誤解は解けたらしいが。

会う人ごとに言い訳して回るわけにはいかない以上、俺という子供を連れた両親への好奇の視線は、その後ずっとついて回ることとなる。


あからさまに不貞を疑われたり、”何だって、そんな似てない子を養子にしたの?”などと不思議がられる度に、やり場のない怒りに震えていた母が、それなりに現実を受け入れたのは。

ある程度大きくなった俺の顔を見せに、遠方にいる母の祖母を訪ねた時に。『……髪も目の色も、ダッドと同じ……』と。幼い頃に訳あって生き別れたという実父を懐かしみ、涙ぐむ姿を見せられた時なのだと言う。


『おまえがその姿で生まれたのも、何か意味があることだと思うのよ』 と言った母の顔を、俺は真っ直ぐに見ることができなかった。

とても言えない。前世での俺の、女神への無茶振りな願い事のせいだとは……。


従姉妹には、俺が前世の記憶持ちだと知られた時に打ち明けて、盛大に呆れられていた。

『あんた、バカなの? 前世の夫だとバレたら、かえって避けられるに決まってるでしょ?』

ーー言われてみれば、確かに。

前世の俺は、そうされても仕方がないような仕打ちを彼女にしていたのだ。

『そんなことより、せっかくお願いを聞いてもらえるんなら、彼女の居場所のヒントくらいもらっておきなさいよ。使えないわねぇ』

『……』

言われた俺は、ショックの余り、その場に倒れ付したまま、起き上がることができなかった。

言い返す言葉もなかった。前世の俺は、妻が自分を見つけて声をかけてくれるなど、どうして愚かにも信じられたのだろう。

もともと、内気で恥ずかしがりやだった彼女。その彼女がひたむきに、一途に向けてくれた愛情も信頼も、俺が一方的に貶め、投げ返してしまっていたというのに。

彼女に出会えさえすれば、必ず見分けられるという自信はある。だが、そもそも、出会う以前に避けられてしまうのだとしたら……。


『あ、ええっと。本当の事だからって、何でも言えばいいってものじゃないよね。ゴメン』

精神年齢は成人していても、見た目は幼児な俺を落ち込ませてしまい、一応後味が悪かったのか。

従姉妹は、前世の妻を探すのに、できる範囲での協力を約束してくれた。


当時三歳の保育園児だった俺には、自由になる時間も行動可能な範囲も、彼女を探し出すには、圧倒的に足りなかったので、正直、有り難かった。

子供を狙う犯罪が増えたせいで、幼児が一人で出歩ける状況ではなかったし。今生の両親に負い目のある俺は、なるべく当たり前の子供に見えるよう振る舞おうと心がけていて。正直、手詰まりだったのだ。


とはいえ、その頃は従姉妹自身もまだ十歳の小学生で、それほど行動の自由があるわけではなかったが。既に小学校でパソコンの授業を受けて使いこなし、自宅にも買い与えられていた従姉妹には、当時の俺にはまだ手の届かない、インターネットという環境があった。


従姉妹のパソコンとアカウントを借りて、かつての妻を探すためのホームページ作成を決め。その方向性を決めるためには、従姉妹の客観的なーー俺には手厳しすぎるーー意見も参考にした。


曰く、最初から俺が作ったページだとバレると、アクセス自体、してくれるはずもない、とか。

曰く、謝り倒しても聞いてくれるかどうか。でも、とにかく謝罪を聞いてもらえないことには始まらないから、何か方策を考えろ、とか。


そうして七年。

試行錯誤を繰り返し、ホームページのアクセス自体は増え、メールでの反響も多くなっていた。

前世である異世界の地理や、かの地に伝わる神話や物語を散りばめたページは、”異世界風創作サイト”と見なされているようで、固定ファンも付いていたが。その中に妻がいる気配は無い。


前世の言葉を使って彼女に宛てて書き記した、懺悔と悔恨の言葉も、彼女に届いているようには思えない。

異世界の言葉を表すフォントなどあるはずもなく。画像ソフトで書かれたそれは、不思議な異世界風オブジェとしか受け取られていない。


「いい加減あきらめたら?」と口にするようになった従姉妹も、既に十七歳。

通っている高校で彼氏ができたようで、小学生の従弟のために使う時間が、そろそろ惜しくなっているようだ。


俺も、当時の従姉妹と同じ十歳。

そろそろ自宅にパソコン環境を持って、自力で活動すべき時かもしれない。

親にねだるのは心苦しいが。貯めておいたお年玉で何とかなるかもしれないし。


今はとにかく、早く大人になりたいと思う。

大人になったら、行動範囲も広がる。彼女を探して、全国を旅するのもいいかもしれない。


彼女に再び出会うために、俺の人生はあるのだと、信じる。

決して俺は諦めない。いつか再び、彼女をこの腕に抱く、その時まで。



* * *


「うまくいかないものねぇ」

どことも知れない空間で、おっとりと、かの女神は微笑む。


結論から言うと、とうの昔に、前世での妻に彼は出会っていた。

前世と全く違う容姿・性格で。前世の記憶など勿論無しに生まれ変わった彼女に、彼が少しも気付けていないだけで。


そもそも、彼の転生先にあの両親を選んだのは、彼らが、先に転生させた彼女の近所に住む叔父・叔母であり、顔を合わせる機会が多いからだった。

少しでも再会を容易にしてあげようという、女神なりの親切心。

そして、追加の願いを許したのも、”彼女を見分けられるように”と彼が願えば、完璧だと考えたからだ。


しかし、”彼女を必ず見分けられる”と根拠の無い自信を持つ彼は、全く別のことを願ったため、女神の心配りは空振りに終わった。

転生先を、全く別の白人種の夫妻に変えざるをえないところだったが。夫妻ともに、表に出ていないだけで白人種の遺伝子を持ち合わせていたおかげで、何とか転生先を変えずに無理を通すことができたのだが。


「まあ、仕方ないわねぇ」

もともと異世界の神である彼女は、これ以上の干渉をできるはずもないし、そもそも、彼が捧げた代償分のつとめは、既に終えている。


そうして女神はしばし、微睡む。

彼女の世界で、新たな迷える子らが、彼女の力を必要とするその時まで。




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