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剣聖将軍記 ~足利義輝、死せず~  作者: やま次郎
第四章 ~忘恩の守護大名~
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第十幕 幕軍、怒濤の攻勢 -忍び寄る罠-


永禄十二年(1569)十一月二十日。


征夷大将軍・足利義輝率いる幕軍七万五〇〇〇と、義輝へ謀叛を起こした叛軍四万九〇〇〇が摂津の地で睨み合っていた。


挿絵(By みてみん)


両軍を合わせて十二万にも及ぶ大軍勢は、七年前に起こった教興寺合戦を遙かに凌ぐ規模であった。兵士が動く度に甲冑が鳴り、軍馬の(いなな)きが至るところで聞こえている。これだけの人数が集まっているのだから、雑然としてしまうのも無理はない。それでも十二万もの人々は、緊張に顔を引きつらせながら開戦する瞬間を待っていた。


最初に動いたのは、幕府軍の伊丹親興だ。静かに前進を始め、相対する朝倉義景の将・真柄直隆(まがらなおたか)の陣へと近づいていく。


「よいか。伊丹城は我らの城だ。故に我らの手で取り戻す」


摂津勢の副将格である親興は、その様に兵たちを鼓舞していた。相手は今まで味方であった朝倉勢であり、真柄直隆は朝倉きっての猛将と名高い。伊丹城に籠もらずに出てきていることからも、その自信の程が窺い知れた。


徐々に両者の距離が縮まっていく。凡そ二町(約210メートル)ほどまで近づくと、親興の陣より太鼓、(かね)が叩かれ、兵たちは鯨波の声と共に真柄勢へと襲いかかった。鉄砲衆が銃撃を加え、次に長柄が突撃していく。


「ふん。伊丹親興が相手とは物足りぬ。浅井勢の方がよかったわい」


居城奪還に息巻いている伊丹勢を見て、直隆は不満そうに鼻を鳴らした。


「いっそこちらから攻めかかり、和田侍従の首でも獲るか」

「流石は兄者よ。伊丹親興など眼中にないか」


巨大な刀をまるで玩具のように振り回しながら、弟の直澄が言った。


「親興の首が欲しいのならば、勝手に持っていってよいぞ。どうせ戦いたくてうずうずしているのだろう」

「守りに徹しよ、というのが御屋形様の御命令ぞ」

「ふふ、そのような姿でそれを言っても、誰も信じぬぞ」


力を持て余し、素振りを繰り返している弟を見て直隆は陽気に笑った。釣られて直澄も笑う。


「兄者は何もかもお見通しじゃな。あの大軍勢に斬り込むのは、さぞかし気持ちよかろうて」


二人は視線を交わすと、不敵な笑みを浮かべた。この二人、実のところ似たもの同士なのだ。守勢に徹するのは性に合わず、常に攻めを好む。事実、真柄兄弟は先手こそ伊丹勢に譲ったものの、すぐに反撃の突撃を開始した。


「いくぞ!直澄ッ!」


掛け声に、直隆も巨大な刀を手にする。越前の刀匠・千代鶴よる太郎太刀だ。長さ五尺三寸もの大太刀であり、直澄も同様の刀を所持している。


「応よッ!親興の首は、儂が貰うぞ!」


猛将二人の出撃に真柄勢は勇気づけられた。誰もが真柄兄弟の強さを知っている。二人がいれば負けることはないと信じているのだ。


「死を恐れるでない!城に籠もらず打って出てくるとなれば好都合じゃ。返り討ちに致せッ!」


真柄勢の反撃に、伊丹兵も負けじと槍を突いていく。武将の質では劣るかもしれないが、伊丹勢には幕府方が数で上回っているという安心感がある。故に真柄勢の激しい攻めにも勝利を疑わずに耐えていた。両者とも長柄隊の応酬の後、敵味方入り乱れての白兵戦へと突入していった。


