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剣聖将軍記 ~足利義輝、死せず~  作者: やま次郎
第五章 ~元亀争乱~
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第十四幕 天王寺合戦 -包囲網崩れる-

十月二十日。

摂津国・天満森


石山本願寺の攻勢は、突如として始まった。これまで何度か散発的な突出はあったものの、一向門徒たちは基本守勢一辺倒で、幕府軍の包囲を揺るがすことはなかった。今日という日に本願寺勢が俄かに方針を転換したのには、当然ながら理由がある。


「間違いなく信玄が動いたからだろう」


北陸で武田信玄が兵を動かした、という報せは幕府方の総大将・三淵右京大夫藤英の許にも入っている。


「やはり包囲の網は完全ではなかったか……」


藤英は後悔の念に捉われ、苦虫を噛み潰したような表情を崩せずにいた。


石山本願寺は幕府軍によって包囲されているが、その範囲は広大で、以前にも信玄の使者が入り込んだことがあるように包囲網には穴が多数、存在している。西征前のように幕府が大軍を発すれば完全包囲も可能であろうが、財政難から二万五〇〇〇程しか動員出来ておらず、荒木村重の抵抗から有岡へも一万二〇〇〇を振り向けなくてはならない事情から、これ以上の動員はせっかく改善しつつある財政を悪化させる。


それ以前に、同じ動員するならば石山へ備えるより信玄に対抗するべく北陸へ向かわせる他はない。つまり藤英は現状の兵力を以って解決を図らなければならなかった。


「難波砦の敵勢が出陣、三箇頼照殿の陣へ向かっております!」

「陣を固め、絶対に死守せよと伝えい。場合によっては大和守殿へ加勢を頼め」

「はっ!」


藤英の声に押されるようにして伝令が本陣を去り、また別の伝令が険しい顔つきのまま駆け込んでくる。


「敵の主力が能勢頼通の陣へ殺到しております!数は凡そ一万、大将は下間頼廉の模様。摂津衆の面々も応戦しておりますが、旗色が悪く援護を求めております!」

「すぐに畠山、筒井を向かわせい!左馬助も追って遣わす」


藤英は声を張り上げて、矢継ぎ早に伝令を駆けさせる。事は一刻を争っていた。


挿絵(By みてみん)


四天王寺から出撃してきた門徒兵は予想外にも一万を超えた。恐らくは石山に籠もっていた本隊を回してきたのだろうが、率いる相手が悪かった。


大将は“大坂大将”と呼び声が高い下間頼廉は顕如の側近中の側近で、一向門徒たちの中では法主に次ぐ大物である。しかも合戦では事実上の総大将でもあるので、率いる門徒兵の士気は昂っている。長いこと包囲で低下しつつある幕府軍の士気とは、比べようがない。


統一感のない具足に身を包んだ大軍が一挙に摂津衆の陣地へと襲い掛かった時、もはや結果は見えていた。


「陣形を乱すな!慌てず、落ち着いて応戦せよ。敵が近づいてきたなら、たっぷりと矢弾を馳走してやれ」


摂津衆が一人、丸山城主・能勢頼通は大兵を前にしても、恐れを抱くことなく冷静に兵を指揮していた。


能勢氏は幕府に仕える御家人で奉公衆にも名を連ねている武勇の誉れ高き武家である。幕政を細川氏が牛耳るようになると、その庇護下に属して各地を転戦し、三好長慶の勢力が台頭していくと、それに従い、やがて幕府の力が回復し、和田惟政が代官として摂津を任されるようになると、頼通は父・頼幸から家督を譲られて帰参を果たしている。


