第十七幕 越前戦線 -信玄、止まらず-
十月三十日。
越前国・金ヶ崎城
上洛を目指す武田信玄を足止めすべく越前へ足を踏み入れた明智光秀こと土岐光秀は、金ヶ崎城での軍議で一向宗と敵対関係にある三門徒衆、平泉寺へ協力を呼びかけるという方針を決定した。総大将の権限を行使した半ば強制に近いやり方に前能登守護・畠山義続は不満を唱えるも主君・足利義輝より愛刀を借り受けた光秀は、己の考えを押し通した。
すぐさま光秀の名で證誠寺、平泉寺へ使者が送られることとなり、城門を早馬が駆けていった。
その後に軍議は一旦、休憩となり、光秀は城内の一室を借りて家臣の黒田官兵衛孝高と今後の動きについて打ち合わせを行なった。
「軍議の席では何も喋らなかったな」
先ほど一切の発言をしなかった官兵衛を光秀は不思議に思い、訊ねる。
「拙者は越前について殿ほど詳しくはありません。拙者が講じた策よりも殿の方が数段、優れた策を立てられます」
合理的な思考の持ち主である孝高らしい理由だった。ただそこには自信家としての一面も垣間見える。
「ふん、同じ条件なら自分の方が勝る、と顔に書いてあるぞ」
皮肉を口にする光秀であったが、これは孝高への褒め言葉だ。策士は己の策に絶対的な自信を持たなければ、いざという時に二の足を踏みかねない。そういう意味では、孝高の性格は策士に向いていることになる。
「さて、三門徒衆と平泉寺から返答が届くまでジッとしているのは芸がないな。官兵衛、如何にするのがよいだろうか」
先の軍議で方針こそ決まったが、光秀は悠長に報告を待っている真似はしない。さらに信玄を追い込むため、第二、第三の策を次々と打ち立てて行くつもりでいる。
「拙者が敢えて申さぬとも、殿は既に答えを出しているのではありませんか?」
光秀には腹案があるものとして、孝高は問い返す。二人の視線が絡み合い、互いの考えが一致していることを認識する。
「……やはり龍門寺城か」
「はい。富田長繁が成敗されたことで、龍門寺城は未曾有の混乱にございます。それを落すのは造作もありません」
「しかも龍門寺城は鳥羽城に近く、金ヶ崎にいるよりは遥かに一乗谷とも繋ぎを取りやすい位置にある。三門徒衆、平泉寺が決起し、信玄を包囲するのに龍門寺城ほど適した場所はなかろうな」
「まことに。されど急がねばなりません。時が経てば信玄も龍門寺城の確保に動くでしょう。先んじて城を攻め、こちらの手に入れておく必要がございます」
「先鋒は、畠山親子で大丈夫だろうか」
「軍議の席で、畠山殿の不満は溜まっておることかと存じます。鬱憤を晴らす場は、必要でしょう」
「されど先手として送って、勝手はするまいか。勇んで信玄との戦端を開いてしまえば、こちらに勝てる手立てはない」
「その心配は無用かと。畠山殿とて能登一国を切り盛りしてきた大名でございます。いずれ味方が増えると判っていながら不利な戦を仕掛けるなどと無謀な真似は致しますまい」
軍議の場では好戦的であった畠山義続であるも、京で神保領一万石を横領した立ち回りは戦国大名に足るものがある。かつて畠山七人衆との政争にも勝利し、長きに亘って能登を安定させてきた実力は今も健在である。
(簡単な状況判断くらいは出来るはずだ)
というのが光秀と孝高の判断である。
「では畠山殿に先陣を御願い致そう」
「それが宜しいかと。殿直々にお頼みすれば、少しは溜飲を下げてくれましょう」
「そうだな」
光秀から先陣を頼まれた畠山義続・義綱親子は金ヶ崎城を出陣して行ったのは、その日の夕刻のことであった。
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十一月二日。
越前国・鳥羽城