その頃、伊丹城の南でも浅井長政が進軍を開始していた。


「朝倉と浅井は盟友であるが、左衛門督殿が大逆を犯したとなれば両家の友誼もこれまで。ならば、せめて浅井の手で引導を渡してやるのが武士の情けであろう」


部隊に前進を命じると共に、長政は己の大義を宣言した。


「殿。意気込みは立派でございますが、手加減できる相手ではありませぬぞ。心して懸からねば」


側近の遠藤直経が注意を促す。


直経がこのように思うのも、浅井家臣の多くが朝倉と戦うことに不安と抵抗を感じていたからだ。


浅井と朝倉は長きに亘って同盟関係にあった。浅井は織田とも同盟を結んでいるが、浅井・朝倉三代にも亘る絆は織田家の比ではない。しかも浅井にとって、朝倉は上位の存在であった。表向きは同盟であっても実質では朝倉は浅井の庇護者であり、朝倉は常に浅井を助ける存在として君臨し、浅井は助けられる側の存在だった。


故に浅井家中には、朝倉を格上の相手と見なしてしまう傾向があった。そのような認識は、必ず合戦へ影響する。それを避けるべく、長政は事前に己の大義を示したのであった。


「判っておる。されど儂は、家督を継いでより今まで合戦で負けたことがない。それは此度も同じだ」


長政は遠藤直経の心配を一笑に付した。


合戦に於ける長政の強さは家中でも知れ渡っている。また長政が若い所為もあって、兵たちの間でも人気が高い。その長政が前線へ出れば、兵たちの不安など一気に吹き飛んでしまうだろう。


「初めから全力で当たる。者ども、出陣ぞ」


長政は力強い言葉を発し、本陣を徐々に前へと進める。これに押し出されるようにして浅井全軍が歩を進めていく。対する朝倉勢は、朝倉景健に前波新八郎の部隊。これに旧朝倉景恒の兵を加え、数にして凡そ八〇〇〇が相手だった。浅井勢とほぼ同等であり、景健は一〇〇〇ずつ陣を八段に分けて浅井に備えていた。


「放てッ!」


浅井勢の先手・磯野員昌(いそのかずまさ)の号令で、国友筒が火を噴いた。


国友は日本有数の鉄砲の産地であり、浅井領内にある。長政は義兄・信長の影響で鉄砲隊を整備しており、その一部を員昌に預けていた。


バタバタと倒れる朝倉兵。すかさず員昌は、兵たちに突撃の態勢をとらせる。


「懸かれー!!」


号令と同時に員昌も馬上の人となり、自ら槍を持って駆けだした。その後ろを騎馬武者たちが着いていく。密集隊形による突撃だ。重い一撃が、前波勢を襲った。


「怯むなッ!相手は浅井ぞ!」


前波新八郎が兵たちを叱咤するが、それも虚しく磯野勢の突破力の前に次々と味方は倒れ、瞬く間に備えは三段まで破られた。新八郎は慌てて応援の人数を繰り出すものの、磯野勢の攻撃は熾烈を極め、幾度となく前波勢の備えは崩れ去っていくばかりだった。


「に…逃げるなッ!浅井如きに背中を見せてはならぬッ!戻れー!」


新八郎が必死になって隊形を立て直そうとするが、足並みが揃わない。旧景恒勢を中心に逃げ出す兵が後を絶たないのだ。無理もない。旧景恒勢は味方によって主を討たれており、主家をまったくと言っていいほど信用していない。単に部隊を離れれば食い扶持がなくなるからという理由で、朝倉勢に留まっているに過ぎないのだ。


その間も磯野勢によって死傷者は増えていく。これに見かねたのが景健だ。


「新八郎は何をしておるのじゃ。ええい、儂が行く!」


瓦解寸前の前波勢を支援するべく、景健が本隊の人数を率いて駆け付けた。これによりどうにか員昌の勢いを止める事には成功したが、次いで長政が赤尾清綱と海北綱親の二人を送り出すと、再び勢いは浅井に戻るのであった。


「く…くそッ!浅井が斯様なまでに強いとは……」


景健は厳しい戦いを強いられるのだった。


=======================================


伊丹勢が戦端を開いてより半刻(一時間)ほど経った。伊丹・大物での合戦はその全域で戦闘が始まっている。


伊丹城周辺では和田惟政率いる摂津衆が真柄兄弟と戦い、浅井長政が朝倉景健と戦闘に入っていた。また中央に位置する富松城と七松砦には、織田勢から柴田勝家と丹羽長秀という二人の家老が大兵を率いて猛攻を仕掛けている。さらに大物城周辺では別所安治が京極高政の将・高山友照と戦っており、両軍とも更なる応援を繰り出すかどうか迷っていた。