頼通も戦に次ぐ戦を経験しており、幕府軍の中では精鋭に近い方だった。


「来たぞ、撃てッ」


頼通の号令で幾百の矢弾が門徒たちへ一斉に降り注いだ。雄叫びにも似た悲鳴が木霊し、喚声が辺りを支配する。川は赤く血で染まり、攻撃は成功したかに見えた。


しかし、門徒兵の勢いは常軌を逸していた。


進者極楽往生。


門徒たちは進めば死して後に極楽へ往生できると信じている者たちばかり。味方が倒れても、極楽へ往生したものと信じ、自分が倒れることも厭わない。死への恐怖、生への未練は捨て去った敵に、現世への執着を断てない者が勝てるはずもなかった。


しかも彼らは全国数十カ国から本山ひいては法主・顕如を守護すべく集まった信者たち。各地で戦っている一向門徒たちよりも信仰心は篤く、揺るぎはない。まさに死兵の軍団。


「怯むなッ!気持ちで負けてはならん。一向一揆如きに遅れを取るなッ!」


門徒兵は矢弾をもろともせず突っ込んで来た。頼通も自ら前線へ躍り出て勢いよく槍衾を喰らわせたが、門徒兵の勢いを止めることは叶わない。


「返せッ!返せッ!逃げずに戦うのだ!!」


必死に陣頭で兵を叱咤する頼通の声が、戦場に虚しく響いている。今のところ敗走こそ免れているが、時間の問題だった。頼通を含め、味方は二〇〇〇しかいない。味方の援護なくして、隊を保つことは不可能だった。


「儂の槍を持て」


それでも頼通は、猛然と突撃してくる門徒兵の前に臆することなく立ちはだかった。それが頼通最後の姿となる。援護は遂に間に合わなかったのだ。


「脆いな。幕府方の戦意、思ったよりも低いと見た」


摂津衆を蹴散らした頼廉が冷静に戦況を分析する。


能勢頼通を始めとする摂津衆は、幕府方ではあるが荒木村重のように謀叛方に奔った者もいる。実のところ心の内で揺れていた者も少なくはなかった。


能勢の家中でも側室の子である頼貫を擁立して謀叛方に与するという動きがあった。永禄八年(一五六五)に幕府方へ帰参した当初、頼幸は頼貫を世継ぎにしようと考えていた。しかし、嫡流を重んじる幕府が頼通への家督譲渡しか認めなかったために、実現はしなかったが、足利義昭の挙兵を契機にして先代の頼幸の意向を一部の家臣たちが利用しようと企んだ。


この企みは事前に露見し、自らの家督を推した幕府方に属すことを意とする頼通によって未然に防がれ、頼幸も今後は政道に口出ししないことを約して完全に隠居することになった。但し、家中の混乱は見えないところで燻っていた。家来たちの心中は穏やかではなく、心の底から幕府に尽くそうと思う者は頼通ら一部に過ぎなかったのだ。


また畠山政尚も家督の問題を抱えたまま石山へ駆りだされていた。


畠山家は高政が謀殺された後に昭高が継いでいたが、その昭高も山崎の合戦で降伏、義輝は命こそ奪わなかったものの大名としての存続は許さなかった。幸いにも畠山家は高政と昭高の弟・政尚が紀伊に一定の勢力を保っていたため、幕府方と謀叛方のどちらにも属さなかった政尚に家督が回ってきた。ところが政尚が恩義を感じている様子は微塵もない。山崎の合戦で謀叛方が破れた時点で、政尚からすれば畠山家を存続させるためには積極的に義輝へ協力する道しか残されておらず、今回の出征にも自ら参加を申し出るしかなかった。ただ紀伊に所領を有している政尚は雑賀衆との繋がりが深く、堂々と幕府方に味方することは己の支配権を揺るがしかねない行為でもある。その矛盾が、政尚の心を揺るがしている。


その他、山崎の合戦で寝返り組である高山友照や三箇頼照に減封された筒井順慶が石山の包囲に参陣している。幕府は戦の作法に則り、彼らを包囲網の前衛に置いている訳だが、当然ながら彼らは自軍の被害を最小限に抑えることを第一に考えており、その動きは鈍い。