幕府方の援軍が越前に現れ、龍門寺城を攻め取ったと信玄が報知を受け取ったのは、朝倉旧臣たちから臣従を誓う起請文を並べていた時だった。朝倉景健、景忠、景盛、景冬ら旧一門衆、堀江景忠、小林吉隆、黒坂景久ら旧臣が信玄に従う旨を書き記した。概ね、ここまでは予定通りといったところだ。
もっとも朝倉家に属していた者たちが全て信玄へ帰順したということではなく、先に浅井長政へ信玄の侵攻を伝えた溝江長逸や織田家発祥の地・織田庄を治めていたことから浅井家に優遇されていた朝倉景綱などは、信玄の誘いには乗らず幕府方についた。
それでも越前の大半は、信玄の掌中に入っている。常より六分の勝ちを最上とする信玄にとって、この結果は満足のいくものだった。
「将軍に援軍を送ってくる余裕があったとは驚きだ」
幕府が援軍を送ってきたことに信玄は、率直な感想を述べてみる。
てっきり財政難から軍勢を起こせる余裕はないと高を括っていたが、幕府の回復力は予想よりも早いようだった。信玄は認識を改めると共に敵の大将が誰かと伝令に問うた。
「水色桔梗から推察するに、明智光秀かと」
「明智光秀?ああ、あの掛川の折に幕府の名代として寿桂尼の傍におった賢しそうな奴か」
信玄の脳裏に三年前の掛川対陣を思い起こされる。
はっきり言って、信玄は光秀をよく覚えていない。光秀のことも、所詮は将軍の取り巻きの一人に過ぎないとの印象しかない。あの時には目立たなかった存在が、今は信玄の前に壁となって立ち塞がっている。時の移ろいは早く、時代の変革が訪れているということなのだろうか。
「儂の前に堂々と立つ度量は認めてやろう。されど悪足掻きに過ぎぬ」
幕府軍の援軍は一万そこそこと聞いている。その程度では信玄を押し止めることなど不可能、浅井と連携しようとも返り討ちにする自信はある。そして、それ以上に信玄は光秀の来援を好機に捉えていた。
「ここで幕府軍の一部を叩いておけば、近江で楽ができる」
兵法では各個撃破が合戦の常道である。将軍は苦肉の策で兵を送ってきたのだろうが、愚策としか言いようがない。自分が義輝の立場なら、いっそのこと越前は放棄して近江での決戦に全力を注ぐ。仮に援軍を出すとすれば、無理をしてでも数を揃え、越前まで赴く。このような中途半端な真似だけは、絶対にしない。
それから三日後、朝倉旧臣からの起請文があらかた出揃ったことを信玄は確認すると、兵を動かすべく配下に指示を出し始めた。
そこへ急報が入る。
「證誠寺、誠照寺、専照寺の三門徒衆が決起、大野郡の平泉寺も幕府に味方すると宣言し、僧兵八〇〇〇を送り出した模様」
「ほう。明智とやら、これが狙いか」
信玄は一瞬で光秀の狙いを看破すると、越前の絵図を広げて駒を置いていく。
北の三門徒衆、南東の平泉寺の挙兵で、東の一乗谷、南西の龍門寺城と幕府方を表す赤い駒が置かれていく。一見すると信玄のいる鳥羽城は幕府方の軍勢に包囲されたことになり、窮地に追い込まれたかのような錯覚に陥る。
(詰めが甘いわ)
周りを見渡すと、不安に表情を曇らせている者が何人かいたが、武田の家臣たちは一人として暗い表情は浮かべていない。皆、信玄を信頼し、主ならばどんな困難でも打開してくれると信じていた。
当然、信玄は打開策を持ち合わせている。
「狼狽えてはならぬ。如何に敵に包囲されようとも、数では今も我らが勝っておる」
まず一点、信玄が不安材料を払拭した。
鳥羽城を囲むように点在している敵の数は総数で四万近くなるが、信玄の手元には神保領を取り込んで拡大した麾下の武田軍七〇〇〇と椎名康胤の四〇〇〇、畠山七人衆八〇〇〇に北陸三州の一向門徒が三万おり、越前で門徒二万が加わって総勢六万九〇〇〇の大軍勢を擁している。これを何処へ向けるかの話はあるが、何れに向かおうとも一撃で撃破できる程の力は備えている。
