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剣聖将軍記 ~足利義輝、死せず~  作者: やま次郎
第三章 ~新たなる乱世~
52/201

第二十一幕 西征 -幕府軍、三道を併進す-


九月朔日。

京・二条城


この日、京には大軍勢が集まっていた。総勢で十万に届こうかという規模である。これだけの軍勢が洛中に屯するのは、実に応仁の乱以来ではなかろうか。あの時と違うのは、全てが幕府に従う軍勢であることだ。


「上様。朝倉左衛門督様、御到着にございます」


報告するのは、朝倉家で滋賀郡司を務める明智光秀だ。


「ようやくか…、相変わらずの鈍重さよな」

「申し訳ございませぬ。されど、此度は左衛門督様も本気のようです。上様が命じられた人数を大きく超える二万を揃えての入洛にございます」

「まことか?」

「はっ。朝倉勢は中務大輔様と合わせ二万三〇〇〇になります」


義輝は最初、義景の遅参に苛立ちを覚えたものの光秀の報告を聞いて印象を変えた。


(左衛門督め、余に追い詰められて一皮剥けたか)


永禄八年(1565)の義輝上洛には、朝倉勢は一万三〇〇〇でしかなかった。それが今回は二万を大きく越える軍勢を出してきたことは評価に値する。数からして、朝倉全軍であろう。


(最初からその気であれば、中務大輔を世継ぎとすることもなかったのだがな)


義輝とて、義景が将軍職復帰に一役を買った事へ恩に感じていないわけではない。しかし、義景は自尊心が強く見栄ばかりが先行して頼りにならなかった。また兵の損傷を極度に嫌う傾向があり、義輝が加賀平定を内々に命じてもまったく動こうとせず、止むを得ず景恒を次期家督とした経緯がある。


(加賀一向一揆と戦端を開いていなかったのが幸いしたな)


仮に義景が義輝の命令通りに加賀を攻めていれば、大軍を西国へ送ることなど不可能だったであろう。義景が鈍かった御陰で一向宗とは今も和睦状態にあり、大兵を遣わすに至った。


「上様?」


思慮に耽る義輝を心配し、光秀が声をかける。


「…いや、なんでもない。それより日州、そなたの方の支度は万全か」

「無論にございます。上様の命で整えた鉄砲隊も一千を超えました。玉薬も滞りなく揃えてございます」

「一千か。ようやった」

「南蛮船との取引が役立ちました。しかも伴天連どもは九州で庇護者たる大友家が危機だと知ると、こちらの言い値で取引に応じるほどにございました」

「ふふふ。陸奥守(毛利元就)はさほどに嫌われておるか」


稀代の謀将と云われる元就だが、宗教に関しては熱心な真宗門徒であり、伝来して間もない耶蘇教(キリスト教)に対しては不信を抱いていて認めなかった。故に西国の伴天連たちは揃って大友支持を表明している。


義輝も耶蘇教を認めているが、支持をしているわけではない。将軍として、他の宗教と分け隔てなく平等に扱っているに過ぎないのだが、それでも伴天連たちにとっては義輝は大事な庇護者となる。


「これも上様の御陰にございます。鉄砲隊は半数を我が隊に、残りを上様の部隊へ組み込んでおります」


この辺りは実のところ満足のいかない処置だった。掛川城で二千挺を超える鉄砲の一斉射撃を見ている光秀としては、一千を数える鉄砲を全て同じ部隊に置きたかった。しかし、一郡しか領しない光秀は小勢であり、一千もの鉄砲隊を自隊で運用できないのだ。止むを得ず光秀は、鉄砲隊を義輝の本隊と二つに分けることにした。


(これでも織田軍の半数でしかない。もっとも織田様はあの時よりも鉄砲を増やしているだろうが…)


信長を信頼することにした義輝と違い、光秀は警戒心を捨ててはいない。同じく鉄砲に着目している信長も相当数の鉄砲を購入しているはずである。財政基盤の違いから、その差は開く一方に思えた。