(幕府方で注意すべきは将軍直参の蒲生と毛利勢、それに北条くらいだ。後は無理やり従わされているだけで、自分たちに矛先が向かなければ積極的に動くことはあるまい)


頼廉の予測は見事に的中した。


畠山政尚と筒井順慶の腰は重く、ようやく動きを見せたのは藤英からの命令が届いてからという有様だった。自主的に素早く動けば頼廉を両翼から挟み撃て、しかも摂津衆を救えた位置にいながらも、勝機を逸した形となった。


「さて、次はどうするか」


成果を上げた頼廉は辺りを見回し、次の獲物を探し始めていた。


わざわざ出撃してきて、一暴れしたくらいで頼廉は引き下がるつもりはない。目的の一つである摂津衆の荷駄は奪いことに成功したが、もう一つの目的は未だ達成できていない。


そのようなことなどまったく知る由もない筒井順慶は、対岸の戦いをまるで人事のように眺めていた。


「殿、摂津衆を助けなくても良かったのですか。味方でありますぞ」


筒井家の家老で右近と称される松倉重信は、咎めるような口調で主に話しかけるが、順慶はあっけらかんとしたまま表情を変えずに言葉を返す。


「構わぬ。山陰への出兵と減封で当家の財政は火の車よ。これ以上、払わずともよい犠牲は払いたくない」

「戦に犠牲は付きものでござる」

「これも家臣たちの事を慮ってのこと、右近ならば判ってくれると思うたがな。案ずるな、敵の突出はいつものこと、どうせすぐに兵を退こう。摂津衆の敗退は、油断が原因よ」


何度か散発的な敵方の突出を経験している順慶は、今回も敵の攻撃も限定的なものだと思い込んでいた。


「今回の突出は、いつもと違うように見受けられます。この事が公方様の御耳に入れば、また勘気を被るやもしれませぬぞ」


と重信が主へ厳しい目線を送る。


筒井に対する将軍の評価は低い。出奔した島清興を直臣として召し抱えたことも、見方によっては筒井に対する意趣返しにも思え、将軍の配慮は一切、感じられない。清興自身も順慶へ良い感情を抱いているはずもなく、その口からどのような言葉が将軍へ語られるのか判ったものではなかった。


尤も重信は清興がそのようなことをする男とは思っていないが、清興が将軍の傍にいて筒井が損することはあっても、得することは何もないと考えておいた方がいい。ならば積極的に働いて、評価を返る他はないのだが、主はいつまでも鈍重なままだった。


「気の回しすぎよ、右近。上様は今頃、有岡から帰陣している最中であろうよ」


と順慶は言ったものの、重信の不安を拭い去ることは出来なかった。尚も本陣からの命令に従うよう説得を続ける。


「右京大夫様より再三に亘り、摂津衆の救援を求められております。右京大夫様は評定衆の筆頭職にあられる御方、心象を悪くするのは如何かと存じます」

「筒井は三淵の家来ではない。それに儂とて救援に向かうのは吝かではないが、肝心の摂津衆が崩れてしまっては救いようがない。敗走に巻き込まれぬよう、ここで陣を固めておくのが上策よ」


摂津衆の敗走を機に、筒井勢は行軍を止めていた。対岸に布陣する下間頼龍に備えるというのが表向きの理由だが、頼龍が率いる兵は八〇〇余りと多くはなく、三〇〇〇を誇る筒井が全軍で備える必要はまったくなかった。


「……はっ、左様でございますか」


主の説得を諦めた重信は、御前を退出して自陣へと戻っていた。


(敵は本気だ。敗走した摂津衆の追撃を早々に切り上げ、こちらへ寄せてくるやもしれぬ)


この重信の予測は当たることになる。頼廉は次なる標的に畠山ではなく筒井を選んでいた。四天王寺の東に布陣する頼龍と連携を図れるからであるが、畠山の近くにいる毛利勢を警戒していたからである。