だが信玄は、手元の軍勢を光秀に割くつもりは一切ない。一兵とも割かずに、光秀の策を討ち破る。
「三河守殿。越前の門徒たちを蜂起させることは出来ますかな」
「越前の門徒ですか?それらは既に麾下に加わっておりますが……」
思わぬ信玄の問いに、七里頼周は首を傾げて問い返した。
「彼らが門徒の全てではございますまい。未だ門徒たちは越前中に点在しているのではありませぬか」
「確かに。されど貧村の者らばかりで、蜂起させても数十とかしか集まりませぬ。とても武田殿のお役に立てるとは思いませぬが……」
「それで構いませぬ。その数十が至る所で蜂起したならば、越前中が大混乱に陥ります。我らに与するとした朝倉の旧臣たちも挙兵させます故、ご案じ召されますな」
「はぁ……。武田殿のご要望とあらば、呼びかけるだけ呼びかけては見ましょう」
未だ要領の掴めない頼周であるが、信玄の指示通りに門徒衆へ決起を促す檄文を越前中に送ることにした。この檄文がどのような効力を発揮するのか、この場で理解していたのは信玄ただ一人であった。
数日後、各地で蜂起した一向門徒たちが朝倉旧臣たちと合流し、敵対する村々を襲い始めた。これらには三門徒、平泉寺の寺領も含まれており、彼らは我が身大事として光秀への援兵を見送って自己防衛へ奔る。
信玄によって僧兵たちの援軍は、瞬く間に霧散霧消してしまったのである。
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十一月八日。
越前国・龍門寺城
證誠寺、平泉寺より援兵を取り止めたとの報せを聞いた光秀は、龍門寺城で火急の軍議を催す。いざ全員が顔を揃えると開口一番、畠山義続が光秀へ噛み付いてきた。
「そなたを信じてみれば、これだ。だから儂は、最初から僧兵どもなど頼りにならぬと申したのだ」
「まさか信玄がこのような手段に出るなど……」
「聞いておるのか?これからどうするつもりか」
「いや、されど説明がつかぬ。どう考えても下策ではないか」
ところが光秀は、詰め寄る義続を無視して思案に耽っている。独語を吐いているなど気付いた様子もなく、どうして信玄がこのような手段に出たのかを考えていた。
「よもや信玄は越前を統治する気がないのか?」
行動から推察できる結末を、光秀は口にする。
今回の事はまったくの想定外ではない。想定していても信玄は別の策に出るはずと光秀は予測していた。それ故に、龍門寺城まで進んできたのだ。
「ただの焦りか。それとも何か考えがあってのことか」
光秀は一向門徒の一斉蜂起へ踏み切った信玄の心底が、そのどちらかにあるかで悩んでいた。前者ならここで退いたところで問題はないが、後者ならば厄介である。
「相手は武田信玄です。恐らくは後者でしょう」
軍議の席で、初めて孝高が口を開いた。
「信玄は判っていて門徒たちの蜂起に踏み切ったのです。ならば、まだやりようはあります」
希望を口にする孝高の言葉に、全員が耳目を集中させる。
「報告によりますれば、越前中で一向門徒たちが一向宗の村を襲うという事態が発生しております。飢えは時として人の思考を停止させます。飢えた領民が、食べ物のある村や寺を襲ったとしても不思議ではありませぬ」
孝高の言う通りの報告が、数件ではあるが報告が上がってきている。
連合軍の兵糧は基本的に自弁が殆どである。信玄が多少の便宜を図ろうとも加わった一向門徒たちも自分たちのものは自分たちで賄っている。つまり信玄の軍勢に加わっていた門徒たちは、比較的に門徒の中でも裕福な部類に入るということになる。少なくとも貧しくはなかった。
