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剣聖将軍記 ~足利義輝、死せず~  作者: やま次郎
第四章 ~忘恩の守護大名~
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第四十七幕 一進一退 -生き残りを懸けた戦い-

御坊塚・畠山昭高ノ陣


狭隘な山崎の地での合戦は、どの部隊も殆ど自由が利かない状態にある。やれることは目の前の敵に攻め懸かることだけ。小細工が通用しない力と力の勝負は、強い方が勝つという判りやすい構図となる。


恐らく、そのことを一番に理解しているのは無人斎道有である。武田信虎と呼ばれた時代、その武辺で甲斐一国を統一し、大国・今川と北条の二大勢力と亘り合ったのは信虎の手腕あってのことである。今も広い戦場で起こっていることを全て把握し、的確に指示を出している。そして、それは幕府方にとって想定外の事態となった。


「こちらから攻められるのですか?」

「当たり前じゃ。守ってばかりの戦など面白味がまったくない」


さも当然なように反撃するという道有に昭高は絶句する。


ただでさえ幕府方とは二万もの兵力の差があり、互角に戦えているのは地の利を得たことと雑賀・根来の鉄砲があるからだ。それらは守勢に徹してこそ効果を発揮するもので、攻勢に出てしまえば衝け込む隙を敵に与えてしまうことになる。一たび戦線が崩れてしまえば、今の謀反方に幕府方を押し止める余力はない。即敗北へと繋がる。


「孫一殿に伝令じゃ。いつでも始めて貰って構わぬと伝えよ」


心配する昭高に比べ軍配を握る道有からは余裕しか感じられない。


昭高と道有では経験に天と地ほどに差がある。道有が采配を振るえば、昭高が想像するような結果にはならないのだ。それが昭高には理解できていなかった。


義輝がこちらの軍略を読んでいたのと同じくして、道有も幕府方の軍略を予測していた。そもそも狭隘な山崎の地では用いられる戦術は限られる。そして幕府方の軍略は、こちらが守勢に徹するという前提から成り立っているはず。それを逆手に取る。


道有の伝令は駆けに駆けて雑賀衆を束ねる雑賀孫一の許へと辿り着く。さっそく口答で道有の命令を伝えると、孫一は嬉しそうに笑みを浮かべた。


「ようやくか。必ずや御期待に応えると申し伝えよ」

「はっ。畏まりました」


命令を受け、孫一は瞳をぎらつかせると自ら一隊を率いて円明寺川を渡り始めた。寡兵で蒲生隊の側面へと回りこむ。元来より孫一は豪気な気質である。守勢など性に合わない。孫一とは攻めの男なのだ。


「あれは何だ?すぐに物見を走らせよ」


前面の部隊から切り離された一隊を見て、蒲生賦秀は急いで確認させた。それが雑賀衆の一部だと判ると即座に家臣・儀峨忠兵衛に二〇〇を預けて防衛に回らせる。


轟音が鳴り響き、凄まじい銃撃が儀峨隊を襲った。孫一が率いる部隊は精鋭中の精鋭で、楯の隙間から正確にこちらを射抜いてくる。


「森殿が粘っておるのだ。これしきで下がれるか……!!」


それでも忠兵衛は堪えた。孫一の側面攻撃は失敗したかに見えたが、それは間違いだった。孫一の行動は、鉄砲を放った時点で成功していたのである。


前線で銃撃に堪えていた森民部丞が崩れたのである。側面から銃声が聞こえたことで集中力が途切れ、そこを安見宗房の徒歩武者が一斉に雪崩れ込んだ。殆ど一瞬の出来事で、賦秀が手当てする間もなかった。孫一の銃撃が全ての合図だったのだ。楯で防がれ、一見すれば無駄玉に思える圧倒的な銃撃を孫一が浴びせ続けたのは、この一瞬のためであった。銃弾の雨で敵を恐怖で縛り、一撃で打ち崩す。最初から予定していたことだった。