本陣から一番離れた位置に布陣する毛利勢は、数からしても六〇〇〇余と幕府軍の中核を担えるほどの陣容がある。しかも吉川元資は各所で守勢に回っている幕府軍の中で、持ち前の武勇を発揮して土橋守重の攻撃を撥ね返し、唯一川を越えて攻勢に出ている。このことから推察しても、毛利勢の戦意は他に比べて高いことが窺えた。もし頼廉が畠山勢に襲い懸かれば、未だ参戦していない毛利元清が後ろ巻きに出て来ることは必定、元資もたちどころに兵を返して畠山勢を支援するだろう。そうなれば兵力の上でも両者は互角となり、苦戦は免れない。


逆に筒井勢へ襲い懸かれば畠山勢が壁となって容易には支援できず、その間に充分な打撃を与えることは不可能ではない。


「撃ち方、用意……」


ただ重信が予め備えていたこともあって、筒井は摂津衆のように最初から劣勢に追い込まれることはなかった。


「撃てッ」


重信の号令によって、押し並べられたの銃口から一斉に火が噴いた。大音響が戦場へ轟き、門徒兵をあの世へ送る。


「どうだ……」


立ち籠める硝煙の隙間から重信は前線を窺った。充分に引き付けただけあって大半が命中したはず。如何に死を恐れぬ門徒兵とはいえ、死なないわけではない。敵の被害はかなりのもの、そう重信は思っていた。


「うおぉぉーーー!!」


それも束の間、鯨波の波が再び押し寄せてきた。重信の予測は当たっていたが、その覚悟を見誤っていた。被害云々は彼らにとって大きな意味を持っておらず、目の前の敵を討つことだけしか頭にない盲目の輩であることを失念していたのだ。


「くッ!一向宗の攻撃がこうも激しいとは……ッ!!」


戦慣れしている重信であっても一向門徒たちの攻撃を防ぐのは、骨が折れる役目だった。備えを数段に分けて繰り出し、敵の攻撃を上手く受け流しているが、門徒兵の絶え間ない猛攻は終わることなく続く。一瞬でも気を緩ませれば、取り返しのつかない事態を起こしかねない。


「森殿は如何しておる?」

「あちらも下間頼龍の軍勢に押されているようにございます。どちらかが破られれば、本陣が危うくなります」

「そんな事は判っておる。いま少し支えれば、北条勢が駆けつけて来よう」


頼廉の襲来に呼応して、下間頼龍の部隊も動き出していた。筒井は松倉、森の両家老が二手に分かれて本陣を守備しているが、兵の多寡は如何ともし難く、このままでは展望は見えない。


「本陣の兵を出して右近を助けよ。乱戦に持ち込めば、敵は鉄砲を使えまい。弓合戦は程々にして、長槍隊をぶつけよ」


先ほどとは打って変わり、順慶は積極的に動いた。


窮鼠猫を噛むという言葉があるように、追い詰められた順慶は猛然と襲い掛かる本願寺勢に対して頑強に抵抗し始めたのだ。


日和見主義な順慶も戦国大名の一人であり、この状況で兵を退けば多大なる被害を被ることは判っている。筒井の犠牲を最小限に止め、尚且つ自らが生き残るには敵を退けるしかなく、それには味方の支援が不可欠だ。対応が後手後手に回っている感は否めないが、決して望みがないわけではない。


筒井の陣の近くには、北条氏規勢三三〇〇がいる。


氏規は筒井同様に摂津衆の援護を命じられている。結果として救援は間に合わなかったが、陣を動かした分だけ筒井と北条の位置は近くなっていた。こちらの様子は見えているはずなので、現状は伝わっているはず。氏規の将器なら、こちらの要請がなくとも動いていてもおかしくはない。


「まったく、世話を焼かせる」


氏規は順慶の変貌ぶりに嘆息していた。


頼廉が筒井勢に襲い掛かった時点で氏規は兵を動かしていたのだが、その途上で順慶からの援護要請を受けていた。恥も外聞もなく切実に救援を訴える順慶の態度に、氏規はほとほと呆れ果てる。