しかし今回、信玄の呼びかけで一斉に蜂起した一向門徒たちは皆、等しく貧しかった。故に信仰心から信玄に味方するのではなく、どちらかといえば明日の糧の為に味方をしているという方が理由としては大きい。彼らが求めるのは食べ物であり、それは寄進という名で集められ、一向宗の村や寺に多く納められていた。
それを蜂起した一向門徒が襲って奪ったのである。
事情を知らない側からすれば、一向門徒たち全てを信玄が操っているかのように思えるも門徒たちは麾下の軍勢すら手足に如く操るのが難しい。それが手の離れたところに点在する飢えた農民となれば、なおさら扱いは難しくなる。如何に信玄とはいえ、彼らは手に余る存在だったのだ。
今回の事は、それでも信玄は構わないと判断したことになる。それは欠点よりも利点が勝ると信玄は判断したのだろう。
越前全域が大混乱に陥ったことにより幕府方、信玄方ともに各所に点在する味方との連絡は不可能になった。光秀が協力を呼びかけた證誠寺、平泉寺は元より味方である浅井長政とも連絡が取れなくなっている。
その時、有利になるのは一番の大軍を手元に抱えている信玄であった。
「云わば信玄は諸刃の剣を使ってきた、というのだな」
「はい。まずは上洛を成功させること、それを信玄は優先させる気のようです」
「過程を軽視し、結果を重んじる。武田信玄らしいといえば、らしいか」
これまでの信玄のやり方から、光秀はどのような武将であるかを分析している。特に一度、会ったことのあるだけに、余計にそう思えてくる。
「はい。左様に思われます。当然ながら越前に於ける信玄の評判は悪くなりましょう。それは、戦後の統治に少なからず影響を与えます」
光秀と孝高が相槌を交わす。両者とも信玄が次に出る行動が判っているようだった。
「攻めてくるな」
「まず間違いなく」
時間が経てば経つほど信玄の評判は悪くなる。元より早期の上洛を目論んでいる信玄が攻めて来ない理由はなかった。
「何故に言い切れるか」
当てが外れたにも関わらず言い切る二人に、蚊帳の外に置かれていた義続が割って入る。主の思考を止めるのはよくないと、孝高が光秀に変わって説明を始める。
「信玄殿の目的は言わずと知れた上洛でございます。その上洛の障壁になると想定されているものは、二つございます」
「その二つとは?」
「一つは雪でございます。間もなく北陸は雪が降り始め、道行く道を閉ざして参ります。そうなれば春までは身動きが取れなくなり、公方様は軍勢を立て直す時間を得ることになります。信玄殿の勝機は一気に失われます」
「ふむ。で、いま一つは」
「織田様の復活です」
「織田、だと?何故に信長の名が出てくる」
ふいに出てきた織田の名に義続は顔を顰めた。
信長を呼び捨てにしていることからも、快く思っていないことが窺える。名門の血筋が、どうしても信長を成り上がり者として見てしまうのであった。
「織田様は長島で敗れはしましたが、抱えている兵は誰よりも多うございます。時が経てば復活してくるのは間違いなく、しかも攻め入るのは織田様の領国である近江です。織田様が全軍を率いて出張ってくれば、それだけで信玄の勝ち目はなくなります」
現在、信玄が抱えている兵は六万数千。対して織田は元亀擾乱で北近江を獲得したことにより単独でも信玄と互角の兵を動員できる国力を有することになった。これに幕府の大名たちが加わるのだから、まともに考えれば信玄は負ける。
「信玄殿が上洛を成功させるには、今を於いて時はございません」
孝高の説明が終わり、義続が周囲を見渡すと誰しもが納得の表情で頷きを繰り返していた。義続自身も孝高の言葉に流されつつあったために、次の言葉を見つけられなかった。