蒲生本隊は森隊の敗走に巻き込まれるようにして、賦秀もろとも乱戦に陥った。


「若殿。ここはお退きあれ!」

「上様より先陣を賜ったのだぞ、おめおめと下がれるか!」


迫り来る敵兵に馬廻が賦秀を守るよう立ち塞がり、その隙に傅役の種村伝左衛門が主へ退転を促すが、生真面目な賦秀は頑なに拒んだ。その間もに敵兵は、ただでさえ目立つ銀色に光る賦秀の煌びやかな甲冑を目指して群がってくる。早く主を落とさなければ、囲まれでもすれば一大事である。


「左手から敵が迫っておるぞ。押し戻せ!」


伝左衛門は太刀を振るって応戦しつつ、諫言を続ける。


「大局を見られよ。大事なのは若殿の御命ではありませぬ。このまま乱戦が続けば、公方様より御預かりした鉄砲衆は全滅にござる」


伝左衛門が我が子を諭すように言う。無論、賦秀の命を軽く扱っているつもりはない。幼き頃より育ててきたのは他ならぬ伝左衛門である。どのような言い方をすれば賦秀が言うことを聞くかなど百も承知している。だからこそ賦秀が留まっているのが、若気の至りに過ぎないことも見抜いていた。


「ならば鉄砲衆を下がらせればよかろう!」

「若が先に下がらずして、誰も引けませぬ」

「……されど」

「ここで合戦は終わりではございませぬ。若は御牧様の支援を仰いで建て直しを。拙者は一時ばかり時間を稼ぎます」


伝左衛門は冷静に状況を伝えた。まだ充分に後続はある。無理をする場面ではないのだ。周囲に麒麟児と称される賦秀であるが、この傅役あってのものなのだろう。当然、伝左衛門へ対する賦秀の信頼は篤い。


そこへ一発の銃弾が賦秀の兜を掠める。思わずよろけてしまった賦秀を伝左衛門が支えた。


「……すまぬ」

「若、お急ぎを……」


自分が足手まといになっていることを悟った賦秀は、傅役の諫言を受け容れて馬廻と共に下がっていった。


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大山崎・細川藤孝ノ陣


蒲生勢の撤退は、すぐに前線の指揮を執る細川藤孝の許へと伝えられた。幸いにも安見宗房は層の厚い幕府方を警戒して深追いを避けてので、種村伝左衛門と森民部丞も手傷を負ったものの生還を果たした。第二陣の御牧景重は、蒲生隊の支援に西園寺公広一二〇〇を向かわせると石川通清九〇〇が側面に回りこんでいた雑賀孫一を警戒させた。


寄って来る石川隊へ向け、孫一は隊を三つに分けて釣瓶撃ちを敢行する。円明寺川という防波堤がなくとも敵を寄せ付けないだけの技術が雑賀衆には備わっていた。石川隊には蒲生隊ほど竹束が用意されていなかったこともあり、僅かな間に一〇〇近い死傷者を出してしまう。その隙に孫一は宗房と合流した。


「忠三郎が下手を打ったか」


藤孝は賦秀後退の報せに大きな驚きを覚えなかった。賦秀の采配には藤孝も一目を置くものの、たまには失敗をやらかした方が愛情が湧くというものだ。あの年齢で完壁にやられてしまっては、こちらの立場がない。賦秀が優れているとはいえ、武者同士の命の取り合いはそれほど甘くはない。敗北も、賦秀の成長を促すよい材料となるだろう。


「蒲生勢が後退したとあっては滝川殿も兵を退かざるを得まい。朽木侍従殿に滝川勢と交代するよう伝令じゃ。また元政殿には高山勢のこと、すぐに頼み入ると申し伝えい」

「はっ。承知!」


今後の展開を予測して藤孝は兵を動かす。


こうなってしまった以上は、円明寺川の西側が戦場となる。そうした時、鉄砲は不要であるので下がらせるが、敵の勢いをそのまま受けるのも避けたい。対岸で高山友照が寝返れば、確実に勢いを削ぐことができる。予定されていた時期とは違ったが、そうこちらの都合よく行くわけではないので仕方がない。