「一進一退か…。ま、これだけの数だ。すぐに決着がつくことはあるまい」


義輝が退屈そうに呟く。


毛利との合戦でも幕府方は数に於いて二万以上の優位にあったが、序盤は拮抗していた。義輝は勝利したものの毛利の背後を衝いて大勝するという目論見は外れ、最後まで毛利に粘られた。結局は勝ちを得たところで毛利に大打撃は与えられず、和睦に至っている。


大軍同士の戦が如何に難しいものであるかを義輝は痛感していた。


(されど、此度は和睦できぬ。絶対に勝たねばならんのだ)


義輝が京を取り戻すには勝利が絶対条件である。そのためには敵が城外に出てきている内に可能な限り被害を与え、城に籠もらせないようにしなくてはならない。また籠もることになったとしても、充分に落とせるまでに敵の人数を減らしておく必要がある。


それにはただ一つ、速攻しかない。


「元資、元清」

「はっ」


義輝の呼びかけに、毛利から派遣された若き二人の大将が応じる。


「毛利の旗印を掲げ、敵本陣の前面に出よ。毛利が余に味方していることを知らしめ、敵の戦意を削ぐのじゃ」

「承知いたしました。して、その後は如何に致しましょう」


元資の問いに義輝は口元を緩ませた。


「好きに致すがよい。そなたらは何も手元に置いておくためだけに陸奥守より預かったのではない。存分に働くがよい。毛利の強さ、上方の武者どもに見せ付けてやるがよい」

「はっ。有り難う存じます」


許しを得た元資は、憧れの将軍の下での初陣に心を躍らせた。さっそく陣へ戻り、元清と歩調を合わせて出陣していった。


「さて…、後は弾正次第だな」


義輝の視線が中央で戦っている織田信長へ向けられる。


伊丹城へ向けた兵力は二万三〇〇〇余り(池田勝正の離脱で二万弱となる)であり、敵方の三万にはほど遠いが、敵は全軍を城外へ出してくるわけではないので、戦力は互角だろう。また大物城へは一万七〇〇〇を振り向けているが、これも敵方の一万四〇〇〇を僅かに上回る程度で、優劣は付け難い。判っていることは、今の戦力で城を抜くことは不可能に近いということだ。


しかし、中央は違う。


富松城と七松砦に籠もる叛軍五〇〇〇に対し、義輝は織田勢二万五〇〇〇を当てた。幕府勢の中で随一の鉄砲保有数を誇る織田軍ならば、両城を速攻で落とすことが可能と踏んでのことだ。中央を制した後、義輝は信長と共に本陣の兵を以て伊丹城を攻める。伊丹城を落とせば、大物城が健在であろうとも義輝の勝ちだ。それが今回の合戦で義輝の立てた戦略だった。


その義輝の期待を一身に背負う信長であるが、前線からの報せに信玄の影を感じていた。


「申し上げます。一色勢、安見勢ともに大量の竹束を用意し、鉄砲隊の攻撃を防いでおります」

「…………」


信長が伝令をギロリと睨み付ける。その圧倒的な威圧感に伝令の男は思わず頭を地に伏せた。


(やはり信玄に鉄砲を見せたのは拙かったか…)


信長は二年前の春を思い出す。


武田信玄の駿河侵攻に義輝は織田軍を遣わした。その際、信長は武田軍との本格的な戦闘を避けるべく二千挺にも及ぶ鉄砲で一斉射撃を行い、信玄を威圧した。


(たった一度ではあるが、あれで信玄坊主は鉄砲の力を見抜いたのであろう)


無論、信長は信玄ならば見抜くだろうと考えたからこそ一斉射撃を行ったのだ。あれを理解できないものに威圧は通じない。しかし、それが今になって尾を引いている。


信玄は鉄砲を軽視してはいない。その対策を家臣の米倉重継に命じ、竹束を考案させたのは有名な話だ。今では戦国の大名たちの間に広まり、竹束は珍しいものではなくなっている。だが、竹束は火に弱いという弱点があり、それまで使用されていた木製の楯も依然として使用されている。