「ではどうするのだ」
ようやく出た言葉が、これだった。
「ここは逃げるしかありません」
それに対し、孝高は即答で返す。
「戦っても勝てませぬ。勝てぬから、足止めに徹したのです。確かに我らは浅井殿への援軍でもありますが、余呉で公方様が武田と戦われる際の貴重な戦力でもあります。ここで悪戯に減らすわけには参りませぬ」
「なんだと!?されど、先ほどそなたはやりようはあると申していたではないか」
飄々と語る孝高の態度に苛立ちを募らせた義続が食って掛かる。それを止めたのは、先ほどから黙っていた光秀であった。
「官兵衛。此処に敵を誘い込めるか」
光秀が軍扇で絵図を指し示し、孝高に問う。
「某も、そう思っていたところでございます」
孝高は可能かどうかを返すのではなく、同じ考えだと言った。光秀はニンマリと頬を緩ませ、再び二人の視線が交わされる。
光秀は姿勢を正し、考え抜いた策を披露し始める。その言葉一つ一つを誰もが聞き入り、時折に質問を交えながら話していった。
「その役目、儂に任せて貰おう」
そして話が終わったとき、最初に賛同の声を上げたのは、驚くことに最初から光秀に反発的だった畠山義続だった。
「儂は幾度となく信玄に煮え湯を飲まされてきた。奴に痛手を与えられるなら、儂がやる」
名門・畠山家の意地が、義続を突き動かしていた。
権謀術数の中で能登の統治を保ってきた義続は、長年の苦労の甲斐もなく信玄の謀略によって国を追われた。所領の回復を目論んで臨んだ尻垂坂の合戦では、数で勝っていながらも信玄に敗れ去った。これが国の中で戦ってきた者と外で戦ってきた者の差かだとは思いたくはない。
しかも信玄は将軍と信長しか見ていないようだった。そこに自分の名はないのは、無性に腹が立つ。
「信玄め。見ているがいい」
義続は復讐の炎を燃え上がらせていた。
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翌日のこと。
龍門寺城に一向門徒たちが攻め寄せてきた。遠くには様々な軍旗が確認できる。数の多さからしても間違いなく武田信玄の軍勢であった。
眼を覆うほどの大軍、見たところ五万は軽く超えているものと思われた。信玄が全軍を龍門寺城へ向けてきたと推察できる。
対して幕府方は昨夜の内に光秀たちが退いたこともあり、二六〇〇と少ない。これが野戦ならば、一瞬で蹂躙されるほどの圧倒的な差だった。どう見ても勝ち目はないように思える。
「本当に黒田の申す通りになったわ」
心の隅で孝高の言葉を疑っている自分がいたことを義続は判っていたが、こうも言われた通りに信玄が攻めて来たとなると、流石に信用するしかなくなってくる。それと同時に光秀の策が成功すると思い始め、大軍を目の前にしても気圧されることなく、余裕を保てていた。
「義綱。適当に相手をしたら退くぞ。芸州殿も宜しいな」
義続が音頭を取り、兵を采配していく。細かい点は委ねられているが、全ては光秀が組んだ段取りの通り進んでいる。
「まずは一撃、与えて参ります」
一向門徒の相手は慣れていると言わんばかりに、神保安芸守氏張は城門を開け放って飛び出していく。てっきり城に籠もって出てこないと思っていた一向門徒たちは、敵の出鼻を挫かれ、大兵を抱えながらも押し返されるという現象が起こった。氏張はそれなりに損害を与えることに成功するも、敵の総数からすれば微々たるものである。
「ちッ!分が悪いか……」
勢いは一時的で、一向門徒たちの勢いは衰えることを知らず、たちまち形勢は逆転する。氏張は味方を纏めて後退へ移り、それを門徒の群れが追っていく。
「氏張殿を助ける。行くぞッ!」