だが藤孝の采配は上手く機能しなかった。高山友照が寝返りを渋ったからである。


「何故に高山殿は寝返らぬ。ここまできて変心したか」


怒気を交じらせ、藤孝は元政に問い合わせた。伝令を受けて元政は矢文を作らせて対岸へと放り込み、同じくして高山隊から返答があった。偽りの矢合わせをし、友照と連絡を取り合ったのだ。それはすぐに藤孝の許へ届いた。


「どうやら高山殿は見張られている様子。いま少し待って欲しいとのこと」

「世迷言を。結局はこちらが攻められているからであろう。いま寝返れば、敵中に孤立することを恐れているに過ぎぬ」

「主は許されるなら、自ら円明寺川を押し渡り、高山殿の気を変わらせてみせると申しております」

「それじゃ!」


元政の献策を受けて、藤孝は許可を出した。


流石は義輝の傍近くに仕え続けただけはある。ここ一番で敵陣に乗り込む程の豪胆さを元政は持ち合わせていた。柳沢隊は味方が後退していく中で、兵を前に進めた。


「父上!もう時間がありませぬぞ!」


柳沢隊の渡河を見て、高山重友は父親に決断の時が迫っていることを伝えた。友照は表情を渋面に曇らせてさせていたが、息子の言いたいことは判っている。もう迷ってはいられない。


「柳沢殿に使いを出せ。我らが道案内を仕るとな」


友照は全軍に下知し、部隊を反転させる。向かう先は側面の遊佐勢ではなく、後方の松永久通の部隊だった。松永勢は友照の内通を疑って長柄をこちらへ向けている。ここで遊佐勢を襲っては側面から一気に壊滅に追いやられる危険があった。兵力の少ない高山勢では、両方の攻撃に耐えられるほど備えは厚くない。柳沢隊の支援を受けて、ようやく五分なのである。


「懸かれーーッ!!」


高山隊七〇〇が猛然と松永久通二三〇〇に向かって突撃していく。その後ろを柳沢隊一〇〇〇が続いた。久通はやはり友照の内通に気付いていたようで、まったく慌てた様子はなく、向かってくる高山隊に強烈な槍衾を食らわせる。きつい一撃であったが、高山隊に止まることは許されない。犠牲を省みず、白兵戦は苛烈を極めていった。


=======================================


水無瀬宮・幕府軍本陣


激化する前線の状況は、逐一と本陣に報告がもたらされていた。天王山では優勢に戦線を押し上げているが、円明寺川では難しい合戦を強いられている。左翼の蒲生隊が崩れて御牧景重と入れ替わるが、雑賀衆を有する安見宗房を突破できず混戦模様が深まっている。反面、右翼は高山勢の寝返りで戦場が川の向こう側へ移っているという非常に不釣合いな戦況に義輝は次なる一手を求められていた。事態を打開するだけなら応援を繰り出せば充分だが、それだけでは義輝が求める勝利には足りなかった。


「細川宰相には右翼を支援させよ。円明寺川を渡り、そのまま押し込むのだ」

「右翼を?されど、ちと早すぎませぬか」


これに柳生宗厳が異を唱えた。義輝の下知通りだと右翼のみが突出してしまう。


いつもなら宗厳が義輝の采配に口を挟むことはない。元政から円明寺川を渡河するという報告が入ったのはつい先ほどである。こちらは兵力に余裕があるのだから、もう少し時間をかけるべきだと宗厳は思った。


(上様は焦っておられまいか)


差し出がましいと判っていながらも宗厳が口を挟んだのは、そういう心境からである。


「兵庫介、この戦は速戦が大事じゃ。綻びだらけの敵は、余が一たび楔を打ち込めば途端に瓦解し得る。

丹波口を進ませておる晴藤にも、一刻も早い京への討ち入りを命じておる。丹波口には山崎ほど兵はおらぬ故、今頃は洛中に入っておるやもしれぬ。二条城を確保すれば、御台らも救える」