先ほど、本陣から摂津衆の支援を要請された際には中々道を開けようとしなかった順慶が、自らが窮地に陥ると平然と助けを求める。かといって味方を救わない訳にはいかない。順慶のためではなく、義輝のため、ひいては北条が生き残るためには。


(北条という家を守るためには、上様への御恩は果たさねばならん)


実家の北条家は、いま幕府の統制下から外れて潜在的な敵国と化している。義輝の印象は悪く、上方での争乱が片付いた後にどう出るかは判らない。最悪、討伐されることも有り得る。兄・氏政は上方で幕府が敗れる可能性に懸けているのかもしれないが、こちら側にいる氏規にすれば幕府が敗れる公算は低いと見ている。


信玄の脅威、本願寺の抵抗と厳しいが幕府は九州を残して西国を平定している。加えて織田や徳川などが味方となり、武田義信も幕府への恭順を誓ったと聞く。今でこそ畿内の兵しか動員されていないが、中国と四国の兵がやってくれば戦力差は瞬く間に逆転するのだ。


それが関東にいる兄には判らないのか。そして父は、何を考えているのだろうか。


「兄者は大馬鹿者だ!せっかく関東での所領が認められたのに、欲張って兵を動かすから」


遠く関東にいる兄への愚痴を口にしながら、氏規は道を急いだ。


関東にいる頃は間接的に接してきた義輝であるが、いざ付き合ってみると非常に仕え易い主君だった。貴人でありながらも身分の違いを気にせず、実力のある者には大いに働き場を与えてくれる。そして、それはしっかりと恩賞という形で返ってくる。


元亀擾乱で氏規に恩賞として約束されていた旧畠山高政領の河内十万石。自分が北条という家の一族であることを考えれば、反故にされても不思議ではなかったが、義輝は帰京後の論功行賞で約束を守った。


それに応えるは、今である。それが武士、武門の有り様。不思議と、そんな気持ちになっていた。


「平三郎左衛門、そなたは頼龍の軍勢に当たれ。さして敵の数は多くない。こちらの姿を見れば、すぐに引き揚げるはずだ」


氏規は馬を走らせながら下知を飛ばしていた。


「承った!」


平盛長六〇〇が森好之を攻撃している頼龍の側面へと向かう。


「甲斐庄喜右衛門は、このまま直進して順慶殿と合流せよ」

「殿は如何なさる」

「寡兵で大兵を蹴散らすには、正攻法では無理だ。儂は一旦、東へ向かってから迂回し、頼廉の背後へ回り込む。それまでの間、何としても時を稼げ」

「承知!」


応諾した甲斐庄正房は、麾下の兵を纏めて先行していった。


彼らは共に元畠山家臣で、大半の者が紀伊の政尚を頼って行った反面、河内の残った者たちである。河内十万石を拝領した氏規が“旧主と同様に仕えるならば”を条件に所領を安堵すると言ったので、河内へ残る決断をした組みである。他にも清水元好など畠山家に禄を食んでいた者の一部が氏規の家臣に取り立てられている。


氏規の身の回りは、既に本家とは別の大名家として機能し始めていた。


この氏規の参戦により筒井勢は何とか持ち堪えるのである。


その戦場に、頼もしき味方が現れた。


本陣の背後に慌しい土煙が舞い、迫って来る。凡そ一〇〇〇ほどの集団が確認された。一瞬、敵か味方かと混乱が生じたが、掲げられた軍旗と馬印を見て藤英は、足早に陣幕から飛び出し、大将たる人物を出迎えた。