一向門徒に追われる氏張を出撃した義綱が横から救う。一瞬だけ敵の動きが弱まり、その間に二人は全軍ほぼ欠けることなく城内へと戻った。
「上出来じゃ。ようやった」
帰って来た二人を手放しで褒め称える義続は、さっそく次の行動に移る。城門を堅く閉ざし、徹底抗戦の構えを見せたのである。
「南無阿弥陀仏」
「進者往生極楽、退者無間地獄」
「厭離穢土、欣求浄土」
一向門徒たちは、まるで津波のように押し寄せてきた。気味悪く念仏を唱えながら、命を散らした味方の屍を踏み越えてくる。城壁という城壁に人が集り、畠山勢が突き出す槍をものともせずによじ登る。
瞬く間に城内へと侵入された龍門寺城は、僅かに一刻(二時間)も持たずに落城した。未だ信玄本隊の到着もない間の陥落であった。
「よし!そのまま追って来い」
しかし、義続ら幕府方の軍勢は、ほぼ無傷で残っていた。南門より飛び出して、一斉に逃走を図っていたのだ。
「逃がすなーッ!追えッ!追えーッ!」
門徒たちの采配を任されている坊官たちが、声を揃えて追撃を叫ぶ。大将格である七里頼周は冷静に信玄へ報告の早馬を駆けさせるが、負けるとは微塵も思っていないために指図を待たずに追撃の許可を出す。
怒涛の勢いで迫ってくる一向門徒たちを相手にしながら、義続らは北陸街道を南へと進んで行く。そして越前の要衝である湯尾峠へ差し掛かった時である。
「撃てッ!」
峠を駆け上る門徒たち目掛けて、光秀自慢の鉄砲隊が猛烈な砲火を浴びせた。ただでさえ精度の高い光秀の鉄砲隊が、左右から同時に銃撃を加えたのである。凄まじい銃声が峠中に響き渡り、断末魔の叫びが辺りを支配した。
そして峠は静まり返る。生き残った者は、殆どいなかった。
幕府方の反撃は、それで終わらない。猛烈な銃火に打ちのめされた門徒たちへ義続ら畠山勢が反転し、逆落としを仕掛けた。門徒たちは転げ落ちるように峠を戻って行き、ようやく冷静となって突破は不可能と判断、信玄の来着を待つことにした。
「畠山殿、見事に御役目を果たされましたな」
「この程度、儂の手にかかれば容易いわい」
山上に築かれた湯尾城で、光秀は総大将として義続の労をねぎらった。いつもならここで気分を損なうところだが、憎き信玄方に一矢を報いれたことで、義続の機嫌も悪くはなかった。
「されど、ここからだ」
「判っておる。次も上手くやって見せるわ」
胸を叩いて“任せろ”と言わんばかりの義続を光秀は安堵の表情で見る。一時の勝利とはいえ、勝ちを拾った事により味方の士気は確実に上がっていた。
「明智とやら、やるではないか」
一方で夜になって報告を受けた信玄は、湯尾峠の北にある茶臼山に陣取って対策を練っていた。損害は僅かに数百と気にする程のものではなかったが、それも大軍を得ているからである。常の戦ならば、大打撃に匹敵する事態だ。
「迂回し、敦賀から近江へ向かいますか」
馬場信春が転進するかどうかを主に訊ねる。
「いや、どの道いく手は防がれよう。それくらいのこと、奴ならば考えておる。無駄に時を費やすだけだ」
表情からは笑みが零れている。思わぬ強敵の出現を何処か信玄は愉しんでいるようだった。
越前から近江に抜ける道は、どれも広くはない。大軍ならば縦隊で進むしかなくなり、何処を通っても光秀の鉄砲隊を相手にしなくてはならない。もちろん大軍であるが故に隊を分け、一部を敵の背後に進ませることで退かせ、峠を抜けるという方法はある。
(時が惜しい)
近江では将軍が決戦を想定し、準備を進めていることは調べで判っている。また信玄は大軍であるが故に湖西を通って上洛するしかなく、余呉での決戦に勝利したとて長浜、佐和山、観音寺などいくつもの敵城を突破しなくてはならない。