心配する義輝は胸中に秘めていた今回の合戦に於ける作戦の全容を語った。


義輝自ら敵を引き付け、京の奪還を晴藤に任せる。織田信長もしくは上杉謙信が入れば三方から京を窺えたので完壁であったが、いなくとも特に作戦に影響はなかった。また速戦なのも理由があってのこと。


「されど解せぬのは、それが判っていながらも久秀が余に挑んだことよ。必ずや、何か仕掛けてくる。そうなる前に、余は勝ちを決めるつもりだ」


義輝は久秀の性格を知り抜いている。奴は悠然と構え、こちらが罠に掛かるのをジッと待っている。ならば罠ごと食い破るほどの勢いを以ってして突き進むしかない。久秀に暇を与えないことこそ、勝利への近道だと義輝は考えていた。


「なるほど。ならば左翼には右兵衛督様を?」

「うむ。三好左京大夫に補佐させるつもりじゃ。街道を進ませ、そのまま久秀の相手をさせる」


足利義助と三好義継は義輝と同様に久秀に対して因縁がある。義助は父を殺され、義継は家を潰された。二人なら喜び勇んで久秀に攻めかかるだろう。もっとも二人が手玉に取られる危険を予測していない訳ではない。義輝の許には本陣の兵に毛利と一色勢を合わせて一万五〇〇〇近い予備兵力が残されている。これら全軍で劣勢の左翼を後詰し、今日中の決着を図る。可能なら、そのまま洛中へ向かうことも義輝は視野に入れていた。


「本陣を動かすぞ!」


義輝は前線へ伝令を走らせて本陣の移動を伝えさせた。征夷大将軍直々の督戦である。本陣に押されるようにして全軍は前進を求められ、重厚な備えで敵を押し出す。


幕府軍は早くも総攻撃を敢行しようとしていた。


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天王山・朝倉景鏡ノ陣


長宗我部勢の猛攻に朝倉勢は山頂まで追い込まれていた。築かれていた備えは成す術もなく崩れ、景鏡のところまで兵たちの悲鳴は聞こえ始めている。朝倉の軍奉行として全権を握っていた景鏡が、ここまで窮地に陥ることは今まではなかったことだ。


「真柄はどうした!?十郎左衛門は何故に儂を支援せぬ!」

「真柄殿は我らよりも兵が少のうございます。とても支援に出られるような状態ではありませぬ」


不安から喚き声を上げて景鏡は問い質すが、返ってくる答えは悲痛なものでしかない。


真柄直隆の陣が最初の位置より東へ東へと動いていたことから、景鏡の側近は浅井勢によって押されていると予見したが、実際はいつでも山を駆け下りられるよう巧みに場所を移していただけだった。浅井勢の役目は天王山の奪取であるから、無理に真柄勢を追ったりはしない。よって景鏡は浅井勢の一部も相手しなくてはならなくなり、緒戦の拙さもあって苦戦を強いられている。


「申し上げます!毛屋猪介殿の部隊が壊滅、戸田与次郎殿も長宗我部家臣・福留儀重なる者に討ち取られたとの由!」


景鏡の許には、次々と凶報が舞い込んでくる。よい報せは一つとしてない。


「印牧能信殿、敵の首を十八を獲りましたが力尽き、敵将・吉良親貞に捕縛されました!」


敗色濃厚の戦況に景鏡の表情が苦渋に満ちていく。本当ならば今頃は幕府方に味方して山を駆け下りているはずが、一転して死を待つ事態にへと変化している。


(儂はどうすればよい。どうすれば生き延びられる)


頭を抱えて(うずくま)る景鏡は、もはや指揮を執るどころではなくなっていた。兵たちは必死になって防戦に務めているが、挽回の手立てはない。山頂を失えば即座に敗走するであろう状況で、味方の支援はどうしても必要だった。


“我に秘策あり、暫し陣地を保たれよ”


そこへ希望の光が差した。松永久秀より書状が届いたのだ。中身は単純だったが、それは望みを絶たれた景鏡にとって最後の希望となった。しかし、それは景鏡を天王山に留まらせるためだけの方便だった。久秀は景鏡を捨て駒ていどにしか考えておらず、全滅したところで何とも思わなかった。