これに対して光秀が目指した鉄砲隊の創設は、当初は財政問題もあって遅々として進まなかった。しかし、東海への出陣後は義輝が幕府として取り組んでくれた御陰で南蛮船との取引も行われ、一千にまで急激に数を伸ばした。直轄部隊で一千なのだから、幕府麾下の大名衆を合わせれば倍近い数の鉄砲があることになる。


「さて日州、行くか」

「はっ」


義輝はスクッと立ち上がった。


その身は、久しぶりに甲冑で包んでいる。その光沢は眩いばかりで新調したものだと判る。義輝の祖先・源八幡太郎義家が着用したという“源太産衣”を模した当世具足であり、胸板には天照大神と八幡神を著し、左右の袖には藤の花が威してある。伝来通りの仕上がりだ。


それに身を通すのが天下でも五指には入るだろうと思われる剣術の使い手である義輝なのだから、実に様になっている。


義輝が、光秀を随伴して歩いて行く。その先では、重厚な鎧兜で装いをした戦国の荒武者たちが居並び、主君の登場を待っていた。


「待たせたな。皆、大義である」


義輝の呼びかけに応じ、諸将が一斉に頭を垂れる。その光景は壮観の一言に尽き、まさに将軍家に相応しき姿であった。


西征に動員された大名は、義輝の勢力圏にいる大名らほぼ全員。織田信長、朝倉義景、徳川家康、浅井長政、畠山高政、別所安治、筒井順慶ら大名衆に加えて三淵藤英、細川藤孝、和田惟政、一色藤長、柳生宗厳、蒲生賦秀など幕臣たち。もちろん将軍家一門である義秋と晴藤、義助や元古河公方の義氏・藤政兄弟も例外ではない。これらの重臣たちも含めて二条城に集まっているのだから相当な数だった。この全てが兵を率いて西へ向かうわけではないが、各々に役目が課せられていた。


その正面に立つ義輝の眼光は鋭い。百騎近い武者どもに気を呑まれることなく、圧倒的な覇気を漲らせていた。全身に気力が満ちている。


「これより我らは西征へ赴く。戦に戦、戦が続こう。幕府の、余の命に従わぬ者は全て敵だ。奮えよ、猛よ、そして吼えよ。そなたらの武名を天下に轟かせる好機を余が与えて進ぜる。余の眼前で武功を上げて見せた者には、恩賞は望みのまま取らせようぞ!」


義輝の言葉に諸将は鬨の声を上げて応えた。皆、義輝の目的が毛利であることを知っているのだ。毛利領は広大であり、その版図が恩賞としてこの場にいる者へ与えられることになる。乱世で立身出世を狙う者にとって、今回の西征は千載一遇の好機に映った。


義輝はそれを知っているからこそ、言葉巧みに武将たちを煽っている。冷静なのは信長や終始希薄な態度を崩さない義景くらいだった。


将軍・義輝が命令を下す。


「左衛門督、波多野丹波、そなたらは山名金吾(祐豊(すけとよ))、一色式部(義道)と協力し、武田高信を討て。因州、伯州を制圧し、雲州へ攻め入るのじゃ」

「…畏まりました」


此度の西征に於いて義輝は壮大な戦略を講じている。それは“三道併進策”なるもので、山陽道、山陰道、瀬戸内の海道の三路を同時に進んで一挙に西国を掌中に収めてしまおうというものである。


山陰道を進む軍勢の大将は、越前守護・朝倉義景。心許ない人事ではあったが、総大将を務められるだけの大大名が信長と義景しかいない故に仕方がない。景恒と光秀が義輝の意を密かに受け、山陰勢を導くことになっている。


山陰勢は朝倉義景二万に朝倉景恒三〇〇〇、明智光秀一八〇〇、京極高吉三〇〇〇、波多野秀治二六〇〇、筒井順慶四〇〇〇。途中の丹波福知山で赤井直正三五〇〇、一色義道三八〇〇を加えて四万一七〇〇となり、但馬で山名勢と合流する。