今年中に上洛を成功させなければ敗北は必至。そう想定している信玄としては、一日も早く近江入りを果たしたい。余呉での決戦は、一日早まれば信玄が有利となり、一日遅れれば将軍が有利となるのだ。
「一向門徒たちを前面に出し、力ずくで突破を図る」
扱いは難しいが、まるで将棋の“歩”の如く何処までも前に突き進む門徒たちの特性を信玄は理解している。彼らならば、光秀の鉄砲隊を突破できる。
「御屋形様!?それでは味方の犠牲が増えるばかりとなりましょう」
「左様にございます。ここは別の手立てを講じては如何ですか」
ただ武田家臣の間から、次々と反対の意見が上がってくる。皆、信玄らしくない力押しに驚いている様子だった。
「目下の敵との合戦だけを見れば、力攻めは下策であろう。されど余呉での決戦を想定すれば、決して下策ではない」
しかし、信玄は言ってのける。
確かに犠牲は出るだろう。ただ味方の骸を踏み越えて進める一向門徒ならば、数で押せば突破は不可能ではない。明智の鉄砲隊が有能であれど、敵の数は多くないのだ。その代償を払う代わりに、信玄は時間という名によりも得がたいものを手に入れられる。
「お前たちは後方に下がっておれ。ここで誰一人として失うわけにいかん」
信玄は家臣たちを後方に据え置き、七里頼周に峠の突破を命じた。
翌日、両軍は湯尾峠で激突した。
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十一月十日。
越前国・湯尾峠
この日の早朝、湯尾峠は阿鼻叫喚に包まれていた。
「撃てッ!撃ちまくれッ!案ずるな、撃てば必ず敵に当たる。弾込めが終わったものから敵を狙い撃てッ!」
前線に築かれた防柵の後ろで指揮を執る斎藤内蔵助利三が喉を嗄らしながら叫んでいる。
峠を埋め尽くすような門徒の群れは、まるで進んで黄泉の国へ赴こうとしているかの如く壮絶な前進を続けている。味方が、仲間が銃弾に倒れようとも臆する者は一人としていない。誰もが引けば地獄へ落ちると信じて疑わなかった。
「内蔵助殿!城戸を開けて下され!」
「弥平次!?打って出る気か!」
同僚の三宅弥平次は愛槍を構え、自ら出撃せんと利三に願い出た。
「いつまでも奴らを鉄砲で押さえられはせん。人の手で押し返す必要がある」
「されど、極力犠牲は出すなと殿のご命令だぞ。それに、ここを突破されても次がある」
斎藤隊の後方には、次の防柵が設けられている。一の柵が破られても後方へ退き、次の柵に籠もるという戦法である。これが峠道が終わるまで延々と設けられているのだ。つまり信玄は多大な犠牲を払って峠を突破するか、諦めて退くかのどちらかを必ず選ぶしかない。
それが光秀と孝高の策であった。
「心配は無用じゃ。如何に次があるとはいえ、ここを簡単にくれてやったら明智の面目は丸潰れよ」
土岐家を継いだ光秀であるが、麾下の将にまで実感は伝わっていない。未だ彼らの中にあるのは“明智”という家の誇りである。
「そうよな。ならば安心して行って来い。退く時には援護してやる」
「頼む!」
そう言って笑みを浮かべた弥平次は城戸から飛び出していった。
自慢の膂力を武器に一向門徒を薙ぎ倒し、宣言通りに押し返すと斎藤隊の鉄砲を援護に悠々の凱旋を果たす。そして再び銃撃による打撃を与えた後、柵を放棄して後方へ下がった。
次の防柵を任されたのは波多野秀尚である。山岳戦を得意とする彼らにとって、峠での戦いは地の利を得たも同然で、明智勢ほど鉄砲を抱えてはいなかったが、押されることなく優勢を保っていた。
「ぬぐッ!!これが門徒どもの力か……」
だが数の暴力は合戦の形勢をいとも簡単に覆してしまう。あっという間に防柵には門徒たちが押し寄せてきた。
「ええい!兄者がおらずとも波多野の力が衰えておらぬこと、見せてくれるわ!」