「これは上様!?京に戻られたのでは……」


藤英は膝を折り、一礼してから馬上の主へと話しかけた。


軍団を率いていたのは、有岡城へ督戦に出向いていた足利義輝であった。義輝は四天王寺より一向門徒が攻勢に出たことを知るや、京へ戻るのを止めて駆け付けたのである。


「京に戻ってなどおれん。そんなことより右京大夫、戦況はどうなっておる」


声を張り、義輝は状況を問い合わせた。


「はっ、各所で一向一揆勢が攻勢を強め、摂津衆は敗走、三箇、筒井の軍勢が押し込まれております」

「包囲網に穴が開いたのか」

「申し訳ございません。敵の突出は前触れもなく、兵の人数に開きがあって援護が間に合いませんでした」

「前触れもないだと?怠慢ぞ、右京。信玄が軍を発したとの報せは届いておったはず、それが前触れと何故に気付かぬ」


義輝の叱責が飛ぶ。相手が評定衆筆頭で、幕府最高職に任じられていても容赦はない。


石山本願寺から四天王寺にかけて小高い台地が続いており、低地に布陣する幕府軍からは城内の様子は窺い難くなっている。藤英は石山から四天王寺に密かに兵が移っていたことを見逃したばかりか、信玄に呼応して石山が動くとも予想できなかった。


この辺り、軍事に疎い幕臣たちの弱点が如実に現れている部分だった。


「諸将への指示は?」

「援護に向かわせた左馬助以外には、陣地を死守せよと通達しております」

「それだけか」

「それだけでございますが……」

「阿呆!陣地を死守するのは当然の事、されど味方の一角が崩れた以上は及び腰になるのは必定ぞ。ここは大将が前に出て、一歩も引かぬ事を敵味方に知らしめてこそ、初めて味方は奮い立ち、敵を退けるのじゃ」


そう言って義輝は再び手綱を握り締め、馬腹を蹴って本陣を飛び出した。


「上様!?どちらへ参ります……ッ!!」


藤英は慌てて立ち上がり、駆け足で義輝の後を追う。


「右京。本陣を前に進め、余の到来を敵味方問わずに触れ回るのじゃ!その間、余は敵の一手を引き受けておく」

「危険にございます!御戻り下さい!!」


大声で叫ぶも藤英の声に義輝が耳を貸すことはない。そういう主だと、藤英も承知している。義輝を守るには、自ら隊を率いて続いていくしかないのだ。


義輝には、藤英がそういう判断をすると判っている。だからこそ動いたのだ。


(摂津衆が崩れたとはいえ、兵の多寡では未だこちらが上回っておる。一時の猶予さえあれば、挽回は不可能ではない)


先手を取られただけで、敗北が決まったわけではない。ここから間違いを打たなければ、充分に戦線を五分に戻すことは難しくないと義輝は思っている。それにはまず、態勢を立て直す時間が必要だった。


(敵の注意が余に向けば、それだけ勢いが削げる)


征夷大将軍という肩書きは伊達ではない。何も出来なかった頃の自分であっても、将軍というだけで周りは意識した。今ならば、その効果は絶大だろう。


この義輝の思惑は思わぬところで功を奏した。


「将軍が出てきた?それは間違いないのか」

「はっ。鋼色の丸扇の馬印を確認しております」

「……ちっ、一旦退くぞ。追撃はあるまいが、幕府軍が寄せて来るならば打ち払え」


上野清信を攻撃していた顕如の側近・八木駿河守が、義輝が出てきた途端に味方へ撤退を指示したのである。幕府軍の増援を危惧したのではない。このまま戦っても負けない自信が駿河守にはある。


では何故か。


理由は簡単だ。将軍殺しの汚名を着ない為である。


顕如は幕府との和睦を模索しており、もちろん側近である駿河守も主の考えは聞き知っている。仮に間違いであれ義輝を討ってしまえば、和睦は御破算になることは誰でも予想がつくこと。