「義秋、余の留守を任せる。和州を残す故、何事も相談いたすがよい」

「はっ。御任せ下さいませ。京にて兄上の武運長久を御祈りしております」

「うむ。頼んだぞ」


京の留守居役に選ばれたのは実弟の義秋だった。常から京の統治を任されている三淵藤英が補佐役を務めるので特に問題はないのだが、やはり一抹の不安は拭えない。しかし、京を離れるのを嫌がる義秋は政治の分野で成長を期待するしかなく、留守居役として少しでも政を学ばせるつもりだ。


ただ理由は他にもある。


去る七月に義秋の嫡男・如意丸が誕生した。義輝の実子ではないために足利家の家督継承権の第一位は義秋で揺るぎないのだが、如意丸の誕生により義秋の立場に変化が生じた。現状で考えれば、義秋の跡は如意丸が継ぐことになる。となれば義秋が政務を後見することも有り得るやもしれない。故に義輝は義秋に京の政務を学ばせるよい機会となると判断、西征へは末弟・晴藤を連れて行くことにした。


ちなみに足利氏としては亡き義冬の子・義助と藤政が西征へ同行する。古河公方であった義氏ではなく藤政が行くのは、藤政の方が兄であるからだ。


尚、留守居役には畠山高政も選ばれており、河内の兵を以て治安維持に当たることになる。一方で畿内は和泉の兵を残しており、北陸は若狭武田家、そして東海は徳川家が担当する。


「三河守(徳川家康)には、東国の警戒を申し付ける」

「はっ。しかと承りました」

「大事はないと思うが、もしもの事があれば上杉を頼るがよい。左中将(謙信)へは、余から伝えておく」

「有り難き御配慮、痛み入りまする」


ただ本来であれば、義輝としては家康も西国へ連れて行きたかった。しかし、恭順したとはいえ今川や武田では留守を頼むに足りず、上野の上杉と連携させて東国の鎮護に務めさせるしかない。この事は信長も承知済みであり、徳川支援を義輝より命じられている。信長は宿老・佐久間信盛へ尾張勢を預けて留守を任せた。


「織田弾正、我らは本隊を率いて山陽道を進む。目下、当面の目標は備中の三村であるが、何れ毛利が出張って来るはずだ。激しい戦となることは覚悟せねばなるまい」

「はい。されど勝つのは我らにございます」

「ふっ、当然じゃ」


義輝は自信を以て応えた。


山陽勢は将軍・義輝の本隊六〇〇〇、従う諸将は足利晴藤二〇〇〇、足利義助一〇〇〇、足利藤政八〇〇、織田信長二万五〇〇〇、浅井長政七〇〇〇、和田惟政三五〇〇、池田勝正二四〇〇、一色藤長二七〇〇、蒲生賦秀一四〇〇、尼子勝久八〇〇、別所安治二五〇〇。途中の播磨で蜷川親長三〇〇〇、小寺政職二〇〇〇、三好義継二〇〇〇を加え、備前では浦上宗景八〇〇〇、石谷頼辰二五〇〇と合流、山陽勢は七万二六〇〇となる。


「細川宰相。そなたは四国の水軍を率いて余を支援せよ。毛利も水軍を出して来るであろうから油断を致すでないぞ」

「はっ。御任せ下さいませ」


四国・淡路勢は水軍を以て山陽勢を支援するので兵は出さない。船戦に全力を注がせるためであるが、兵站も担うこと、今秋より四国でも検地が始まるために人員が割かれるのが主な理由だった。


来月には都合十二万に近い軍勢が全て毛利領へ雪崩れ込む。これに毛利元就はどのように対応するのか。九州から軍勢を引き揚げるのは間違いないだろうが、それまでにどれほど毛利領へ食い込めるかが勝負だろう。


「皆の働きに期待する。大いに励むがよい」


出陣式は三献を酌み、義輝の言葉を以て締めくくった。


その後、京の都を続々と軍勢が出陣して行った。鮮やかな軍旗が次々と翻り、華やかな軍装を身に纏った武将たちがガチャガチャと甲冑を鳴らして二条城の大手門を潜っていく。数千もの騎馬の(いなな)き、それを見送る町衆の歓声で都の喧々囂々(けんけんごうごう)たるや一入(ひとしお)であった。