元亀擾乱が終わり、幕府によって正式に波多野家の家督を継ぐことを許された秀治にとって、この戦いは当主としての初陣であった。その初陣を負け戦で飾るわけには行かない。泉下の兄に恥じることない戦をすると、秀尚は決意している。
「もう一押しじゃ!」
軍鞭を捨て、腰から太刀を引き抜いた秀尚は、豪快にもこちらから柵を押し倒す。人の重みで過重となった木柵は、盛大に倒れて門徒どもを下敷きにした。さらに秀尚は退くと思いきや、倒れた木柵を乗り越えて門徒の群れに斬り込んでいった。
「殿!拙者が御供いたす!」
「応ッ!儂に遅れるなよ!」
家臣である籾井教業が寄り添うように主君である秀尚に付き従う。丹波の青鬼と恐れられた教業の猛攻は凄まじく、最初から柵など必要なかったのではないかと思わせるほど門徒たちを打ち負かしていった。
それでも人の体力には限界がある。流石の教業といえども疲労には勝てず、勢いは衰えを見せる。次第に門徒たちが逆襲に転じ、波多野勢は次の防柵を目掛けて撤退していった。
これを何度か繰り返している内に武田勢の被害はどんどんと拡大していく。信玄の本陣でも眉を曇らせた連中が次々と報せを届け、味方の劣勢を伝えていた。
「御屋形様。このままでは犠牲が増えるばかりにござる」
「案ずるな。前には進んでおる」
「されど、既に一千を超える死者を出しております。峠を突破する頃には、果たして何倍に増えているか判りませぬ」
「味方の半数でも近江に辿り着けば、儂の勝利は絶対だ」
諫言の類を一蹴し、信玄は攻撃の手を緩めなかった。確固たる決意がそうさせていると言えば簡単だが、明確な理由もちゃんとある。
(岐阜では戦支度は行なわれていない。京でも目立った動きはない。いま近江に出れば、確実に勝てる)
各地に潜ませている細作から、いくつもの報知が齎されている。それによれば織田信長に動きはなく、京でも将軍が何かしら策謀を張り巡らしている様子はなかった。将軍は今も石山本願寺から動けずにいる。近江では少なからず地元の豪族あたりが兵を出してくるだろうが、それでも信玄の軍勢を超えてくるほどの大軍が現れるとは考えられない。将軍による余呉での決戦支度は、遅れていると見ていい。
(今ならば、勝てる)
その思いが信玄を突き動かしていた。
そこに一つの報知が入る。
「後方に敵軍!家紋は三つ盛亀甲に花菱!浅井勢にございます!!」
前を向いていた武田信玄が、後ろを振り返った瞬間であった。
【続く】
久しぶりの投稿となります。まずは申し訳ない、と謝罪から入らせて下さい。
最近はプライベートが忙しく、とても執筆に時間を避けませんでした。今後も改善の予定は今のところないのですが、頑張りますとだけは言わせて下さい。
さて今回は光秀VS信玄となりました。前回は秀吉との対決があった信玄ですが、状況が違うだけあって展開も変わって参ります。ちなみに湯尾峠で見せて鉄砲隊の銃撃は、あの有名なセンゴク時代を描いた某漫画(←まったく隠す気ないですが)をモデルとしています。少々遊びを入れてみたのですが、拙作を見ている方々なら読んだことのある人も多いのではないでしょうか。
また畠山義続に少しスポットを当てた回ともなりました。その義続は似絵で信玄と間違われていた人物で、信玄と戦わせて見せるのも面白いと思った次第であります。(まあ勝敗は明らかでしょうが)
さて次回は越前攻防の続きかと思いきや関東へ場面を移します。もちろん謙信って今なにしてるの?という疑問を解決する回となりますし、いろいろと先の展開に布石を置く回ともなります。その後、九州でこの頃に起こっていた史実の合戦を描き、上方へ戻って決戦の続きを描きます。