それを抜きにしたところで将軍殺しは外聞を悪くする。下手をすれば味方である信玄や天下の諸侯を敵に回しかねない。一時の危機は免れても、将来の敵を作る事になってしまうだろう。顕如は摂津表での戦を膠着状態を保った上で、信玄の上洛で危機に陥った義輝と好条件で和睦する腹積もりでいる。それには義輝にはどうしても生きていて貰わなければならない。そして征夷大将軍直々の朱印状さえ手に入れれば、後は信玄が敗れようが知ったことではない。今まで通り石山を拠点に全国の門徒たちを増やし、本願寺の影響力を高めていくだけだ。


そして本願寺は、栄耀栄華を極める。


「敵が去っていく……?」


義輝は敵勢の動きに疑問を感じながらも肌身を通し、それの意図するところを読み解いていく。


(槍合わせを満足に行なう前に退くとは……、怖気づいたわけではあるまい。余の存在を疎ましく思ったか)


敵が将軍殺しの汚名を嫌うことは、義輝も長い将軍の在任期間で知っている。目に見えないものに守られている感は好むところではないが、背に腹は変えられない。ここは大いに利用させてもらう他はない。


「兵部大輔よ。いま一度備えを築き直し、敵の再攻に備えるのだ」


義輝は上野清信に隊伍の組み直しを命じ、馬首を西へ向ける。


「上様はどうされます」

「三箇頼照を救う」

「危険でございます。救援ならば、拙者が参ります」

「案ずるな。恐らく余が赴けば、敵は兵を退く。どうやら将軍を殺してしまうことを恐れているようだからな」


と言って義輝は鼻を鳴らした。


思えば将軍殺しを物ともしないのは、あの松永久秀くらいだった。だからこそ久秀が義輝の宿敵である所以なのかもしれない。いま何処にいるかも定かではなく、逢いたいとも思わぬ奴輩であるが、不思議と義輝は久秀を懐かしく思った。


奴に苦しめられていた頃を思い起こせば、今など大した危機ではないように思えたのだ。


「奉公衆は余に続けッ!」


八木駿河守を退けた義輝は、西へ駆け出した。


この時、雑賀衆の一員・的場源四郎と佐竹伊賀守は三箇頼照を押しに押しまくり、後陣の蜷川親長をも巻き込んで一方的な戦闘を展開していた。物足りないと思っていたところに将軍の参戦を知り、意気軒昂と襲い掛かろうとした。


その矢先である。


「兵を引けだとッ!?莫迦を申すな!この状況の何処に、兵を引くという選択がある!」


的場源四郎は突然の撤退命令に顔を赤らませて怒った。


「法主様よりの命令にございます。的場殿であろうが従って頂きます」

「……くそッ!」


憮然としたまま源四郎は兵を返した。三箇頼照は多大なる犠牲を出したものの九死に一生を得たのである。


ただ義輝が行く戦場で本願寺側の攻撃は止むも、義輝のいない四天王寺方面では依然として一向門徒たちの猛攻は続いていた。楽観視できない現状は、変わっていなかった。


「あれは……、どこの軍勢だ?」


下間頼廉の背後を襲うべく行軍を続ける氏規の前に、突如として敵方と思われる一団が現れた。不思議なのは、奴らが包囲網の外からやってきたことで、氏規は何処の軍勢が把握していない。


一先ず物見を走らせて確認をさせる。


「旗印は判るか?」

八咫烏(やたがらす)の紋様が見えますので、雑賀衆ではないでしょうか」

「雑賀衆だと?」


配下の言葉を聞いて、氏規は首を傾げた。


雑賀衆は確かに本願寺側だが、氏規の知る限り石山に籠もっているはずだ。その主力は三箇頼照が相手をしており、この東側辺りはもっぱら下間頼廉を代表とする坊官たちが守備に就いていた。ここ四ヶ月と、そう変化はない。