にも関わらず、大量の竹束が用意されているということは明らかに織田の鉄砲隊に備えてのことだ。畠山にも一色にも信長は鉄砲隊は見せたことがなく、噂を聞いただけでここまでの対策を講じたとは考え難い。それ程の能力があるのであれば、守護大名としてここまで衰退してはいないはずだ。よって信長は、信玄からの指示があったのは間違いないと見ていた。


確信を得た信長が指示を出す。


「鉄砲隊は下げよ。代わりに火矢を射かけるのじゃ。場合によっては兵を繰り出し、竹束を取り除くのだ」

「ははっ」


信長の命令を受けて、伝令が散っていく。


本来の信長であれば、どれほど竹束があろうが火力で圧倒し、打ち砕くだけだ。如何に竹束が鉄砲に有効とはいえ、絶え間ない銃撃に耐えられるわけではない。しかし、今の織田軍は兵站に不安を抱えていた。


弾薬には限りがある。特に火薬の原料となる硝石は京と堺でなければ手に入らない。それが敵方に押さえられている以上、今ある物資で戦わなくてはならない。もちろん毛利が押さえている博多ならば硝石は手に入るが、届くには時間がかかり過ぎてしまう。この合戦で勝てればいいが、負ける可能性もある。ここでの無駄玉は避けるべきだった。


それでも数に勝る優位に揺ぎはないが、これを機に織田軍の動きは確実に鈍くなっていった。


=======================================


最初に戦局が動いたのは、別所安治のところだった。


「戦下手の京極勢など相手にもならぬ。このまま押し込んでしまえ!」


安治が部隊へ追撃を命じる。


別所勢は対していた京極高吉の配下・高山友照を攻めに攻めまくり、ついには撃破したのである。これも初めから京極勢が弱いと睨み、攻撃の手を緩めなかったことが吉と出た。


安治の予想は見事に的中したのだ。


「このまま裏切り者の高吉も討つ。我に続けー!」


声高に叫ぶ安治を先頭に、別所兵は京極勢へと雪崩れ込んでいく。


高吉が高山隊と入れ替わるように前面へ出るが、評判通りの戦下手で鉄砲も満足に撃てず、長柄も早々に討ち崩れされた。劣勢を覆せない高吉を支援するべく、大物城の畠山高政は遊佐信教を出撃させ、松永久秀も内藤如安を送り出す。これにより叛軍はなんとか戦線を維持したのである。


大物城から後巻が出たという報せは、すぐに足利義助の許へと伝えられた。流石に別所勢だけでは相手できない数であり、押し込まれるのは時間の問題といえた。


「どうすればよい」


報せを受けた義助が義継へ訊ねる。新手の出現に義助はどのように対処してよいか判らなかった。


「こちらも応援を繰り出せばよいのです。陣立て通り、播州勢を出撃させましょう」

「それでよいのか?」

「合戦は生き物でございますが、余程のことが起こらない限りは決められた通りにすればよいのです」

「では、今のところは予定通りということか?」

「はい。敵方は寡兵です。こちらに被害を与えるだけ与え、大物城へ退く算段にござましょう。こちらが応援を出せば、すぐに退くはずです」


義継の明快に返答に義助は大きく頷いた。そして、蜷川親長へ別所勢の支援を命じた。


しかし、出撃命令を受けた播州勢の一人・小寺政職の士気はそれほど高くなかった。


「いよいよだな。されど本当にこれでよかったのか?」

「無論です。この合戦に勝てば、公方様の天下は定まりましょう」

「本当かのう…」


政職が疑念に満ちた目で、家老の官兵衛孝高を見つめる。


「官兵衛よ。儂はそなたの申す通りにしてきたが、小寺の地位は高まると思いきや落ちるばかりではないか」

「そのような事は、けしてございませぬ」


孝高は否定したものの、政職は信用していなかった。


小寺家は守護・赤松家の重臣として播州平野に勢力を有していたが、その赤松家が守護職を剥奪されると代わりとなって播州へ入ってきたのは蜷川親長だった。親長は義輝の腹心であるが、播州とは何も関わり合いのない人物であり、古くから播磨に根を生やしてきた者としては面白くない。その親長の下で小寺が権力を握られれば我慢も出来たのだが、その座は早くから義輝に属していた別所安治のものとなっている。