そのことに景鏡は最後まで気付くことななく、無意味な抵抗をいつまでも続けるだけだった。


=======================================


勝龍寺城・謀叛方本陣


謀叛方の本陣である勝龍寺城は、戦場から完全に切り離されていた。平時とまったく変わらないとは言わないが、守兵の幾人からは欠伸をする者もあり、何処か緊張感に欠けている。


ただ如何に義昭に指揮権がないとはいえ、総大将である。それなりに報告は入っており、戦況が芳しくないことは義昭も理解していた。


「やはり余の兵を遊ばせておくわけにはいかぬ」


積極的に合戦に関わることを望んでいる義昭は、苦戦の報せに自らの判断で兵を動かすことを決める。僅かに一五〇〇といえど兵力の乏しい謀叛方には貴重な人数である。義昭は側近の真木島昭光に兵を預け、左翼に向かわせようと考えた。何故、左翼かと言えば深い考えがあるわけではなく、一番押されているところを後詰するという単純な理由でしかない。それでも勝龍寺に置いておくよりは、味方の支援になるのは間違いなかった。


「私は構いませぬが、上様をお守りする兵が少なくなってしまいます」


対して昭光は消極的に義昭の判断に異を唱えてきた。元より合戦経験のない昭光には、義昭の判断を推すような真似は不可能だったのだ。


「阿呆。左翼が崩れてしまっては余を守るどころではなくなるわ。いざとなれば余は久秀の陣にでも駆け込む故、心配いたすな」


これに義昭は苦虫を噛み潰したような顔つきで、側近を叱責した。


本当に久秀の陣へ逃げ込むことは考えていないが、御輿である義昭を守らなくてはならない義務が久秀にはある。松永本隊は未だ合戦に加わっていないので、仮に勝龍寺城が攻められた場合は救援に駆けつけることは出来る。


「……では、行って参ります」

「うむ。吉報を待っておるぞ」


力強く頷いて昭光の出撃を見送った義昭であったが、幕府方の対応も素早く、謀叛方の左翼に細川藤孝六〇〇〇が加わったことで兵力の差は一気に逆転し、真木島隊が辿り着いたときは危機的な状況だった。しかし、義昭と同じくして右翼の苦戦を懸念した道有は細川勢に畠山勢四〇〇〇を当たらせてた。しかも道有は昭高の身柄のみ自陣で預かるという老獪さを見せ、主君を人質に獲られた畠山勢は遮二無二、無謀な突撃を繰り返した。これにより一時的に幕府方の進撃は停滞することになるが、池田教正と三箇頼照が裏切ったことにより戦局は再び幕府方が優勢になるのであった。


「何かよい手立てはないものか……」


暫くすると苦々しく戦況を眺めていた義昭の許へ看過できない報せが舞い込んでくる。密かに潜り込ませていた武藤喜兵衛の間者からだった。


「久秀が引き揚げの支度をさせている?それはまことか」

「はい。数にして全体の一割といったところです。兵の全てではないのが解せませぬが、警戒はするべきかと」

「……あやつめ、何を考えておる」


義昭は久秀の陣がある方角をキッと睨みつけた。


まだ合戦は半ばで勝敗は着いておらず、久秀と道有の七〇〇〇は戦闘に参加していない。充分に戦えるというのに、まさか自分だけ逃げ出すつもりなのか。しかも隠れてやっているというところが癇に障った。


「引き続き久秀を警戒せよ。何かあれば余に報せるのだ」


そう命じて、義昭は兵たちに出撃の支度をさせた。戦場に向かうわけではないが、いつでも城を出られるようにしておかねばならないと、何故か本能で悟ったのである。


山崎の合戦は、佳境を迎えつつあった。




【続く】

まさかの賦秀敗走と久秀の暗躍。次回が気になるところでしょうが、この合戦の続きは次々回となります。次回は予告していた通りに丹波口での話となります。

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