そして、最後に京を出るのは総大将を務める征夷大将軍・足利義輝だ。


「上様。御無事の御戻りを願っております」


御台所は大きくなったお腹を抱えながら、祈るように言った。


「うむ。案ずるな、此度は十万以上の軍勢に織田弾正もおる。それよりも身体を大事にせよ」

「はい。有り難う存じます」


今年の五月、御台所は再び懐妊した。昨年に続いての吉報に義輝の喜び様は相当なものだった。これで男子が生まれれば将軍家はさらに安泰となる。義秋の子が男子であったことから、義輝には御台所の子も男子であるように思えてならなかった。


だが、その期待を口にはしない。余計な負担を御台所へ掛けさせないためだ。


「於藤も達者でのう。暫く会えぬのが寂しいぞ」


そう言って義輝は、御台所の侍女に抱かれた愛娘の頬に触れた。まだきちんと喋れない藤は、その愛らしい瞳を父に向けて見送った。


「上様。そろそろ刻限にございます」


柳生宗厳が出陣の刻を告げる。


「うむ。では参るか…」


義輝は愛馬に跨がり、城門へと進む。途中、一度だけ後ろを振り返った。そこには実弟・義秋の姿があった。兄の姿に気付いた義秋が静かに頭を下げる。これに義輝は小さく頷くと、視線を再び正面へと戻した。


雲一つない晴天が、その門出を祝福しているようだった。


=======================================


同日。

山城国・山崎付近


義輝が二条城を出陣した頃、山陽勢に加えられた尼子一党は山崎にいた。幕府勢は十万以上の軍勢であるので、軍列は伸びに伸び、ここまで差が出ているのである。


行軍の途上、一隊を預かる山中鹿之助が叔父・立原久綱の隣へ馬を寄せてきた。


「叔父上、やはり公方様の御命令を無視してでも出雲へ戻るべきではありませぬか」

「またその話か。もう止めよ、鹿之助」

「私は公方様を信じておりました。されど此度の御沙汰には納得がいきませぬ。何故に我らを山陰勢に加えられぬのですか」


西征に於いて義輝は、尼子勢を自らが指揮する山陽勢へ加えた。これは尼子勝久が幕府奉公衆に名を連ねているからであるが、勝手な行動をさせぬ為に自らの指揮下に置いたのであった。


だが尼子再興を悲願とする鹿之助からすれば、自分たちの力は山陰に於いてこそ発揮されると思っている。旧知の者を通じて情報を得ることなど容易く、旧臣に蜂起を呼びかけて戦局を一変させることも可能と踏んでいる。しかし、山陽にいたのでは十二分に力を発揮することは出来ず、立てる武功にも差が生じるのは明白だった。


そしてもう一点、山陰勢には京極高吉が加えられている。言わずもがな京極家は元出雲守護である。その京極家を追い払って守護へ昇格したのが、謀将と名高い勝久の曾祖父・経久であった。


鹿之助には、義輝が約束を反故にして京極家を出雲守護へ復帰させるつもりではないかと、勘ぐっていた。だからこそ、その前に出雲を尼子で抑えてしまうべきだと考えている。


「やはり今からでも出雲へ向かうべきではございませぬか?」

「それはならぬ。幕府勢が西征を開始した以上は、我らが出雲へ赴けば大願は成就できよう。それこそ、大して難しいことでもあるまい」

「ならば、何故?」

「公方様は、義久様でなければ尼子再興は認めぬと仰った。我らが出雲で暗躍いたせば、義久様の身に何があるか判らぬ」

「それは……」


鹿之助の言葉には悔しさが滲み出ていた。


そんなことは鹿之助も承知している。だが義輝の命を素直に受け止められるほど単純な状況ではなかった。


「鹿之助よ。これだけの軍勢が毛利を攻めるのだ。流石の元就も一溜まりもなかろう。公方様に御任せしておれば、尼子の再興は成ろうぞ」

「はっ。判っております」


その理屈は鹿之助も判る。しかし、それでは尼子の所領は出雲一国しか戻らない。鹿之助としては、本音を言えば石見に伯耆を合わせた三ヵ国は取り戻したかった。何せ尼子は元々八ヵ国の守護なのだ。それが僅かに一国のみでは格好が付かないし、家臣として主君へ申し訳が立たない。