当時の情勢からして義輝に味方するしか小寺の選択肢はなく、孝高を恨むのは筋違いなのだが、播州に於ける地位が二番手から三番手、いや今も名目上は赤松の家臣であることを考えれば四番手となったことへの不満を、政職は主導した官兵衛へぶつけることでしか晴らすことが出来なかった。


「…ふん。そなたは左中将様に可愛がられておったな。よもや儂から独立するつもりではあるまいな」


嫉妬深い主の見当違いな詰問に、孝高は内心で呆れ果てる。


「何を仰せられます。左中将様が手前に助言を求められたから、答えたまでのこと。それ以上の事はございませぬ」

「どうだかな」


孝高の言葉を政職が信じた様子はなかった。孝高を見る目がまったく変わっていなかったのだ。その事に孝高は気付いていたが、それ以上の言い訳はしなかった。


「殿。今は手前のことなどよりも合戦に集中して下され。小寺が生きるには、公方様が勝たれるしか道はございませぬ」

「判ってるわ。行くぞ」

「はっ」


主従の関係に不安を抱えつつも、小寺勢は前進を始めるのだった。


その脇で蜷川親長の部隊に属している旧守護・赤松義祐も不満を漏らしていた。


「やれやれ、また合戦か…。儂はいつまで扱き使われるのかのう」


義祐はうんざりした表情で言った。


「殿。守護様よりの御命令にございます。どうか出撃の御下知を…」


やる気のない義祐へ家臣の鳥居職種(とりいもとたね)が軍配を差し出す。


「守護様のう…。播磨の守護は儂であったのだがな」

「それは皆が承知しております」

「では、儂はいつ播磨の守護に復帰できる?この合戦で功を立てれば、それは叶うのか?」

「それは判りませぬ。されど松泉院様の例もございます。播磨とはいかなくとも、功を立てれば守護への復帰は叶いましょう」


そう言って主を宥める職種であったが、義祐は気怠そうに溜息を吐くだけだった。


義祐の祖先・松泉院こと赤松政則は、嘉吉の乱で没落した赤松家を再興した英傑である。しかし、政則の一気に播磨守護へ復帰したわけではなく、加賀半国守護となり、その後に播磨守護へ返り咲いている。


職種は何とか主にやる気を出して貰おう政則の事を話題にしたのだが、効き目はなかったようだ。よって方針を変える。


「いい加減になされませ。それでは政秀めに赤松の家督を奪われますぞ」

「なにッ!政秀じゃと!?」


義祐は“政秀”という言葉に素早く反応を示した。義祐は分家の政秀に強い敵愾心を抱いているのだ。


職種が続ける。


「政秀は娘を公方様へ送っておりまする。これが公方様に近づき、播磨の守護職を奪うためのものであったことは殿も御承知のはず。蜷川様が播磨の守護となられたことで政秀の野望は潰えたかに見えましたが、まだ宗家の家督が残っておりまする。ここで政秀が殿より戦功を上げることにでもなれば、政秀めは公方様に赤松の家督を継がせて欲しいと強請るに違いありませぬ」


咄嗟に義祐が政秀のいる方向へ視線を移す。そこには既に前進を開始している政秀勢の姿があった。


義祐の表情に焦りの色が浮かぶ。


「な…何を申す。赤松家の嫡流は儂ぞ。そのような筋道を反したことは…」

「前例のないことをやってこられたのが公方様にございます。関東管領・上杉家の家督を長尾様へ継がせた公方様ならば、宗家の家督を分家に与えることに何の障りを抱かれましょうや」