「ほう、北条氏規か。あのようなところにいるということは、刑部殿の背後を襲うつもりだったようだな」


氏規の存在を確認した雑賀衆の大将・雑賀孫一は、瞬時にその目的を察知した。


「我らのことは、いま気付いたようだな。でなければ、あのように無防備で行軍しているわけがない。これは面白いことになった!」


間髪を入れず、孫一は鉄砲を撃ち鳴らして突撃を敢行した。


孫一は少人数の鉄砲隊を複数編成し、絶え間ない射撃で北条勢を震え上がらせた。その正確無比な射撃は畿内でも随一で、織田の鉄砲隊なしに対抗は難しい。


「何故に雑賀衆があのようなところに……!!」


その理由を、この時の氏規は察することが出来なかった。


孫一は山崎の合戦の後、姿を暗ませている。当時は合戦に敗れたとはいえ畿内の大半が謀叛方の勢力圏であったために逃げ遂せることは難しくなく、孫一にすれば戦場に留まって討ち死にした者たちを莫迦らしく思っていた。その点、まんまと逃走を成功させた松永久秀は流石と言えるだろう。


そして孫一もまた大和を通って逃走し、配下を紀伊山地の各所に潜伏させて石山を支援できる機会を待っていたのだ。


「ぬぐッ!頼廉に少し気を取られ過ぎたか……」


新手の登場に氏規は肉薄する。筒井勢を救おうとする余り、頼廉の背後を攻めることばかりを考えて新手が登場することを予期しなかった。完全な目論み違いである。


「雑賀衆の数は多くはない……が、無理をすれば火傷では済まぬかもしれぬな」


雑賀衆の猛威を氏規も山崎の合戦で見ている。終始、劣勢だった謀叛方に於いて雑賀孫一だけが幕府方に一矢を報いた。その実力は侮れず、河内を拝領したばかりの麾下の軍勢では敵う相手ではないと判断せざるを得ない。


仕方なく氏規は頼廉の背後を襲うことを諦め、部隊を筒井本隊に合流させた。孫一も守勢に専念する筒井・北条の部隊を撃破するよりも、当初の目的である依頼のあった兵糧搬入を優先させるべく、両者は一定の距離を保っての射撃戦に移行した。


幕府の包囲が完全に解かれたわけではなかったが、これにより本願寺勢は一時的に兵糧の問題を解決することが出来たのである。そういう意味では、天王寺合戦は幕府方の敗北と言える。


そして合戦は、まだ終わったわけではなかった。もう一つの問題が幕府方に起こっていた。


幕府方は義輝の来援によって本願寺勢の勢いを削ぎ落とし、態勢を立て直すことには成功した。しかし、本願寺勢が元の通り守勢に戻ったかといえば、否である。確かに義輝の行くところ攻撃の手は弱まるも、いないところでは俄然として攻めてくるのだ。


付かず離れず、押す退くの攻防。


「これでは離れられぬではないか……!!」


義輝の悲痛の叫びが天を貫いた。


局地戦では、幕府方が不利である。いま以上の動員が不可能な状態で石山包囲を継続するには、その都度、義輝が出張って戦線を保ち続けるしかない。武田信玄の南下が懸念される状況の今、義輝にすれば京に戻って対策を講じ、決戦の舞台と想定している近江へ出向きたい。


だが義輝が石山を離れれば、恐らく包囲網は決壊する。


「……やはり、そなたの力が必要ぞ」


義輝の脳裏には、琵琶湖畔に佇む腹心の姿が浮かんでいた。


そして早馬が発せられた。




【続く】

さて信玄との決戦の前に義輝が石山から離れられなくなってしまいました。そこで召還される人物は、当然ながら大兵を率いるだけの才能を有しています。十幕以上も出番のなかった彼が、ようやくの再登場です。判りきっているのに思わせぶりなラストはいつも通りなので、ご容赦くださいませ。


次回は義輝近辺の話から越前が舞台となります。


ちなみに天王寺とは四天王寺の略称です。本文中で使い分けていますが、判り難くて申し訳ありません。ですが、歴史上で“天王寺合戦”と語られているので、統一せずに表記しています。

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