叔父に諭された鹿之助は複雑な心境のまま、馬腹を蹴って自隊に戻って行った。


=======================================


そんな中、京で出陣する一人の男を寂しげに見つめる姿があった。


「何故に儂を連れて行って下さらぬぅ!あれほど頼んだではございませぬか~!」


大の大人がクシャクシャな泣きっ面で地面に膝を付き、拳を打ち付けている姿はとても見られたものではない。町衆も関わらぬよう素知らぬ振りをして通り過ぎているのが、その証だ。


「御屋形様ぁ~!!」


そんなみっともない姿を恥じることなく晒しているのは、織田家臣・木下藤吉郎秀吉であった。


織田家で出世街道を突っ走っている秀吉としては、今回の西征への参加を渇望していた。既に織田家は周囲を幕府大名に囲まれており、隣国へ勢力を広げることは困難。秀吉の目指す一国一城の主になるためには西国で新地を拝領する必要があるのだが、その褒美に与るには西征への参加が必須だった。


なのに居留守役を命じられた。


「何故じゃ~!!」


だが秀吉の叫びに主が答えることはなかった。元々信長はそういう気質であり、命令を下してもどういう理由でその命令が発せられたかを一々説明することはない。それを汲み取るだけの器量が、織田家では求められる。もちろん秀吉にはその器量があるのだが、この時は感情がそれを勝っていた。


その主・織田信長は無言のまま、秀吉なぞ一瞥することもなく京を去って行く。それが点になって見えなくなるまで、秀吉はその場を動かなかった。


(やれやれ…。秀吉殿にも困ったものですな)


哀愁漂う姿を見て、溜息まじりにそう思っているのは竹中半兵衛重治だ。この度の秀吉の留守居役拝命に伴い、秀吉の与力を命じられた。出世しか頭にない秀吉と違い、彼自身は留守居役に何の不満も抱いていなかった。役目を恙なくこなしつつ、読書三昧に日々を送るだけである。


各々の役割が決められ、ついに義輝の西征が始まった。


義輝が将軍職へ復帰して四年目のことだった。




【続く】

いよいよ西征編スタートです。毛利陣営の様子、大友や周辺大名の状況は次回となります。


さて珍しく義景が本気です。名目上、朝倉全軍を合わせれば織田とほぼ同数であり、頑張っています。逆に信長は、まぁ相変わらずです。流石に西国へ三万も四万は送りません。


また義輝に再び子が出来ました。これが男なのか女なのかは、何れまた…


ちなみに義秋の子は、母が違いますが史実の義尋(ぎじん)としています。(三年ほど早く生まれましたが)ただ幼名が判らなかったので、初代将軍・尊氏の実弟・足利直義の子から取り、如意丸としました。


さらに尼子の動向も注目ですが、今回は秀吉を登場させました。(だいぶ前に一度だけ登場していますが)ついでに以前に質問のあった半兵衛も。三英傑を各場面が少ないのは戦国ファンに申し訳ないところですが、いずれ書く機会はあります。また書く機会がないと思いますので、秀吉が留守居役を命じられた理由を記述します。実は単に役に立たないからです。


秀吉の強みは調略です。ただ義を説くより利を説く秀吉のやり方は、織田家では認められるものの義輝の“義”には必ずしも合致せず、西征でその能力を発揮することは難しい。かといって部隊の指揮では柴田や滝川など秀吉より強い武将が織田家にはおり、敢えて秀吉を連れて行く必要がない。(ちなみに彼らは西征組)そして秀吉は内政能力が高いので、やはり留守居役が向いている…と信長の判断です。秀吉の思惑を叶えてやるほど、信長は甘くありません。

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