職種の指摘に義祐は愕然とした。わなわなと振るえ、政秀に対する怒りが込み上げてくる。


「こうしてはおれぬ!政秀より先に敵勢へ攻めかかるのじゃ!」

「ははっ」


義祐は先ほどから職種が差し出している軍配を受け取ると、直ちに兵たちへ出陣を命じた。


=======================================


播州勢の出撃は大物城からも確認できた。その様子を義輝の宿敵である松永久秀は物見櫓から窺っていた。


「儂がおるというのに、義輝は随分と冷静なようだな」


久秀は大物城へ向けられた将と人数から、義輝の心境を推し量っていた。


「攻められておるというのに余裕ではないか、久秀」

「これは…、尾張守様」


久秀の許に畠山高政が現れる。今の久秀は旧臣を集めて部隊こそ率いてはいるが、流人も同然の身である。そのために膝を屈し、言葉を正した。


「儂は不安だ。あの公方様は今までの公方とは違う。如何なる計略を張り巡らせようと、果たして勝てるのかどうか確信が持てぬ」

「ご安心を。この合戦で義輝の首を獲れるとは思えませぬが、我らの勝ちは揺るぎませぬ」

「これこれ、首を獲る必要はない。儂は将軍殺しの汚名を着とうないからな。もっとも、そちにとっては何のこともなかろうがな」


そう言って高政は久秀のことを鼻で笑った。


久秀は将軍であった義栄を殺している。ここで義輝を殺そうが、既に将軍殺しの汚名は着ているのだ。実際に久秀は義輝に対して殺意を抱いており、殺すことに何の抵抗も持ってはいない。


「大事なるは勝った後か…」

「はっ。此度の合戦は足利家の内紛にございます。つまりは勝った方が征夷大将軍に相応しいことになりまする。義秋様が将軍職へ就かれれば、後は尾張守様の思うままにございます」

「ああ。久秀は大和守護、相伴衆への復帰でよいのだな」

「流人となった我が身には法外な恩賞となりましょうが、それが我が悲願にございます」

「構わぬ。長門守は大和には拘りがないようだからな」


そう言って二人は怪しい笑みを浮かべた。


すると久秀は、今日に限って高政が一人であることに気付いた。高政が久秀と会うときは、いつも傍にあの男がいたはずだ。


「そういえば喜兵衛めの姿が見えませぬが?」

「あれは主のところへ戻った。もうここですることもない故な」

「左様ですか。こうも早く支度を調えるとは、流石でございますな」

「まったくだ。そちも役目を怠らぬようにな」

「はっ。心得ております」


高政が物見櫓から立ち去ると、久秀は家来に命じて甲賀者を呼び寄せた。


「これを宇喜多の陣へ投げ込め。必ずや和泉守の手に渡るようにするのじゃ」

「はっ。畏まりました」


甲賀者は久秀から一通の書状を受け取ると、サッと姿を消した。


(宇喜多直家…。亡き御屋形様に似ておるが、やっていることは儂の真似事よ。ならば、必ずや乗ってくるはず…)


久秀はニヤリと笑った。その意味ありげな表情は、久秀が謀略を仕掛けるときの癖である。この男、何処までも人を陥れるのが好きなのである。


半刻後、久秀は策が上手くいったことを確信することになる。宇喜多直家が主君の浦上宗景と共に出撃してきたのである。


久秀は宇喜多勢へ対して自ら出撃していった。




【続く】

今回は以前に要望のあった布陣図を作成してみました。如何であったでしょうか?こういうのは余り得意ではないので、自分で作成できる限界がこういった感じとなります。


好評であれば、次回以降も続けて参りたいと思いますので、感想を書いて頂ける方はその点にも触れて頂けると幸いです。(但し、小規模合戦では作成しない場合もあります)


また今回は50万PV&10万ユニーク&お気に入り500件突破記念回であります。(突破して少し経っていますが…)初心者が俄知識で始めた作品ではありますが、たくさんの人に読んで頂いております。この場を借りて筆者より皆さまへ感謝の言葉を述べさせて頂きたいと存じます。


「皆さま、本当にありがとうございます。まだまだ完結までは長い作品ですが、最後まで読んで頂ければ嬉しい限りです」


感謝の念を込めまして、明日にもう一話投稿いたします。既に書き終えているのですが、投稿しないのは筆者の焦らしとでも思って下さい。一話、一話、じっくり読んで頂きたいというものありますが…


では、明日にまたお会いしましょう。

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